猫色骨董店5
朝晩は言うに及ばず昼間すらも太陽と風によっては寒くなり、冬の訪れを感じさせる時分だが、骨董店の中は暖かかった。
店内の四隅に人目に付かないように貼り付けられている、陰陽道の模様が描かれた札のせいか、
あるいは店内にある何やらオレンジ色の光を放つ結晶のためか、店員がいる空間は不思議な暖かさに満ちていた。
一歩外に出れば冷たい風に吹かれるだろうことを想像した店員が、ブルリと首を震わせる。
膝の上で眠っていた猫が目を覚まし、文句を言うかの様に一声鳴いた。
ガチャリとドアが開き客が一人入って来る。
外の風が酷く堪えたのか店の中に入ったというのに、男は未だに震えていた。
そんな男を見かねたのか店員が声を掛ける。
「いらっしゃいませ。暖かいコーヒーでもいかがですか。」
普段は自分だけで飲んでいて、同居している少女にすら理屈を付けて飲ませていないコーヒーを、
一見の客に振る舞おうとしたのは、店員にとっては中々珍しいことだと言えた。しかし男は首を横に振る。
「いや、いい。結構だ。それより欲しい物がある。」
「ハイハイ、何でしょうか。」
自慢のコーヒーを断られて少々ムッとしていた店員の機嫌がコロリと直る。
店員の性格も中々に、一緒に居る猫の少女の様に移り変わりが激しいようだ-どちらが飼われているのかはさておき。
「猫いらずが欲しいんだ。」
「ほう…。」
店員が感心したような声を出す。猫が居る店に猫いらずとは少々皮肉が効いているが、
どういうわけか丁度、店には入荷していたものであった。
暖かい場所に居るというのにダウンジャケットを脱ごうともせずに、震えながら男は話す。
「勿論、普通の物じゃ駄目だ。特別なやつが必要なんだ。」
「こちらになります。」
店員が男に商品を差し出すと、値段も気にせずに男は手に取った。
懐に商品をしまい込もうとする男に店員が話しかける。
「お客さん、結局のところそれを使っても解決しないかもしれませんよ。…うちの看板娘の予感では。」
「これしか方法はないんだ…。あの女が俺に付きまとう限り…ずっと…。」
男は最後まで震えながら店を後にした。
客が帰った店の中で店員が猫に話しかける。
「ねえ橙、あの可哀想な男性の未来がどっちになるかどうだい、賭けないかい?あれだけ恐怖に震えていたのなら、
たとえ毒を飲ませることが出来たとしても、その内自滅してしまうのが大抵の落ちなのだろうけれど、
ここは僕としては助かる未来を想像してみたいものじゃないか。そうだね…晩ご飯の一品を賭けるのが丁度良いかな?」
店員の声に答える様に猫が鳴いた。それを聞いた店員が深く溜息をついて言った。
「そうかい、そうかい…。中々世の中は上手く行かないものだねぇ。
……僕を店に縛り付けている君が言うと、尚更だよ。」
地を這うように低い声で話された店員の言葉は、店の空気に深く沈んでいった。
感想
最終更新:2018年12月16日 21:56