「それは無理よ。」
彼女から言われたのは思いもよらなかった返事であった。
外界とは違っていくら行方知れずの人を探すことが難しいからといっても、
そう頭ごなしに言われてしまっては、何だか無性に腹が立つような気がした。
これがいつも冷淡で有名な博麗の巫女から言われたのであれば、まだそういうものだと諦めもつくのであろうが、
普段から良くして貰っている彼女からそう言われたので、余計にそう思ってしまったのかもしれなかった。
そんな僕の無意識の内の反感を感じたのだろうか、そのまま机の上に置いていた本を一つ取りページを捲り始めた。
余りにも冷淡なその行動に僕が彼女に言い返そうと息を飲んだ時、彼女が続けて僕に言った。
「大体一ヶ月も行方知らずの外来人が、どこかで無事に過ごしているとでも思っているの?」
「………。」
そう言われてしまっては言い返すことができない。
正論な、素晴らしく筋があるいは道理が通っている理屈であったが、人の感情を逆なですることにかけては、
その切れ味は真逆に働いてしまっているのであった。
僕の心の中でわだかまりがくすぶり、喉が焼かれたように気持ちが這い上がってくる。
「そうかい、それなら別にいいよ。」
彼女の助けを得ることを諦めて、図書館の外に出ようと紅茶を飲み干してから椅子を立ち上がった。
砂糖とたっぷりのミルクが入った紅茶は、今の気持ちに似つかわしくない程に美味しかった。
ここ暫く飲んだ事が無かった濃厚な甘みが神経を撫付けようとしてくる。それを振り払うように足に力を入れてドアの方に歩いて行く。
「どこに行くの?」
彼女が後ろから声を掛けてくる。彼女の何気ない、恐らく悪意はないのであろうがぶしつけすぎる質問に、
これから当てもなく幻想郷中を歩くことになることが思い起こされて、言葉が刺々しくなった。
「幻想郷のどこかさ。そんなにこの世界は広くはないらしいそうだからね。」
「呆れた…。飛ぶことすら出来ないのに?」
「座っているよりかはマシさ。」
どこかの動かない魔女よりは、というキツい言葉を飲み込んだのは、咄嗟の判断にしてはマシだったのかもしれなかった。
「あら、都会派な魔女よりはマシなつもりよ。監禁なんてしていない分には…ね。」
「…驚いたよ。読心術を使えるなんてね。」
「そんな大したものじゃないわ。ただの観察と推理の結果よ。」
そう言って彼女は本を閉じて机の上に置いた。凝った装飾が施されている重そうな本だった。
目的地が分かったことに元気づけられてドアノブを回そうとすると、ノブは錆び付いたように動かなかった。
何度もガチャガチャとノブを回そうとする僕に、彼女が声を掛ける。
「貴方、私の言ったことの意味が分からなかったのかしら?」
「よく分かっているさ。目的地が分かっただけでも上出来だ。」
目の前の扉が急に光ったかと思うと魔方陣が描かれていた。視界の端で青い光が動いたのが見え、
反射的に振り返ると、部屋の床一面にで魔方陣が作動していた。
素人目でも分かる程の複雑な呪文体系。どんどんとルーン文字の動きが速くなっていた。


「地面を這いつくばるだけの人間が、空を飛ぶ魔女みたいな存在に太刀打ち出来ると思っているとしたら…貴方、相当大馬鹿ね。」
「生憎、人間には意地があるものでね。」
精一杯の見栄を張る。ここから出る手段は無いのは分かっていたが、それでも引くことは出来なかった。
「残念ね…。安心して、死にはしないから。」
魔方陣の動きが止まると同時に、僕の視界がぼやけていった。

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 図書館のベットで目を覚ますと夕日が窓から差し込んでいた。
どうやら図書館で居眠りでもしてしまっていたのだろうか?ベットから起き上がると、隣で彼女が椅子に座っていた。
「すまない、どうやら居眠りをしていたようだ。」
「いいえ、貴方、妖怪に襲われていたのよ。」
-記憶はどうかしら-と彼女に尋ねられてみて気が付いたが、ここ暫くの記憶が無くなっていた。
「どうやら、そうらしい…。その妖怪は?」
「ええ、そっちの方は大丈夫よ。でも、暫く様子を見るためにここに泊まっていた方がいいわ。」
「すまない…世話を掛けて。」
「いいえ、気にしないで。そういえばこの人に見覚えがあるかしら?」
彼女が差し出した写真を見ると、顔の所が不自然に黒く塗りつぶされていた。
「うーん。こんなに塗りつぶされていたら分からないなあ。どんな関係の人かな?」
そう言って彼女に写真を返すと、彼女は掴んだその写真を指で軽くなぞった。すると一瞬で写真は灰になった。
「貴方が思い出せないのならいいのよ。思い出さない方が良いものも世の中にはあるんだから。」
そういった彼女の横顔はどこか悲しげであった。






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最終更新:2018年12月16日 22:05