反魂丹2

 それから幾つかの昼が過ぎ、それよりも一つ多い夜が過ぎた頃になっても、僕はずっと彼女の家に居た。
あの時、人ならぬ美しさを見せた彼女によって、魂ごと溶かされてしまうような経験をしたために
僕は彼女の虜になっていた。
既に今まで過ごしてきた記憶は薄れてしまっていたが、次第にそれすら感じなくなり、
遂にはそれを問題とも思わなくなってしまう。
ただただ彼女と一緒に過ごすだけの退廃的な(或いは文学的な、ややもすればロマンチカな表現をすれば)
爛れた生活に溺れ、家族の顔すらも思い出せなくなった時分に、彼女は僕に言った。
「私、子供を産みたいの。」
「人間じゃなくても出来るものなのかい?」
その頃には既に彼女の正体に気が付いていた僕が尋ねると、彼女は小さく首を振った。
「いいえ、普通は駄目。私は死んだ幽霊だから。でも…」
「でも…?」
言葉尻を濁す彼女に続きを促す。
「反魂であなたの魂を私のお腹の中に入れれば、あなたを産んであげることが出来るわ。
これが命の無い私が、唯一子供を産む方法。この生涯でただ一回だけあなたを完全に私のモノにして、
母となってあなたを育てて、そして妻となるの。」
「…そう…。」
「ひとりぼっちの幽霊でいままで過ごしてきて、あなたと出会ってずっと一緒に居たいと思ったの。
でも、あなたはただの人間だからすぐに死んでしまって、そしたら自我と記憶を無くしたただの幽霊になってしまうわ。
あなたには私の家族になって欲しいの。ずっと一緒に居られる存在として…。」
彼女が僕に訴えかける。狂おしい程に純粋で、それ故に狂気に満ちていて、それでも甘美な誘惑で。そして僕は……。

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 冥界の屋敷に今年も桜が咲いた。
いつもこの季節になると、僕の誕生日がやって来る。
家の庭が一年を通じて表情を変える中で、一番この季節が華やかになる。
遠い世界の果てにあると聞いた妖怪の山は秋になると山が紅葉になり、まるで色が付く
ように見えるらしいが、生憎僕が行けるように成長するまでには随分かかるそうだ。
時折教育に悪いページが切り取られずに残った文々新聞には、外の世界がチラホラと書かれていた。
時折二人が人里まで出かけた隙に、姉さんが持っている本をコッソリ隠し読みするとそこには色々な世界が広がっていた。
黄色い花で溢れている太陽の畑、一度入れば二度と出ることが出来ない迷いの森、大きな水が広がる場所に立つ紅魔館。
そして人間が大勢いて、取り分け外の世界から流れて来た外来人がいるという人里。
夢の中でよく見た沢山の人が行き交う景色が、きっとそこに違いがないと僕は思っていた。
「○○~。帰ったよ~!」
遠くから姉さんの声が聞こえる。この声に合わせて、本の背表紙を合わせて元通りに直しておく。
一度隠し読みをしたことがバレてから、二人はひどく僕が外の世界に興味を持つことを恐れている気がした。
「○○。」
「ひっ!」
後ろの襖が突然開き幽々子さんが声を掛けてくる。
「ねえ、どうしてそんな本を読むのかしら?」
いつになく悲しそうな顔をする彼女。
幽々子さん、逆にどうして僕が外の本を読むと駄目なのですか?」
どうやら母親のことを普通の家ではお母さんやらママと呼んでいるらしいのだが、
我が家ではずっと幽々子さんと読んでいた。
我が家に紫さん一家が来た時に、橙ちゃんが僕が幽々子さんをそう言ってと呼ぶのに驚いていたので、
後で幽々子さんに聞くと家訓だと教えられたが、どうやらそれも嘘のようだ。
「○○には汚い外の世界は見せられないからよ。」
「ねえ、幽々子さん。」
「なにかしら、○○。」
「この家は何かおかしくないですか?普通の家では子供は外に遊びに行くと聞きました。」
「あら、○○にそんな嘘を教える人なんて、この家には居ませんよ。」
「そういうことではなくて、はぐからさないで下さい!」
「私を××せておいて?」
「………!」
幽々子さんの指が頬にかかり距離が近くなる。彼女の唇が頬に触れ、僕の手が幽々子さんに導かれる。
「○○は昔私のお腹の中に戻って、そうして○○はもう一度生まれて来たのよ。だから…、ウン、…他の家とは違うのよ…アッ。」
いつものように幽々子さんが僕を求め、僕もそれに応じる。
このような関係は恋人と世間では呼ぶらしい、と以前本で読んだ気がする。
ならばこの家はやはりおかしい家なのだろうか。
いつものように押し倒されるさなか、僕はそう思った。





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最終更新:2018年12月30日 19:55