「う……」
痺れから、全身が解放される様な感覚。
閉じた瞼ごしに伝わる光は、何故か酷く眩しく感じられた。
「ちゃんと起きられたみたいね。おはよう○○、気分はどう?」
伝わってくる声には聞き覚えがある。
徐々に取り戻されていく体の感覚と共に沸き上がった感情は――
「ちゅっ……。ふふ、また余計な事を考えようとしていたね?」
彼女の口づけられるように、飲み込まれた。
……彼女は、確か。
神奈子。……なんだったか、何かの神様だって聞いた気がする。
「ほら○○、来なさい。……おいで。
ずっと眠っていたからお腹が減っているでしょう?」
呼びかけに答えず、動かない自分を抱き抱えると、彼女は優しく声を掛けた。
何故だろうか、直感的に逆らってはならないような気がした。
唇を重ねてから、体が目覚める時よりも、けだるく感じられる。
「あ……」
外に髪飾りをつけた、巫女だろうか。
自分を見つけると、目を伏せるように逸らす。
「……さん。ごめんなさい、私には……」
小声だが、誰かに謝るように呟いていた。
「ほら、○○の好物を取り寄せておいたの。
あのすきま妖怪も、結構親切でね。
ちょっと頼んだら、快く持ってきてくれたのよ」
動けないままの自分の口に好物をよそいながら、話しかける神奈子。
「……何が親切だ……
あんたが脅してるみたいなもんじゃないか」
食事の席に居た、妙な帽子の少女はそう言うと、さっさと席を立ってしまった。
「可哀想な○○」
去り際に、悲観と絶望の篭った目で、自分を見て。
ふらふらと、歩いてゆく。
なんとか彼女から離れようと。
しかし、何故だろう。
戻らなければいけないような感覚が4、逃げなければならないような感覚が5、
そして、もう取り返しがつかないような感覚が11。
……体はともかく、頭はほんの少しだけはっきりとしてくる。
そして、妙だと気付いた。
あの神社を出て直ぐだとしても、妖怪の姿すら、まるで見かけられないのは何故だろう?
この山でなら、一人くらいとっくに見かけてもおかしくはない筈、なのに。
「あぁ、此処に居たのね」
神奈子の声。
「もしかして外の景色が見たくなったの?そうね、偶には悪くないわ」
そう言って、自分を抱きしめる。
……何だか、からみつかれているような気がした。
自分を抱えたまま空に浮かぶと、少し先まで雲の中を通り、飛んでゆく。
雲を抜けた先には――
……この世の終わりが見えた。
風が吹き荒れ、豪雨が降り注ぎ、ありとあらゆるものを洗い流してゆく。
○○はその光景を信じられず、自分の見知った建物を探そうと目を働かせる。
――そうだ、麓の神社は。
あそこには、凄い巫女さんが居たような――
見えたのは、氾濫する水の流れと、崩れた大岩。
其処から大きな亀裂が広がっており、まるで大地震でも起きたかのようだった。
「何処を見てるかと思えば、懐かしいわね」
神奈子が穏やかな口調で言う。
「でも必要ないでしょう?
神社はうち一つで十分だし、結界の管理とやらはあの紫がやっている。
スペカルールで負けた時に従っておけば、あれほど酷い目を見ずともすんだでしょうに。
今のあの子の姿は本当に哀れだわ。
此処まで壊れてしまった幻想郷を、まだ未練がましく残そうとしている。
……本当に愛しているのね。
私にとって、かけがえのない。お前と同じ様に」
そうして神奈子が手を振るうと、神社があったであろう場所の大岩が、水に飲まれた。
「もう思い出す必要は無いわ。あの子がお前を殺したのがいけなかったんだから」
その言葉で、せき止められていた様な記憶が、溢れてきた。
――何時もの様に開かれた宴会。
その席には、霊夢も、早苗も、神奈子も、紫も。
みんな居て。
酒が入ったせいだったろうか、霊夢と早苗がその席で弾幕ごっこを始めたのだ。
それに悪ノリした紫が、境界を弄ったりしてそれをあちこちに飛び火させて。
宴会どころではなくなってはいたものの、
自分は神奈子のオンバシラが隠してくれていたおかげで、
一つも流れ弾に当たらずに済んでいた。
気遣いは嬉しかったけど、色々な意味で気恥ずかしかったのは良く覚えている。
しかし、だ。
その後の記憶が確かなら――
そうだ、早苗。
何だか話をしている最中だったのに、霊夢に攻撃をしたとかなんだとか。
それで、霊夢が物凄い表情で怒っていて、放った夢想天生がオンバシラに当たって……
そこからは妙な記憶がある。
自分は一匹の蛇になっていて、脱皮をするたびに人の形に近付いてゆく。
それをじっと見つめている、神奈子の必死な顔。
「大丈夫よ、○○……大丈夫よね、○○っ。
ふふ、あなたが死ぬわけ無い。
死なせていい訳が無い!
あんな馬鹿な死に方……していい訳が……っ!
ないわよ……」
「神様にだって、出来ない事はあるわよ……」
諏訪子の声がした。
「あんたは確かに、復活や再生を司る蛇の象徴ではあるけれど。
一度死んだ人間を、元に戻す事なんて……
それこそ。永遠を信じなくなった人間だからこそ、仕方のない事じゃない」
気遣う様に言う。
「違う……○○は……っ。死んでない……死んでないの……」
だがそれは届かずに。
届かずに。
捻じ曲がった言葉だけが、伝わってしまう。
「それに無理だよ……。
今の私達の信仰心程度じゃ、出来なくて当たり前なんだから。
もう休もうよ神奈子……そんなあんたは、これ以上みたくないよ……」
「……そうだね」
「え?」
がらり変わった声で、返事がされた。
「信仰が足りないんだ……もっと力があれば、○○を……」
そこからの行動は早かった。
手っ取り早く信仰を得る為にした事は、かつてミシャグジ様が使った方法――
恐怖による、信仰の獲得。
それには復讐の意も含まれていた。
早苗と諏訪子を除いた宴会の席の場に居た者達を贄とするように、屠る。
手段を選ばずに使われる力には、あの核融合の力に並ぶものも多々あった。
そうしなければ、自分を許せなかったのかもしれない。
あんな事故で、あんな事で、半分は自分が殺したようなもの――
家族は歯止めにはならなかった。
結果だけ言えば『神奈子は信仰を得た』そして、勝った。
自分の目的とする者を、愛する者を、復活させる事によって。
「神奈、子……ッ!?」
正気を取り戻した○○が驚き、腕の中で暴れる。
しかしがっちりと組まれているのか、まるで抜け出せる様子が無い。
「そんなに暴れたら落ちてしまうわよ、○○。
大丈夫よ、今度はあの時みたいな失敗なんてしないから」
神奈子の顔は穏やかだった。が、その目には光が無い。
「私はあなたが”生きていれば”いいのよ。
絶対に死なせたりしない……」
神奈子が○○を抱きしめ、首筋にキスをする。
……いや、歯を立てている!
痛みの後に、快楽が伝わり――
もう、何も感じない。
あるのはただ、目の前に誰かが居るというような、漠然な思考だけだった。
それでも、手を伸ばそうとする。
(自分は――)
その感覚さえも、飲み込まれて。
彼女の中に消えてゆく。
「あなたは、生きるのよ……。
永遠に。永遠に。永遠に。永遠に。永遠に。
永遠に。永遠に。永遠に。永遠に。永遠に……」
例え神の国へ行ったとしても
アナタヲハナサナイ
最終更新:2010年08月27日 11:36