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 ○○がふと気が付くと、いつの間にか暗い部屋に迷い込んでいた。今までいた人里の道にいた筈なのに、ここには人の話し声が、いや気配すら感じられなかった。
さっきまでは燦々と輝いていた太陽は無くなり、部屋の中に明りは見当たらず薄ボンヤリとしか辺りは見えない。○○は首を動かして周りを見ると、部屋の中に一人の人物がいることに気が付いた。
「やあ。」
かけられた声からするとその人は女性だろうか。○○はその女性を見ようとするが顔が見えない。まるで焦点が合わないような、視界には入っているのに、映像としては自分の目から脳に送られているのに、恰も脳がそれを認識することを拒むかのように、その人の顔は見えなかった。
「折角だから、座りなよ。」
そう言われた後で、○○は自分が椅子に座っていることに気が付いた。テーブルを挟んで自分の目の前に女性がいる。息づかいすら聞こえそうな距離なのに、目の悪い人が眼鏡を外してしまったかのように相変わらずその人はボンヤリと視界に写っていた。
「ふうむ、何から話せばいいのかな…。」
思いあぐねる女性。何かを話したそうで、然りとてその整理が付かずに、暫く考え込む女性。
「まあこの際だ。全部話していこうか。」
「一体何なんですか?」
○○が女性に質問する。買い物をしていたのに、気が付いたらいきなり変な場所にいたことで、○○は面食らっていた。
「ううむ。一言で説明するのは難しいね…。まあ、君を招待させてもらったんだよ。」
「どういうことですか?」
「ところで君、この世界がどういうものか知っているかい?」
「この世界」で「こういう質問」をしてくる手合いは限られる。普通の人間ならば気にもせずに生きているこの幻想郷に疑問を持つ存在。
それは外に世界があることを意識しているモノであり-即ち人間の垣根を越えた人外である。こちらが身構えたことを感じたのか、女性が手を振って否定した。
「ああ、別に君が「どう答えた」からといって、取って喰おうって訳じゃないさ。」
-これでも一応は、ヒューマニストを気取っているからね-と付け足す女性。掻上げた黒髪がサラサラと流れる。○○は咄嗟に脳内で幻想郷縁起に記されていた妖怪を探したが、見当がつかなかった。
黙り込んだ○○に構わずに女性は話しを続ける。
「君のような外来人からすれば、この世界には妖怪が溢れていると思うだろうね。」
「ああ、そうだが…。」
「ならば、妖怪に管理されている、とも思うんじゃないかな?」
「……。」
余りにも危うい質問に、○○は答えを言えなかった。冗談で言うには余りにも真剣で、そして真剣な答えを返すには、余りにも恐ろしく、その話題は「理解ができる」外来人にとっては禁忌とも言えた。
そしてなおも悪いことに、時として沈黙はそれ自体が雄弁な答えとなってしまう。すなわち、沈黙は雄弁に勝る。
「悪い、悪い。君のようによく分かっている外来人にとって、これはタブーだったね。…それとも、分からされてしまうことがあったのかな?」
ドキリと○○の心臓が鳴る。幻想郷にいればそういった不愉快な事に出会うのは、偶にあることであった。
「そうか、君は幻想郷の賢者に遠慮してるんだな。ここではそれは大丈夫だよ。」
「どうしてそう言えるんだ?」
○○が口を開く。
「ふふふ…。」
○○の言葉を噛み締める女性。子供が飴玉を大切に口の中で転がすかのように、言葉を反響させているようであった。

「この世界には境界の管理人がいる。幻想郷と外の世界を隔てる境界を管理するのは八雲であり、そして幻想郷の中を管理するのは博麗。」
「八雲紫が誰がこの世界に入ってきて良いかを見極め、博麗霊夢が幻想郷の中の秩序を維持している。例えば異変を解決したり、秩序を乱した妖怪を退治する。」
ヤレヤレ、と言わんばかりに両手を広げる女性。
「まあ、そのせいで私は博麗に退治されてしまったんだけれどね…。」
ボソリと付け加えられた言葉は、○○の耳に入ることは無かった。
「この世界では妖怪が人間を支配している。それ故に人間が妖怪になることは厳しく禁じられているんだよ。
しかし、幻想郷に存在するのはそれ以外に色々とある。例えば、君は貸本屋の少女が最近、人外の仲間入りしたことを知っているかな?」
「鈴奈庵の娘さんことか?」
「ああ、そうだ。あそこの少女が博霊神社で、妖怪と一緒に宴会をしているのを見た人がいる。つまり彼女は人里の人間でありながらも、妖怪の側に立っているんだよ。
それは本来は重罪、殺されてもおかしくは無い筈のことなんだよ。だが、少女は死ななかった。何故だろうねぇ…?」

「分からないな。」
即答した○○の答えを聞いて女性は皮肉げにニヤリと笑った。
「ああ、その態度、その答え、君は本当に理想的だよ。妖怪との関わりを避けようとするその態度、自分が危ない領域まで踏み込まないようにするための、硬直されたその思考。
君は本当は気づいているというのに、気づくことを恐れているんだよ。」
「どうして妖怪の世界に踏み込むことを恐れているんだい?君が以前生きていた外の世界では、妖怪なんて居なかっただろうに。幻想郷でそんな空想の存在に出会ってしまったからには、最早君は人外の領域に踏み込んでいまっているんだよ。
決して君が望まざるとも…ね。」
「ああ、少々いじめ過ぎてしまったようだ。ついつい突っ切ってしまうのは昔からの悪い癖だよ。実は本当は、私は君に好意を持っているんだよ。
ふふふ…。話しを続けようか。答えは八雲紫がその少女を認めたからさ。本居小鈴という存在が、幻想郷に存在して良いと、そう管理者の彼女が認めたからこそ、今も彼女は存在することが出来ている。
結局の所は八雲紫が許すか、許さないか、それだけなんだよ。」
「ならば八雲紫は何を求めているのか。何故本居小鈴は人外となり、私は人外になれなかったのか。それは彼女がある種の理想を追い求めているからさ。
単純な下世話な脳味噌が騒ぎ立てる同性愛なんてものじゃない。それは彼女の理想からするとズレてしまっている。彼女は自身でも一つの役割を果たしているが、それは理想を実現させる手段に過ぎないのさ。」

「○○、流石にそこまでは君も理解できていない様だね…。まあそれは仕方が無い話しだろうね。なにせ明治で切り捨てられてしまった歴史なのだから。
二十一世紀に生きている君では最早…。まあ大丈夫さ、心配しなくても良い。今回は上手く行くからね。」
「今回はちょっと趣向を変えてみたんだよ。男の妖怪だったから殺されたなんてことは一つの重大な要因ではあるが、それは幻想郷の理想からすれば本質ではないのさ。
全て少女しか認められていないのならば、半妖の小道具屋の店主なんかは排除されている筈だからね。神様なんて存在からすれば、性別なんて物はある種些末な事。
豊聡耳の復活すらも彼女の手の平の上ならば、そこに流れているのは一つの底流であるのだから。陰陽玉の様に陰と陽が調和する、男女が愛で繋がっている世界を彼女は目指しているのかも知れないね。」


「さあ、妖怪らしく君を喰べようか○○。なあに死にはしないさ。これでも私は一応は、ヒューマニストだからね。」





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最終更新:2019年04月11日 22:55