「入り口、天井が低いから気を付けてね」
隠し部屋の存在を見抜かれた輝夜は、渋々と言うものはあるけれども、結局は観念した方が、輝夜の意地を通すよりも永琳の利益を優先して素直に応じてくれた。
「地下室だからでしょうか、少し寒いですね」
「そう?まぁ、道すがらにはさすがに置いてないけれど、部屋にはあるから、暖房を強めるわ」
輝夜はこの場所を使うのが慣れているのか、○○や阿求のように低い天井と足下を気にしながらと言う風は全くなく。
ずんずんと、突き進んでいた。その様子に、稗田夫妻を待つような素振りはなかった。
顔には出していないけれども、輝夜も現状をまったく楽観視はしていない。
そのため、いつもならば気にすることの出来る周りへの気遣いが明らかに目減りしていた。
「こっちよ」
一本道だと言うのにそんな言葉を言って、つまりは急いていたのだけれども。
「阿求、寒いのなら俺の上着を羽織ると良いよ」
「ありがとう、○○」
先導してくれている輝夜の事が、限りなく見えていない様子で。
普段通りとしか言いようがない姿を、今の稗田夫妻は見せていた。
確かに普段であるならば、仲むつまじくて周りも穏やかになれるであろうけれども。
今は日常ではなくて、しかも輝夜からすれば渦中の人なのだ。
「…………」
輝夜は唸ったりもしなかったが、壁を叩いて早くしろと、言外に伝えてきた。
輝夜にとっては幸いにも、壁を叩く音だけで稗田夫妻がハッとなって、現実に意識を戻してくれたので。
これ以上に苛立ちを具現化させずに済んだ。
それにこれ以上は、いきなり大声になりそうで輝夜としても怖かった。
存外に自分も追い詰められている事を、自覚しなければならなかった。
「終わりそうか?」
そして案内された部屋には、八意永琳がと行きたかったが。
そこには八意永琳の他にもう一人の人物が。
藤原妹紅の姿も、そこには合った。
「これは藤原妹紅さん」
別にこれは意外でも何でもなかった、今回の事件の中心にいる永琳や、絵図をいくらか描いていた輝夜。
この二人と同じく、藤原妹紅も蓬莱人であるから。
しかしここで問題なのは。
「早く帰りたいんだ」
藤原妹紅が、決して協力的では無いことであろう。
「あ、妹紅さん丁度よかった。新しい竹炭を、ひとまず一キロほどまた稗田邸にお願いできますか?」
阿求も、妹紅が不精不精であることはすぐに見抜き。代わりに、商売の種を投げた。
「まいど」
妹紅はすぐに懐から手帳を取り出して、新しい売り上げを上機嫌に書き込んだが。輝夜は違った、こちらは焦っている。
「次は永琳と話してちょうだい」
そう言って阿求を促したが、妹紅は苦笑しながら。
「回りくどいことしやがって……変わったな」
批判ではないけれども、そう呟いた。
「少しは乙女でいても良いでしょう?」
妹紅の呟きが批判ではない以上、輝夜の呟きも独り言以上の価値は出てこなかった。
「これは八意先生。今朝がたにお話をいただいたときには、次はいつお目にかかれることかと不安でしたけれども、まぁ、幸いにも長くかからずにまたお会いできて」
妹紅がさほどこの件に関心が無いことを知った阿求は、輝夜の言った通りに、八意永琳へ目を向けた。
その姿はさすがに焦りと、それを噴出させぬようにと言う努力によって。
永琳はガチガチの状態であったから。
阿求はそれに見合った態度、とてつもなくうやうやしい態度で、あくまでも刺激を少なく抑えようとしていた。
「…………何か良い報告はあるのかしら」
事実永琳は、阿求からの丁寧に丁寧を重ねた礼儀正しい挨拶にもほとんど反応せずに。
一足飛びで、いきなり本題に突き進む話の展開を要求していた。
儀礼的な態度など、不要であると言う返答である。
「あぁ、遊郭の動向は気になるな」
妹紅も、時勢の話題には多少は興味を出してくれたが。あくまでも興味の範囲。
「気楽な身分」
輝夜は若干の苛立ちを乗せながら独り言をまた呟いた。
「もっと早く出来たはずなのに」
意外な事に妹紅は独り言に反応した。
「私にやったみたいに」
今度は若干の批判を込めながら。
「では、お話しします。遊郭の最大派閥に対する、反乱とまでは言いませんが権力闘争の様相が強いですね」
妹紅と輝夜の意識を見てとった阿求は、すぐに話を始めた。
第一、永琳がそれを望んでいる。
「……今の最大派閥の長。忘八達の頭は、私も会ったことがあるから知っているわ。野心が無さそうで安心していたけれども」
「いえ、あの最大派閥の長さんは確かに安心です。問題はそれよりも下ですね、商売を手広くやりたがっている」
永琳は首を横に振った。否定的な意味であることは確かだが、その内容がよくわからなくて若干の恐怖がある。
「続けますね、商いの拡大を目論んでいる勢力は、今のお頭さんが怖くて隠れながら手探りをしているみたいで……まぁ人里は大丈夫ですが、それ以外の人間が多いところ」
「特に守矢神社周辺が危ないと、東風谷早苗さんが気づいてくれたので。二つの勢力からの協力があります」
「それに、私の夫がすこし歩き回ってくれたお陰で」
この時阿求はすこしばかり言葉を切って、○○の方に向いた。
阿求は自分の夫の各種勢力や有名人への覚えを良くしたいのだろう。
○○は即座に頭を下げたが、それは阿求にとっては重要ではなくて、輝夜と永琳からの会釈を、明らかに待っていた。
輝夜は○○との最初の会談で、阿求の夫と言う立場を考えて、あまり動くなと伝えていただけに。
その会釈の様子は、ぎこちないものであった。
永琳と輝夜からの会釈を確かに確認した阿求は満足げな様子て話を続けた。
「少なくとも愚か者が五人、守矢神社で活動していました。それは東風谷さんがすぐに取り除いてくれますし、偶然今日は出てきていない連中も、忘八達のお頭が遊郭で探してくれます」
「少なくとも、今回の一件で八意先生が恋慕を抱いてらっしゃるあの書生君は、もう無事です。助かりました。問題は遊郭内部の権力闘争ですが、それは稗田や慧音先生で受け持ちます」
○○は阿求の話を聞きながら、どういう着地を見せるのが忘八達のお頭にとってマシだろうかと思ったが。
阿求も慧音先生も、そして永遠亭。
このどれもが手心を加えるはずがないので、永遠亭が参加しないだけマシだというのにすぐ気づいた。
……阿求には隠すが。○○は忘八達のお頭に対しては、同情があって。優しく見ていた。
それがばれた瞬間、あのお頭が更なる苦境に立たされるので、この感情は隠す以外の方法などないのだけれども。
「ねぇ、○○。あなたも何か質問が合ったらお聞きなさいな」
○○はまんじりともせずに、自分以外の者達を眺めていたら。阿求から発言を促された。
別に、阿求の方がはるかに格上だから。自分は何も言わなくても良かったのだけれども。
「あなた、遠慮なさらずに」
そう言う謙遜や遠慮こそ、阿求は嫌がるのである。
だった、外れても構わないから気になったことを聞こう。
「じゃあ、ひとつ。的外れだなと思われたら、素直に引っ込めます」
○○は少し間を作り、阿求以外の三人を、一人ずつ見ていってから声を出した。
「あの書生君は、少しおかしいように思えて」
永琳と輝夜はピクリともしなかったが、妹紅は苦笑していた。なにか知っているのだろうか。
「具体的に言えば……書生君は、八意永琳に陶酔している。いえ、良い思い出があってそれが理由ならば、失礼な質問を詫びながら引っ込めますので」
「陶酔?違うね、あれは精神的に依存させられているんだよ。ちゃんと見ているんだな、バカげたお人好しに作為を感じたんだろう?」
○○は礼儀正しく、詫びる可能性にも言及したが。妹紅からそんな必要はないとばかりに、称賛含みで間に入られた。
「一服盛られているんだよ、依存薬物の効果がある時と八意永琳と一緒にいるときを、巧妙に同じときに合わせているんだ!!」
「……なるほど。納得しました」
八意永琳はいまだピクリともしないが、輝夜は違った。
「弁解させて、私の感慨なのこれは」
「私にやったことの焼き直しだからな!?」
輝夜は即座に、永琳の責任も引き取ろうとしたが。妹紅はそんな輝夜の態度に腹が立ったのか、昔の話を蒸し返そうとした。
「ひとつだけ覚えてほしいの!蓬莱人はね、寂しがりやなの!!」
「阿求、逃げよう」
どうやら輝夜も妹紅が自分を忘れないように手を回していたようだが、その話は確かに気になるけれども。聞けるような状況ではなさそうだ、何より妹紅が怒りに我を忘れ始めていた。
ここは、逃げるが勝ちであろう。
感想
最終更新:2019年04月15日 00:27