「ねぇ、私のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会ってほしいの」
蓮子からそう提案された時、○○の口の中には運悪くパスタが詰め込まれており。
「え!?菫子(すみれこ)おばあ様に会えるの!?」
機先と言う奴は、完全にメリーの手によってすべてが持って行かれてしまった。
しかもこういう時に限って、本日の食卓に供されたパスタは固めのゆで加減であるから。急いで噛み砕いて飲み込もうにも。
「いつ?」
「連休初日よ、昨日にねお祖父ちゃんが電話して聞いてきたのよ。来れるかって」
蓮子とメリーを、いや彼女たちはその間に○○が入り込むことをどちらともが許容を通り越して。
もはや脅迫じみたやり方で、蓮子とメリーの間にいる事を強制されているけれども。
世間の物の味方は、絶対に○○の味方をしてくれない。それぐらいの事は理解していた、理解していたからこそ○○はこの二人から離れたかったのだけれども。
あの日の、脅迫じみた説得はいまだに夢に見るぐらいの衝撃と恐怖が合った。


『世間は、どっちを信じるかしらね』
『青あざのある女の子二人の泣きながらの言葉と、あたふたする男一人の言葉。どっちが重いかしらね』
『大丈夫よ、出て行きさえしなければ良いだけだから』
確か蓮子はこんな事を言っていた。
蓮子に比べれば穏やかなメリーは、最終手段であるだとか言って。必死に○○を落ちつけつつも蓮子を宥めていたけれども。
『取らせないでよね、私もあんまりやりたくなりから』
メリーからの宥めは、あまり蓮子には聞いていなかったし。よくよく考えれば、メリーでさえも蓮子の脅迫を最後に取り得るしかたの無い手段ぐらいには。
それぐらいには現実的な方法だと考えてしまっていることに○○が気付いた時。
○○は全身の力が抜けてしまい、それ以上行動する気力と言う者がわいてこなかった。
その癖蓮子ときたら。
『ごめんね、こんな方法しか取れなくて』
一通り脅迫しつくした後、○○に抱きつきながら許しを乞うてきた。
『逃げさえしなければ、何をしても良いから』
そして蓮子は○○に体を許した。
『私もよ、蓮子の提案を結局飲んでいるんだから』
そこにメリーも続いたのは言うまでも無かった。

脅迫しているくせに、綺麗な顔で、その上罪悪感を抱いているのだ。
『ごめんね、でも一緒にいてほしいの』
この言葉は、あの脅迫の後何度も聞かされた。特に眠りしなに。


思い出してしまったが為に、咀嚼を続けて急いで飲み込もうとしていたパスタが。口の中で微動だにしてくれなくなった。
いや、それは一種の本能から微動だにしなくなったのだ。
これ以上無理を続けると、恐らく嘔吐していた。きっと蓮子もメリーも優しいから――逃げない限りは――慌ててこちらを心配してくれるだろうけれども。
そう言う問題では無いのは確かな事であると問いかけたかったが。
残念ながら、こんな美と美人の間に挟まれている○○は。殆どの人間から疎まれてしまっているのだ。
おまけに無理に離れようとすれば、さきの脅迫を蓮子は間違いなく実行してくるだろうし。多分メリーも何だかんだで協力する。


「○○、もちろんあなたも来るのよ」
ありありと思い浮かべてしまえる最悪の情景が王手直前なのに、蓮子の祖父母には会わない方が――個人的な精神衛生の為にも――厄介にならずに済むだろうと言う考えを、出来るだけやわらかく伝えたかったが。
「お祖父ちゃんがね、○○の顔を一度見てみたいって言ってるのよ」
蓮子の祖父と言う、蓮子の親族と言う。場合によっては蓮子からの希望よりも強力に何かを押し通せる存在からの、直々のご指名には。
ただでさえ美人と美人の間に挟まれて外聞の悪い○○には、これを拒絶する手段は中々に思いつかなかったが。
「お祖父さんは、俺と蓮子とメリー。三人の関係は?」
「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも知ってるわよ。何回も話してるから」
既に蓮子の祖父母にまで外聞の悪さが伝播しているのには、もはや諦める以外の方法は無かった。
いっそのこと、バックれてやろうかとも考えたが。右を見ても左を見ても、蓮子かメリーのどちらかがいる状況を考えれば。
逃げる事は可能性が期待できないし、よしんば赤信号などを使って無理に突破すれば。
蓮子は即座に、脅迫を実行に移しかねない。そうなったら女性二人の狂言を狂言だと証明する術が、○○には存在していない。

「あぁ、そうそう。お祖父ちゃんから○○に言伝があるの」
ここら辺からの蓮子の話は、○○にはほとんど聞こえていなかったし。
「菫子と蓮子はよく似ているから、会うのが楽しみだって。良い会話が出来るはずだってさ」
何とか聞こえたこの部分も、蓮子の祖父から頂戴した強烈な皮肉にしか聞こえなかった。
むしろこれを、皮肉以外にどう解釈しろと言うのだろう。
1つ確かな事は、蓮子の祖父は。蓮子の祖母である菫子さんの事を今でも十分に愛しているという事だろう。
ならば嫁と似ている孫への愛は、推し量る事すら出来ない大きさのはずだ。
(ビールか何か腹にぶち混んで、脳みそをマヒさせてから行こうかな……)
残念ながら○○には、来るべき皮肉と罵声に対する防御は。もはやアルコールぐらいしか思いつかなかった。

そして当日がやってきた。蓮子の祖父母とは、蓮子もメリーもよい関係を気づいているらしく。
特にメリーは、蓮子の祖母である菫子(すみれこ)に関しては菫子おばあ様とまで呼んで慕っている。
菫子とメリーの関係が良好である事は火を見るよりも明らかな事であろう。
(あー!あー!あー!シラフで最悪!!)
それよりも○○は、事態を覚える能力を下げる事の出来るアルコール様のご加護を得る事が出来なかった事の方が。
もっとも悪い報告であろう。
途中でコンビニに寄ろうとしたが、いわゆる駅中のコンビニでさえも蓮子とメリーは付いてきたのだ。
出入り口が一つしかないコンビニを狙って、入り口で待っててと。そういう、逃げる事の出来ない場所に○○自ら足を踏み入れても、どちらともついてきた。
片方だけだったらまだなんとかなったろう。
アルコールを手に入れる事は出来ないが、連れているのが蓮子かメリーの1人だけならばまだ良い。
美人の彼女がいやがるな程度の視線は頂戴するだろうけれども、不特定多数が出入りする電車や繁華街で、カップルだなんて、珍しくなさ過ぎて見た何分か後には。
たとえ男か女かのどちらかが大層見た目が恵まれていても、意外とすぐに忘れてくれる。
しかしこれが蓮子とメリーを同時にとなると、状況は大きく違ってくる。
それが嫌だから、○○はインドア派を二人の前では気取っていて。自宅――と、蓮子とメリーが表現する場所――から殆ど出たがらなかったのだ。
必要な資料やら本やらも、ネットを使えばかなり大量に。大学を卒業できる程度には引っ張る事が出来る。
文明万歳である。




「こっちよ」
そうメリーが○○を先導してくれる。
蓮子ならば分かるのだけれども、メリーがそれをやるという事は前にも来たことが合って。しかもそれは一度や二度では無い、覚える事が出来る程度の回数は来ているという事だ。
なんてことだ、状況は考えれば考えるほど○○に悪い。
孫が美人でその友達も美人で、ここで終わればいいのに。○○と言うよく分からない男が真ん中にいるんだから。
本当に、何で、俺はこの二人と仲良くなってしまったのだろう。
オカルト嫌いをこじらせたあげく、突っ掛り、種々の事を見た結果に残念ながらオカルトの存在を肯定した。
ここで終われば、それで良かったのに……何故、ここまで仲良くなれたのだろうか。なってしまったのかと表現した方が正しいのだろうけれども。





「いらっしゃい、蓮子にメリーちゃん」
菫子(すみれこ)と言う、蓮子の祖母がにこやかに出迎えてくれた。ここまでは良い、と言うよりここで終わってほしい。
「……あなたが○○君ね。あの人ほどでは無いけれども、私も確認したかったのよ。貴方の顔を」
だが終わらない。そうだ、何故ならば。蓮子とメリーの間に、○○と言う。自分でも何度考えたかは分からないけれども、下手な異物が存在しているからだ。
「蓮子、悪いんだけれども料理を用意するの手伝って。五人分だから、思ったよりも時間がかかって」
そう言いながら菫子さんは、○○の顔を見ながら少しばかり笑みを見せた。
ひとまず、自分の分は感情に入っているようで。それだけは安心して良かった。
「私も手伝いますわ菫子おばあ様。それから、おじい様のお加減はいかがですか?」
宇佐見家の事情をいくらかは知っているメリーが、菫子に気を使いながら彼女の夫。蓮子の祖父の事を気遣う。


「相変わらず、足腰が痛いからベッドに座りながらだけれども。難しい顔をしながら昔の映画やドラマを見ているわよ。私の頃ですら昔だから、あなた達からすれば大昔ね」
あなた達と言う言葉に、果たして○○は含まれているのだろうか。いなくても構わないが、自分の立場は理解している。
それから、蓮子の祖父が難しい顔をしているのは。○○自身のせいだと言う自責の念に駆られてならないのだけれども。

「白黒映画を見ていた時は何事かと思ったわ。あんた私と出会った高校の時からパソコンもスマホもあったでしょうに」
パソコンとスマホと言う言葉に、蓮子もメリーも○○も。若干戸惑った。
「ああ、ごめんなさい。今はもっと進化している物を使っているんだったわね。さすがに、手首にチップをぶち混む気には私もあの人もなれなかったけれど」
昔話が通じないと思った菫子さんは、素直に話題を今に戻してくれた。



「それから、○○さん」
「……はい」
一通りの会話が終わった後。すこしばかり菫子さんが声色を整えながら○○に向かった。
ついに来たかとしか思えなかった。
「あの人が私よりもずっと、貴方と話したがっていたから。向こうの部屋にいるから、会って来てあげてよ。足腰が悪いから、呼んだら肩も貸してあげて」
「……はい」
菫子さんの口調に重さを見てしまった○○は、沈鬱ながらもきれいな所作で頭を下げる。
「じゃあ○○、後でね」しかしメリーと。
「何話していたか聞かせてね」蓮子は、ここが自らの安全地帯であるから。どこか肩の力を抜いているから、安心感しかなかった。


「大丈夫よ」
去り際に、菫子さんが一言残した。
「私と蓮子は似ているから、○○さんと私の夫も似ているわ。保証出来る」
何かを思い出しながら菫子さんは答えた、きっと昔の話なのだろう。
しかしその時の顔が、蓮子が自分を脅迫するときの顔と似ていた。
綺麗だけれども怖くて、その癖どこか罪悪感を抱いているような顔である。
「あと、あの人に。いろいろ思い出したのなら、私が謝っていたとも伝えて……一緒にいたかったのよ」
その上、蓮子と同じような事まで言い出した。



「あなた、あなた。○○さんが来てくれたわよ」
菫子さんは自分の夫が、つまりは蓮子にとっての祖父がいる部屋をノックした。
無論○○は逃げる気など無いが、菫子さんの足さばきと言うか体運びと言うか。
スッという風に動いて、間違いなく意図しているのだろうけれども相手の動きを若干封じるような場所に菫子さんは驚くほど滑らかに。
それ以上に恐怖してしまうぐらいに静かに、そしていつの間にか菫子さんが移動している。
それをまさか蓮子以外から見せられてしまい、遅ればせながらではあるけれども。あぁ、やっぱり彼女は蓮子のお祖母ちゃんなんだと。
そう言う関係の濃さと言う物を見せつけられてしまった形であった。
これでは逃げる事は出来ない、逃げるために少々の無茶――それも暴力的な――を押し通さねばならない。
蓮子とメリーと言う極上の美人をこっぴどく振るのと、菫子さんと言う老人を突き飛ばすのと。
非難の矛先は違うけれども、社会的生命に致命的な打撃を被るのはどちらの例をもってしても、さしたる違いは存在していない。

それに菫子さんから、私の夫の方が会いたがっていると言われている。○○に興味を――良いか悪いかはこの際では置いておく――抱いている人間が1人だけでは無い以上。
もう、ここまで来てしまった後に逃げるだなんてことに、先延ばし以上の価値が無いのは明白であるから。
だったら最初からバックれた方がまだマシとすら言えてしまえる、その場合も蓮子とメリーが動くから、誰の手によって破滅を迎えるかの違いにしかならないのは苦しい所である。
○○はまな板の上の鯉のようにする以外の道は無かった。本当の命までは取られないだろうけれども、その次ぐらいには追い詰められている。

「ああ、大丈夫だ。入れてくれ」
菫子さんが部屋の扉を叩いて数秒後、中から声が聞こえた。老人らしくしわがれていたが、重々しさの方が際立っていた。
その重々しさは、誰の手によって重くさせられているのだろうか。最も○○としても、全くの無関係だとは考える事は出来ないのだけれども。


かくして部屋の扉は開かれた。
願わくば、この扉に○○は比喩的な意味を見つける事が無いようにと。柄にもなく神仏に祈りをささげてしまった。




「もう少しで終わる」
菫子さんが最初に言っていた通り、蓮子の祖父であるこの男性はベットに座りながらではあるけれども、昔の映画もしくはドラマを見ていた。
しかし流している映像よりも、入ってきた自らの妻である菫子と。どう考えても孫にその友人ごとまとわりつく厄介者の○○を見ていた。
「君が○○君だね?もう聞いていると思うが、私が蓮子の祖父だよ」
蓮子の祖父は、○○を見たままで手元にあるワイヤレスキーボードを操作して、画面の映像を止めた。

「このエピソードは何度も見たから、もう感覚で残りの時間が分かってしまえる。あと五分も無い」
手元にあるワイヤレスキーボードの少し向こう側に、電源が入れっぱなしのパソコンが置いてあった。
「オンデマンド配信……良い時代だよ。借りに行く手間も必要ないし、動画を見るだけならそこまで高性能のパソコンも必要では無い。本気で気に入ったならソフトを買うが、そこまで行かないのも多いからな」
蓮子の祖父はそう言うけれども、それは本心からの他愛のない会話などでは無いのは、人生経験のまだまだ低い○○でも分かる。
蓮子の祖父はただただ、じっと。○○の瞳を常に覗き込んでいた。
オンデマンド配信を褒める時も、と言うよりは菫子が○○を連れて入ってきたときからずっと。
○○の方向に興味が固定されてしまっていた。


「菫子」
蓮子の祖父が、○○の瞳を覗き込むのをやめるまでの時間は、そこまで大きなものでは無かったはずだけれども。
○○の主観ではもう既に、何十分も詰問されている気分であった。悪い印象や空気程、長く感じる物である。
「蓮子とメリーちゃんは?」
「料理の用意を手伝ってもらっているわ、五人分だから思ったより手間がかかって。まぁでも、あとは盛り付けて配膳するだけだから。そんなにはかからないわ」
「そうか、じゃあ○○君と話をしていればすぐに終わるな。用意が出来たら呼んでくれ」
そう言って蓮子の祖父は手元のワイヤレスキーボードを、使い慣れているからだろう、全く見ずに一時停止から再生の状態に戻った。
菫子さんの言う通り、彼は古いドラマや映画が好きなようで。今の技術で映像に修復を加えているのだろうけれども。
根底に眠るセピア調の雰囲気までは消えていないと言うか、あえて消していないのかもしれなかった。
どちらにせよ雰囲気が良くて、彼が、蓮子の祖父が古い映画やドラマを好む理由が何となくわかった。
最も、やはり蓮子の祖父は。何度でも好きな時に見られるオンデマンド配信よりも。次はいつ来るか分からない○○の方に、意識が固定されていた。
良い意味であればまだ、良かったのであるけれども。


「ええ、じゃあ私は用意に戻るわね…………」
菫子さんはひとおもいには去らずに、○○の方を見た。
「大丈夫よ私と蓮子は似ているから。私が選んだこの人も○○さんと似ていると思うわ」
そして意味深長な事を言い残して立ち去った。良いか悪いかの判断が全くつかなくて、怖いだけであった。



「まぁ、座りなさい……喉乾いていないか?封の開いていない飲み物があるぞ、水とお茶しかないのは申し訳ない、ジュースは喉に絡んでしまうから避けているんだ」
せっかく再生した映像を、蓮子の祖父はまったく見ていなかった。
映像は、よほど見慣れている蓮子の祖父が言った通りでもうほとんど終わろうとしていた。
探偵らしき主人公が相棒と一緒に、馬車から飛び降りて駅へ駆け込み。連れ去られようとしている女性を、悪党たちの手から取り戻した所で終わった。
中々に暗示的じゃないか……蓮子の祖父、彼は狙ってこの話を○○が来るときに合わせたのだろうか。
だとすれば計算高い蓮子と同じだ、彼は間違いなく蓮子の祖父だ。
男は究極的には、目の前の子どもを産むのにお腹を痛めていないから。科学が発達するまでは確証が持てないと言う葛藤を抱えていたと聞いたことがあるけれども。
彼と、菫子さんと、その孫の蓮子。この間に血のつながりを不安視するようなものは無いと断言してしまっても良いだろう。



○○は、蓮子の祖父から差し出されたお茶も水も。厚意に甘えてはいとも、せめてもの遠慮で点数を稼ぐためにいいえとも言えなかった。
「どうせ私の話は長くなる」
そこで、蓮子の祖父がしびれを切らして、お茶の封を開けてしまった。もうこれはいただくしかない。
「あの……ありがとうございます」
「ただ私の話を聞いてくれればいい、相づちも必要ない」
蓮子の祖父から飲み物を受け取る際、無論の事○○は礼を言ったが。ともすれば蓮子の祖父は、礼すら必要ないと言う冷たい態度を取っていた。
「蓮子はメリーちゃんと結婚する物と思っていたよ……まさか男を、互いの公認で連れるとは思わなかった。子孫は、菫子よりも進化しているのかな」
やはり心象は最悪ですら生ぬるいのだろうか。
そりゃ、孫が美人でその女友達も美人ならば。間に入る男に良い顔をしろと言っても難しいことこの上ない。


「でもこれだけは保証しよう、○○君は被害者だ。若くて知識も豊富な分、蓮子は菫子よりも苛烈になれる。私よりも危ない立場に、目的の為ならば孫の蓮子は○○君を追い詰める。私の話よりも悪い状況を苦も無く作るだろう」
けれども、蓮子の祖父は同時に、○○の知る有る人物と似ているとも考えてしまった。
「私もだてに年はとっていない。○○君と同じ大学の彼にせよ、目を見れば諦めの色は感じ取る事が出来る、同族だからな!」
半ばやけっぱちに笑いながら、蓮子の祖父は手元のワイヤレスキーボードを操作して。ある人物の画像を出した。


「あっ……」
それは先輩だった。けれども、先輩の画像がネットを検索してすぐに出てくるのは不思議では無い。
この世界で、大統一理論をほぼ完ぺきに理解している、岡崎教授と北白河助手のお世話役兼広報でもあり。
暗黙の了解の内での、岡崎及び北白河さんの恋人なのだから。
だから、蓮子の祖父が○○の先輩の画像を出してきたのは全くの別の所からの驚きであった。

「やはりな、同じ大学と言うのに因縁を感ずるがそれは、今はよしておこう。どちらにせよ私は一目見ただけで、この岡崎と北白河さんが、うちの菫子と同種の……」
蓮子の祖父は少し言葉を切って、ため息を大きく付いた。
「今思い出しても寒気がする」
心配になって寄ろうとしたが、彼は何かを思い出している真っ最中のようであった。
体調の急変では無いので、それは安心できたが……心の底からでは無い。


「話を続けよう。私の恋人で、今は妻である菫子の話をしよう」







菫子の言った通り、私と菫子の出会いは高校だ。
そのあと菫子は、私を追いかけて同じだが国までやってきたが。まぁその部分に関しては枝葉だ、殆どの話は高校で完結する。
菫子が大学でやった事は、高校で上手くいったことを洗練させているだけに過ぎない。
……焼き直しでは無くて洗練させられることが出来ると言うのは、恐怖含みで賞賛に値する事だがな。

菫子から聞いているから私も知っているが、蓮子は秘封倶楽部と言うオカルト趣味のサークルをメリーちゃんと行っているそうだな。
若干の補足を入れると、実はその初代会長は私の妻である菫子なのだよ。
どこでどう見知ったかまでは知らないが、何年か前に菫子の話を目をきらめかせながら聞いている蓮子の事は覚えているよ。

……それで。この際だから聞くけれどね、○○君。秘封倶楽部の活動に君は関わっているのかい?


○○は黙ってうなずいた。蓮子の祖父は満足気な顔をしていた。


ならば話は早いな。今の、大統一理論すら完成してしまったこの時代にオカルト趣味に理解を持てる君ならばこの話も信じてくれるだろう。
私の妻の菫子は、どうやら、目には見えないけれども確かに存在する世界に入り込むことが出来たようなのだ。


○○は言葉こそ出さなかったがその表情に、困惑の色があったけれども。
結局は、オカルト趣味と言うよりも。オカルトそのものの肯定を、秘封倶楽部と関わった時点で行っている自分に気付いた。


最初は私も鼻で笑っていた。けれどもね、私の趣味も実を言えば鼻で笑われるような趣味だったから。

そう言って蓮子の祖父は、オンデマンド配信のサイトに画面を戻した。


履歴を見てもらえばわかると思うが、私が好んで見る作品はどれも古い物だ。
私の学生時代の映画は、もう大規模なセットや数百人のエキストラを動員して画面に迫力を持たせるなんてことはほとんど消え去ってしまって。
愛想もこいそも無い、緑や青い布の前で俳優が演じて。後から強大な敵や、頼もしい味方たちやら、大乱戦やら。そう言った物をCGでかき込んでいた。
私はどうにもそれが、高校の頃から苦手でね。最初から全部書き込みで作られている、アニメやゲームならば平気だったのだけれども。
この微妙な感覚は、残念ながら同年代の人間には理解されないままであったよ。
単色の布の前で演じる俳優たちのメイキング映像を見て、この人たちは精神がおかしくならないのだろうかと、心配にすらなったよ。


たった一人の例外。
宇佐見菫子を除いては、私の微妙な感覚や趣味は理解されなかったよ。


「私と菫子との出会いは、高校の教室でだ。そう言うだけならば普通だけれども……」
「詳細を語ったらとてもじゃないがロマンスなどと言う物は期待できない。」
「まぁ、現実などそういう物なのかもしれないが。」

そう蓮子の祖父は愚痴交じりに呟いているけれども、足腰が痛くなるまでの年月付き合ってしまえば、それでも笑えることの1つや2つは見つけてしまえるのか。
とにかく蓮子の祖父は、快活に笑いながらパソコンをシャットダウンしていた。
しかしその笑い方は、いや確かに気持ちのいい声と顔だけれども。どうにも、神経質と言うか。
どうにもそう思い込みたがっているような、専門の医療従事者では無いから○○には、確たる判断を付ける事は出来ないが。
ストックホルム症候群と言う単語が、どうしても頭の中で行ったり来たりを繰り返していた。


「私は特に部活にも熱心にはならずに、本ばかりを読んでいた。よく楽しいかと聞かれたけれども、十分楽しかったね」
「アガサ・クリスティやコナン・ドイルなど。今では古典扱いされるミステリーはほぼ読んだよ、そこに菫子の姿があったんだ」
蓮子の祖父はロマンスなど期待できないと謙遜していたが、そうでもなさそうじゃないかと○○は安堵した。
「文学青年とそれに興味を持つ少女だなんて、まさしくロマンスじゃないですか」
目の前の老人の孫娘、蓮子と。その女友達メリーを。向こうの方からの脅迫とは言え。騒いだらお前が社会的に終わるぞと言う脅迫に負けて。
遂にその中央に収まってしまった○○は、かなり遠慮気味ではあったが菫子さんとのなれ初めに対して、素直に称賛とうらやましいと言う気持ちを伝えたが。

「なんてことはないよ、私が放課後の教室でひたすら本を読んでいる後ろで、菫子は机に突っ伏してひたすら寝ていたんだ」
「最初の2~3ヶ月どころか、話が動いたのは2学期に入ってからだ」
蓮子の祖父であるこの老人からは、にべもなく袖を振られてしまった。やはり美人の孫娘とやっぱり美人のその女友達を籠絡(ろうらく)している風にしか見えない○○は、嫌われているのだろうか。
安堵しかけた息を、○○は再び飲み込んで腹を決めるべきかなと弱気になった。



「声をかけて来てくれたのは、菫子の方だったな」
――貴方、いつ起きても本を読んでるわね。それ、面白いの?
「確かそんな事を言われた記憶がある。実際はもっとぶっきらぼうで、感情が殆どこもっていなかったかもしれんがな。ただそれは、読書を邪魔された私の方も同じだが」
――面白いよ。古典ミステリーの方が、俺は好き。
「ぐらいの事は言った。それでもまぁ、菫子は……旦那の私が言っても説得力に欠けるかもしれんが。当時から可愛かったから。ぶっきらぼうに言った事はすぐに罪悪感が湧いたよ」
果たして○○にとっては、妻が学生時代から可愛かったと自慢できる日は来るのだろうか。このまま何年たっても二股野郎のそしりを受けざるを得ないのではと考えると。
急に、目の前のこの老人がうらやましくなってしまった。


――アガサ・クリスティ?貴方古いのよんでるのね。
「さすがに菫子からこの言葉を聞いた時は、ムッとしたがね。ミステリーの古典どころか、ミステリーをほぼ完成させた女傑の名前を古い呼ばわりとは」
それよりも、蓮子とメリーの方が。○○にとっては女傑であろう。

――読んでみれば分かる。
「しかし何もわからん奴に反論しても、意味が無い。ならば一冊無駄にする勢い、上げるつもりで貸した方が有意義だろう。しかしまぁ」
――1冊千円近くするんだ。一週間以内に読んで帰せ!
「高校生の時分で、千円近い本は。中々苦しかったからね、ほとんど図書館で済ましていたが、カバンにある物はお気に入りの作品だから買っていたんだ……今思えばよく渡す気になれたな」

「少しばかり話を飛ばそう。菫子はちゃんと読んでくれたよ、まぁアガサ・クリスティの中でも、あの特急の事件は今でも読後感の大きさはすさまじいからな」


「菫子は、私の選択も良かったと思いたいが。一気に古典ミステリーのファンになってくれたよ。その後、ミニシアターなんかで無名や低予算の作品を漁ったりもしたな」

「楽しかったね。それに私と付き合い始めてから菫子は、相変わらず寝ていたが、少なくともその頻度は減った」

「菫子が寝てばかりいると言うのは、教師だけではなく周りの同級生も知っていたから。私と菫子が古典ミステリーや無名や低予算映画の話に花を咲かせているのを、好機も含めた目だが……まぁ、良い風に見てもらえていたよ」

周りからの視線を話題にした時、老人の肩が明らかにすくんだ物になった。
「基本的に、男が女を『ふる』と言うのは外聞が悪い。捨てられるならまだしも、ましてや高校生の人格ではな、そう言う意味では私も菫子も早熟なのだな」
そして誰に聞かせるでもなく、つぶやきを始めた。
「ただ、私は早熟故に周りを若干見下していたが。菫子はそこからさらに、煽りやすい操作しやすい連中だと勘付いたのだろうな」

「菫子は、黙っていれば地味属性だから。女王蜂属性の女子からも、女王蜂を良く見せるための道具に成り下がるが、操作しやすかった。どうせ高校を卒業したら会う事も無いと思えば、我慢できたのだろうな」

「その上、ボス猿属性の男から。彼女もちなら彼氏らしくしろと言う圧力がなぁ…………あれが一番きつかった」
そのまま老人は天井を見上げながら、十数秒ほど。過去を思い出していたが。
老人の呟きから○○が、この老人はとてつもなく危険な綱渡りを強いられていたのは、容易に想像できた。

女王蜂属性の女子や、ボス猿になりたがる男子。○○もこういう連中が厄介な連中だと言うのは高校時代の記憶がまだ鮮明故に。
この老人の心労が、何十年もたってもまだ鮮明に思い出せる事に同情する他は無かった。

そして思い出しているうちに、○○へ話を聞かせている事を思い出して。老人は向き直ってくれた。
「すまない、話を続けよう。今でも覚えているよ、菫子が覚悟を決めてしまった瞬間は。あれは、ミニシアターで面白そうな映画を見つけたから、勧めた時だった」




「この監督の経歴、スマホで調べたけれども凄いわね。なんか人生経験豊富だけで片付けて良いものか……」
ある日の事だったな、私が勧めた映画の出演者や監督の経歴まで気にしてくれたことに気を良くしてな。
あの時は本当に少しばかり、喋りすぎた。でも嬉しかったんだ。今思えば、菫子に本を渡した時よりも、あの時の方が分岐路としては大きかったように思える。


「元軍人で、辞めた後は民間運送会社にいながら脚本書きつつ、自分の体術やサバイバルの光景を動画配信……多彩と言うか生き急いでいると言うか……」
「ねぇ」
あの時だったな、気に入った作品の監督から話し出したとき。菫子の顔が真面目な物に変わった、はっきりと覚えている。
「あなたって、私と似ている気がするの」
私の目をまじまじと、一切そらさずに見つめながらそう言ったのだ。それにあそこから、私の呼び方が。
『貴方』から『あなた』に変化する、まさにその瞬間があそこだったのではないか。
「あなたって、私と一緒で。いわゆる普通だとか、一般的だとか、そう言う周りがあんまり好きじゃない。場合によっては嫌いとすら言い切っている事もあるかも」
はっきり言って、菫子からのこの指摘は図星でしかなかった。
それ故に、私は全く返答も反応も出来ずに黙りこくってしまった。
「だからね、大丈夫だと思うの。私が知っている世界に案内しても」
しかし菫子は、もう自分が向かう道は。もはや決定事項となっていたのだろうね、菫子は私の額やこめかみに何度も手を当ててきたよ。
「感覚の共有は……向こうで練習したけれど、いままでやったことなかったから。どこまで行けるか…………」


最初は、菫子が言っている。感覚の共有と言う、その言葉の意味が分からなかったが。その日の晩、眠った後にその意味を知る事が出来たよ。
「あ、○○来れたのね!良かった上手くいって!」
夢の中に菫子が出てきたのだがね。そこは神社の境内だったが……それだけだったら昨日夢の中で菫子と神社でお参りしていたと言う笑い話で終わるのだが。

「ようこそ!幻想郷へ!!」
菫子が満面の笑みで、マントをひるがえしながら迎えてくれたその場面を見た時。
ただの夢では無いと確信できたね。



「幻想郷ですって!?」
蓮子の祖父から幻想郷と言う、その単語を聞いたときの○○の驚きようときたら。
夢の話は夢じゃなくて現実に合ったんだと祖父が話した瞬間の、祖父が感じていた『こいつ、認知症なんじゃ』と思われる事の恐怖感はすっかりと消え失せた。
その代わり、嬉しい誤算と○○への罪悪感が芽生えた。
しかし、見えないけれども確かに存在する何か。それを感じ取ることの出来る蓮子とメリーに挟まれた○○君が。今さら、他で上手くやれるとも思わなかった。
どちらにせよ今の祖父に出来るのは、○○の話を聞くことだった。



「知っているのか?幻想郷の事を……」
○○は蓮子の祖父から、驚き半分と優しさがもう半分の声色で聞かれたことに頷くのみであった。
「どこで、いつ幻想郷の事を知ったのだい?」
蓮子の祖父は、足腰の座り位置が悪いのか。ベットの上でごそごそとしていたが。視線は○○の方向に、固定されたままであった。

「……場所は、そのう」
○○は若干のまごつきを見せたが。蓮子の祖父は鋭かった。
「蓮子とメリーちゃんの家で聞いたのだね?」
けれども優しく、問いかけてくれた。

そもそも○○にとって、蓮子とメリーの間に収まった○○にとって。今更否定や拒否は悪手である。
それぐらい、蓮子から良いように脅迫されて、彼女とメリーの間で三人で恋人のような関係を結ばされている○○には理解できた。
世間の誰が信じると言うのだ。あんな美人を抱き続けないといけないように、脅迫されているのだと。
世間的には逆だ、どんな奇抜な発想のドラマや小説でも、○○のような立ち位地の男は悪人だ。
何かのミステリーなら、蓮子の祖父母は自分を始末するために動いても不思議ではない。
そっちの方が、読者の受けも良いはずだ。


「はい……ええ、その通りです。蓮子とメリーの家で。幻想郷の話を、あの二人がよくしていたので。よく覚えています」
「ふむ……」
蓮子の祖父は、まだ何か言えることがあるだろうと言う顔つきで○○を見た。
「食事時にかい?」
ポツリと蓮子の祖父が呟くが。○○は口を半開きにするのみで、何も言わなかった。
「なるほど、違うのか……部屋ではないのだね……もう少しいやらしい話かな?シャワーとか、濡れるのかな?」
少しずつではあるが、蓮子の祖父は○○から退路を奪っていた。
一気に奪わないのは、恐らく最後の配慮や優しさがあるのであろう。
少しずつ退路を奪っていくその老人の顔は、決して楽しげではなかった。
むしろ罪悪感や心配で押し潰されそうな物であった。


「早くこっちに来い。その方が、蓮子もメリーちゃんも安心するから。むしろやりやすくなるかもしれんぞ」
○○がまごついて、何も言えずにいると。祖父から助け船がやってきた。
……そもそも、幻想郷の話を持ち出した時の祖父は。中々に楽しそうであった。
……そう、明らかに楽しそうであむた。○○はそこに気付いて、話題の転換を図ってみた。


「幻想郷のお話をもう少しお願いできますか?その、貴方があんまりにも、楽しそうだったので」
「楽しい……ね、まぁそう見えるなら菫子への申し訳もたつだろう」
老人は妙な言い回しをしていた。
「もしかしたら菫子の力で、そう思わされ。あるいは保身の為にそうおもうことにしたのか。菫子の機嫌次第だったからな、高校も大学も」
この老人は時折、周りを全部無視して独白を始めてしまう。
いや、彼の中では筋道が通っているのかもしれないが。まだ心のどこかで、蓮子とメリーから解放されないかと考えている○○には。
老人の独白にあった、菫子の機嫌次第で高校でも大学での生活も、悪いことになりそうだったという方が深刻な話であった。
残念ながら菫子の孫である蓮子は、とっくに祖母を超えている。
菫子さんの事をあまり知らない○○だが、いきなり脅迫してくる人間には恐怖しかない。

ふと、もう一つのこと。○○が脅迫されているのを知っているか聞きたくなったが。
まだ幻想郷の事も聞いていないのにと思い、少しばかり黙っていた。


「幻想郷……今も、あの時と同じ雰囲気だよ」
懐かしさはあるのだろう。飲みかけのお茶を口に含みながら、ゆっくりと話始めた。
「君は幻想郷に向かったことは?」
「いえ、ありません」
端から見ればおかしな会話だ。蓮子とメリーと付き合うようになって、秘封倶楽部に付き合わされている今だからこそ。受け入れることのできる会話だけれども。
失礼な表現だが、認知症の老人のとりとめのない会話に巻き込まれている。
今の○○は、自分がそんな風に見えていた。
ただ、一部の人間にとって『幻想郷』と言う単語は、大きな意味を持つのである。
だから、○○は。
「でも、見たことはあります。メリーから見せられましたし。蓮子からも、夢で見ていたことを気付かれました」
わかっている以上、最低でもこの答えを述べなくてはならなかった。


先程は孫娘の濡れ場を、まさか祖父であるこの老人の前で話したくなかったから黙っていたが。
メリーから『風呂場で』手を差し出されたから蓮子と一緒に握ったら。
竹林が、どこまでもどこまでも、続いている風景が見えたり。
真っ黒な羽の生えた女性が二人見えたり。
神社が二つも見えたり。

始めは何かのマジックを疑い。言質を取られたくなくて蓮子から先に話させていたが。
毎回毎回、寸分たがわず。順番も間違わずに話すのであるのだから。
遂には紅白の巫女を夢の中で見ただろうと、蓮子から。
刷り込みやすい起き抜け一番ではなくて、昼食時にいきなり言われたものだから、信じざるを得なくなってしまった。

故に○○は、幻想郷の存在を認めなければならなかった。
幻想郷の存在を認めた○○に、このろうじん。蓮子の祖父は満足そうに頷いた。
「まぁ、最低でもそこは認めてもらわないと困る。蓮子とメリーちゃんの事を理解するにはな」
機嫌が良くなったので、若干饒舌になったようだ。

「古道具屋の銀髪店主は見たことがあるかい?ナイトキャップを被った夢の管理人は?」
この老人は親族以外で幻想郷を理解してくれる事が嬉しいのだろう。
今日一番の笑顔を見せながら質問をして来た。
「いえ……そこまでは知らなくて」
「ふむ、そうか。まぁおいおい分かるようになるさ」
失望させるような答えにも、時間の問題だという風にして。深刻には考えなかった。

「まぁ、私は。あの日以来幻想郷に赴く事が出来たけれども。基本的に菫子の行動範囲に連れていってくれただけだったが。楽しかったよ」
それよりもこの老人は幻想郷の話を。それ以上に菫子の話がしたいのだろう。
「ぶしつけな質問ですが」
そこに水を指すような形であるが。○○は聞いておきたいことがあった。
「貴方が幻想郷の存在を信じざるを得なくなったのはいつからですか?」
○○は努めて丁寧に、礼儀正しく質問したが。
「信じ『ざるを得なく』……ね。いや、信じきって随分たつ私だからこう言うだけだ。最初は私も半信半疑だったよ」


「けれどもね、あの日。菫子から博麗神社で『ようこそ幻想郷へ』と出迎えられたその瞬間から。これは本物だと信じることは出来たよ」
○○が持つ疑問符の存在を感じ取られてしまい。老人はあからさまに……しかし、怒りはなかった。悲しそうな顔であった。
博麗神社と言う、新しい単語の出現はそこまで重大ではなかった。


「自分で言うのはおこがましいけれども。結局、菫子が私抜きではいられなくなったのと同じくらい。孫娘の蓮子は君抜きじゃ駄目なんだ。君は理解できるのだから!」
メリーが常にいるからこの話はこじれるのだけれどもな。これを言うと更にこじれそうなので、黙っておいた。
どうにも、宇佐見家は信じることが出来ない。
とっくに向こう側だ。


「そうだなぁ、話の続きを始めよう。まぁ、幻想郷訪問はいつも楽しかったよ。とってもね。特に夢の管理人や銀髪の古道具屋とは今でも会えるから、こっちの友人よりも気のおける仲間だよ」
○○は急にこの老人が怖くなった。
蓮子は時折、メリーと○○以外は。精々が岡崎教授周辺以外のすべての世間をクソミソにけなすことがある。
大体そういう時は、大学で嫌なことが合ったときなのだが。最もその嫌なことが起きる原因の半分は、多分○○自身の世間の評判がそうさせるのだろうけれども。

その話は、今は良しておこう。
どちらにせよ、この老人は幻想郷を上に見ていて。世間を下に見ている。
蓮子と全く同じ価値観で生きている。
恐るべきは隔世遺伝の成せる技とでも表現しようか。


「どちらにせよ、私と菫子は夢の中でしか幻想郷に向かえない。起きる時間は存在する」

「……まぁ、授業は真面目に受けていたよ。多少は疲れていた方が眠りやすく、つまり菫子と幻想郷に行きやすくなる」

「けれどもね、ある日。気付いたことがあったのだよ……現実の方でね」
失礼な話だけれども、この老人にまだ現実の変化を感じ取る能力が残っていたことに驚いた。
高校の時点で、色々とかなぐり捨てたかと思っていたのに。

「ボス猿が妙に応援してるぞとかいって馴れ馴れしくなった事と、女王蜂以外の女子が私を避けるようになった事だな。始めに感じた変化は」
老人の言う変化に、始めは○○もピンとは来なかったが。
冷静に思い返せば、この老人の恋人であり今の嫁は、あの蓮子の祖母なのだ。
何もやっていないはずがない。

「つまりその時点で、既に何かを菫子さんが……?」
「そうだな……蓮子と付き合っている君なら、気付くだろう。そもそも蓮子のやり方は、菫子仕込みだから。若干の先鋭化はあるけれども」
婦女暴行をでっち上げてやると言うやり口は、果たして先鋭化と言う表現で済むようなやり口なのだろうか。


○○はいっそ問いただしてやりたかったが。今は、菫子さんのやり方が気になる。
それを過激にしたのが今の蓮子なのだから。
それを考えていると、老人が少し笑った。
○○の懸念や悪感情に呼応するように。
やはり知っているのだろうか、蓮子のやり口を。
この話の後に問いただす腹は決まった。


「恋愛リアリティショー……と言う番組の一種は知っているか?」
「安っぽいドラマよりも安っぽい、さも台本がありませんよと言う体の?」
○○は思わず本音を包み隠さずに、吐露した。
思わず本音をぶちまけすぎたかと不安になったが。
この老人は満足気に笑っていた。
「あぁ、蓮子が君を選ぶはずだ」
「蓮子もあまり好きじゃありませんから、その手の番組は」
安堵したし、その後の老人の言葉は案の定。
「菫子も好きではなかったよ……しかしながら、そんなのが好きな連中が多いのも事実だ。同時に煽りやすくもある……連中を煽って、聖域を作ったんだ」
案の定と、悪い予感の半々であった。
○○は背筋に冷や汗を感じた。話はここから悪くなる一方だぞ、気をしっかりもてと自身に言い聞かせた。



「ある日だったな……女王蜂がおとなしめの女子に何かを詰問口調で喋っていたよ」
その話をするときの老人は、顔つきが強張っていたし。○○としても、高校時代にそんな光景は何度か見た。
嫌な記憶である。

「話の経緯など、正直な話愚にもつかんが。内容は気になったから、要点だけは今でも覚えているよ」
老人は更に顔をしかめた、しかめながら「菫子の根回しには恐怖した」と、呟いた。


「要点だけを言おう。私と菫子は上手く付き合えているのだから、その手の番組の変な女みたいに私に付きまとうなと言うことらしい」
言っている内容は理解できたが、生憎と○○はその手の番組を見ないので。その変な女がどういう振る舞いをするのか、そこまでは分からなかった。
なので「要するに、横恋慕しそうな奴を片っ端から潰すと?」その程度の感想しか無かったが。

「いや、もっと酷い。あの女王蜂は、さもカップルの守護者面がしたかっただけだ。件のおとなしめの女子も、たまたま課外授業の班が一緒になっただけで、そこで少し話しただけだ」
老人から聞かされる真相は、予想よりも酷かった。

「菫子さんが、それを煽ったと?」
話の展開的に、そうとしか思えないが。出来れば否定して欲しかったものの。
「あぁ、そうだ。菫子は女王蜂やボス猿からの影響力を外に向けたくて、自分達を敢えて陳腐に見せることに決めたんだ。どうせ卒業したら会わないし、直に大学受験で連中も首が回らなくなると見越しての行動だ」
老人は何度も頷きながら、悪い気を堪える顔付きはしていたが。
「上手い判断だ。恋愛リアリティショーの見世物に成り下がる事で、連中から遠ざかったんだ。合いの手以上の干渉を無くしたかったし、実際にゼロにしてしまった」

「更に菫子が選んだ女王蜂も上手い判断だった、ボス猿の一匹に惚れてる女王蜂を煽って、守護者面をさせたんだ」


段々と菫子さんの計画が見えてきた。
菫子さんに彼と言う。磐石なカップルであれば、女王蜂も横恋慕の危険性を感じずにこちらに協力してくれるし。
女王蜂も、勝手に守護者面とはいえボス猿に良いところを見せて点数を稼げると言うものだ。
女王蜂は菫子さんを使って点数を稼いだのだろうけれども、真意は菫子さんと彼の周りを掃除すること。女王蜂のことなど、口先だけの関係だ。
その掃除屋として操られた女王蜂は、さながら冬虫夏草に寄生されたような格好である。
喜んで点数を稼ぎに回れば回るほど、鬱陶しく思われるのはその女王蜂だ。

何かがあって、その女王が失墜したとしても。絡まれて鬱陶しかったと言う態度を取ればそう面倒にはならない。
そもそも時期的に大学受験も近いと言うではないか。となれば、女王蜂の取り巻きも遊びに付き合ってられなくなる時期だ。
時期も味方しているとはいえ、それら全部を利用するとは、狡猾なやり口だ。


「だが菫子の真意は、私の首に縄をかけることだったんだ。何もしなければそれで捕らえたままであるし、下手を打てばその縄で私は首がしまる。そういう状況を作ったんだ」
しかしながら宇佐見家の、秘封倶楽部の源流が。この程度の謀略で満足するはずは無かった。
やはり菫子さんの本命は、目の前の老人、今における蓮子の祖父であったのだ。


「恋愛リアリティショー等はまるで見ていないが、恋愛の絡む小説ならばいくらかは読んださ。だから理解せざるを得なかった」

「女王蜂が、ボス猿が、教師ですら。あぁ、この二人は付き合っているんだなと思わせることに成功してからは、菫子は慎ましやかだったよ。腹の底を全て隠してな」
「蓮子と同じで世間なんて大嫌いなのに?」
○○からの疑問に答える前に、老人は、蓮子の祖父はさも面白そうに笑った。
自らの事であるはずなのに、自分すらをも客観的に見てしまい。
一流の喜劇を見ているかのようであった。
「しかし利用できる。ましてや黙っていれば可愛い菫子の涙に勝てる世間が、どれほど存在する?蓮子も似たようなやり方で君を縛っているではないか!蓮子をふった先にある物が見えたからここにいるのだろう!?」
いや、違うだろう。この老人は自分と○○の境遇に共通点を見いだしてしまい。
まさか孫の世代が、○○が自分と同じ道を、蓮子が菫子と同じやり口を貫くとは思っていなくて。笑うしか出来なくなったのだろう。


「……ええ、まぁ。世間では、大学では二股野郎としか認識されていない俺が、円満に別れる方法が『在学中』は無いことぐらい」
「卒業しても存在せんよ。もはやあれが、君を放っておくと思うか?幻想郷を認識できた君を!!受動的に認識『させられた』ぐらいには考えるか!?それでもやっぱり貴重なのだよ!!」


「○○君ほどではないかもしれないが、あの状況で菫子をふってしまえば、何があると思う!?」
「……非難の雨あられでしょうね」
○○はずいぶん穏やかな表現を使ったが。老人はそんな○○の手心を笑った。
いや、○○にだって分かっている。この老人以上に追い詰められた○○は、理解しなければ生きてこれなかった。
だから逃げられなかったのだ。蓮子とメリーが諦めない以上。

「非難!?そんな程度で済むものか!!私刑(リンチ)だよ私刑以外に落着点は無いよ!菫子も蓮子も!あんな美人である以上は、世間を煽るなんて朝飯前だよ!!」

「私が一歩踏み外せばそんな状況を容易に作れる!そしてそれは菫子にすらもはや制御できない!その恐怖は理解できるはずだ!私を逃がさない為だけにそんな事を!」

「菫子は安っぽい恋愛リアリティショーに自分を、私を巻き込みながら落とし込んだんだ!観客を味方につけながら!」
老人ははっきりとは言わなかったが、その安っぽい恋愛リアリティショーに、○○君だって巻き込まれているのだぞと言われているようなものであった。


「唯一穏やかな点は、菫子が女王蜂やボス猿に、どういう風に私の事を吹聴しているか、全て教えてくれたことぐらいだな……お陰で目をつけられない立ち振舞いは、簡単に思い付けたよ」
ではその孫娘の蓮子はそれよりも酷いではないか。
あれは、メリーとの仲も維持したいから、観客すらいない狭くて閉じた世界を作り出した。
その象徴が、三人で住んでいるあの部屋だ。


老人の昔話にある程度の落着を見た○○は、ついにあることを聞いた。
「貴方は、孫娘の蓮子が……」
しかし全てを聞く前に、老人は答えた。
「知っとるよ、脅迫の内容も。まさか、去るつもりならば強姦や暴行をでっち上げてやるとまで言い切るとはなぁ。まぁ、メリーちゃんとの仲もあるから、若干強引に行かねばならなかったのだな」
やはり知っていたが、それは問題ではない。
問題はこの老人が蓮子のやり口を、若干の強引さと言う言葉で片付けたことだ。


急に、はっと気付いたことがあった。
「菫子さんは、宇佐見ですよね?旧姓がではなくて、元々から」
この老人の頃はまだ、結婚したら旦那の姓を妻が名乗るのが一般的だったはずだ。けれどもこの老人は宇佐見を名乗っている。
「あぁ、菫子の姓を私が名乗ることにした。婿養子と言う奴だな、今ではそう珍しくもないが。あの頃はまだ、さほど、と言う物だったな」
もうこの老人は、とっくの昔に宇佐見に毒されている。
そもそも始めから、話し合いなど無理だったのだ。
これだったらまだ、二股野郎とこの老人からも非難された方が気持ちは楽であった。
それが一番、常識的な展開なのだから。
まさか全く血筋の違う人間を宇佐見家の流儀に毒させるとは。
蓮子のやり口にすら異を挟まないのだから。毒されている以外にどう表現しろと。


「そうですか」
残念とも無念とも言わなかったが、○○がこの老人から心が離れたのは。
もっと言えば宇佐見家そのものから心が離れたのは、言うまでもなかった。
冷たい態度の一言で話を仕舞いにした○○を、老人は頬杖を付きながら黙って見ていた。



会話に強烈な断裂が見えたまさにその時であった。
「あなた、用意が出来たわよ」
菫子さんの声と、扉を叩く音が聞こえた。
「あぁ、ちょうど良い時に来たね」

ちょうど良すぎるぐらいである。いつからかは分からないが、外で状況を観察していたとしか思えない、間の良さである。
「○○君、すまないが杖を取ってくれないか」
蓮子同様、この老人もお洒落であるのか。室内用とおぼしき杖を使っていた。
取ってくれと言う頼みを無視するほど薄情ではないが、受け渡し方はぶっきらぼうにならざるを得なかった。
横にいる菫子さんが、少し笑った。
どういう意味だろうか、それを聞く前に菫子さんは老人の肩を持って介助を始めたので。○○はさっさと食卓に向かった。


食卓には、宇佐見夫妻と孫娘と美人の友達と……その両方と恋人の関係を結んでいる男。合計で五人分--六人じゃない--の食事や飲み物が揃えられていた。
全員とっくに成人しているので、食卓にはお酒も並んでいた。
やや古風な瓶ビールだけでなく、瓶入りのカクテルといった洒落たものも、食卓には並んでいた。
「まだ冷蔵庫に、ビールもカクテルもあるからね」
「冷凍庫にジンある、ジン?メリーも冷たい方が良いでしょ?」
蓮子は勝手知ったる物だから、冷凍庫から勝手に、凍りかけのジンの入った瓶を取り出したて。
「きゃー!国産ジンじゃない!!」
ジンの表面を見て狂喜乱舞にも近い動きを蓮子が見せたり。
「蓮子、ついでにラムとライムを冷蔵庫から取ってくれ」
「あなた、カクテルは少し胃袋に食べ物を入れてからよ。悪酔いするわ」
菫子さんが、夫が始めから強い酒を飲もうとするのを嗜めたりしている様子を。
そうは言っても親族ではないメリーが困りながらも笑みを見せている様子を、○○は表情を変えずに、目の前にある瓶入りのカクテルを引っ付かんで喉に流し込んだ。

カクテルとは言っても瓶入りの物であるから、度数はチューハイと変わらない物であったが。
苛立ちなどで機嫌の悪いときに飲む酒と言うのは、酔いの回り方が酷くなるのは古今東西で変わりはしないであろう。
一本目をほとんど一息で飲み干しただけあり、アルコールは確実に○○の認知機能を麻痺させてくれた。
ともすれば麻痺など、避けねばならない事なのだけれども。今の○○は現実逃避を行いたかった。
色々カクテルも種類が取り揃えてあるので、次は何を飲もうかと思ったら。
蓮子が瓶ビールの栓を開けて、メリーが三人分のコップも用意してくれた。
癪ではあるが、酒が欲しいのは事実。○○は大人しく頂くことにした。
「このまま楽しく飲んでいましょうよ」
注がれたビールを飲み干す祭に、メリーがそう呟く、よりは大きな声で述べた。
○○は敢えて返事をせずに、2本目のカクテル瓶に手を伸ばした。
老人が、孫娘である蓮子と何かを話していたが。
蓮子が歓喜した国産ジンを老人のグラスに注いでる姿だったので……
何より、飲み方を考えずにやって。アルコールが強烈に回り始めた○○には、その光景を見てこそいたが、観察はしなかった。


○○が気付いたら、瓶入りのカクテルが何本も転がっていた。
食べるよりも飲む方が明らかに多かったので、○○は酩酊していたが。まだ記憶は保持していた。思考回路も遅いが、正常であった。
○○はアルコールの副作用である利尿作用に抗うことなく、トイレに向かったが。
「○○くん」
老人がいきなり声をかけてきた。
「これでも罪悪感はあるんだ、けれどもね。孫娘の方の味方をしたいのも事実。それと同時に、幻想郷を認識できる君を大切にしたい」
老人の話は、要点が見えてこなかった。
酔ったが為のとりとめのない話に聞こえたが。
「君がまだ、この場を立ち去りたいと思っているのは。先程の会話で、冷たい態度の君を見たことで確認できた」
「宇佐見に毒された貴方に言われたくない!」
○○も酔っているのだから、思わず喧嘩を買ってしまった。
舌打ち程度で済ましていれば、多分何もなかった。

「毒された、ね。百聞は一見にしかずだ、ならば見せてやろう。宇佐見の毒を。メリーちゃん、菫子から渡されたゴム手袋を」
老人は幕を上げろと命じた。 
「……はい、お爺様」
メリーは言われた通り、ゴム手袋をはめて、○○が飲み散らかしたカクテル瓶のひとつを手に取って。蓮子に向かって振り上げた。
蓮子はゆっくりと、腕で防御の体勢を取った。


○○は一気に状況を理解して、蓮子とメリーの間に割って入ろうとしたが。
「うぎゃあ!?」
蓮子の孫であるこの老人は杖を使って、○○の膝小僧を打った。
的確な打撃であった。恐らく、この老人はほとんど飲んでいないのだ。
倒れ混む際に見えた老人の目は、まったく濁っていなかった。
倒れ混んだ○○の後ろに、即座に菫子が回り込み。両足を掴んでズルズルと遠ざけられた。
その間も、老人はやや遅れてだが。それでも杖で、○○の全身を何度も叩いた。
それよりも鮮烈な、ガラス瓶の叩き割れる音が。○○にとっては毒であった。



そのまま○○は、別の部屋に収容されたが、鍵などは掛けられていなかった。
代わりに、三組の布団と。遅れて蓮子とメリーがやって来た。
メリーは苦虫や罪悪感の味を一心に感じていたが。
蓮子は興奮を内包した笑みで、腕に突き刺さったガラス瓶の破片を抜きながらやって来た。

演者が出揃ったところで、宇佐見夫妻も戻ってきた。
「あなた、割れた瓶は金庫に入れておいたから。○○さんが暴れても、あの金庫は破れないわ」
菫子さんが、若干の棒読みで演じながら喋った。どうやら演技は苦手のようだ。
「それはよかった、あのガラス瓶には○○の指紋がベッタリと張り付いている。ガラス瓶で殴打された記録も、蓮子の柔肌に残っている」
老人の演技も説明口調であるが……演技の上手い下手はもうこの際どうでもいい。


嵌められた!そう、重要なのはその一点なのに。その言葉がちゃんと、○○の口からは出てこなかった。
「諦めろ、何の不自由がある」
代わりに老人から、降伏を勧められた。
「高校の頃を思い出したは、こんな謀略をまた経験できるなんて」
しかしより残酷なのは、どこか楽しげな菫子さんであろう。
「お祖父ちゃん、ありがとう。やっぱりだてにアガサ・クリスティを全部読んでないわね、こんなトリックをすぐに思い付くんだから」
その上、蓮子からの言葉も残酷さに拍車をかけている。
○○をこの会食に連れてきたがったのは、蓮子の祖父であるこの老人だが。
この老人は、始めから○○を嵌めるつもりで呼びつけたのだ。
これだったら、これだったらまだ。二股野郎のそしりの方がマシじゃないか!?


「お爺様もおばあ様も……蓮子も!どうか○○を追い詰めるのはこれっきりにして」
どうやらメリーだけは渋々のようだが。○○からしたら、何の違いもない。
さながら良い警官と悪い警官を交互に出向かせる交渉術にしか見えなかった。

メリーが宇佐見一族に釘を刺した後、彼女は即座に○○に駆け寄った。
「ごめんなさい、ほんとにごめんなさい……この計画を知らされたのは、今日だったのよ……でも、あなたに去って欲しくないのは本当なの!」
「だからって……こんなやり方があるか!!脅しつかせて大人しくして、そんなやり方が!!」
「そうね……」
メリーも、そこは理解しているようだ。


「俺にビールを注いでくれたのも、老夫婦と女二人でも確実に勝てるように、泥酔させるためか!?」
「ええ……確実性を高めるためには、やっぱりお酒は有力な武器だから」
「それにしたって、酷いじゃないか!ただでさえメチャクチャな俺の社会的立場をどこまで貶めれば気がすむんだ!!」
「だって……幻想を認めることが出来る人間は貴重なのよ!!」
メリーの反論は、体を成していなかった。


○○の方が最もな言葉ばかりだが、殆どの存在が認識できない幻想を、○○は認識できるのだ。
それが○○の立場を難しくしてしまう。
自身よりも周りが放っておかない。
○○は憮然として、併せ飲んだり。あるいは無視して現実を生きることが出来るが……
「幻想が見える人間はね、辛いのよ。理解できる仲間に飢えているの」
菫子が言う通り、あまりにもわかることの出来る存在は、少しでも理解してくれる存在を欲しがる。
例え無理矢理にでも。


「蓮子、今日はあなたが先に脱いで。私と○○がずっと主導権を握るから」
「きゃー、襲われるー」
「うるさい、○○の為に肌をさらけ出すのよ」
メリーが蓮子の衣服を剥がしにかかった所で、宇佐見夫妻は部屋を後にした。


メリーは、無理にでもこの場にいさせるその対価に『色』をふんだんに○○へ与えてくれるが。
宇佐見一族にかかればメリーのこれだって、社会的生命をますます握る踏み台に使ってくるだろう。
メリーによってひんむかれた蓮子を前にしても、こんなにも美人だけれども。
○○は自分の首に絞められていく縄を思わずにはいられなかった。


秘封の源流 了






感想

  • 交友関係ボロボロにしてここまで追い詰めると自棄になって自殺したり失踪したりするリスクありそうだけどどうなんだろ -- 名無しさん (2020-03-10 15:50:44)
  • 私は〇〇画自棄煮なって自殺して残った2人の精神が崩壊する√が見たい -- 名無し (2022-05-13 00:40:18)
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最終更新:2022年05月13日 00:40