ショック療法

 ふと気が付くと、パソコンを打つ手が止まってしまっていた。プログラムを組んでいた筈なのだが、目の前に打ち出されて
いるアルファベットはどこをどう間違えていたのか、無意味な文字列を画面に映し出していた。普段よりも疲れている気がす
る。理由は分かりきっているのだが、脳が納得するのかはまた別の種類の問題だ。固まっていた指をほぐすとコキコキと音が
なり、いつの間にか随分と力が入ってしまっていたことに気が付いた。そのまま肩を回すと血の巡りが良くなったせいか、体
の中で温かいものが巡るように感じた。
 そのままぼうっとしていると、ふと彼女のことが頭に浮かんでくる。あれだけ近くに居たのに、離れてしまった今ではどこ
となく調子が狂いそうであった。目覚ましのために入れたコーヒーを飲むといやに苦く感じてしまうのも、彼女がいつも人の
分までミルクを入れてたせいであろう。気分を変えるために別の作業をしていると、ふと、目が留まった。いつの間にかマウ
スのポインタがあらぬ場所を指している。このままクリックをしてしまえば、とんでもない誤操作になってしまいそうな場所
にポインタが置かれていた。
 ホッと息をつき作業を続ける。危ない所であった。あれに気がつかなければ酷い目にあっていたであろう。やはり疲れてい
るのだろうか。彼女に付き合っていた以前の方がよっぽど疲れていそうなものであったが、今の方が元気が無くなっている気
がする。いや、そんなことはない筈だ。いくら何でも有り得ないと思い、首を振って考えを打ち消そうとする。しかし心にこ
びりついた考えは、中々消えそうになかった。

 ざわついた心を押さえつけながら、更に作業を続けていく。今度は間違わないように細心の注意を払って、キーボードを叩
いていくと、徐々に工程が捗っていった。行列が進んで行き画面に文字が埋まっていく。乗ってきた気分のままに後半部分を
片付けようとすると、画面にエラーの文字が出ていた。
 ページを繰り戻して、問題の箇所を修正する。リトライを行うも再びエラーが表示される。今度は複数の箇所が赤く染まっ
ていた。イライラする心を抑えて修正をする。三度のエラー。今までのバグよりも、もっと根本的な箇所に間違いが表示され
たのを見て、グラリと視界が沸騰するように感じた。顔を手で覆いやり過ごす。荒くなった息が口から漏れ出る。去り際に彼
女が言った言葉が勝手に耳の奥でリピート再生される。そんな筈は無いのに、それでも居なくなった彼女のせいのようにすら
感じてしまう。自分が居なくなれば、きっと後悔すると言った彼女。噛み締めた奥歯の隙間から、声が漏れた。
「…天子。」
白昼夢の幻覚の中で、彼女がこっちを見て手を伸ばしている気がした。





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最終更新:2019年04月28日 22:15