緋の色
床についた聖白蓮を囲むようにして、命連の門徒として共に寺を盛り立てていた主だったメンバーが、
沈痛な面持ちで布団の周りに座っていた。
寅丸に差し出された手は細く、この手の持ち主に余命があまり残されていないことを皆に伝えていた。
「寅丸…」
か細い声で聖が寅丸を呼ぶ。
聖は毘沙門天の代理である彼女に寺の今後の委細を伝えると共に、自分の持ち物を全て処分するように言った。
「全て、ですか。」
「ええ…そう。」
言葉を交わすのも辛そうな聖。
少しの会話であってもすっかり彼女の息は上がっていた。
聖の言葉を聞いて考えこむ星。
清廉な人柄を表すように、聖の持ち物は殆ど無かった。
幻想郷に流れ着いていたバイクは既に香霖堂に引き取られていたし、
他に思い付くのは聖が以前に身につけていた服しかなかった。
「大切なモノは、私と一緒に燃やして…。未練がないように…。」
果たして他に、聖が大切にしている何かあっただろうか…?考え込む星。
まさか経典や仏像を燃やせ等とは、いくら血迷っていても言うまい。ならば他には何があるのか…。
まさか…と、ふと脳裏に一つの考えが浮かぶ。
聖が一番大切にしていたモノ。背筋にゾクゾクとした感覚が走る。
いくら何でも、という考えと同時に、やはり、という思いも浮かんでいた。
探るように聖の目を見る星。聖の中で残り僅かな命の炎がパッと燃え上がった。
「頼みましたよ、○○のこと…。」
「分かりました…。」
星は聖の手を両手で深く握りしめた。
白蓮の通夜が行われた夜。
弔問客は全て引き上げており、慌ただしく過ぎ去った時間が過ぎさった命連寺は、ひっそりとした悲しみに包まれていた。
寺で修行をしていた身である○○は、悲しみを感じる暇も無い程に日中は忙しく動き回っていたのだが、
いざ一息ついた今の時間になると、悲しみが湧き上がってきた。
悲痛を麻痺させていた緊張が解かれ剥き出しの感情が暴れ出す。
目頭から涙がこぼれ落ちて、筋になって滴り落ちる。手で押さえようにも流れ出る滴。
濡れた○○の袖がそっと引かれた。
「○○さん、ちょっとこっちに来て下さい。」
寺で一緒に聖に使えていた幽谷響子に連れ出されるような格好で、○○は寺の外に出た。
「私と一緒に逃げて下さい。」
いきなりの宣告に戸惑う○○。
悲しみに暮れていた所に突然の言葉であり、○○にとっては何がなんだかよく分かっていなかった。
狼狽える○○の腕を掴んで強引に引っ張る響子。急展開に○○が声を上げた。
「ちょ、ちょっと、いきなり何なんだ?急に逃げろって言われても訳が分からないよ。」
「説明している暇はありません。早くしないと…。」
響子に引っ張られるようにして門前の階段を駆け下りていく○○。
「どういうことなんだ?これじゃあまるで駆け落ちみたいじゃないか?!」
「それならどんなに良いか!兎に角少しでも今のうちに行かないと!」
大声で叫ぶように話した○○に、同じぐらいの大きな声で返した響子。
いつもの明るさは消え、何かに追われるように必死の形相であった。
人里の離れまで着くと、流石に走り過ぎた○○は息が切れていた。
妖怪である響子はまだ余裕がありそうだったが、○○は全身が熱と疲労に包まれていた。
へたり込むように地面に不格好に座り込んだ○○。動きが止まったことで、改めて疑問が湧いてきた。
「何で寺から逃げないといけなかったんだ?明日は聖様の葬儀じゃないか?」
「だからです…。私、聞いたんです。」
「そこに居たのかい、○○。」
「探しましたよ、○○。」
後から星と
ナズーリンが歩いてきた。人間が全力で走った距離であっても、彼女達は汗一つかいていなかった。
響子が○○を庇うかのように、二人の前に立つ。
「○○さんは渡しません。」
「明日は○○にとって重要な日なんだ。邪魔はさせない。」
昨日までは家族のように接していた筈だったが、今の両者の間には敵意が流れていた。
「アアアアアアアア!!!!!!」
響子が叫んだ。それは最早声ではなく、強烈な衝撃波であった。
空気が振動し、地面が揺れ、前の二人が瞬間的に耳を押さえて蹲る。
その隙に響子は○○の手を取り再び走りだす。
声の方向が一方向になっていたせいか、あれだけの音を聞いたにも関わらず、○○の耳はガンガン響くだけで済んでいた。
「一体何なんだ!」
叫ぶように響子を問いただす○○。
何やら響子が口を動かすも、先程の声のせいで何も聞こえない。
ふと、急に響子が立ち止まり、近くの小屋の側に積まれていた藁山の中に○○を押し込んだ。
入念に藁を被せ、自分も山に潜り込む響子。暗闇の中で響子は○○を抱きしめていた。
微かな震えが響子から伝わってくる。何も見えず聞こえない闇の中で、彼女の体温だけを感じた。
ふと、前方から強烈な妖気を感じた。人間の直感に訴え心を逆立てさせ、生存本能をかき立てる。
この場から一刻も早く逃げたそうと、脳が暴れて全身にめちゃくちゃな命令を下そうとする。
いつしか○○は響子としっかりと抱き合っていた。
妖気が近づいて来る。一歩、一歩着実に。
生殺しの状態から逃げ出したくなってしまうが、辛うじてそれを押さえ込む。
だんだんと妖気が近づき、それに比例するように体の震えが酷くなる。
押さえないといけないと分かってはいるのに、それ
でも体は勝手に震える。心臓が暴れて口から飛びだそうとするのを、響子の肩に押しつけるような格好で押さえる。
更に妖気が近づいてくる。もう目の前であった。このまま去れ、あっちに行けと、必死に念じる○○。
時間がどれ程経ったか分からない位の時間が経ち、やがて妖気は去っていった。全身から力が抜ける○○。
響子の方も緊張が解けたようだった。そして藁山やら出ようとすると、
藁が外から取り去られた。
夜の闇に獣の目が光る。ギラギラと妖怪の目がきらめく。
手に持った二対のダウジングロッドをクルリと回し、
ナズーリンが言った。ヤレヤレといわんばかりに。
「駄目じゃないか○○。逃げ出したら。」
そのまま
ナズーリンが○○を藁から引きずり出す。
力が抜け呆然とする○○を、人形の様に片手で引っ張る
ナズーリン。
○○を失った響子がゾンビのようにヨロヨロと出てくる。
星の妖気に当てられ呼吸をするのもやっとの状態だというのに、それでも響子は○○に向かって、手を伸ばそうとしていた。
「先に帰っているよ、御主人様。」
○○を抱えた
ナズーリンが空を飛ぼうとする。まるでこれから起こることを見せたくないかのように。
「お願いします。私はお仕置きをしてから行きますので。」
落ち着いた星の声が、○○にとっては何よりも恐ろしかった。
空を飛ぶ間に気絶した○○が再び意識を取り戻したのは、日が高く昇っている頃であった。
意識がぼおっとして、ハッキリとしない。まるで悪い夢の中にいるように視界がぼやけている。
体を起こそうとして、自分の体が全身鎖で縛られているのに気が付いた。自分の首を動かすのがやっとである。
そして声が出ないように猿轡までもがされていた。
顔をどうにか動かして辺りの状況を探る。どうやら自分は何かと一緒に縛られているようだ。
何処かで星の声が聞こえてきた。
「気高き聖様・・・」
「感動した上人が・・・」
「御仏となりてこの幻想郷を・・・」
突然大きな音楽が鳴り響く。幽霊楽団に加えて太鼓の音が凄まじいものであった。
星が松明を掲げてこっちに近づいて来る。
何かとてつもない程に恐ろしいことが自分の身に起きようとしている気がした。
首を動かして辺りを見回すと、見知った顔が幾つもあった。
助けを求めようとするが声が出せない。それどころか彼女達は一様に自分をジッと見ていた。
興奮、愉悦、衝動、感動、そして欲に塗れた視線。
何度も宴会で話したことのある白黒の魔女、紅魔館にて吸血鬼に仕えるメイド長、山の神社にいる風祝、
九代目のサヴァン。どういうことなのか、頭の中で最悪の想像がどんどんと組み立てられていく。
仏となる方法、鎖で縛られた自分、集まった人妖、そして掲げられた松明。
とんでもない、自分は仏になる積りなんぞない!
そう考えた○○は必死に体をよじるが鎖は錨で止められたかのように、ビクともしない。
この凄まじい演奏のせいで、声を出そうとも周りには何も聞こえない。誰か、誰か、止められそうな人は居ないのか?!
必死に目線で訴える。運命を操る吸血鬼、幻想郷の歴史を綴る半獣、他人の声を聞く
さとり妖怪。
どいつもこいつも動こうとしない!おかしい、おかしすぎる。これは一体どういう事なのだ!
まるで彼女達は知っていて止めないかのようだ。こんなことが有っていいのか!自分は正に殺されようとしているのに!
紅白の巫女と目が合う。彼女はニヤリと皮肉げに笑みを溢していた。
まるでとっても良い方法を見つけたかのように。自分の伴侶を奪われないようにする、とっても良い方法を。
……ああ、そういう事、だった、のか…。
感想
- 重複のため白蓮24スレ933を削除致しました。 -- 名無しさん (2019-05-16 23:15:18)
- 該当ページを削除しましたが単純にページ名変えれば良かったかも…よく確認してなくてすみません -- @管理人 (2019-05-18 19:46:26)
- 管理人様ご対応ありがとうございました。 -- 名無しさん (2019-05-26 22:48:18)
最終更新:2019年05月26日 22:48