夜が深くなり幻想郷が暗闇に包まれた時、人里の中心でもそれは同じであった。明治の時代になったといえども電気は未だに普及しておらず、日の光が落ちた後に行く道を照らす物は、
己の持っている灯か上空に輝く月だけである。住人が寝静まった街並みを○○が一人歩いていく。荷物を持たずに手にはライトだけをを持っていた。
提灯を使わずに外来品のライトを使っているのは、ハイカラ好きの金満家か外来人だけであろう。
街の中であっても現代とは比べ物にならない程に通りは暗く、それ故に人通りは既に絶えていた。周囲に人の姿は見えない中、自然と○○の足取りは速くなっていた。
突然○○の前に人が現れた。路地からのそりと通りに姿を見せた影は、そのまま○○の方に近寄って来る。良くても不審者、悪くいけば腹を空かせた妖怪のお出ましに○○の足が止まる。
相手の方を向いたままジリジリと後ろへ下がる○○。下がった分だけ前の男二人が距離を詰めてきた。後ろを振り向いて逃げだそうとする○○。すると、さっき通り過ぎた家の横から更に二人の男が道に出てきた。
丁度前と後ろを挟まれた形となってしまい、壁際に追い詰められる○○。
「おい、痛い目見たくなけりゃありったけの物だせや。」
闇夜に男の低い声が響く。凄みを効かせるかのように二人が懐から何かを抜き出した。暗い夜の中でも、いや、光が殆ど無い中でこそ僅かな灯りによってチラチラと反射する光り物が存在感を見せていた。
「お前、外の人間だろ。外来人がタップリと溜め込んでるのは知ってるんだよ。」
男が腕を振りかぶり、○○の頭に重い衝撃が走った。視界にピカピカと火花が瞬き、思考が乱れる。そのまま何度が顔に拳を喰らった○○が、たまらずに壁にもたれるようにズルズルとへたり込むと、
今度は足が飛んできて自分の腹に吸い込まれていった。
「うぐっ」
声にならない呻き声をあげる○○。体が痙攣して胃袋からせり上がってきた液体が周囲にまき散らされた。ヨロヨロと懐から小物を取り出す○○。
頭からぬるりとした血が滴り、口の中に鉄の味が染み渡っていった。
「いい加減にしろよな…。始めっからそうやって出せば良いんだよ。」
○○から物を取り上げようとする男。抵抗したから殴ったといわんばかりの台詞であるが、抵抗しなければ殴らないとは言っていないところに、この男達の本性は隠されているのだろう。
○○の持っていた物を掴む男。大事な物なのであろうかそれから中々手を離さない○○を、もう一度蹴りつけようと足を上げると、途端に辺りに光と音が降り注いだ。
「うわぁっ!何だこりゃ!」
「目が潰された!」
昼間でも十分な目つぶしとなる程の光が、暗い明りに目が慣れていた夜に炸裂したものだから、男達にとっては堪ったものではない。光を一番近くで見ることとなった男は卒倒し、
目を押さえて体をくねらせるが白くなった視界は一向に戻らない。刃物を構えて後ろに陣取っていた男二人が、涙が流れる目を片手で押さえながらも、仲間の敵とばかりに刃を振り上げて襲ってきた。
○○が手に持ったミニ八卦炉のスイッチを連打する。震える腕で撃たれた光線はホーミング機能でもついていたのだろうか、無機質な音が二度鳴ると見事に襲ってきた男二人を貫いていった。
男達が刃物を落とし倒れ込む。地面に落ちた小刀が乾いた音をたてた。三人が次々と倒されてしまい瞬く間に形勢が逆転したことを知った残った無事な男が、仲間を見捨てて逃げ出していく。
後ろ姿を見せて脱兎の如く走り出した男に向けて○○は炉のボタンをを押したが、光線はカーブを描き、目を押さえて倒れている男の足の肉を抉り取っていた。ビクリと男の足が跳ね上がる。
昔外界で学校に通っていたころに見た、蛙の実験に似ている気がした。男達から受けた傷と何度も撃った弾幕のために、○○の腕はすっかり力が入らなくなっていた。
○○の狭まった視界の中で地面が波を打つように揺れている。重くなった八卦炉を支えられずに○○は腕を下ろした。
大きな音に驚いた辺りの住人が、次々と戸口を開けて通りに姿を見せていた。後ろに控えさせた家人に提灯を持たせ、寝間着を着たままの主人が○○達の方に注意深く寄ってくる。
暗い中に血だまりが浮かび上がると主人の口から驚きの声が漏れた。
「ひぇっ、こりゃ酷い!」
「死んでいるのか?!」
駆けつけた他の住人が声をあげる。主人が倒れている男の肩を恐る恐る揺さぶるが不気味な程に反応がない。力が抜けきった体から、止めどなく血が流れるのみであった。
「うわぁ…これは死んでるんじゃないか…。こいつ。」
「こっちの男も動かないぞ、こりゃあ駄目だな…。永遠亭まで持ってっても、もう無理だ。持たない。」
「こっちの方は無事だ!足から血が出てるから縛る物を持って来てくれ!大丈夫か、しっかりしろよ!」
「殺しか!おい、お前、動くなよ!」
住民達が倒れている男達を見ていくが、ライトを持っていたために外来人だと一目で分かった○○に対しては、隠しきれない敵意に似た感情が見て取れた。
まだ息がある男の足を縛り介抱をする住民達。しかし○○に対しては何も手当がされずに、放置されているばかりかむしろ逃げ出さないように監視されている始末であった。
力なく地面に腕が投げ出されていたが、それでも八卦炉だけはしっかりと手のひらの中に持っていた。欲しい物が買えない子供が癇癪を起こしているかのように、決して離さないようにしているそれを偶々目にした者がいた。
「この紋様…霧雨の娘さんの物じゃないか…。」
「-!!!-」
空気が見えない音を立てて揺れた。何か決定的な歯車が噛み合わさり、金属が軋む音をギリギリと鳴らしていくかのように、周囲の人の表情が潮を引いたかの如く変わっていく。
「するとおい、この人は若旦那ってことじゃ…。」
一人がポツリと漏らした言葉。疑心に囚われた住民の心に生まれたさざ波が、大波を産むのにさほど時間は掛からなかった。
「若旦那!大丈夫ですか!」
「若、酷い怪我で。あいつらにやられたんですか!」
「家から布と水持って来い!ありったけ持って来い!」
「お前は今すぐ霧雨さん家に行くんだ!早く!慧音先生の所にも誰か!」
「先生が来てくれれば永遠亭まで行けますんで、もう少し辛抱して下せい。」
先程とは打って変わり皆が○○の方に寄ってくる。一人の女性が布を頭に当て、滲み出る血を押さえた。見る間に黒く染まっていく布。
ついさっきまでは生きている男を介抱していた村人まで、今は○○の方に注意を向けていた。
「こいつらが若を襲ったんですね!」
「なんて野郎だ…。」
「この…、屑野郎めぇ!」
「ちょっと待て、後にしとけ。今は若旦那の方が先だ。」
手の平を返すとはまさにこの事か。倒れている男に殴りかかろうとする若い住人を隣の中年の男が押さえ込む。○○へ最初敵意を見せていたことへの反動も相まって、現場は異様な興奮が充満していた。
空から星が落ちてきた。突然に上空で何かが光ったかと思うと、それは見る間にこちらに向けて飛んでくる。流れ星のように尾を引いて、どんな星よりも速いスピードでその星は空を飛んでいた。
どんどんと大きくなってきた光がこちらに向けて落ちて来る。地面に大穴を開けるのではないかと思う速度で星は○○の元へ墜ち、光が収まるとそこには
魔理沙が居た。
寝起きであったのであろうか、いつもの西洋風の魔女服ではなくマントに似た外套を一枚羽織り足は靴すら履いていなかった。乗ってきた箒を無造作に離し、○○の方に駆け寄る魔理沙。
周囲にいた村人が魔理沙のために体を避けた。
「○○、大丈夫か…?」
「ああ…。」
「良かった…。」
「やはり、こちらの方は若旦那様で…?」
恐る恐る魔理沙に尋ねる住人に、余所行きの声音で魔理沙が答える。
「ええ、この人は私の連れで御座います。皆様に手当をして頂いたようで。」
「勿論です!この男共が若を襲ったようでして。今先生を呼んでいますのでもうすぐ永遠亭に運べるかと。」
「いえ、私が運びます。そちらの方が速いので。皆様にはすみませんが上白沢先生が来るまで、ここで待って貰ってもよろしいでしょうか?ウチの人を襲った犯人もいるようですし。」
「どうぞどうぞ!」
「それでは失礼します。皆様には後日お礼致しますので。」
○○を箒に乗せて空中に飛び上がる魔理沙。空中に浮かぶ際に魔理沙の視界の端で、村人が乱暴に男を縛りあげているのが見えた。
まどろみの中で声がする。魔理沙の声と若い女性の声。何やら話しているようだがハッキリと聞こえない。誰かが治療してくれたのだろうか、体に違和感があるものの、
あれほど痛めつけられたのに痛みが殆ど無い。起きなくては、義務感にも似た気持ちから目を開けようとする。魔理沙の声がする。海から引き上げられるようにして○○が目を開けると、魔理沙が自分をのぞき込んでいた。
「大丈夫か、○○。」
「うん…大丈夫だ。」
「良かった…。○○の目が覚めなかったらどうしようかと思って…。」
魔理沙が○○を抱え大粒の涙を流す。静かな病室の中で○○は静かに魔理沙の胸の中で抱かれていた。
「お二人さん、良いムードの所悪いんだけれど、ちょっといいかしら。」
部屋の外から声がした。先程の女性とは違う声だった。
「永琳、ちょっと待ってくれ。」
魔理沙が○○の顔に布を巻き付けて目隠しをする。○○が魔理沙に訳を尋ねるが、手早く魔理沙は布を巻いてしまい、自分の付けていたピンで留めてしまった。
「大丈夫だ。」
外にいた女性が入って来た気配がした。先程の女性ともう一人…恐らく二人だろうか。
「ずいぶんな歓迎ぶりね。これでも一応医者よ。」
「若い○○の目には毒だぜ。入院して動けなかったんだし。」
「ハイハイ…。まあ頭や内臓に異常は無かったから、後は腫れが引けば大丈夫ね。」
「そうか、じゃあ今から退院できるな。」
「痛みは鎮痛剤で抑えているだけよ。」
「薬を処方してくれれば、幾らでも私が飲ませるさ。」
「一週間程は経過診察をする必要があるわ。」
「毎日箒に乗せて通うよ。」
「全く…、あなたの方が病気ね。生憎私の対象外だけれども。命連寺にでも通って座禅でも組んだらどう?」
「残念ながら遠慮しとくよ。」
あれよあれよという間に退院が決まり、一刻後には○○は箒に乗せられて空を飛んでいた。空の旅は二度目だが意識の上では初体験である。魔力で作られた命綱が前にいる魔理沙に付いているとはいえ、
細い箒一本で飛ぶのは何だか心許なかった。一方の魔理沙は上機嫌そうに○○に話しかけてきた。
「さて、これから○○にはウチの家に入って貰わないとな。」
「えっ…。」
いきなりの話しに絶句する○○。これまで魔理沙とは気の置けない友人という気安い関係を維持していたと思っていたが、恋人をすっ飛ばして一足飛びに婿入りと来たことに驚いていた。
「あの話はもう幻想郷中に広まっているからな。捕まった一人は妖怪のウヨウヨしている人里の外に追放したし、逃げたあと一人も村の外で手足を縛られて崖から落ちて死んでいるのが見つかったから。
もう○○は何も心配しなくていいんだぜ。」
「そんな、いきなり言われても…。」
「もう既に○○は霧雨家の若旦那ってことになっているんだぜ。だからあの時、○○が襲ってきた男を返り討ちにしても、二人殺しても誰も文句を言わなかったんだからな。
もし○○が只の外来人なら今頃はあいつらと○○が逆の立場に成っていたから、私に感謝してくれよな。まあお礼は○○自身でいいぜ。」
黙り込んだ○○に魔理沙が言葉を続ける。甘い毒を言葉に忍ばせて。
「それに暫くは毎日私が付きっきりで看病するからさ。後の事は後で考えたらいいんじゃないか。」
「そうだ…な。」
あまりの目まぐるしさに付いていけずに、考えが止まってしまう○○。今はただ、何も考えずに魔理沙の体に体重を預けていたかった。
感想
- いい -- ばかくそまぬけうんこまん (2022-05-24 21:18:51)
最終更新:2022年05月24日 21:18