「この本はどこに?」
「ん、その本はそこの棚に入れて置いてくれ」
「あ、はい」
「ここの整理が終わったら一旦昼食にしようか、○○」
……外来人の○○はどうしようもない人間であった。何をやらせても人並み以下、物心を宿す前に負け犬根性は染み付き、努力や工夫、思考することを怠り、親や自分の才能のせいにして何もしないような人間であった。
人間関係も最悪の一言で、親兄弟以外には一切の関係が、文字通り無い状況であった。誰かに好まれることは勿論、憎まれることも、意識されることさえ無い。
○○は劣等感の塊であった。だが、劣等感こそ抱きすれ、絶望をすることは無かった。
絶望をするだけの挫折が無いのだ。○○の終わるはずであった短い生涯において挫折というものはなかった。何もしないから、挫折することは無い。挫折をしないから、何かに絶望することも無い。
○○は、自分の才能を嘆きながら、他人の才能を嫉みながら、或いはこんな能無しの体を宿した親を恨みながら、自殺を試みた。せめて死ぬものならこの社会の、才能があるヤツらに復讐をしてやろう、と1度は考えた○○だが、そんなことをするだけの度胸など無かった。
なにせ、○○はどこまでもどうしようもない人間なのだから。
幻想入りを果たしたのは、復讐をすることすら出来ない臆病な自分を恨み、泣きじゃくりながら人気のない森に入った矢先のことであった。
○○は既に現実世界のお荷物でしか無かった。彼を必要とする人間などいなかった。唯一の顔見知りである親兄弟ですら。○○を必要としていなかった。
漠然と、帰路につこうとした。生きるのは嫌だが、今の○○に死ねるだけの勇気もない事もわかった。だが、西へ東へどこを歩いても森、森、森。恨めしいやら、命が惜しいやら、もう、何故泣いているのかすらも分からなく頃、彼は運良く人里に転がり込んだ。
人里の守護者である慧音とはその時に良くしてもらってからの関係だ。幻想郷についての説明に外に帰る方法、そして当分の里での仕事の斡旋に住処の確保。手取り足取りをサポートしてくれた。······そして、瞬く間に仕事を失ってしまった自分をこうして労働力として雇ってくれていることも。
元より要領の悪い○○は、ほんの少しでも技能のいるような仕事はてんで基礎すらこなせず、それならば技能も要領もない肉体労働ならば、と思われたが、華奢で元々人より体力がない上、外の世界の利器に飼い慣らされた○○はすぐにへばってしまい、これまた、お荷物にしかなってなかったのだ。2ヶ月もする頃には、○○の名前は(当然悪い意味で)知れ渡るようになっていた。
死に対する恐怖心はそうは簡単には洗い落とせず、当然、職を追われる度にもがくように職を探し続けた○○であったが、その結果は嘆かわしいものであった。そうして、いよいよ首が回らなくなった所で、しぶしぶながら、あれやこれやと自分を気遣い、助けくれた慧音の家の戸を二度、叩いたのだ。今にも、また泣きだしそうな顔で自分の顔を見上げる○○を前に、驚きながらも、どうしてこんなことになっているのかを聞き出した。
「なるほど、困ったものだな。お布施がなければ外の世界にも帰れまい。」
事の全てを聞き出し、手を差し伸べて欲しい、と申し訳なさそうに、うつむきながら頼む○○に、慧音はしばらく悩むような素振りを見せた後にこう言った。
「……ならばこうしよう。お前にはしばらく、私の元で助手として働いてもらおう。○○に与える仕事も、きっちりと○○の手腕に合うものを選んでやる」
「このまま野垂れ死にでもされては困るからな、仕方ない」
そうして、外の世界に戻るためのお布施を条件に慧音先生の元で働き始める生活が始まった、のだが。
「お前は箸もまともに持てないのか?」
「なんだこの字は! ミミズを墨に漬けて、紙の上で躍らせたのか?」
「うつむくな、人と話すときは目を見てと教わらなかったのか?」
「ボソボソと話すな、はっきりと聞こえる声で話せ」
伊達に里中に無能の悪名を轟かせたわけじゃない。慧音が仕事を選んでくれるとはいえ、常識や勉学が欠落している○○は、ちょっとした事であられもない痴態を晒しては、慧音の頭を抱えさせた。
教職にも就いており、その性格も堅物という言葉が似合あう慧音には(仕事とは関係がなくとも)○○の姿は見ていられるものでは無かった。事あるごとに鋭いツッコミをかまし、その度に必ず、○○に教育を施した。
職を追われ、長屋に居着くだけの金すら払えなくなった○○は、慧音の家を借りて暮らしていた。寝食を共にする生活が続くにつれて、○○も、慧音も、少しずつ心を開き、そして互いを知り始めた。今では満月の夜になると獣としての姿が現れることも○○は知っている。
職場も住処も一緒という状況では隠し通すのもなかなかに難儀なものである。……努力はしたさ。
そして、慧音は○○の生涯を知った。外の世界の話に始まり、まだ言葉も話せない頃の思い出話に、小学校に中学校の思い出。そしてここに来るに至った経緯。休憩時間の話の種に、朝ごはんに夜ご飯の飯の種、短いながらも、1日を通して殆ど離れ合うことの無い密接な時間を通し、お互いに打ち解けて行った。
初めこそ、○○にとって慧音とは、自らを親の仇のようにガミガミと怒鳴り立てる恐怖の対象でしか無かったものだが、今では尊敬のできる良き人生の教師のようなものになりつつある。慧音に叱られる度に何度も折れそうになった、投げ出してしまいたくなった。だが、叱れば叱った分だけ、激励を恵んでくれる。どんなに下手を打っても慧音は○○を見捨てることは無かった。結果が実るまで、必ず。
そんな慧音の熱い教育の甲斐もあり、○○は(時間は常人の倍以上かかるが)着実に出来ることを増やして行った。とはいっても、誰にでも簡単に出来るような事ばかりだが。もちろん、○○自身も嬉しいとは思ってはいない。誰にでも簡単にできる事を、苦労して出来るようになった所で、己の惨めな劣等感が増すだけ。
だが、それでも。○○の人生において初めての、苦労が、努力が報われる、という快楽は、より一層、外の世界に帰りたい、もう一度やり直したいという思いを強くさせた。
○○は慧音に、引いては自分を殺した外の世界に、希望を見いだし始めていた
「○○……」
夕暮れ時も迫る教室の中、窓の外の夕焼けをぼんやりと眺めながら慧音は黄昏ていた。例のお尋ね者、○○を引き受けてから早1年が経とうとしていた。
……何も更生させようなどという気は無かった。他の外来人達と不平等の無いようにしっかりと働かせてやろう、と言うだけの話であった。ここに至るまでの過程で行われてきた"教育"は最低限、仕事をこなせるようにさせるためのものであった、はずだった。
私は自分のことをつくづく卑しく思う。私はこの男のを教育する度に、得体の知れない愉悦を、快楽を覚えていた。気がついた頃にはあれこれとイチャモンをつけて"教育"を施して居る私がいた。そして、アイツが、○○が苦労して良くなる度に、私がこのお尋ね者をを良くしてやったのだ、と低俗な感情に浸った。
「……」
陽が傾き、少し、空が暗くなった。嫌だ。このまま時が止まってしまえばいいのに。
……○○と寝食を共にする内に、○○は私に己の生涯を、心の内を、そして外の世界のことを話し始めた。……身が、心が、焼けるような思いだった。私はたまらなく不安になった。この○○が、再び外の世界に帰った時、○○はどうなってしまうのだろと。残酷な現実にもみくちゃにされて、今度こそ死んでしまうのではないかと。
……気づいた時にはもう遅かった。私はこの男に"惹かれて"いたのだ。体の半分は人間とは言え、その精神の構造は妖怪側と差し支えないと言ってもいい。
──妖怪は精神面への刺激に弱い。
いつの間にやら、私の心はこの男に心の安寧を見出していたのだ。
自らを押さえつける理性は、まだ辛うじて残っていた。だか、近いうちに私はこの男の愛に堕ちてゆくだろう。だが、○○の目は光っている。生気が無かった目は希望に満たされ、その視線は外の世界へと向いている。
───外の世界に戻ってしまうともう二度と手が届かなくなってしまう。そんな不安を抱えながら過ごしていたある日のことだった。
「慧音先生、その、そろそろお布施を頂けないでしょうか」
「俺と同じ時期に長屋に流れ着いた人達も、続々と帰還を果たしています」
「その、慧音先生には迷惑をかけました。仕事も、その、ぜんぜんダメだったと思うんですけど、やっぱり俺、やり直したいんです。お願いします!」
「○○……そうか。そろそろ頃合だろうな、今まで良くやってくれた」
「だが、今すぐにはダメだ。巫女と帰還の予定を取りつけねばならん。その間だけは待ってもらえるな?」
「はい!お願いします!」
ついにその日はやってきた。外の世界に羽ばたかんとする○○の想いが溢れ出したのだ。心が跳ね上がり、汗が湧き出てくる。それと同時に、私を抑えていた残り僅かな理性が蕩ける。
───いやだ、帰らないで欲しい、お前がひどい目にあう姿を想像したくないんだ。
頭を深く下げる○○を前に私はひたすら冷静を装い、なんとか耳障りの良い言い訳を紡ぐことができた。だが、それも長くは続かないだろう。
「そうと決まれば話は早いな。今日は寺子屋も休みにして、話を取りつけに行くとしよう。○○、子供たちを頼む。私は菓子折でも持って少し神社の方に出向いてくる。子供たちを見送ったら家でゆっくりお茶でも飲んで休んでいてくれ。」
私は逃げるように寺子屋を飛び出した、もう時間はない。○○は今まさに羽を羽ばたかせ、羽ばたこうとしている。はやく、はやく、はやく、どうにかしないと。
ふらふら、と里の中を歩き回る。同じところをぐるぐる回っているのかもしれない、いや、ここはもう里の中ですらないのかもしれない。ひょっとすればもう神社の境内にでもいるのかもしれない。
私の中にはもう、○○しかいなかった。視界には○○と過ごした日々が、耳には○○の声が聞こえ始める。
駄目なんだ。あいつはまだまだ、駄目な奴なんだ、勉強もできない、運動も出来ない、文字だってロクに読めないし、料理だって、あいつに作らせたものは料理への冒涜とすら思えるほど酷いものだった。他にもダメなところなんて、上げようとすれば山ほど出てくる。アイツは全てがダメダメなんだ。
○○は言っていた。外の世界がいかほど残酷か。この幻想郷の何十、何百、何万、いや、それこそ数え切れないほどの人間が世知辛い世の中を競い合って生きていると。形成される社会は複雑に多様化され、正直者が馬鹿を見る世界だと。
こんなもの、誰がどう見ても失敗すると分かるじゃないか。だと言うのに、○○は自分に都合のいいだけの偽りの希望を抱き、その身を滅ぼそうとしている。
……いや、待て。そもそも、○○に希望を教えたのは誰だ?○○に希望を与えたのは誰だ?
……私だ。私が、○○に希望を与えたのだ。諦めないこと、希望を持ち続け、努力する尊さを教えたのは、私だ。
「くっ、ふふっ、ははは!あっははははは!!!!」
簡単なことじゃないか。あれほど、どうして、なぜ、と悩み続けた日々が馬鹿みたいだ。あまりの単純さに笑いすらこみあげてくる。
───私の"教育"によって希望を抱いたのなら、同じように私の"教育"で希望をへし折り、絶望を与えてやればいいだけの話じゃないか。
努力?諦めない?そんなものは今日でやめだ。なんの取り柄もない無垢なる教え子に、悪戯に希望を抱かせてしまうような悪しき教育などいらぬ。努力は報われず、報われるのは持って生まれた才能だけ、それでいい。
さあ、○○、お前がどれほどちっぽけな存在か、そしてどれほど現実が残酷かを私が教えこんでやろう。
「ただいま、帰ったぞ○○」
半獣が、教え子の待つ自分の家の扉を開ける。
鬼をも凍りつかせるような、おぞましい、愉悦に充ちた笑顔とともに。
「おかえりなさい!それで、どうでしたか?」
どたどたと、廊下を駆けながら○○がやってくる、眩しいくらいに目を輝かせながら。
ああ、忌々しい。悪い世界にたぶらかされた目を私に向けないでくれ。ああ、はやく、"教育"を開始しなくては。
「その事なんだがな、○○」
「お前は外の世界には帰せなくなった」
「……は?ど、どういうことですか!!巫女さんに何かあったんですか!?」
ポカン、と口を開けて気の抜けた声を出す○○。だが、その表情は直ぐに焦りを含むものに変り、目がぎょろぎょろと泳ぎ始める。
希望を守る心のガードが崩れた、そろそろいい頃合いだろう。
───さて、そろそろ社会勉強の時間と行こうじゃないか○○。
「巫女?ふふ、そんなものをまだ信じていたのか、お前は。ダメじゃないか、世の中には人を騙す悪い人間もいるのだぞ?」
「なあ○○、お前、本当に外の世界でやり直せると思っているのか?」
「どういう、意味ですか」
「そのままの意味だ。今の自分の力でやり直せると思っているのかという話だ」
「……」
「冷静にも考えてみろ」
「寺子屋の子供たちでもできるようなことすらろくにこなせない人間が」
「人と目を合わせることすら難儀な人間が、才能に飼い慣らされ、牙を抜かれた人間が」
「気のおける友人の一人もいない、孤独で、貧弱なお前が」
「どうして外の世界で生きていけると思うのだ?」
「けい、ね、せん、せい……?」
○○の瞳がぎょろぎょろと揺らぎ始め、言葉がしゃくり始める。そうだ、お前はダメなんだ。希望など必要ない、外の世界はお前を嘲笑っている。
「里中からお払い箱になり、あまつさえ、私の元で飼いならされているお前が、外の世界でやっていけるわけがないだろう」
「なあ、○○?」
「……がぅ」
「人と話すときは目を見て、ハキハキと、だぞ?」
「違う!!!」
───部屋中に、いや、里中に響き渡らん程の怒号をあげ、○○の瞳が慧音を睨みつけた。
「……違う!おれは、おれはっ!」
「何がどう違うのだ?俺は、何なのだ?」
涙を堪え、半ばしゃくりながらも何かを言い返そうとしていた○○だったが、怒声を振りまくだけで、何も言い返すことが出来ない。
だって、何も違わないのだから。慧音の言っていることは何も違ってなどいない。
「○○、お前のことは私がよく、いいや、1番分かっているつもりだ。……そう、お前自身よりもな。だからな○○、私は考えたんだ」
──お前の人生を、私が支配してやろう、とな。
「....!!」
「○○の全ては私が決める。お前の生きる場所も、お前が成すべきことも、お前の意思に代わって私が全てを繋ぎ上げ、そしてお前の人生を彩ってやろう。お前の1番の理解者である私がな」
なにを、何を言っているんだ。
もはや、○○の脳はパンク寸前であった。かつての恩師からは想像もできない陵辱を受け、気付いた時にはおぞましい目付きでブツブツと何かを語り始めている。
命が危ない、逃げろ。○○の中に第六感がこれでもかと言うほど鳴り響く。だが、逃げようにも、がくがくと腰が抜けて脚が震えるばかり。
だって、目の前の半獣は、大妖怪ですら逃げ出すような、おぞましい顔をしているのだから。
はやく、はやく、はやく、はやく、はやくはやく、はやくはやくはやく、逃げないと。
「だから、だから、な、○○」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
じりじりと距離を詰める慧音を前にやっとこさ体が、脳が、生きる希望を求めて動き出す。突っ切るように慧音の脇をくぐり抜けると、開きっぱなしの玄関を飛び出した。
……つもりだった。
「どこへ、どこへ行こうと言うのだ」
地面を蹴る足は空を切るばかりで前に進むことは無い。違和感の方向に反射的に首をやると、そこには、頭から角を生やした慧音が、自分の服の裾を掴み上げていた。
そして、そのまま、余った方の手を自分の首に添えて、自分の首を吊るし上げた。
「○○、人の話は最後まで聞くものだぞ」
「がっ、うっ、ぐっ、あっ...」
ギリギリ、と首を絞める手に力が込められる。骨が、肉が締まり始め、嗚咽が漏れる。
「外に逃げて助けでも求めるつもりだったか?」
「1つ、教えておいてやろう○○。里中に厄災を振りまいたお前が、助けを求めたところでなぁ、誰も助けはしないぞ?私の顔が人里の守護者として里中に知れ渡っていることも忘れたか?」
「ダメだなぁ、つくづくお前はダメなやつだ。叩けば叩くほど、埃が出る」
「さて、話を戻そうか。お前の人生は、私が仕立てあげてやる、何一つ不自由などないようにな。」
「だから、だから、な、○○」
───お前の全てを、私におくれ。
んちゅっ。
首根っこを鷲掴みにされたまま、押し付けられるように慧音の唇に口付けさせられる。甘い香りが鼻を突き、絡めとるようなキスが思考を、感情を蕩かす。数十秒にも及ぶ熱いキスが終わると、慧音の手が離され、地面に叩きつけられる。
「....けほっ、こほっ、」
腕をついて、咳ごむところに間髪をいれずに慧音が抱きついて来る。
罵られたり、首を絞められたり、かと思えばキスをされたり、○○の中からはすっかり感情という物が抜け落ちてしまっていた。怒ればいいのやら、悲しめばいいのやら。はたまた恥れば良いのか。
空っぽになった○○の心に、○○の体を強く抱きしめた慧音が語りかける。
「ずっと、ずっとお前のことが好きだったんだ」
「寝食を共にする内に、私の心は、お前に安寧を見だしていたんだ」
「だから、○○が外の世界に帰るって言った時は、ほんとに、ほんとに辛かったんだぞ?」
「お前が、手の届かない所に行ってしまう、いや、それだけなら良かったさ、外の世界で幸せにやって行けるなら、それで良かったんだ」
「だが、今のお前はそうもいかない、私の、私の愛したお前が、手の届かない所でなぶり物にされる、それだけは、それだけは耐えられないんだ」
「どこにも行かないでくれ、ここから離れないでくれ。食べたいものがあるならなんでも食べさせてやる、したいことがあるなら何でもさせてやる、この幻想郷で行きたい場所があるなら、どこへでも行かせてやる、気に食わない奴がいるならこの歴史からだって消し去ってやる!お前が望むならこの身体だって捧げるさ!……それが私の役目なんだからな」
「だから、な、私だけの、この上白沢慧音だけのお前で、○○でいておくれ。」
「頼むよ○○、頼むから、首を縦に降ってくれよ……」
さっきとは打って変わって、哀願するように○○の肩に縋り付き、泣きそうな顔で○○の顔に頬擦りをする慧音。
愛に蕩かされ、惑わされ、長い間精神を蝕まれた慧音はすっかり壊れてしまっていた。かつて、自殺を試みようとした時の○○のように。
「……」
それでも、それでも尚、○○の頭の中には外の世界で眩しく笑うヴィジョンが映し出されていた。
自分の人生を、引いては、外の世界での下克上を捨てきれないことを悟った○○は、首を縦に振ることなく、ただ、ただ、逃げるように、誤魔化すように、自分が壊した慧音の体を抱きしめることしか出来なかった。
最終更新:2019年07月31日 00:34