依頼人は自室にこもったっきりで……しかもすすり泣いてすらいた。
そして上白沢夫妻は、旦那の方がしびれを切らして日常へと強引に戻ってしまい。頭領の付添も東風谷早苗が受け持ってしまった以上。
「……一旦帰るか。まぁ、東風谷早苗なら今日中に何か報告をくれるだろうから。構わないだろう」
思い立ったが吉日の如く動くため、待つのが若干苦手な○○は頭をかきながら出遅れたことを悔むが。
「そうですね。朝食も後回しにしていましたし、早く戻って食べましょうよ」
しかしそういう若干でしかない悔みも、阿求がうれしそうに横合いに立ってくれたら。待つのもそこまで苦痛ではなくなってくれるのであった。
(現金なもんだ)
○○は自分の即物的な感情の動き方に、誰にも悟られないように心中でひとりごちるが。
「そうだな……そろそろ朝食を食べないと。昼に差し支える」
阿求の肩を優しく抱きとめる時点で、結局の部分で○○は阿求の側に立っている。
そういう結局の部分での行動がいつも、阿求の方に寄せているからこそ。
稗田阿求は、○○の趣味を最大限に許容しているのである。
「大丈夫ですよ、あなた」
しかし稗田家の九代目ともなれば、目の前にいる者が何を考えているか。何に後ろ髪を引かれているか。
しかもその相手が、最愛の存在である自らの夫ともなれば。
「私はまだまだ元気な予定ですから。次の事件はもっと面白い物かもしれないじゃないですか。落胆するには早いですわよ」
「ふむ」
○○は阿求からの慰めに、軽く返事をしながら。彼女の頬や額を触った。
○○の手に感じた熱は、まさしく人肌であった。熱くも無く冷たくも無く、血流がちゃんと通っている証拠であろう。
医術の知識が無い○○でも、今の阿求が『まだ』健康体であることを理解するのはたやすかった。
「そうだな、次に期待しよう。何か千両箱が一夜で消えるような事件でもあれば、侵入経路から逃走経路まで全部調べてやる」
「うふふふ、私もあなたが現場で走り回っている姿を見るのは。とても楽しみにしていますからね」
「ああ、そう言われたら。期待に何がなんでも応えなきゃね」
朗らかに笑い、語りあいながら稗田夫妻はここまで来るのに使って今は待たせたる人力車に戻って行った。
人力車の引手は、先ほど上白沢夫妻が特に旦那の方がいきり立ちながら、寺子屋の方向に帰って行ったのを見ていたから。
少しばかりどごまぎしていたが、流石は稗田家が扱う人力車の引手と言えるだろう。
稗田家に対する思考と言うのは、もはや信仰心にまで達していた。
稗田夫妻が、阿求が特に問題なく夫と一緒に笑っているのを見て。胸をなでおろして、何も問題はなさそうだと結論付けていた。
恐らくこの者は、自分が高所から転げ落ちるような事故があっても。稗田家の事を気にするであろう。
「ああ……上白沢夫妻は大丈夫だった?」
○○も、この人力車の引手の顔を見れば。もはや陶酔に近い表情を見れば。
「はい!奥様の慧音先生の方がなだめながらでしたが……」
「大丈夫ですよ、後で夫が説明に行けば納得してくれる程度の問題です」
「だったら私めが口をはさむのは却って失礼ですね!では、お屋敷に帰られますか?」
そして阿求自ら、この問題はもうそこまで大きくないとの……もはや神託だ。
それを頂戴したこの引手は、恭しく頭を下げた。
もうここまで来れば、○○も何となく出てきた微笑を使って。何度も頷く以外の事は、思いつかなかった。
そして件の人力車の引手の事も少しばかり忘れかけた、夕方ごろにまで話は進んだ。
「失礼いたします……お二人様。お会いしたいと言う方が――」
女中頭が丁寧に輪をかけたような振る舞いで稗田夫妻の居室へとやってきた。
「東風谷早苗が来たの?」そして○○が全部を聞く前に口を開いた。
事情をほとんど知らない女中頭は、ハッとしたような顔を作ったが。○○は謙遜するように、やめてくれと手を振った。
この時の○○はもう報告を待つだけだと言うので、はっきりと言って事件の事はほとんど考えていなかったが。
来客の予定も無いのに誰かが来たこと、それと一緒に今朝がたにため息交じりに付き添った東風谷早苗の姿が思い出された。
その事を説明したら、幸いにも納得してくれた。
いくらなんでもこの程度では驚かれるには値しないが。
またぞろ、裏側で何か厄介ごとを解決しようとしている風には思われてしまった。
やはり阿求が演出した、八意女史誘拐事件を一日で解決したと言う逸話が。あまねく力を発揮しているようだ。
狂言ではあるのだがな……特に慧音の旦那はあの狂言誘拐を酷くバカバカしい物として見ているから。
英雄扱いされるのには、とっくにうんざいりとしていたが。
○○の方は、もしかしたら事件の依頼が増えるかなと言う期待があった。上白沢の旦那が聞いたら、顔をしかめるような考えだけれども。
「まぁ良い、夕飯まではまだ時間があるから。少しは話を整理できるはずだ。阿求、一緒に来て」
「何ならここにお通ししましょうよ。ここなら奥ですし……あぁ、お茶は自分で用意しますわ」
少しの間があった後、阿求は女中頭に世話は必要ないと伝えたが。真意は無論別にある、遠慮や優しさのみのはずが無い。
「ご安心を、九代目様に旦那様。誰も近づきませぬので」
人払いである。
そして辺りが妙にシンと静まり返った。夕飯が近いと言うのに、バタバタと言う音も聞こえなくなった。
そこに、人払いの雰囲気を察して皮肉気に笑う東風谷早苗と。
ローブのような物を被って、小さくなりながら早苗に付いてきた人物がいた。小柄な人物であった。
しかし○○には、これが誰だか。そして阿求だって、すぐに分かった。
「フランドール・スカーレットさんですね?阿求は有るかもしれないけれど、私とは直接お会いするのは初めてですね」
○○は座り直して綺麗な所作で、ローブを目深にかぶった小柄な人物に挨拶した。
「何だか頭領さん達の事が誤解されているみたいだから、説明に来たの!!」
その小柄な人物は、礼儀正しい○○の所作を無視するように。ローブを脱ぎ捨てて、説明と言うが抗議に近い声色で○○に向かった。
その小柄な人物は……金髪が、それ以上に目立っていたのは。
宝石のようなきらびやかさを持つ何かをぶら下げた、羽。これが金髪や里では奇抜な服以上に、よく目立っていた。
「まぁ、お茶を……」
「いらない」
阿求が気を利かせて少しは落ち着いてもらえるようにと、お茶を差し出したが。脇目もふらずに拒否されてしまった。
「……じゃあ私がこれ、いただきますね」
東風谷早苗が更に気を利かせて、フランの前にあるお茶を引き取った。
「むしろね、私があの頭領さんとその横にいる若い人に助けられたのよ!」
しかし早苗が折角、場の空気が悪くなり過ぎないようにと言う配慮も。
フランドールの目には見えていなかった。
早苗はどうしようかと少し迷ったが、今は黙って引き取ったお茶を頂くことに決めた。
早苗の脳裏には、なんだか以前の八意永琳(狂言)誘拐事件の際に、お茶を飲みながら時間が早くすぎないか耐えた記憶がよみがえった。
しかしあの時は、忘八頭は平身低頭で許しすら乞うており、状況を打開するために稗田や上白沢に協力する姿勢を前面に押し出していたが。
「あの頭領さんからほとんど聞いてないんでしょ!?あの人優しいから、説明もしたがらずに自分で片付ければいいとか考えちゃうし!!」
今のフランドールは、あの時の忘八頭と違っていきり立っている。場合によっては対決すら持さない、そう言う腹積もりを隠してすらいない。
「まぁ、まぁ……」
早苗がフランドールを宥めながら、稗田夫妻に目線をやる。話を進めてほしかった、出来ればフランドール以外に。
しかし付添いの時分では、その役目は期待できない。間々ならないことこの上なかった。
「頭領さんは……何だかしきりにフランドールさんに失礼な事をしたと言うような雰囲気を出していましたね」
「そんなのもう気にしてない!!むしろ私があの2人を脅かしてしまったぐらいなんだから!!」
キーキーと言いながらフランドールは抗議を続ける。
今朝がたに早苗は依頼人の青年を押し留めるために後ろから抱きかかえたが、フランドールが相手ではもっと酷くなりかねなかった。
これには○○も、話題を変えなければと結論付けた。
「フランドールさん以外にも、
チルノさんや。他にもお友達が?」
「ええ、もちろん。でも今から考えれば、遊んでるんじゃなくて暴れているだけだったわ。
大妖精は、良い子だけれどもチルノに振り回されっぱなしだし」
ここまで言ってフランドールは、苦虫を噛んだような表情を見せた。これは自らを恥じる、悔いるような表情だ。
「
ルーミアもたまに来るけれども、やっぱり同じで振り回す方。でも私が一番酷かった、他意は無いのだろうって、頭領さんは優しくいってくれたけれども」
○○は阿求に目線をやった。阿求は少しばかり、けれども肯定的な意味の頷きを見せた。
○○も話が少しずつ見えてきた。
有り体に言えば、今までのフランドールには秩序が無かった。荒れ狂う嵐のような物だった。
「力の使い方を、教えてくれたのですか?頭領さんが」
「そうよ。それに、いろんな遊びも教えてくれた」
だが奇跡的に、頭領が秩序を与えた。フランドールに対して。そしてなおいい事に、秩序立っている状態に利益があると気づいたのだろう。
そしてフランドールは、それらをすべて受け入れた。
「素直な子だ……頭領が紅魔館を。フランドール・スカーレットを選ぶはずだ」
○○の脳裏には、遊郭通いが多すぎる派手な連中、奴らの姿が脳裏にあった。
頭領は慈悲深くも、まともな仕事をあの連中に与えようとしたが。
自らを退治屋などと、うそぶき続けて遊郭に通い続ける連中。出納長を管理している一番の部下は、連中のせいで苛立ちを溜めてばかり。
そのスキマに、教育をまともに聞いてくれる存在が現れてくれたのだ。
「雪合戦もね、頭領さんが決まりを作るまでは。辺りを走り回りながら適当に、雪玉を目につくものに投げるだけだったのに」
「頭領さんが組み分けして、動く範囲も決めて、初めに隠れる事の出来る壁も作って。それでよーいドンで始める事に決めたの」
「大妖精も振り回されてばかりだったけれども、私やチルノみたいな振り回す方に雪玉を当てられるようになったし」
「私の部屋の掃除も手伝ってくれたのよ、本とかぬいぐるみとか沢山あったから。それを直す本棚作りから始めてくれたの!」
なるほど確かに彼女は、長命な割には子供っぽい部分が強い。
けれども愚かでは無い、教育が秩序が、それらを理解して受け入れる事が出来る。その先にある利益も理解できる。
折角まともな仕事を世話してやった、あの遊郭にばかり通っている派手な連中とは。比べる事も出来ないぐらい、フランドールは聡明だ。
彼女は吸血鬼?
頭領にとっては、それは全くの些末であろう。
何せここ最近世話をしてやっている奴らが……はっきり言って、頭が悪いを通り越して愚かなのだから。
あの、遊郭大好きな連中の世話が嫌になった頃に。
フランドール・スカーレットと言う中々素直な子が出てきたんだから。
それを説明すれば、あるいはあの依頼人も……
完全に納得は無理でも、いくらかはわだかまりを解消できるかもしれないと言う。
そう言う一縷の望みを託したかったし。それをするには十分な材料だ、この事実は。
「ありがとうございます、フランドール・スカーレット。彼に聞かせれば、少しは事情を理解してくれるかもしれません」
少なくとも○○は、頭領がフランドールを選んでしまった理由を理解して。なおかつ納得も出来た。
これを依頼人の青年に喋ってやれば、少しは苛立ちも収まるだろうか。
早い方が良い、こういうのは早ければ早い方が良い。
「このお話を聞かせたい人がいる。その人も、この話を聞けば少しは納得してくれるかも……阿求、夕食までには帰るから」
「あ、そうだ」
○○が依頼人の青年の所にひとまず行こうとした際、フランドールが何かを思い出した。
「チルノが頭領さんと一緒にいた若い方とまた会いたいってうるさいの。伝言お願いできる?」
若い方……依頼人の青年の事だろう。
「……ええ、それぐらいでしたら」
「あの若い人、何か病気?私もチルノも心配してるのよ。チルノと一緒に湖で水切りを、本気でやってたから。あの人の事も気に入ってるの」
○○はフランドールが依頼人の青年の事を思い出しながら話す時の顔を、まじまじと見た。
先ほどの頭領との思い出話を語る、その顔の次に朗らかな物であった。
この時、○○の脳裏にはある推測が出てきた。
(もしかしてあの依頼人……頭領に対する嫉妬もあるのか?チルノと本気で遊べて気に入ってもらえるのは、ある種の才能だぞ)
「なるほど」
○○は極めて平静に振る舞い、穏やかに一言だけ言ったが。
あの頭領と依頼人の根っこが、余りにも似ている事には。思わず笑みすらこぼれそうになってしまった。
「……良いと言ったんだがな。阿求には」
依頼人の所に、朗報かどうかは分からないがまともな話を持っていくことは阿求も理解してくれたが。
大体数百歩ごとに、もしかしたらと思いながら振り返っていたら……案の定であった。
ゆったりとした服で隠してはいるが、屈強そうなのが少なくとも三人も見えた。
夕方ごろなので、何かの買い物に偽装した荷物も持っていたが……中身は考えなくても。護身具だ。
その上○○相手には隠れる気は余り無いようで、目線も何度か合って。
○○もそれが阿求からの指示だと分かっていると言う、謎の安心感が稗田家には隅々まで広がっているので。
屈強そうなのも、○○と目が合っても笑顔で会釈するのみであった。
……あの様子だと、家中の物ではなくとも少しは勘や観察眼が強ければ。気付かれでもおかしくないぐらいである。
はっきり言って、隠れようと言う気が見えてこない。
「まぁ良い」
とは自分で自分を慰めるように呟いたが、依頼人のいる家屋――頭領は多分いないだろう――につく少し前で。
ここで待っていてくれと言うような仕草くらいは送らせてもらった。
幸いにも待ってはくれたが、特に場に溶け込もうともせずに。隅の方で立ちっぱなしでいたままであった。
あれじゃいよいよ、自分の所属を大きく書いて頭上に掲げているようなものだ。
○○としては、段々と指摘する気力もなくなってきていた。
「おや……これは」
しかし万事塞翁が馬を、この場において1から10まで感じる事になるとは思わなかった。
依頼人が頭領と住んでいる――いずれこの表現は過去形になるだろう――家屋に入っていったら。
「確か、遊郭街の……ええ覚えていますよ、忘れるはずがありません。遊郭宿の経営者、忘八さん達のお頭じゃないですか」
少し無作法だとは思いつつも、依頼人の部屋に入って行ったら……むしろ無作法な方が良かったぐらいだ。
忘八達のお頭は、○○が来るとは思っていなくて。依頼人の青年の為にお香や、酒まで用意してあげていたのだ。
そんな場面に○○が登場する?
阿求が絶対に嫌がる!遊郭街の権力者である忘八。その最大権力者が、依頼人と一対一で会話をしているのだから。
これは、阿求が無理やり自分に付けた護衛を途中で止まるように言ったのも……もっけの幸いであろう。
「ああ!大丈夫ですよ、忘八さん達のお頭さん!阿求は知らないし、付けてくれた護衛も途中で待たせてあるから!」
それに思い出した事もある。始めに依頼人の居宅へ向かった時、この忘八達のお頭が急いで外へ飛び出して。
判を押したように、遊郭通いが好きな派手な連中も。裏口から出て行ったのが、脳裏に鮮明に映し出された。
「あの派手な連中の事を教えてほしい。あれは小銭だ、その程度の存在に『ごひいきにしてください』なんて自ら向かうとは思えない」
○○はにこやかに喋りながらだが、出入り口の真ん前で仁王立ちした。
忘八頭は頭領のように、窓は見なかった。そこから逃げようとは思わなかったようである、そもそも雨どいを伝って出入りするような。
そう言う、いざと言う時に役立つ鍛えられた体力を持っているような職業では無いから。忘八と言うのは、どちらかと言えば心理的な職業である。
観念したような顔で、あるいは慈悲を乞うような顔で。忘八達の頭は○○を見ていた。
ただ、良い気と言うのはまったくしなかった。
○○の妻は阿求だから、それが最も大きな理由だという事ぐらい。○○はすぐに、理解できる。
それぐらいの頭はある。
忘八達のお頭は、ため息を盛大につきながら座ってくれた。
「そうは言っても、短く説明できてしまえるんですよ。○○様の言う通り、あの程度が来ようが来るまいが、売上に大きな違いは無い」
「ただの偶然だったのですよ、○○様。私が連中に良い顔をしたのは、遊郭街を大きくしようとする勢力が新店の護衛に尖兵を欲しがった」
「巧妙に巧妙な、てっぺんは頭が良いようですが私や……もっと言えば稗田様や上白沢様への恐れがあります。けれども商いを広くして利益を得たい」
「その二律背反の解決方法が実に姑息。夜鷹(※)に近い、安いけれども質にも疑問符が付く遊女を売っている楼を、まずは身代わりにして前を歩かせているんです」
「あの手の安い楼は……出たり消えたりしますから。客も関係の無い楼も、急に入れ替わってもあまり気にしないんですよ」
「私が指揮しております最大派閥の敵はまだ見えませんが、敵が私を見ているのは確実です。ですから、奴らの尖兵候補を片っ端からツバを付けて動けなくしているのです」
○○は忘八頭の説明を聞きながら、納得を刻々と深めて行って頷き続けていた。
そして○○は顔の前で手の指先を合わせながら頷くだけで、筆記具は一切出さなかった。
しかし忘八達のお頭はまだ、気が気では無い様子であった。やはり阿求か!阿求の影が!
「書きませんし、阿求にも伝えません」
筆記具を出していない時点で、忘八達の頭ほどの人間には気づいてほしかったが。いささか無茶な注文と言うのもまぁ事実だろう。
こういう場合は、また外部への密談の漏えいが無いと分かっていれば。
察してくれなどでは無くて、はっきりと言葉にしておくべきだろう。それが誤解を減らす。
けれどもこの忘八達のお頭は、自分の敵がいると分かっているのに見えなくて疲れているのだ。
……こんな身を案じた言葉すら、○○が言えば阿求の癇に障って。
忘八のお頭が危ないと言うのには。理不尽さを感じてしまうのだけれども。
「敵さんの尖兵探しを妨害しているようですが、首尾は上々ですか?」
「……幸いにも。『この程度の客に支払以上の対応を?』と言った例は確実に減っております。少しは連中の、商い角田の計画を邪魔できております」
「……まぁ、それに関しては良かった。阿求の癇の虫が少しは鎮まる」
本当ならば、忘八達のお頭には真っ直ぐな労いの言葉を与えたいのであるけれども。
今この場は大丈夫でも、仲よくなり過ぎれば不意に懇意な会話をしかねない。
そうなれば迷惑を被るのは、何と○○では無くてこの忘八のお頭なのだ。
「まぁ、忘八のお頭さんも。これ以上何を話せば良いか分からないでしょうから。私はこの依頼人に、ちょっと説明しておきたい事柄があるので。それだけ喋ります」
忘八が自分の持っている話を全て披露してしまったらしく、恭しすぎる礼を見せられてしまったので。
いよいよ○○はこの忘八の頭が可愛そうになってくるので、今度は○○が話し始めた。
内容は、無論の事で。先ほどフランドール・スカーレットから話された内容を。
フランドール曰く、頭領は誤解されていてむしろ私の方が頭領に付き合ってくれと頼んでいる、と言った内容を。
今まさに聞かされた、遊郭街の商いの拡大を目論んで遊郭街に体よく利用されているのに気付かず。
むしろ自分たちは遊郭防衛の重要戦力だと誤解して、調子に乗り始めているあの派手な連中と比べれば。
体力に任せて暴れるように走り回っているフランドール達に、皆が心地よく遊べるように決まりごとを教えている方が。
そっちの方が遥かに建設的で、精神衛生にも素晴らしく。達成感だって雲泥の差であろう事は言うまでもない。
「でしょうね。むしろ頭領の方が遥かにマトモな判断と動きだ」
忘八達のお頭から聞かされた話と、○○からの追加報告を合わせれば。出てくる答えはおのずと一つに収束される。
依頼人の青年は、忘八達のお頭から与えられた酒を――おべっかでは無くて、真意からの。あるいは詫びの品――に口を付けた。
その飲み方は上品で、唇を少し濡らしただけではと言うような飲み方であった。
忘八達のお頭は、少し綻んだ顔を見せた。
やはりあの派手な連中の飲み方は、酷かったのだろう。
なので、依頼人の青年は穏やかさに甘えてもう一つほど聞いた。
「チルノちゃんが、心配していると聞きました」
「ぶふっ……」
しかし少し聞いただけで、依頼人は器官に酒を流しいれてしまったのか。むせた姿には、少し罪悪感が湧いた。
やはりフランドールの言う通り、チルノと仲良く遊んでいたようだ。
「非難しているわけではありません……ただ、頭領と貴方はやはり似ているなと。もちろん、あんな派手な連中とはずっと違う善性の持ち主だ」
頭領の件と、派手な連中が調子に乗った件で苛んでいるのに、これ以上苛ませるのは余りにも酷い行いだ。
○○はこれ以上の無礼を重ねる前に、この場を後にした。
「お帰りなさい、あなた!良い話は出来ましたか?東風谷さんから頭領さんの遺言の試作を貰ったので。早ければ明日にでも完成度を一気に高められますわ」
忘八達のお頭の話を聞いて、今度は依頼人に話をしたから思ったより時間がかかったが。思ったよりも阿求の機嫌が良く出迎えてくれたので安心したが。
「…………『依頼人さんとは』、良いお話が出来たようですね?」
二度目のこの言葉には、重みを感じてしまった。
何処からばれたのかを考えたが、まさかアレかとしか思えなかった。
あの時、忘八達のお頭は依頼人の気持ちをほぐす為に酒と……お香も炊いていた。
阿求もお香には少しぐらい造詣は持っている。けれども稗田阿求が自称する少しは、他の物にとってはとても深い造詣である。
「すぐに服を着替えて……いや、お風呂に入って!その方が確実!!」
その後の会話には本当に苦労した。
とにかく偶然、忘八達のお頭と出会った事だけは信じてもらわねばならなかった。
その後、最大派閥に対する抵抗勢力の暗躍。忘八達のお頭だって、苦労していることを理解してほしかったが。
少しでも親身になれば、逆にあのお頭が危なくなる。
なので事実だけは何とか、信じてもらうために。暗躍する勢力の事を悪く言いすぎたかもしれないと……寝入りばなになって不安になったぐらいであるが。
もう後の祭りであった。
※夜鷹(よたか)
遊郭に属さずに春を売る遊女の意味
公に遊郭の営業が認められていた江戸時代において、夜鷹の存在は厳しく取り締まりされていたが
男風呂に出入りする女性である湯女(ゆな)や普通の飲食店ではない店には飯盛り女と言った、『そういう事』もやってくれる業種が抜け道のようにあり
いたちごっこが実情であった模様
感想
最終更新:2019年07月27日 23:05