「はぁ……」
依頼人の青年は、わざとらしく首を横に振りながらため息をついて立ち上がり。小さい方の金庫の持ち手を掴んだ。
頭領から、中身にある私的な書類等の処理を任されたと言う形ではあるけれど。稗田夫妻も上白沢夫妻も分かっている、それが方便である事ぐらい。
確かに、全部が全部うそでは無いかもしれない。頭領も外での取引や何かを借りているぐらいはしているはずだから。
それを処理しきった後に残った物を、長年出納帳を管理してくれたこの依頼人の青年が持って行っても良いと言うのも理解できる。
問題はいくら残るかだ。
こういう場合、少ない事を気にする人間が多いけれども。両夫妻にとっては、この依頼人がいくら持って行けるかの方が重要な関心事項である。
小さな金庫は持ち手が付いているほどの小ささ、そして基本が私的な書類だと頭領が事前に上手く仕組んでいるからという事もあるけれど。
依頼人の青年は得に苦労や力も入れずに持ち上げる事が出来た。
依頼人が持って行った小さな手提げ金庫の中身が。そう詰まっていない事に。遊郭通いが好きな派手な連中は、見るからにホッとしていた。
この一等地に立っている住居兼事務所から出て行くという事もあり、実験は俺たちの物。わが世の春だとでも考えていそうな顔であった。
猟に必要な猟銃などは現金化せずに置いておけと言う遺言はあるけれども、大きな金庫に残されていた紙幣や少しは高値で売れそうな貴金属に沸き立つ連中を見ていると。
ほとぼりが冷めたら売り払いそうだなと言う疑念は出てくるが……依頼人からすればこいつらがどうなろうと、もはやどうでも良いのであろう。
脇目すら見ようとしない、この時点でもうこいつらと依頼人の間に存在していた関係性は消えたも同然だ。
持っと言えば、頭領と共に過ごしたこの住居も。依頼人の中では何かの災害で消えてなくなったぐらいには考えていそうだ。
「ああ、ちょっと良いか?」
いそいそと、立ち去ると言うよりは逃げようとしている風に見えた依頼人を慧音の旦那が見かねて声をかけた。
「ここ以外でなら」
少し立ち止まってくれたが、見た先にある物を見てすぐに、青年はすぐに嫌な感情から遠ざかりたくて外に出て行った。
「うん、そうだな。まぁ食事でもしながら話そう。近くに喫茶店あるかな……?」
慧音の旦那もこの場にいる事を、感情が拒否していた。
稗田夫妻は、○○はどうするかなと思って目配せしてくるか?と言外に聞いてみたが。
「少し頼む」
○○はそう言って、阿求の手を引き。たおやかに付き添いながら外に出て行った。
しかし自宅に帰ったとは、思えなかった。
どちらかと言えば、始末する用事が、そう言った物の存在を若干どころでは無くて感じさせるような動きや態度であった。
少しばかりため息が漏れるが、派手な連中を見ていると……自業自得だと言う冷たい感情も出てくる。
どちら共に間違った感情では無いのが、ことさらこの話を厄介にしている。
「どうしました?」
依頼人の青年は、立ち去って行く稗田夫妻に対して――派手な連中とは違い礼儀がある態度で――頭を下げていたら。
慧音の旦那がまごついているのを見て、何をしているんだ早くいきましょうよ、と言った具合に声をかけてきた。
「阿求に任せればいいさ」
だが慧音の態度は軽かった。
何かがまだ裏にあると、そう確信せざるを得ない事の成り行きに頭痛とまでは行かなくとも重たい物を感じていたが。
妻である慧音はもう、終わったと認識しているようであった。
確かにその結論も……間違ってはいない。あんな派手な連中ごときが稗田に抵抗できるとは思えない。
そもそも周りの人間には何が起こったか分からないうちに、全てを終わらせることだってできるであろう。
「昼には早いが、何だか腹が減ったよ」
多分慧音のこの軽い態度は、わざとだ。旦那である自分に、そうそう頭を悩ませるようなことはもうないさと、そう言いたいのだろう。
無論、言いたい事はある。1つや2つでは無い、けれどもだ。
「まぁ、そうだな……小腹は空いているな」
多すぎて、こういう中途半端な返事しか出すことが出来なかった。そして往々にして中途半端な態度と言うのは、すでに決意や結論を固めている人物に対する追認になってしまう。
(あーあ……)
立ち去る際に、頭領が使っていた一番広い部屋で。大きな金庫の中身に詰まっていた現金類を、下卑た様子で山分けしている連中をもう一度見たが。
突き放すような感情しか出てこなかった。
「……」
依頼人の事が心配で上白沢夫妻は、近場にある食事処に誘ったが。
建設的な会話が出来る雰囲気では無いし、またその為の材料も見当たらない。
この場にいる者達は、上白沢夫妻にせよ依頼人の青年にせよ品があるから。ただただ黙々と。
注文をした後は、品物が届くのを待ちながら水を飲むぐらいであった。
依頼人は持ってきた手提げ金庫の中身をさっそく検めていたが。遺産が手に入った事による、喜びの感情とは程遠い沈痛な表情であった。
頭領が遺言状に書いた通り、私的な書類が。と言うよりは、書類ばかりであった。
けれども文書仕事が主な業務であるこの依頼人にとっては、何十枚かの紙幣よりもよほど重要な意味を、こういった文章の方が持つことをよく知っている。
依頼人の表情が、徐々に驚愕の色に塗れて行った
「え……な、ああ?」
ガタガタと震えだしても来たが、文章の内容を確認する事はやめなかった。と言うよりはそれを選択肢に加えてすらいなかった。
そうかと思えば、手提げ金庫の底の方に入っていた鍵を手に取り。明らかに生唾を飲み込むようなしぐさを見せた。
さすがにそろそろ、心配になってきた慧音が声をかけてくれた。
「頭領は君に何を残したんだ?」
依頼人は少し頭を振って考えていたが、上手い表現が思いつかなかったのだろう。
「一切合財ですよ。あの大きな金庫に入っていたのは見せ金だ……俺も知らなかった、頭領がこんなに色々なところに投資をしていたなんて」
依頼人の青年はおずおずと、何枚かの文書を見せてくれた。
その内容には、上白沢夫妻ですら驚嘆の表情を作り出すことになった。
その文書には、頭領は誰でも知っているような名店の出資者として名前を連ねていて。この証明書を持っていれば、年にいくらもの収入が約束されていると言う塩梅の文章であった。
それだけではなく、人里で一番大きい貸倉庫。当然だが一番お置きだけあって、警備も厳重な区画が存在するのだが。
頭領はその一角を借り上げており、間違いなくあの大きな金庫に入っている金などは眼では無い量の蓄財が詳細に書かれていた。
無論、先ほど依頼人が震える手でつかんでみていたあの鍵は。その蓄財を保管している場所の鍵である。
「どうしよう……こんな金額、管理した事なんて無いぞ」
依頼人は突然、豪商並みの金額の管理人として頭領から指名されたも同然である。
そして依頼人の性格と、頭領との仲を考えれば。どれだけの金額を貰おうとも、喜ぶよりも責任感が前に立ってしまって慌てふためく。
けれども一つだけ言えることがあった。
「だからこそ頭領は、君に一切合財の財産を任せたんだ。慣れていないから上手く活用できない事はあるだろうけれども……不義理な使い方はしないと確信しているんだ」
慧音はそう言って依頼人を励ました、金額の大きさに慧音の旦那は中々思考が追い付いてこないけれども。
復活した思考で考える事は、やはり慧音と同じような感想であった。
「慧音は知っていたのか?あの頭領が案外手広く、確実な儲けや誠実な商人には出資していたと」
「知っていた」
慧音はあっけらかんと答えた。けれどもそこには苦笑も見えていた。
「しかしここまでの金額とはな……あの頭領が必死になって遺言状を作るはずだ。あんな派手な連中に渡したら、すぐに使い潰す」
依頼人から渡された、頭領の隠れた家業を示す書類を見ながら。慧音にしては珍しく、嘆息の息を漏らしていた。
予想をはるかに超えていたのであろう。
ふと依頼人を見たら、まだ金額の大きさと。それを管理しなければならないと言う、二重の重さから精神が復活しきっておらず。
「おい、それしょうゆだぞ!?」
水差しと間違えてしょうゆ差しを手に取り、湯飲みに水を入れるかの如くダバダバと注いで。
なお酷い事に、飲もうとまでしていた。
「うわぁ!?」
依頼人もさすがに味で気づいたが、ゴトンと落してしまう始末。
机の上は、中々ひどい事態に陥ってしまった。
その後しばらく、店員に平謝りしながら布巾などを借りて机の上を掃除していたら。
あらかた綺麗になって一息ついたところに「おくつろぎ中、横から失礼いたします。九代目様よりお手紙を預かっています」
と言いながら、屈強そうであるけれども立ち振る舞いも身なりも上品な男性が声をかけてきた。
自己紹介されずとも一目見て分かる、人里でここまで訓練された屈強で品のある者と言えば。稗田の家中で働くものだ。
「中身の程は、私も知りませぬ。ただ私はお手紙を届けるようにと申し付けられただけです」
恭しく渡された封筒は、蜜蝋で封印がなされており。稗田の家紋がハンコで押されてもいた。
これが偽造ならば大した物である、犯人が余りにも頭が悪いと言う意味で。稗田を騙るなど、命がいらないにしても酷いやり方だ。
故に上白沢夫妻も依頼人の青年も、すぐに信じた。
「これを阿求に持って行け。確かに受け取った」
慧音が懐から、何かの札を配達人である男に手渡した。
夫であるこの旦那も何度か見たことがある、稗田家との内々の意見のやり取りの際。確かに手紙や書類を受け取った事を示す、証明用の木札だ。
残念ながら、これがどこで作られているかは夫の彼でも知らない。木札に書かれている事も、良く見えないからそれも知らない。
「はい、ありがとうございます」
男は木札を受け取ると。丁寧にお辞儀をして立ち去った。
「……ああ、この手紙は頭領から君にあてたものだ。阿求が一時預かってくれていたんだな」
慧音は手紙の封を破ると中身を読もうとしたが、あて名ですぐにどういう状況かを察して。一行も読まずに依頼人の青年に手渡した。
「……ああ、酷い。気付けなかった自分に対しても腹が立つ」
しばらく読み進めていたが、後の方になるにつれて依頼人は酷いと言う感情を隠さなくなった。
「どう酷いんだ?何、君に明白な責任は無いと信じているよ」
慧音が優しく言い含みながら、何があったかを問うた。依頼人の青年は自らを恥じるような気持ちで、唇を結んでいたが。
慧音程の守護者を相手に、そう長々と黙っていようとは彼も思わなかったから。少しずつ喋ってくれた。
「あいつら、遊郭に通いたいが為に二重伝票を作っていたんだ。頭領は、不意にそれに気付いたけれども。私は出納長の管理と猟銃の管理や人里の外での調査が重なるから。あいつら、私をダシにして横領していたんだ!!」
「なるほど、十分だ。食事が不味くなる」
依頼人は手紙を慧音に渡そうとしたが、依頼人の言葉を疑う必要が無いためもうこれで十分だとしか言わなかった。
「なるほど」
しかし無言もきまずく、慧音の旦那が会話を引き取ったが。
差して多くの言葉は必要なかった。
「まぁ、稗田夫妻が良きに計らってくれるさ。何も考えていないとは思えん」
結局、あとは稗田夫妻。特に阿求の考えに乗っかるのが、一番の方法なのだ。
それから何日か後。
寺子屋にめずらしい客が現れた。
東風谷早苗である。
「これは、東風谷さん」
また何かあるのかと警戒した旦那は、少しばかり慇懃に対応したが。
「これ、まるで囲ったところを読んでください。それじゃ、私はこれで」
文々。新聞を旦那に投げ渡すだけで、不機嫌さを全く隠さずに立ち去ってしまった。
残念な話だけれども、東風谷早苗がそうそう理不尽な苛立ちや怒りを募らせることはない。
それに良くも悪くも二人きりの世界を大事にしている稗田夫妻よりもずっと、まともな感覚が残っている。
だから東風谷早苗は、本当に悪い報告を持ってきてくれてしまったのだ。
だがここまで来て何も確認しないのは、折角話を持ってきてくれた東風谷早苗に対する不義理につながる。
意を決して、旦那は天狗の新聞を広げた。
性格なのかどうかは分からないが、相変わらず射命丸の文章は扇情的で。
事実は述べられているのだろうけれども、無意味に感情が刺激される。
奇妙な死体!性質の悪い低級妖怪か、もしくは謎の宗教的儀式か!?
昨日の夕刻頃、遊郭街にて居を持ち。退治や猟などを生業とする一団の内何名かが、腹部等の部分を破裂させた状態の死体で発見された。
写真を掲載して描写をしてしまうと余りにも無残で残酷な場面となるので、簡潔な図画と文章のみの攻勢になる事を許していただきたい。
退治および猟師の一団は、何らかの依頼(イノシシなどの狩っていたのか、それとも退治の仕事かは不明)で人里の外へ。
天狗などが管理をしている妖怪の山とも違う方向へ向かった事が確認されている。
その後、一団の内の生き残りが血相を変えながら、拠点としている遊郭へととんぼ返りを果たしたが。
帰ってきたものは皆が皆、ろくに口をきけず。ただ聞き取れたことと言えば、破裂しただとか、叫び声が聞こえたと思ったら血が降ってきた。
等と、にわかには信じられない話ばかり。
やや話はそれるが、この者達は遊興にふけりすぎており。何か悪い薬をやっていたのではないかとも怪しまれたが。
一団の内の一名が、急に吐血をもよおした姿には。これは、全くのデタラメではなさそうだと周りの物が信じるしかなく。
更に屈強な物たちが徒党を成して、連中が異変を感じたと言う場所まで連れて行った際。
詳細な立ち位置は図画を参考にしてもらいたいが、腹部が破裂したように見える者は既に絶命しており。
両足が無くなっている者も、呼吸こそあるが時間の問題である事は言うに及ばず。
最も猟奇的だったのは、両手両足が無くなった状態で虚空を見つめながら絶命している死体であろう。
しかもそれらが、散り散りになっているのであれば何かに襲われたとも考えられるが。
この三名の哀れな被害者たちは、人の往来のある場所で木の根もとに建てかけられるようにして放置されていたのである。
つまり下手人は、これらを発見されることを望んでいたと言う結論を下さざるを得なかった。
しかしながらこれだけ派手な事件ではある物の、現場が妖怪の山とは別方向という事もあり。人や妖怪に限らず、目がどうしても届かない場所であるのだ。
今回の事件を受けて我が文々。新聞は、人里の守護者上白沢慧音に取材を試みようとしたが。
上白沢女史からは『天狗や河童などで比較的管理のされている妖怪の山方面以外での狩りを慎むように。山姥、坂田ネムノから肉類の貿易も続いているので。食料の心配は無い」
との言葉を貰うのみで、事件に対しての私見や捜査状況などは一切答えてはくれなかったが。
上白沢女史の言う通り、しばらくの間における猟場は、妖怪の山周辺に限った方が良いのは。我が新聞社としても同じ判断である。
旦那は一通り読んだ後、寺子屋の奥にいる妻である慧音の方に向かった。
「これ、知ってたの?何が起こるかって」
「いや、思ったより早いと思ったが。あと、こんなに派手にやるとは思わなかった」
そう言われるのみで、つまりはあの件はもう稗田阿求に全部任せていて。自分は事後報告を聞くのみにまで手を引いていたという事だ。
「ちょっと散歩してくる」
旦那はそう言ったが、行先は決まっている。稗田邸である、○○から何か聞こうと言う魂胆だ。とは言え、旦那の方もあまり期待はしていない。
だから散歩半分の気持ちでしかないのだ。
「何か買ってきてほしい物ある?」
「食器洗剤を買ってきてくれ」
もう半分も、ついでに日用品の購入をしておこう程度の物。この旦那にしたって、気にはなっているがこれ以上首を突っ込む気は毛頭ないのである。
「よう、○○」
「ああ、そろそろ来ると思ってたんだ」
稗田とは、○○とは上手く付き合わせてもらっているので。さすがに正門からの入場は遠慮するが、裏門からなら日中は事由に出入りできる。
何の障害も無く○○の居室までたどり着いた旦那であるけれども、彼の登場を予想していたかのような○○の動きには。
机の上に2人分のお茶と、流行の店――その店は頭領が出資者の1人だ――の豆大福が用意されているのには。
口角の端っこが吊り上り、面白くないなと言う感情を抱いてしまった
「どこまで知っている?全部教えてほしいな」
しかしお互い、一線の向こう側にいる女性を嫁にしたと言う仲間意識があるから。
この程度の先回りでは、面白くは無いけれども気分を害するとまでは行かない。
「そうは言ってもね。俺も今日の新聞で初めて知ったんだ、存外阿求が苛烈だなってことぐらいしかわからない」
「そうだな、確かに……しかし遊郭街を拠点にしていたのは偶然か?」
どうやら○○も阿求からの事後報告を待っていたようで、知っている内容は自分と大差ないようであった。
諦めて新聞にもう一度目を通したら、遊郭の二文字には注目せざるを得ない。
「いや、必然だよ。忘八達のお頭と反目する、商いの拡大を目論む勢力が兵隊を集めようとしていて……そのうちの一部なんだ、連中は」
「かわいそうに」
旦那が目を付けたとおり、あの派手な連中は遊郭に食い込もうとしていたが。目を付けられた存在が、相手が悪すぎた。
しかし二重伝票を作って、あの誠実な依頼人から何年も横領を企てていた連中が被害者では。
何となくやり過ぎだよと言う気分も、無いことは無いが。因果応報、自業自得と言う感情の方が前に立ってしまう。
なのでかわいそうの一言だけしか、浮かんでこなかった。慧音や阿求からすれば、それですら甘い対応かもしれないけれども。
「遊郭はデカくなったら駄目なんだ……一線の向こう側にいる女性たちは、俺たちに変心させる可能性がある場所を許しているだけでも大きな譲歩なんだ」
○○もやや事務的に話し出した。
「退治屋を自認しているくせに、一線の向こう側がどれほど危険かも分からなかった連中。早晩、狩りに失敗して落命してるよ。そうでなくても何かの罪で投獄だ」
事務的で、冷たい判断と口調であるが。それぐらいの冷たさを持っていないと、今度は自分が危なくなりかねない。
それをよく分かっているこの慧音の旦那も。
「そうだな」
○○の判断を全肯定した。
「まぁ、お茶とお菓子。有り難く頂こうか」
旦那は黙って、用意してくれたお茶たちを楽しみ始めた。
「あなた」
上等なお茶と、○○が好物だと言っている甘い豆大福を食べていると。稗田阿求が夫である○○に声をかけた。
彼女もそろそろ、慧音の旦那が様子を聞きに来ると分かっていたからか。姿を見ても、笑顔で会釈するのみで驚かなかった。
「フランドール・スカーレットさんが来たのだけれども、お話聞きますか?」
稗田阿求の横には、赤い衣服が。それ以上に羽が、その羽からぶら下がる宝石のような装飾が特徴的な女性がいた。
フランドール・スカーレット。頭領が魅入ってしまい、幸いなことに彼女も頭領をいい先生ぐらいに思っているから。
これが中々……良い関係なのは皮肉的だ。
ただ今はそれよりも、
フランドールが何の理由も無しに稗田邸に来るとは思えなくて。
そう、それで。どうしても新聞記事を思い出してしまった。
「ああ、その記事の犯人。分かってると思うけれども、私だから」
だが、旦那が聞く前に
フランドールは自供してくれた。
最も、捜査機関に伝えることは無いのだけれども。稗田邸にいる、誰もが同じ判断を下す。
「頭領さんのお金を、横取りしてたんでしょ!?折角色々と、教えてくれてたのに!!」
「私、頭領さんから色々聞いたよ!あの人が周りを良くしようとしていたのに、そいつらは邪魔ばかり!頭領さんと親しい人にも迷惑かけて!」
「その頭領さんの傍で一番働いてくれた人、取られていることに気づかなくて。なのにお金が思ったより無くて苦労してる横で!遊郭なんかで『ふけってた』んでしょう!?ざまぁみろよ!!」
「キュっとしてドカーンよ!残った連中も、何か遊郭の変な連中に脅しをかけるために遅くしてやってるけれども、全員ドカーンとしてやる!!」
「頭領さんは優しすぎるの!私みたいなのがいれば、ちょうどよくなるわ!!」
フランドールの叫び声は、下手に会話をするよりも多くの事を教えてくれた。
○○は苦笑しながら、仕事に使う帳面を少し確認したりする程度で。
慧音の旦那の方は、珍しく妙に笑っていた。ここまで突き抜けると、皮肉気な感情も出なくなる。
「……まぁ、
フランドールさん。とりあえず今後をどうしましょうか?そのお話をしないと。ああ、○○も旦那さんもご一緒したければどうぞ」
阿求は慧音の旦那にも優しくしてくれたが。十分であった。
「大丈夫、もうよく分かったよ。ああ、○○。豆大福有難う。それじゃ、慧音が待ってるから……食器洗剤を買って帰る事にするよ」
日中うつろな男 了
感想
- とても良い小説だ -- 名無しさん (2019-09-09 13:41:05)
最終更新:2019年09月09日 13:41