昼の時間が長くなっているこの頃、珍しく○○がフラリと白玉楼より外出した。私に見つからないようにわざわざ遠回りをして、
そして偶然見かけた従者の妖夢にすら、はっきりと行き先を告げずに屋敷を出るのは、滅多に-いや殆どといって良い程に、今までなかったことだった。
 悪い予感が走る。女の勘とでも言うべき第六感が○○の身に何かが起こると告げていた。このまま○○の帰りを待っているなどできそうにもない。
堪らなくなり○○の後ろをそっと憑けようと草履を履いた。
幽々子様、晩ご飯は如何されますか?」
扇子を差し出しながら私に尋ねる妖夢。
「うーん…。軽くつまめる程度にしておいて頂戴。」
勘に従って妖夢に注文を出しておいた。私にはそもそも必要が無い物であったし、恐らく○○はそんなに食べないだろう。
だって○○はずっと私と「同じ物」を食べているのだから。あの時に彼を見初めて、そして白玉楼に招くようになり、私は彼に大事な物をあげ、
彼の大事な物を奪った。純粋な彼を騙すように好意と善意に付け込むようにして…。まあ、仕方が無いのだろう。
好きになった人を逃したくないのならば、私のように黄泉の国の住人が取れるのはただ一つ。神話にも刻まれる太古より、そうしてきたのだから。


 こっそりと○○の後ろを浮いていくと、蓬莱人のやっている焼き鳥屋に辿り着いた。辺りを見回してから暖簾をくぐる○○。
店の中には男が一人座っていた。男は手を少しあげて○○を呼ぶ。昼間から宴会をしている妖怪神社の巫女以外にとっては酒を飲むにはやや早い時間か、
二人以外には誰も店には居なかった。居酒屋という密談には格好の場所。そして指定された人の居ない時間。おまけに相当恨みを買っているのだろう、
待っていた男の背後に怨霊が何匹も憑いているのを見れば、話しの内容を聞かずとも禄でも無い話しだと分かるだろう。
チラリとこちらに視線を向ける店主に手で合図をして、私は○○の隣の席に座った。
後ろから話している○○を眺める。私が贈った着物と帯が店内の光に相まって○○の背中に良く映えていた。素晴らしい、本当に素晴らしい。
いつ見ても大好きな○○と、

本当に下らないあの男。

 ああ、紫の名前を借りているようだけれども、私はあんな男なんて知らない。私と紫との間に割り込む奴なんて…消さないと。
店で○○が話しているうちに、スキマが開いて私がマヨイガに飛ばした蝶が戻ってきた。すぐに殺してもよかったのだけれども、
藍ちゃんの知り合いだったら可哀想だから、一応、というやつだ。紫がスキマから手だけを伸ばし、こっちに向けて白い手袋を振っている。
頃合いだと思った私は、○○の肩に手を置き耳元で直接話しかけた。
「電話が掛かってきた振りをして。そのままちょっと店の外に出ましょう。」
私が後ろに居たとは知らずに、ギョッとする○○の背中を押すようにして店の外に連れ出していく。電話を耳にあて取り繕う○○の首筋に、
後ろから抱きつくように腕を絡める。こういう時に幽霊の体は便利だ。体重を無視して宙に浮かぶことが出来るのだから。
丁度電話をしている格好になるようにして○○に話す。
「紫はあの男なんて知らないって言ってるわ。」
スマートフォンの受話口に話すように○○が言う。
「でも、あの人は知っている様子だったよ。八雲さん家と商売もしているって。」
「真っ赤な嘘。」
「そんな…。」
○○が息をのんだ。すっかり騙されていたと分かって、揺れた○○の心に重ねるように話していく。
「妖怪の山に話が通っているのも嘘。商売をしているっていうのも殆ど嘘。あの男は今まで色んな人を騙してきたの。」
自分が危ない橋を渡っていたことに気が付いて、震えている○○に駄目押しのように付け加える。
「あの男の後ろに怨念が絡みついているでしょう?背後霊が訴えているわ。」
亡者が語るが如く、声音を低く、強くして。
「よくも、騙したな…ってね。」
「ははっ…。そう、だったのか…。」
騙されていたことが分かり、すっかりと自信が砕けてしまっている○○。可哀想。私が助けてあげなきゃ。
「もう大丈夫。私が「ついて」いるから。」
そう言って正面から回り込んで抱きしめてあげると、○○は素直に体を預けてきてくれた。体に手を入れてそっと○○の魂を撫でてあげる。
震える存在をゆっくりと、慈しむように、元気づけるように。


「…ありがとう、幽々子。」
その甲斐あってか、○○はすっかり元気を取り戻した様だった。
「戻りましょうか。」
「うん。」
○○は頷いて私と腕を組みながら、一緒に店に戻っていった。


 店に戻るとこちらに視線を向けた店主が、口笛を吹く素振りをした。普段ならば冷やかしにも聞こえるその声も、
今は三騒霊のコンツェルトにも匹敵する。○○が男に話しかけた。
「実は**さんのお名前をうちの者が知りませんでして…。どういったご関係ですか?」
○○が相手に突っ込んでいった。ああ、格好いい。本当に素晴らしい。流石私の○○だ。
「それを言えばそちらにご迷惑が掛かりますからねぇ…。」
「言って頂いて構いませんよ。」
男の後ろで紫がスキマを広げて顔を出していた。○○にも見えるように、手をヒラヒラと振っている。男の方は瞬時に考えを巡らせたようであった。
顔をしかめつつ懐から何かを探っている。よく見れば苦し紛れと分かるのだが、中々演技は堂に入っていた。
「ほら、コレだよ。大失態だな。」
男が筆をチラリと○○に見せた。ああ、本当に大失態だ…。お前がな!
 堪えきれなくなった紫が、扇子で口元を隠した。きっといつものように凄まじい笑みが浮かんでいるのだろう。
見る人の心臓を凍り付かせる妖怪の笑顔が。…そろそろ頃合いだろう。
「どういう意味かしらね?」
姿を現して、○○の後ろから男の方に向かっていく。人外であることを見せつけるようにゆっくりと、音も無く。
「どういう意味かしらね、幽々子。」
後ろからも紫が現れて、男の懐から筆を抜きとっていた。男の肝っ玉を筆と一緒に抜き取るかのように、ジリジリといたぶっていく。
上質な恐怖は妖怪の主食であり、ご馳走である。スキマに飲まれようとしている男が、恨みがましく○○を睨み付けようとする。
私は大事な○○が汚されないように、自分の後ろに隠して一面に蝶を放った。
 全てが終わった後で、店の中には静けさが漂っていた。店主に代金を払い店を出る。辺りはすっかり暗闇が覆っている時間だった。
妖怪の領分である漆黒の闇が幻想郷に広がっていた。





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  • 幽々子
最終更新:2019年07月30日 22:46