けれども。このお頭は、何かに愛されているし愛していると同時に、呪われているのかもしれなかった。
何かに愛されている証拠は、外からの住人である東風谷早苗や○○が驚くであろう。MP3レコーダー。
これを何物かから貸与されている事、この忘八達のお頭は幻想郷土着の住人なのに。
何かを愛している証拠は、この忘八達のお頭が能楽に使う翁(おきな)の面を。
それはもう、大層大事に。ご本尊でも扱うかのように恭しく手にする事だろう。
そして、それらと同時に呪われている証拠は。
「クソ!!下手打った!!」鬼人正邪がこの場にやってきた事であろう。しかも泥だらけで。

つい先ほどまで、遊郭街のいざこざに巻き込まれかけた事で懸念の意をわざわざやってきて、伝えに来た洩矢諏訪子との会談を。
これを何とか、今日の所はしのいで。諏訪子からの少し遊ばせてほしいと言う申し出の快諾で(無論、タダでは無い。どちらにとってもそれが重要であった)。
何とか、お互いに。特に向こうが警戒感を解いていない以上は、和やか等とは程遠いが。
それでも何とか、うまい具合に持ち込めそうな雰囲気を何とか、維持して破滅的な状況だけでも回避したのに。
「ん、ああ、わりぃな。さっきまで誰かいたのか?戻ってくるなら違うところで風呂借りるけれども」
また、何か。厄介ごとを持ち込んできた事であろう。
そうでなくとも、こいつは間違いなく何かを
ほうほうの体で、諏訪子が飲んで食べた後片付けを忘八達の頭はやっていたが。
手に持っていた酒瓶は、つるりと手から零れ落ちて。飲み残しを畳にぶちまけて、忘八達のお頭の足元に飛び散ったが。
「うわぁ!?」
まさかこの最高権力者が、こんなにも迂闊(うかつ)と言うか滑稽(こっけい)な動きをするとも考えていなくて。
鬼人正邪は思わず叫び声を上げたが。
「お前、少しは気を……ああ、いや。何でもないわ」
鬼人正邪は最初こそ唸るように言ったが、その語勢はすぐにしぼんだ。
最初こそ、鬼人正邪も泥だらけで急いでいただけあってよく見えていなく。
この忘八達のお頭が、殊勝にも後片付けを誰かの手では無くて、自ら行っていると思ったのだし。
何となしに慣れていない風な動きが見えたのは、やっぱり権力者様だからそう言う雑事には慣れてらっしゃらないのだとも考えたが。


「鬼人正邪……やはり君は後戸の国への向かえいれるだけの、甲斐と言うのものがあるよ」
真正面、つまりは鬼人正邪の方向に固定された眼のままで。片手には翁の能面を。
後生大事に持っているのは、鬼人正邪も知っていたが。今は胸にしまい込むようにして抱えている。
安置している場所にフラフラと寄って、祈りでも込めに行ったような動きは無かったと断言できる。
じゃあ、つまりこの男は。最初から持っていたのである、胸に抱えながら。
そんな事をしながら、誰かが――洩矢諏訪子だと知ったら、鬼人正邪は逃げるかもしれない――飲み散らかした後片付けをしていたのだ。
これだったら、権力者様だから雑事に離れていない方が遥かにマシであった。
「風呂屋行ってくるわ」
鬼人正邪は思わず、逃げ出してしまった。そんなドロドロの状態で風呂屋に行ったら目立つだろうと。
忘八達のお頭が、か細い声で指摘して。自室にある風呂を使えばいいと、暗に促してくれたが。
無論、鬼人正邪はその申し出を。無視と言う形で断った。
どうせ、鬼人正邪は、自分はお尋ね者だと言う自覚が強かったから。
こういうのには慣れていて、いろんな場所に隠れ家を持っている。
今の時分ならば、小川で水浴びでもそうそう凍えはしない。

しかし。この男の態度に変化らしい変化は無かった。
忘八達のお頭は、なおもぶつぶつと口を動かしながら、翁の能面を胸に抱えながら、鬼人正邪の方を見ていたので。
はっきり言って、少し気になって振り向いた事を後悔した。
これが非難やら怒気を含んだ感情であるならば、鬼人正邪は面白がったが。
そんな事をして良い相手では無いのは、明白である。
鬼人正邪の耳には聞こえなかったが、忘八達のお頭がぶつぶつ言っているのは。アレは何事かの祈りだ。
「ソソロソニソソロソ、シシリシニシシリシ。ソソロソニソソロソ、シシリニシニシシリシ」
忘八達のお頭の呟きは、聞こえなかったが。聞こえたところで大差は無かった。
やばい奴と言う評価の上積みにしかならない。





件の、依頼人の息子が血まみれで何者かから自宅前に打ち捨てられて、そして○○達は知らないが遊郭街で忘八達のお頭がまたおかしくなった。
それから一週間以上が経過した。しかし不幸にも、何も無かった。
それは脳に刺激がほしくて動き回る○○にとっても、○○が名探偵でございと言わんばかりに動き回る事を望む阿求にとっても。
実に歯がゆくて、七転八倒したいほどにじらされる三日間であった事は言うまでもない。

無論、何もしていないはずは無い。
東風谷早苗は○○からもたらされた協力の依頼を、腹の底はともかくとして頷いた以上は真摯に動いてくれた。
何羽からの妖怪の山暮らしの、つまりは只者では無いカラスを。お目付け役のカラス天狗ごと送ってくれた。
そのカラスとお目付け役の天狗に。件の依頼人の息子。
何物かに自宅前に打ち捨てられて、血まみれになっていたあの息子。
それの監視と報告をこの三日間、一分の隙や漏れも無く行わせていた。

「あややややや。どうもどうも」
問題はそのお目付け役のカラス天狗が射命丸文であるということなのだが。
「こんばんは、射命丸さん。ご協力感謝しますわ」
毎度毎度、○○の妻である阿求が。射命丸との対応を一手に引き受けていて、そして毎度毎度、馬鹿みたいに丁寧に対応してあげているから。
「これ、ちょっとお包みした、せんべい程度ですが。良かったら」
無論、射命丸ほどのカラス天狗が。そんな馬鹿みたいに丁寧な態度が、しかもお茶すら無くていきなり包まれたお菓子を渡されると言う行為が。
報告書置いてさっさと帰れ、と言う暗に追い出そうとしているのは。射命丸が気づいていないはずが無い。


けれども――射命丸が目付なのは東風谷早苗からの批判含みの嫌がらせかもしれない――射命丸が、ブンヤをやっているカラス天狗が。
「へっへっへ。こちら、昼分の報告書です……所で旦那さんは。○○さんは、報告書読んで何か、動きは……?よろしければうちの新聞で独占したくて」
その程度で臆する物か。大体カラス天狗と言う種族は、呆れの感情すらも尊大な自尊心への糧にしてしまえる。
まこと、両人共に嫌がるであろうが。○○からすれば天邪鬼と案外似た性質を持つ存在だと感じていたが。
幸いと言うか残念と言うか、○○は射命丸と相対することは無かった。
分かっている、何故阿求がそうしてくれたか。射命丸文は間違いなく美人だからだ、おまけに健康的だから肉付きも良い。
それが病弱で満足な体とは――種々の意味で――言えない稗田阿求にとっては大層気になってしまい。
夫を射命丸から遠ざけておく理由としては、もうこれだけで十分だ。上積みする必要はない。
なので○○は、おとなしく。射命丸が来る頃合いには自ら屋敷の奥の方に移動して、資料を読む素振りを見せたり。
もっと軽い時は、愛犬の相手をしていた。今日もそうであった。
「今、『私の』夫は、飼っている犬といますわよ」
稗田阿求が、○○の飼っているかの愛犬に対して。どのような感情を持っているかは。
実の所、悪い予想も存在しているが。この場合は美人で肉付きも良い、射命丸の方が危険だとは。
誰の目にも明らかであった。

「いや……そうじゃなくて」
話を強引にでも、そしてすばやく打ち切ろうとしている阿求であるが。射命丸は堪えない。
天狗のブンヤがこの程度で、という事だ。
「ああ、もう。そうですね真正面から行ってしまった方がよさそうですね。○○さんは報告書呼んで、ご依頼に対しての調査、これに新しい動きを加えましたか?」
結局射命丸は、おためごかしを抜きにして正面から、聞きたい事を表面に出した。
稗田相手にそれが出来るだけ大したものと思うか、稗田が相手だから射命丸もいつもの嫌らしさを抜かれてしまった見るべきか。

「何も考えていないはずはありませんわ、それでも、十割の確信や断言が持てないとだけ……それでは」
阿求は射命丸からの質問に、はっきりと。いまだ精力は旺盛であると、今は思考する時だと伝えて。そのまま、にこやかに立ち去ってしまった。
さすがにこれを追いかける勇気は、射命丸も持っていない。
もう帰るしかなかった。




「……今日は少し粘ったようだね、慧音」
「まったく、ブンヤの連中は。しつこくてかなわんよ。悪い興味だけで動いている」
頭上を見上げた上白沢夫妻は、稗田邸に一番近い喫茶店にてそう呟いた。
上白沢夫妻は、○○への陣中見舞いもかねて。依頼人の息子は、もとは寺子屋の生徒だったから。
何かの役に立つかもしれないと、その時の行動記録を、○○は上白沢『夫妻』に求めていた。


慧音も、依頼の内容を聞いて。そして一週間以上前の、自宅前に打ち捨てられた事件。
これらが合わされば、元生徒という事もあり。協力するのに心理的な抵抗はまるでなかった。
求められたのは昨日であったが、それより前から気になっていた慧音が少しずつまとめていたこともあり。
昨日の今日で、中々にまとまった内容の物を手土産に、上白沢夫妻は陣中見舞いする事が出来たのだが。
稗田邸に向かう道すがら、稗田邸の奉公人が慌ててやってきて。
『今、射命丸がいます』
そう伝えてくれたので、かち合わないように手近な喫茶店にでも入るように促された。
上白沢夫妻も、カラス天狗の。それも射命丸の厄介さとしつこさは、嫌でも知っている。
「やれやれ……ついでにせんべいでも買っていくか」
「そうだな……少し遅れたし、書類だけでは味気ないな」
コーヒーを二杯も飲んでしまったせいか、旦那は塩分を欲していたし。慧音も書類だけでは何だか重みが足りないと感じたし。
何より土産ついでに自分も食べたかった。





「よぉ。陣中見舞いに来たぞ、射命丸が粘ってたようだな、かち合いたくなくて時間が余ったよ」
上白沢の旦那が入ると、○○は顔を上げてにこやかになってくれた。
射命丸がうろついているから、迂闊に歩けない鬱憤が晴れてくれたようだ。
「ああ、今日の射命丸は粘ってたよ。一番近い喫茶店にいたのか?コーヒーを頼んだら甘い豆菓子をくれる」
「何でわかった」
「射命丸が帰ってから、15分ぐらい。人間の歩く速度ぐらいは、把握している。15分あれば、菓子屋によってここまでくれば、それぐらいの時間だ」
「初歩だったな」
「買った物は、せんべいかな?持ち方に緊張感が無い。饅頭なら潰れないように持つ」
「ははは。ほら、お待ちかねの書類と。ついでに手土産にせんべいだ」
上白沢の旦那は、少しだけ笑って。それ以上は付き合わずに慧音がまとめてくれた書類と手土産のせんべいを渡した。

「ああ、丁度良かった。このせんべいは、阿求が好きな味なんだ」
「そうだったのか、それは良かった。目についたものを包んでおくれと言っただけだったが」
「俺はあそこの、豆大福が好きだ」
「分かったよ、次は○○、お前の為に大福にしてやる」
ちょっとした雑談を交えつつだったが、○○は徐々に真面目な面持ちで上白沢慧音のまとめた書類を読み始めた。
その横に、カラスの足跡を模したハンコが押された書類。射命丸が今日持ってきた報告書だろう。
それらを読み比べながら、一言もしゃべらなくなった。

「ああ、上白沢のご夫妻さん。いらっしゃい。お茶のお代わりは、大丈夫ですか?」
それでも、○○の部屋に妻である阿求が入ってきたときは。ふっと顔を上げて、阿求に微笑んだ。
「上白沢ご夫妻が、おせんべいを買って来てくれたよ」
「あらあらあら、それはどうもご丁寧に……でも、私好みの味しかありませんね。待っててね○○、ようかんを切るから」
「ああ、ありがとう」
パタパタと稗田阿求が動いているときも、○○は文章とにらめっこしていた。
そのうちに阿求がお茶とようかんを用意してくれたが。
さすがにお茶は自分で飲むことが出来ていたが。
「はい、○○。あーん」
切り分けたようかんを食べる際、稗田阿求に口まで持って行ってもらっているのには閉口したし。
見ていて恥ずかしかったので、窓の外に目線を移さざるを得なかった。
幸いなのは、○○が文書の中身に熱中していたから。イチャついていなかった事だろう。


「なぁ、上白沢ご夫妻。聞きたい事がある」
不意に、興味を引かれた事柄に対して○○が、事情をもっと知っていそうなこの夫妻に顔を上げた。
「多分慧音に聞いた方が良いだろう」
上白沢の旦那も、記憶力の良い慧音に譲ろうとしたが。
「そんなことは無いさ、お前の方が年長で交流は少ないが。『キラメンコ事件』はよく覚えているだろう?」
「ああ、アレ」
上白沢夫妻が苦笑するように何かの事件を引き合いに出したら。
「まさしくその事件について聞きたい。いじめっ子を、あの息子が正義感からいじめっ子の宝物のメンコを隠したり。取られないようにどこかに置いておいたそうだな」
まさしくその事件について聞きたいと言われたが、少しばかり分からないと言う表情を浮かべた。
「面白い事件だとは思うが……」
慧音は呟いたが、○○はまじめな面持ちであった。
「あの依頼人の息子は、鬼人正邪からの贈り物を隠し持っている。幼い時の成功体験は、示唆的な内容だ」

○○は完全に真面目であり、そんな様子を嬉しがり……あるいは面白がる阿求は。チラリと、上白沢慧音に顔を向けた。
話せという事だ。
「分かった……いじめっこが、色々と問題を起こして。あの時はやっていたメンコの、かっこよかったり綺麗な柄を独り占めしていたんだ」
「うん」
○○は続けてくれと言った面持ちで、上白沢慧音を見たままだ。片手でようかんを探そうとしたが、見ていないから外してばかりであったら。
阿求がまたしても、ようかんをようじに刺して。○○の口元に持って行ってあげた。
顔は真面目一辺倒なのに、やっていることは過保護な母親と子供な物だから。
面白いを通り越して、不気味としか言いようが無かったが。上白沢夫妻は両名共に、その光景については何も言わなかった。

「そりゃ、私も何もしなかったわけでは無いが。ああいう手合いは本当に、縛り付ける事に関してだけは天才的だからな
けれども、その依頼人の息子はどうにも大人びた部分があって。
ややもすればもう少し年上でもはまりそうなメンコ集めにも、紙を押し固めているだけだと言って
自分で画用紙をノリと文鎮で、それっぽいのを作った後、覚えていた柄をかき込んだりして
……まぁ、あの乱暴者を挑発していたな
そのうち、乱暴者が更に、挑発の効果もあったのかメンコを収奪し始めて。
けれどもそれは上手くいかなかったんだ。あの息子の友達はみんな、どこかに隠してしまったから
無論いうはずも無いが、代わりに、見つけたら持って行けばいいとの約束だけはしたんだ
乱暴者は、まぁ、それで勝ったと思い込んだのか。色んなところを探し回ったが。
最終的に、誰かの家に上がり込んで子供の持ち物だけでなく親の持ち物もひっくり返したところを見つかって。
頭をゴチン!さ……まぁ、私もその後頭突きしたがな」

「なるほど」
上白沢夫妻からすればちょっとした小話のはずなのだが、○○の面持ちは神妙そのものであった。
けれども相変わらず、ようかんは阿求が口元に持って行ってくれている。
それを○○も拒否せずに、口を開けて入れてもらっている……過保護な母親とこも共どころか。
これでは、鳥のヒナと親鳥の関係にすら、上白沢夫妻の旦那には見えてきたが。
もしかしたら、その親鳥とヒナと言う関係は当たっているのかもしれなかった。
……○○には血縁も地縁も無い。ただただ、稗田阿求が気に入ったと言うだけで今の地位を許されている。
奉公人達の阿礼乙女に対する信仰心が、○○の存在を問題にしない。
つまるところ、絶対的に阿求の方が上なのだ。
そしてその関係はこの先も変わらない。
成長しないと言うよりは、成長を許されていないヒナ鳥。
ここまで考えたところで、上白沢の旦那はお茶を飲んで自らの思考回路を誤魔化した。


「それで結局、メンコはどこに隠されていたの?」
「ああ……それが傑作なんだ」
ややもすれば不気味な雰囲気に、流石の慧音も思い出話で清涼感を得ようとして。
柄にもない遠い目をして、思い出し笑いをしてしまったが。話は続けなければならない。
「その乱暴者にとっても聖域は存在していた……私の下足箱や職員室だ」
「なるほど……」
○○は慧音からの種明かしにいたく、感心していた。


「件の乱暴者が、他人の家にまで上がり込んでメンコを探そうとしたことで話が大きくなって。
私もついに、あの息子に対して、友人たちにどんな助言を与えたんだと聞いたんだ。
その際に、開口一番であの息子は、私に対して深々と頭を下げて謝罪したんだ。
『上白沢先生を利用してしまいました』と。本当に深々とした謝罪だった。
最初は意味が分からなかったんだが、案内されてようやく意味が分かった。
寺子屋にある私の下足箱の、天井部分に封筒が張り付けてあったんだ。
その中に、友人たちのキラキラしたメンコが入っていたし。そこだけでも足りなくなったから。
今度は職員室にある、私のイスの裏側に、封筒を張り付けてそこに他の友人たちのキラメンコも入れたんだ。
あんな乱暴者でも、私の事だけは本当に怖いと思っていたから。私の近くや持ち物に対してだけは、触れようとも思わなかったんだ」


「つまり……それの応用なのかもしれない」
上白沢慧音から話をすべて聞いた○○は、また急に神妙な面持ちに戻り。
天狗からの報告書を読み漁った、後ろに放り投げられている過去の分も。
特に付せんを貼った部分を入念に読み直した。
「やはり、あの息子は鬼人正邪の服を外に持ち出していない!」
○○は意を得たを言わんばかりに立ち上がり、部屋につってある外出用の上着に袖を通したと思ったら。
今度は室外に飛びだした。
「ああ、良かったすぐに会えて!」
その後邸内をぐるぐる回ったかと思ったら、件の依頼人に駆け寄った。
興奮した面持ちの旦那様に、その妻である稗田阿求が付いてくるだけでなく。
上白沢夫妻まで付いて来れば、依頼人の女中は泡でも食ったような面持ちになったが。

「許可を下さい!今なら息子さんは仕事に行っているから、ご自宅には誰もいませんね?だから、家探しをする許可を!息子さんは持っているはずなんだ!!」
依頼人の女中が泡を吹く前に、○○は要件を全て伝えて。
そして快諾を得たが、稗田家の女中が九代目様の、稗田阿求の夫に対して首を横に触れる訳が無いだろう!
上白沢の旦那は、思わず心中でそう毒づいてしまった。

「よし、行くぞ!!」
けれども○○は上白沢の旦那からの毒づきに気づくはずは無く、思うように動きだしたし。
そもそも稗田阿求がそれを望んでいる、ならばこれを、誰が止めれる。



そして、今は誰もいない依頼人の自宅へとたどり着いた。
「あ、鍵が……」
向かうのに夢中で開ける事を失念していた○○であったが。
「借りていますよ」
稗田阿求がすぐにあけてくれた。上白沢の旦那が鼻で笑いそうなところを、妻の慧音が手を口元に近づけて制してくれた。


「よし……キラメンコを上白沢慧音の近くに隠したのと同じ発想だ。ここにあるはずだ、普段は使わない場所!」
○○は自分の推理を口から無遠慮に放出しながら、あちらこちらを歩き出し始めた。
「息子の部屋はここだぞ?」
上白沢の旦那が指差したが。
「そこには無い!」
見てもいないのに、断言されてしまった。やや気分が悪くなったが。
「ここだ!この桐箪笥(きりだんす)だ!!一番高い箪笥!」
「おい!?」
○○が目を付けた桐の箪笥を、次々と開ける様子には。上白沢の旦那も声を荒げてしまったが。
「あの女中は、とてつもなく普遍的で迷信的で、ハレの日に使う物は厳重に保管しているはずだ!普段は触りもしないはず!!」
○○は自らの推理に興奮しているのか、聞こえていないし……一番の問題は、稗田阿求もそれに同調して興奮している事だ。
「あった!!」
そして、幸いか不幸か本当に分からないが。○○は見つけてしまった、自分の推理の正しさを見つけてしまった。

その桐箪笥(きりだんす)は、高価な箪笥だと一目でわかった。
だからその中に入っている者も、高価な衣服ばかりで。基本的にハレの日に使う物ばかりを、厳重に保管していた。
確かにあの女中は、あの依頼人は。普遍的な部分が大きい、いわゆる最大多数の道徳や美的観念に支配されていると言っても良かった。
そんな人物の持つハレの日の衣装も、高そうではあるが抑えた配色で。きらびやかさは少ないが。

「これだよ、鬼人正邪は依頼人の息子が寒くないように。これを掛けて置いてくれたんだ。自分の衣服を!遊郭で使う衣服を!!」
○○が広げるその衣服は、きらびやかさが行き過ぎていて。はっきり言って、けばけばしさからくる下品さが際立っていたが。
鬼人正邪は、遊郭で身分を偽って働いている事を思い起こせば。
このけばけばしい下品さは、決して不思議では無い。


○○の言う通り、これは過去に行った事の応用だ。
依頼人の息子は、自分が監視されるかもしれないことに気づいていた。そうでなくとも遊郭で使いそうな衣服を持ち歩くのは危険だ。
しかもそれは、鬼人正邪の服。
ならば、隠すしかない。
それも、普段は使わない場所に。
あの息子が、寺子屋にいる時に。一番の隠し場所は、乱暴者ですら触れようとしない、上白沢慧音の近くだと気づいたのと。
全く同じ動きをしていたと言えるであろう。

「さぁ、仕掛けを作ろう……申し訳ありませんが、上白沢ご夫妻。これを永遠亭に、私が今から書くお手紙を添えて持ち込んでいただきたい」
解決は近そうだが、大団円には遠い気分であった





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最終更新:2019年08月29日 22:12