その後上白沢夫妻は、○○から頼まれた通りに。永遠亭へ、件のけばけばしい服と一緒に。
○○の手紙も一緒に持ち込んだ。
手紙の内容は残念ながら見せてくれず、すぐに蜜蝋で封印を施されてしまった。
気にはなるが、そこは我慢した。
それよりも永遠亭にそれらを持ち込んだ際にてゐから投げかけられた、痛い視線の方が。余程心に残った。
鈴仙はどうなのかなと、若干の怖いもの見たさで視線を寄こしてみたら。
「あははー」と笑うだけであった。それだって随分と乾いた笑いである。
つまるところ、稗田夫妻とはあまり関わりたくないのだ。
まぁ、その気持ちは理解できる。むしろ理解できるぞと、手を取って何度も上下に振ってやりたいぐらいであったが。
そんな事をしたのが稗田阿求に知れたら、彼女は自分を○○の周りを彩っている演者の1人に数えてしまっている。
こちらは首を縦に振った覚えなど全くないのだけれども、だとしても稗田阿求は自らの考える舞台の完成度にしか興味が無い。
それをぶち壊しにするような真似は、たとえあの上白沢慧音の夫であっても許されないだろうし……
それ以前の問題として、私が不用意に女性の手を握れば。
それすなわち、妻である慧音の機嫌が悪くなる。
第一、上白沢慧音と稗田阿求は。
遊郭に対する敵対意識――不快感だけで動かれた方がマシだ――により、強固な同盟関係にある。
つまり一線の向こう側でも、特にこの二人はおかしいと見てよかった。
上白沢の旦那は、自分の妻である慧音に『おかしい』等と言う表現を脳裏だけとは言え使った事に恥じ入る物があったけれども。
……仮に妻の慧音が、何かおかしな事をしでかしたとしても。
相当な事でない限りは、稗田阿求は擁護に回ると断言できた。
ましてやそれが、上白沢夫妻の間だけで完結するならば。
下手をすれば、その何かおかしな事は、表にすら上がらないで終わってしまうであろう。
「どうした?妙な顔をしているぞ」
全く、自分は自らの意思とある程度の打算があったとはいえ。とんでもない危険地帯にいるんだなと1人ごちていたら。
妻である慧音が声をかけてきた?
「いや?手紙の内容が気になるのと、何か○○に振り回されてばかりだなと言う気分でね」
無論、この旦那は事実を。今まさに考えている事を明るみには出さないが。
かといって、言葉に出している事も嘘では無かった。
天狗のブンヤみたいな真似がうまいなとも感じたが、嘘では無い以上は、後ろめたさも無い。
それに慧音と一緒になった時に考えていた打算も、少しは実行させてもらった。
不意にこの旦那は、妻である慧音の手を握った。
「ああ、稗田夫妻がやったみたいな。ようかんをあーんってのは、さすがにそこまでは……」
だが○○程開き直れない自分の甘さと言うか、弱さも同時に感じた。
稗田阿求と○○夫妻の関係、延々と続く親鳥とヒナ鳥の関係をもっと酷くした。
そもそも成長を許されていないヒナ鳥と言うのは、自分だって同じなのに。
しかし、中々嫌な事を考えながらではあったが。
「うん?いやまぁ、私はお前が望めばそれぐらい……ああ、いや。お前はもう少しかっこつけたいよな」
上白沢の旦那が、妻である慧音の手を握ると。急に機嫌が良くなった。
今の機嫌の良さと比べれば、妙な顔をしているぞと言われた時の声にあるトゲ、遅れてだがそれがはっきりと認識できてしまえた。
何故先ほどの慧音が、若干機嫌が悪かったのか。それぐらいこの旦那は理解できる。
永遠亭と言う、別嬪の宝庫に短時間とは言え足を踏み入れたが。
無論、何か病気でも抱えたならば。この妻、上白沢慧音は半狂乱ともいえる姿で担いで行ってくれるだろうけれども。
それ以外では、置き薬を定期的に持ってきてくれる鈴仙にすら、会わせたくないのだろう。
思えばその通りだと、認めるしかない。
置き薬を鈴仙が持ってくるのは、確実に渡せると言うのもあるが大体が放課後の寺子屋だ。
そう言う時、どんな面倒くさい仕事をしていても慧音は『私が処理する!』と言って。
こちらの返答すら聞かずに、向こうに行ってしまう。
……冷静に考えれば、『処理』と言う表現も若干不穏な物を感じる。
やはり同盟関係の稗田阿求以外の女性は、夫でも持っていない限りは不安材料なのだろう。
女性と言うだけで、そうなるのだ。
……まぁ、八意永琳は――あくまでも慧音にとって――もう大丈夫だろう。
書生君を、狂言誘拐に付き合ってやったことで、随分うまく(?)取り込めたようだから。
「一番気になるのはあの手紙の内容だ。八意女史の返答もよく分からん」
堂々巡りになりそうなので、上白沢の旦那は――打算の行使も含めて――更に妻である慧音に寄って歩いた。
「うむ、そうだな『24時間以内に暫定値を届ける』これだけ言えば、理解してくれるとしか言わな方からな」
慧音は旦那の疑問に同調しながらも、旦那の腰に手を回した。
普通逆だろと思わなくも無かったが、いつだか東風谷早苗は、幻想郷では常識に囚われてはいけないとぼやいていた。
なるほど確かにその通りだ。ならば稗田夫妻も、常識に囚われずに見るべきだ。
「ふん、良いさ良いさ。○○から聞き出せばいい。ここまで付き合わせて、詳細を知らせない何ぞ、許さん位の勢いで相手するさ」
ならば自分も少し、常識に囚われずに強気に行ってみるか。
何だか妙におかしくなって、上白沢の旦那は笑いながら。それでも打算は行使し続け、ついでに人目も無いから。
若干、妻である慧音に抱きつくようなかたちであった。色々な部分に手が触れるが、慧音は問題にしなかった。
「私はお前に、隠し事なんて何もしないからな。ずっと守れるぐらいの気概を持っているさ」
それよりも、磁石で砂鉄を引きつけるかのごとく。慧音は自分の旦那を――包み隠すように――抱きしめ返した。
八意女史からの――きっと外出身ならば分かるのだろう――24時間以内に暫定値を出すと言う返答を伝えに。
一度稗田邸に戻った時。
「遅かったね」
○○は稗田阿求から膝枕を受けながら、何かまた違う報告書を呼んでいた。
「やれやれだよ……」
さすがに上白沢夫妻が戻ってきたら起き上がってくれたが、この言葉が報告書の中身なのか自分たちに向いているのか少し分からず。
自分たちに向いていたら、流石に声を荒げてやろうかと思った折。
「俺はあの息子に、恨まれるかもしれない」
そう言いながら、報告書を渡してくれた。
報告書とは言っても、それは紙一枚で済む文字の量であったが。簡潔すぎてむしろ残酷であった。
○○が見せてくれた報告書は、件の依頼人の息子。
その息子が、遊郭にどはまりして高利貸しにすら足を延ばした友人たちを助けようとしていたが。
それが遂にほぼほぼ、叶わなくなった事の報告であった。
早い者では、今夜中に。
一番遅い物でも、ひと月の間に返済が滞った額が、ある水準を超えたら。
高利貸しに属する、屈強な連中との『お話』をせねばならないそうだ。
稗田の裏稼業である高利貸しは、市中の情報が欲しいだけで利益はそこまで求めていないが。
それ以外はそんなに優しくない。
「あの息子の邪魔をしなかったら、俺があの息子を調査しなかったら。友人の何人かは『お話』を食らう前に
あの息子からぶん殴られて、真摯に相手をしてもらえたかもしれないが……
ああ、このまま行けば。あの息子が助けたかった友人は全滅だ。恨まれるかもな」
自業自得だ」
○○が依頼人との約束を果たす為に、皮肉にも依頼人の息子の正義感を完遂できなくしてしまった事に心を痛めていたら。
慧音は吐き捨てるように言った。どうやら遊郭の次に嫌いなのは、そこを利用する客のようだ。
「八意女史からの返答だ『24時間以内に暫定値を出す』との事だ。意味は外来出身ならわかるとも言っていたが」
若干気分を悪くした慧音は、早く帰ろうと。早口で言い切った。
「ああ……十分だ。ご足労掛けて申し訳ない」
○○も意を察して、少しかしこまった。
「次は三日後の午後二時に来てくれ……それまでにあの息子は気づくかもしれないが。依頼人が仕事で、息子が休みの日。
あの息子は慎重だから……永遠亭に持ち込んだアレを使うとなれば。三日後のはずだ」
そして次の日取りを教えてくれた。その日にすべて終わる予定のようだ。
だが、大団円は最早望めない。かの息子の友人殆どの破滅が約束されたのだから。
「じゃあ、我々はこれで」
そう言って慧音は、足早に去ろうと。旦那の方の手を引いた。
時間も時間だから、おかしくは無いが。急すぎる。
ふっと、例の息子の友人について考えてしまった。
○○には稗田阿求、自分には慧音、例の息子には鬼人正邪がいる。
それと、普通では無いのかもしれないが強く結びついている。そのお陰で『愉しめた』事は一度や二度では無い。
ならば、例の息子の友人、遊郭に足しげく通った例の息子の友人達から見たら。
自分たちはどのように見られているであろうか……
少しだけ考えたが。答えを出した所で、何か問題があった所で。
それはどうにもできないことに気づいた。
だがどうにも出来ないという事を、あまり考えたくなくて。
その日は夕食の後、慧音に少し抱きついてみた。
本当に自分の体は因果な体だ、その気になりやすくて分かりやすい。
「実は私も、稗田夫妻を見ていたら熱が上って来てな」
幸い慧音もその気だった。
根本はだいぶ違う気もするが、構う物か。打算含みなのは、最初からだ。
感想
最終更新:2019年09月16日 00:14