「けれども、1つ教えてほしい。これだけはどうしても掴めないんだ……鬼人正邪とはどうやって知り合った?」
鬼人正邪との密会場所での秘め事はおろか、鬼人正邪の来ていた衣服を用いて。
自らの体液をぶちまけるような事まで行っていた事を、永遠亭の力まで借りて看破されてしまったのだ。
稗田○○が、そして永遠亭からもお墨付きがある以上。彼にこの――そもそも全くの事実だからどうしようもない――状況を否定する材料は存在しなかった。
今の彼の頭の中では、鬼人正邪との秘め事に関する記憶ばかりが、走馬灯のように駆け巡るばかりであり。
先ほどの稗田○○からの質問である、鬼人正邪とのなれ初めはどこから始まったと言う部分は。
その最初から最後まで聞こえていなかった。

「ふぅん……固まっちゃったね。仕方がないのかもしれないけれど。まさか衣装を相手に『何』してたまでバレてたとは思わなかったはずだから」
稗田○○は、うんともすんともいわなくなった――鬼人正邪の服は落とさずに――彼を横目でやりながら上白沢の旦那に向かったが。
上白沢の旦那からすれば「ちょっと可哀想になってきたぞ、手心を加えろ」これ以外の感想はほとんど出てこなかった。
「うん……やり過ぎたかな?手心は、これから加えるよ」
「そう思っているなら、そのにやけ面を少しは締まらせろ」

……ややもすれば。この手心とは、鬼人正邪にも妻以外の女性にも向いているから。
そう、本来であればこの。一線の向こう側にいる女性を伴侶としたこの二人の男性にとっては。
いらぬ騒動や、被害を出してしまう。軽率にも程がある言葉なのだけれども。
よくよく中身を分析すれば、そうはならないと。一線の向こう側について好意的に思って、付き合っているからこそ。
その際どい判断が正確に出来るのでもあった。
この時、上白沢慧音が二通目の封書を見ている事も大きかった。
その二通目の封書には、鬼人正邪との密会場所に飛び散った物の鑑定結果が記されている。
稗田阿求はそもそも二通とも正確に把握している。
「つまり、彼と鬼人正邪は。野外で?したのか?」
慧音が若干気圧されながら、疑問文をつぶやく。だが怒りや暴走の気配は存在していない。
「なかなか度し難いですね。まぁ、迷惑を掛けなければ別に」
阿求も度し難いなどと言うが、十分に冗談の範囲内の声色だ。ただ迷惑の範囲に関しては、自分たち夫妻の身と、実に狭いのだけれども。

けれども、稗田阿求にせよ上白沢慧音にせよ。実に穏やかな気持ちでいられる。
それは、鬼人正邪はこの男性と『そう言う事』をかなりの頻度で行っていると断言できるからだ。
鬼人正邪に、天邪鬼的なやり方とは言え惚れている男がいる以上。
鬼人正邪が、自分たちの夫に『そう言う意味』でちょっかいを掛ける心配はなくなったも同然なのだから。
ある程度の手心も、容認や黙認の対象になってくれるのだ。
お尋ね者であるから、何かの騒動に巻き込まれる可能性はなおも存在はしているけれども。
旦那を取られる、あるいは誘惑される可能性こそが。
稗田阿求と上白沢慧音、一線の向こう側にいる者達は女性が旦那へ色目を使う事こそを恐れているし。
旦那に対する色目や誘惑の方にこそ、苛烈になってしまうのだ。

「まぁ、時間はあるさ……依頼人、あの母親ならいくらでも止めておく」
○○は何の気なしに、今度はちゃんと自分の手で甘味を食べながら、目の前の彼の母親の事つまりは依頼人の事を口に出したら。
やはりそこが、母親に鬼人正邪との仲がバレると言う部分が。目の前の彼にとってのいわゆるアキレス腱であったようで。
○○が声を掛けたり、上白沢の旦那が推理や捜査を楽しんでいる○○に非難含みの声をかけたことも全く聞こえていなかったのに。
○○が母親の事を口に出したら「頼みます!それだけは、母にだけは黙っていただきたいのです!!」
と、全てが知られてしまった事に対する呆然とした表情よりも更に酷い。青ざめた顔での絶叫になってしまった。

いや文章の上では彼の為にいくらでも止めると言っているけれども。
きっと、聞こえたとしても信じなかっただろうし。
「そんなに叫んだら、聞こえてしまうよ。まぁ、落ち着きなよ。ひとまず質問に答えて欲しいんだ」
だいたい、○○の話の展開方法は。本人にその気がなくとも、上白沢の旦那から見れば脅し含みにしか見えなかった。
可哀想に鬼人正邪とつながっている彼ときたら
「はい……はい……いか様な事にでも答えます」相変わらず青ざめた顔のままで、殊勝になってしまった。
しかし○○は本当に悪気なく、脅す気も無く。ただただ、自分の知らない事実を知りたいだけでしかなかったのだ。
だから余計にたちが悪いと、上白沢の旦那は見ているけれども。


とにかくいえる事は、○○にばかり喋らせたら。目の前の彼の憔悴が深くなることだ、これだけはすぐに断言できたから。
「君は鬼人正邪と、どういう経緯で知り合ったんだ?それだけは教えてほしい」
質問のやり直しは○○では無くて、上白沢の旦那が行った。


「少し長くなります」
「構わないよ、時間なら気にする必要はない。お茶とお茶菓子も、食べながら出構わないから」
上白沢の旦那が勝手に司会進行を担ってしまったが。稗田○○は特に問題視せずに、傾聴の構えを取っている。
妻である稗田阿求は、面白くないと言う顔をはっきりと上白沢の旦那に向けたが。夫である○○が気にせず大福を食べているので。
少しため息をつきながら、お茶をすすっていた。
幸いにもこの旦那の妻である慧音が、稗田阿求を宥めたので。渋々と言う部分はまだ残っているが、首を縦に振っている。

「私の友人達……彼らが今どうなっているかは分かりませんが」
話し始めは、やはり遊郭に馬鹿みたいなはまり方をした、彼の友人達から始まった。
高利貸しによって、ついに連れて行かれたあの友人達。
その事を話したとき、彼が○○の方に若干強い目線を唸りながらやったが。すぐに引っ込めて、上白沢の旦那の方に戻った。
手鏡がここに合ったら、稗田阿求の方を確認していただろう。相当強い目線で、稗田阿求が彼の事を威嚇したのは火を見るよりも明らかだけれども。

「友人達の変化に気付いたのです……朝から随分と、寝起きで気力が上がらない以上に、フラフラしたような動きでしたし
そう、何だか寝ていないような動き。まぁ遊郭に通っていましたから実際に寝ていないのでしょうけれど。
そしてイソイソと何処かに急いだり、そうかと思えば気の強い発言。俺はモテるんだと言うような驕った発言が多くなっていきましたし。
何よりの変化としましては。
私に対しては女の落とし方や扱い方等と言う下卑た話題が多くはなりましたが、以前と同じように警戒心は互いにありませんでしたが
友人同士で不意に一緒になった際には、明らかに互いが互いを……あの時の私は事情を何も知らなかったので
喧嘩等と言った、いわゆる酷い事態にこそなりませんでしたが
野良猫どうしのにらみ合い、縄張り争い。そう言った印象がすぐに浮かびました。
まぁ、元々が……あまり品の良くない奴だなとは思っていましたが。
それでもまぁ、ゲラゲラ笑いながらもそれはそれで仲が良いと思っていたはずなのに
一体なぜと言う感触は拭えませんでした。そして最初に気付いた、寝ていないかのような披露した姿に
女性に対してモテるだのなんだのと言う驕った物言い。それを思い出したので、友人たちを観察する事に決めました

友人たちの振る舞いに注目しだした所、何だか格好をつけすぎているような……
これと言った祝い事や記念日でもないはずなのに、妙に決めているなと言うことに気づきました。
そして友人の1人が、花束を持って。風流など解しそうにない性格のアイツが、花束を持って歩く姿を見かけたときでしたね
ああ、コイツは……と言うよりもあの友人たち全員が女絡みでおかしくなったんじゃと言う予測はすぐにひらめきました
しかも同じ女絡みで、喧嘩を始めそうになるまでその仲がこじれだしたのだと。

私は酷いほどにまでの脱力感を覚えましたが、それでもまぁ、少しは付き合いのある人間が悪くなっていくのを見るのは忍びなく
そのまま花束を持った友人を尾行する事に決めました。
そこで行きついた先は……もう稗田夫妻も上白沢夫妻もご存じのとおりで。遊郭街にございます。

私はそのまま花束を持った友人の尾行を続けましたが……あの甘ったるい演技声は癪に障りました。
尾行の終わりが見えるずっと前から、新しい客だと分かったのか。
周りの呼び込みどもが、私に甘ったるい演技をしながら、うちの店はどうだと言ってくるんです。
もちろんすべてに対して拒絶しました。私の目的はあくまでも、友人の悪い習慣が何かを確認する事でしたから
しかし花束を持った友人は、最初から向かう先を決めているからなのか、呼び込みには全部、袖(そで)を振っていましたが
拒絶とは程遠い感情でした。折を見てそちら側にも行ってしまいそうな雰囲気がありましたよ。

そしてついに、あの花束の届け先が判明した瞬間が来ましたが。
ようやく真相を知る事が出来たと言う喜びは一切ありませんでした。
ええ、何せ、あの引手茶屋には。様子がおかしくなった友人が全員居ましたから。
いや、予測は付けていたはずなんです。けれども全部当たってしまった時の落胆は生涯忘れないでしょうね。
幸いにもあの引手茶屋は、遊郭で遊ぶ客もいましたが。ただただ、1人酒をしたいだけの客の為の場所もありました。
私は友人たちに見つかるかもしれないと言う事にも気づかず、とにかく一部始終を見届けたくそこに入りました。
弱い酒をチビチビやりながらとはいえ、酒の力は徐々に私の感情を強くしていき。
汚い言葉ではありますが、『商売女』に何を。花束なんぞ、気取った物を持ち出してまで必死になっているのだと。

しかも他の物は花束より酷い。しっかりとは見えませんでしたが、金属製のアクセサリー?そう言った物を渡している者もいました。
友人達への憤りや呆れもありましたが、それ以上にあの商売女、あの時はアレが鬼人正邪とはまだ知りませんでしたが。
その気も無いくせに、ヘラヘラと笑顔のような物を振りまきながら、一応は私の友人達から金目の物や金そのものを巻き上げている姿に
今すぐ止めねばと言う思いが混みあがりましたが。遊郭街と言う場所を考えたら、カタギでは無い者が辺りを警護しているのは必定。
私がいました、1人酒客のための居場所も、仕事明けと思しき遊郭街の男性関係者らしき存在が。
甚だしい場合は、入れ墨を隠そうともしないものもいくらだっておりました。
皮肉にもそう言うカタギでは無さそうな証明を見るにつれて、私の頭は冷えて冷静になりました。

そしてとうとう、友人たちは遊女をそれぞれ引きつれてどこかに消えて行きました。
鬼人正邪は、友人達から貰った物の値踏みをしながら。そして当然の如く、花束は最もぞんざいに扱っていました。
分かりますよ、確かに食う事も出来なければ金目の物でもありませんから。けれども友人が余りにもあんまりだから。
そのまま飲食代を払って……女が世話をしてくれない場所の飲食代なので、思ったより安かったですよ。
同じものを飲み食いしても、女が世話するだけで何倍にも跳ねるのが妙におかしかったのを覚えていますよ。

すいません、少し話がそれました。
とにかく鬼人正邪に、あの時は正体を知らず、引手茶屋の女世話役以上には思っていませんでしたが。
とにかく一言だけでも残したかった。
幸い、女が世話してくれる入口から入った客でも、辺りを見回して、気に入らなければ出ると言う者はおりましたので
冷やかし客のふりをすればよかったのは助かりました。
私はズンズンと、鬼人正邪の前まで向かいながらも辺りを見回すふりをして。
最も近づいた時に一言だけ

さっきの男どもは、私の友人なんだ。友人をたぶらかすのはやめてくれ。

それだけを言ったら、そのまま踵(きびす)を返して引手茶屋を後にしました。
幸い、他の者にも誰にも咎められませんでした。妙な動きをするなぐらいには思われたかもしれませんが、どうでも良かったです。
どうせ、あの後はもう二度と行かないと決めましたから。

話が少しだけ、幕間に入ってくれた。
喋りとおしだった彼は、大きな息をついて。少し冷めてえぐみを持ち始めたお茶を一気に流し込んだが。
この際、冷めたお茶のお茶のえぐみは。気付けとして中々に有用だったのかもしれない。
「何かご質問有りますか?」
彼は、鬼人正邪と密通してしまった彼はすぐに、話を再開すると言う意思を見せてくれた。


「鬼人正邪はどうやって、君を調べたのかな?」
○○が答えた。相変わらずおもしろそうだと言う顔をしているが、喋りとおしで気持ちの昂ぶっている彼にはもう気に病むような材料では無かった。
「あの日以降私は、遊郭の女なんぞ結局は打算と金勘定で作られた存在だと、しきりに話しました」
「なるほど……鬼人正邪はあんな場所で結構働けるから、口はうまそうだ。遊郭通いを批判する友人がいるとのボヤキから
そこから、君が鬼人正邪に向かって残した。友人たちを惑わさないでくれと言う言葉を思い出して、同一人物だと推測したんだな」
「……同じ事を言っていました」
鬼人正邪と密通した、目の前の彼は悔しそうに唸るが。○○は相変わらず、推測が当たった事を喜んでいた。
そろそろ小突いて、笑みを抑えろと伝えねばならなかった。


「ある日の帰宅時、後ろから声を掛けられたのです……予想はされたでしょう、鬼人正邪からです」

「鬼人正邪は悪びれもせず、お前の友人をたぶらかしている商売女だよと……
チラチラと赤い舌を見せながら挑発していましたが。私は正直な話、笑ってしまいました
何と言いますか、下手に演技されるよりも嫌らしい素の性格を見せてくれた方がこちらとしても安心できましたから。
それでその通りの事を言いますと、鬼人正邪はキョトンとしていました
……今思えば、あの時。鬼人正邪は私に興味を持ったのかもしれません。
怒りなどの荒ぶる感情ではなく、お前が悪人で本当に良かった、下手に善人だったらどうしようかと言う心配がなくなった安堵感でしたから。
嫌われることを常としている部分のあるアマノジャクとしては、珍しい性格を持っていると……思われてしまったんでしょうね。

それで……軽率なのは認めます。私は鬼人正邪からの、人気の無い場所で話そうと言う誘いに乗ってしまいました。
あの時はまだ、直前とは言えまだ、目の前の彼女が鬼人正邪だとは知らなかったとは言えね。軽率でした。

けれども私の答えが最も軽率なのでしょう。
人気の無い場所……ええ、二通目の封書に書かれているあの場所。私と鬼人正邪の体液がばらまかれているあの場所ですよ。
そこで鬼人正邪はついに正体を現しました。

『このツノ見えるか?私は人間じゃ無くて天邪鬼、しかも鬼人正邪なんだよ!!』

向こうはお尋ね者が目の前にいると言う事実をもってして、私を怖がらせたかったのでしょうが。
正直言いますと、あんなにも他人を値踏みできる存在が、同じ人里の存在だと思いたくなくて。
余計に安心したと、ケラケラ笑いながら答えてしまったんですよ。
もうあの時には、ちょっと私の方も馬鹿になっていたんでしょうね。鬼人正邪は自尊心を傷つけられたと言わんばかりに私をはたきましたが。

『お尋ね者様なら、それぐらいやって貰わないと困る。もっと強くても良いぐらいだ。その方が拍のついたお尋ね者だ、鬼人正邪よ』
一言一句思い出せます。私はそう、鬼人正邪に言いました。それだけで済めば、まだ良かったのかもしれない。

『私の友人から手を引けと言っても、タダでとは言わん。手付金代わりに財布の中身は置いて行くよ』
そう言いながら私は、財布の中身の銭も札も、全て鬼人正邪に対して嫌らしく投げ渡したのです。

『そんな金を持って帰ったら、私の意地が汚される!!』

そう怒鳴った鬼人正邪は、私が地面に向かって投げたお金を踏みにじりながら真っ直ぐとやってきて。
私の腹を殴りました。けれども、私はまだそれでも面白かった。
『鬼人正邪に夜道でぶん殴られただなんて、きっと天狗の新聞に載れるぞ、私もお前も有名人だ!』
そう挑発しましたら、鬼人正邪が。
『だったらもっと辱めてやる!』
そう言って……ああ、ここから先はご容赦ください。鬼人正邪が衣服を脱ぎ散らかしたとだけの説明で、どうかご容赦を。


およそまともな男女の営みが発生する場面では無いが。鬼人正邪は何とかして、目の前の彼を辱めたかったのだと。
そう上白沢夫妻も、稗田阿求ですら思って黙っていたのに。
「襲われたのか?その日一回じゃなかったんだろう?」
○○と来たら!!

「はい、その通りでございます」
彼が答えてなかったら、もっと強く小突いているところだった。
「私はあの人気の無い場所に翌日も、何か無いかなと思って向かいましたら。いたのですよ鬼人正邪が。
そこでまた面白くなってしまって」

『昨日の支払いがまだだったな、商売女の鬼人正邪』
私はそう言い放って、前の日と同じように金を地面に投げ落としながら、鬼人正邪に与えようとしたのですが。
『そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない!!』
ええまぁ、前の日と同じ展開でした。鬼人正邪は結局一銭たりとも持って行こうとはせずに。
丁寧で念入りな手つきでばらまいた金をすべて回収して、私の財布に戻した後。私に突き返しました。

「なるほど……それの繰り返しをするうちに、終始馬鹿にしてくる君を屈服させるために、自らの肌すら武器にしたのか」
彼はうなずいて、少し補足してくれた。
「しかし、友人たちを鬼人正邪から遠ざけたいと言う思いも本物でしたが……鬼人正邪は、私の素の感情を出す為に
あの時よりも更に、友人たちを破滅させる方向に動きました。
私としても鬼人正邪を屈服させるために、何とか金銭を受け取らせたかった」
「その結果が殴り合い?」
○○はさすがに、若干の呆れを含ませた声になった。
「……はい、その通りです。お札を何枚か握り固めて、鬼人正邪の口に突っ込もうとしたこともありました
商売女とやる事やってるんですから、金は払わないと」


彼はそう言って、若干の正当化を滲ませるけれども。
鬼人正邪が自分の衣服を一枚、彼の為に無駄にしたり。
その衣服に対して、鬼人正邪としばらく会えない事の鬱憤を晴らす道具にした事は。
先の正当化を全て根底から覆す事実である。
もう鬼人正邪は彼との大喧嘩を装った営みから離れられないし。
彼の方も鬼人正邪とやる事やった後、無理くりにでも金を渡そうとして、突き返される一連の行動に信頼関係すら見出している。
そうでなければ、疲れてぶっ倒れるまで鬼人正邪と付き合う事なんて無いはずだし。
最初の数回で、鬼人正邪の事を上白沢慧音にでも言ったはずだ。
「付き合いきれんよ、お前たちの愛の営みには。勝手にやってくれ」
上白沢の旦那は、ついそんな事を口走ってしまった。




「いや、まだだ」
だが○○は、落着の為の何かを考えてくれていた。
「あの依頼人に、君の母親の事を誤魔化す必要がある……ちょっと付き合ってもらうよ?」
今まで黙って、そして面白そうに聞いていた○○であったが。
付き合ってもらうよ、と言った時の○○は。稗田阿求から伝染したであろう、稗田の重みがあった。
そんな稗田○○様を見ている、妻の稗田阿求は。自らの夫の権力者的な動きと雰囲気に。
恍惚な顔で見惚れていた。
鬼人正邪と彼のように、動きが派手ではないだけで、根っこは同じだなと上白沢の旦那は思った。


「阿求、忘八達のお頭に連絡を入れて、鬼人正邪を呼び出してくれ。場所は洩矢神社だ。俺の名前と、もちろん君の名前も使うよ?」
彼からすれば、もう頷く以外の選択肢は無い。
「おいおい……東風谷早苗がとうとうキレるぞ?」
止めるつもりは無かったが、東風谷早苗さんが可愛そうにも程があり、上白沢の旦那はぼやいたが。
「俺にだって、自由に出来る金はある」
そう言って、○○は立ち上がったが。鬼人正邪とはまた違う理由で、東風谷早苗は報酬を受け取らない気がしてきた。


「神社に行ってくる!」
件の彼を後ろに連れながら、中々に泰然とした声と姿で○○は神社に行くと言った。
依頼人である、彼の母親も。急に覚醒した稗田○○の姿には、礼儀作法に対して完璧なお辞儀をしていた。
しかし洩矢神社と言わなかったのは、何かの小細工をするための布石なのだろうか?
上白沢の旦那は、正直どうでもよくなってきたけれども。




「あの、一発殴って良いですか?」
洩矢神社に到着して、次期に忘八達のお頭が鬼人正邪を連れてくる旨を東風谷早苗に伝えたところ。
稗田阿求の目の前だと言うのに。だけれども至極当然の怒りを、東風谷早苗は顕わにしていたが。
「ご迷惑なら、博麗神社に場所を移します」
「そうして欲しいですねぇ!!」
最初に○○が神社としか言わなかったのは、最悪金で動きそうな博麗霊夢に頼むためかとも上白沢の旦那は思ったが。
「まぁ、まぁ。早苗。あの忘八達のお頭とはもうちょっと話がしたかったんだよ」
洩矢の二柱の一つ、洩矢諏訪子が待ったをかけてしまった。
「ええ~……?」
東風谷早苗もこれには、上役が相手とはいえ露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「ここは良い密会場所だよ。あの忘八頭からは、まだもうちょっと聞きだしたい事があるんだ」
洩矢諏訪子は、策略家らしい顔を浮かべていた。
「奇遇ですね、洩矢諏訪子。稗田といたしましても、遊郭街の動向は酷く気になりますが……立場上、あまり会談も出来なくて」
「恐らく、向こうもそうだよ。稗田に目を付けられたくないけれども、かといってやり過ぎるとそれはそれで不安定になるから恐々としている」
「うちを遊郭の出先機関にはさせないんじゃなかったんですか!?」
阿求と諏訪子のややめんどくさい会話に、早苗が声を荒げて割って入ったが。
「出先機関と、密会場所を提供するフィクサーじゃあ、立場が全く違うじゃないかぁ。早苗ぇ」
洩矢諏訪子は、稗田と遊郭街のいざこざの間に入って。何らかの利益を得ようと画策。
そうでなくとも、裏面の事情を出来るだけ手に入れたがっていた。
東風谷早苗は、何も言わず。付き合いきれないと言わんばかりに首を横に振って、立ち去った。


そうこうしているうちに、あの男が。
忘八達のお頭がやってきた、鬼人正邪を連れて。後の方の従者は、体がガクガクと震えていた。
「1つお尋ねしたいのですが」
その姿を見た阿求は、開口一番で忘八頭に質問した。
「貴方は鬼人正邪を使っている事を、把握していましたか?」
「はい、もちろんです稗田阿求」
「人妖問わず、出入りしている存在は把握しております。鬼人正邪は性格的にも間諜(かんちょう、スパイ)に向いていると思ったので」
「実際、向いていますわ。新聞だけとは言え、急に何件も明かりが消えたのは……」
「はい、商い拡大を目論む確かな証拠を突きつけています。もう2~3件も、今すぐにでも潰せます」
「黒幕は?」
「まだ分かりません」
「では、それはまたの機会にしましょう」
忘八達のお頭は恭しくお辞儀をした。後ろの従者は、意識が半分飛んでいたので、忘八達のお頭によって、頭を下げさせられた。

その横で件の彼は。
「すまない、鬼人正邪。私の母が、稗田の奉公人であったばっかりに……」
「お前、良いとこの坊ちゃんっぽかったもんなぁ……」
彼は鬼人正邪に謝りながら金を渡そうとして、鬼人正邪は女に触られたら男が喜びそうなところにちょっかいをかけていた。

「よし!」
それを見ながら○○は、急に大きな声を出した。
これにはさすがに、鬼人正邪も彼も、ビクつく。
「まずは君、洩矢神社でお祓いを受けろ!よろしいですか?洩矢諏訪子」
「うん、いーよー。早苗ー、お祓いの準備してー!形だけで良いからぁ!」
「それから更にぶしつけですが、天狗の新聞を使って。彼が1人で、厄介そうな妖などと戦ったと言う、英雄譚をでっち上げてもらいたい」
「おっけー、そっちもやっとくね。鬼人正邪はどうすんの?」
「このままで良いでしょう。間諜を続けるかどうかはともかく、この関係を崩す方が悪くなる」


「謝罪すると言っている!金も受け取れ!!」
「頭下げんな、金も持って帰れ!!」
「ああ!?抱かせてくれたお礼もさせてもらえないのか!?」
「てめぇから金貰ったら!一気に私のやった事が陳腐になるんだよ!!」
相変わらず件の彼は、鬼人正邪に金を渡そうとするどころか。頭まで下げようとして。
鬼人正邪も鬼人正邪で、下手に金や謝罪を受けたら。優位に立てなくなることを危惧して。
全ての優しさを拒否していた。
その姿を見て○○は笑っていたが、上白沢の旦那は妻である慧音にもう帰ろうと言うのみであった。






感想

  • 丁寧に作り込まれていて面白かったです -- 名無しさん (2020-07-14 13:23:52)
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最終更新:2020年07月14日 13:23