蛮奇/25スレ/213




「君、いつも独りだよね」
 ○○と出会ったのは、行きつけの居酒屋だった。席で一人酒を楽しむ私に彼がこう話しかけてきたのだ。
「一人が好きなのよ」
「それなら、どうして頻繁にこんなところに来ているんだい? 酒は自宅でも呑めるだろ?」
 私は○○を睨んだ。が、彼は気圧される様子もなく言葉を紡ぐ。
「おぉ、こわいこわい。そんな顔して酒を呑むんじゃあないよ。酒が可哀想だ」
「それは、そうかもしれないけど」
「あ、女将さん。熱燗ひとつ」
 彼はなかなか気まぐれだった。
「えーっと、どこまで話したっけ」
「酒が可哀想だ?」
「その前。
 ああ、そうだ。君はどうして居酒屋に来ているのかって話」
「それは……」
 正直なところ、私自身よく分からない。
 私が答えに窮しているのを見て、○○は話し続ける。
「俺から見るとね、君は口ではなんだかんだ言いつつも人恋しいんじゃないかって感じがするんだよ」
「なっ」
「可愛い子がそんな構ってちゃんな雰囲気出してたら声の一つもかけたくなるだろ?」
「よっ、余計なお世話よ」
 私は彼を突き飛ばすと、おあいそを置いて逃げるように店から出た。
 可愛いだなんて言われたのはいつ以来だろうか。そんなどうでも良いことが頭の中をぐるぐる回っていた。

 あの日以来、○○とは度々一緒に呑むようになっていた。私が独りで呑んでいるところに彼が割り込んでくるのだ。
 いつの間にか私も観念して、隣の席を空けるようになった。いや、また彼と顔を合わせることを承知であの居酒屋に通っていたのだから、最初から観念していたのかもしれない。
 そうした日々を過ごしているうちに、私は居酒屋以外でも四六時中○○のことばかり考えるようになってしまった。ああ、むしゃくしゃする。どうしてあんな人間のことなんか。
 彼の前では必死に顔に出さないようにしつつ、気が付けば目で彼のことを追っている。一緒に呑んでいる間だけでは飽きたらず、頭の一つに彼の尾行をさせて家までついて行かせたほどだ。

「ねぇ、あんたは私のこと、どう思ってる?」
 私は○○に度々そう訊くことがあった。彼の返事は決まってこうだった。
「嫌いじゃないよ。蛮奇ちゃんと呑む酒は最高」
 私は本気で訊いているのに、彼ははぐらかす。そういうことをするから、余計に恋い焦がれてしまう。
 でも、今日ばかりは追及の手を止めるわけにはいかない。
「風の噂に聞いたんだけど、あんた、お見合いしたんだって?」
 彼の眉がピクッと動いた。
「ああ、職場の上司の娘さんとな」
「良い人?」
「顔は蛮奇ちゃんほどじゃないが、明るくて気立ての良い子だったよ。あと──」
「ごめん、私が訊いといてなんだけど、これ以上は止めて。
 あんたが私じゃない女のことを楽しそうに話してるの、なんだか
ムカつくから」
 嫌な沈黙が○○との間に流れた。
「私ったら勝手に盛り上がっちゃってさ、馬鹿みたい。
 なんかゴメン」
 私は手元の酒を呷った。いくらか視界がすっきりした気がする。
「私は○○のことが好きなんだと思う。
 ○○は私のこと、好き?」
 我ながら卑怯な女だ。こんな訊き方をしたら、いいえとは言えないじゃないか。
「私のことだけを見てよ。
 ほら、私は人恋しい構ってちゃんだもの。分かってて近づいたんでしょ? 責任とってよ」
 妖怪である私が、ただの人間に過ぎない○○に泣き縋っている。○○と出会う前はとても考えられなかった光景だ。
 そんな私の姿を目にして、○○は微笑んだ。
「蛮奇ちゃんの素直な気持ちが聞けて、俺は嬉しいよ。
 言われなくても責任をとるつもりさ。お見合いは断ったよ」
 事の次第は知っていたけれど、○○の口からその言葉を聞けて私は心底ほっとした。

「ところで、お見合いの話は誰から聞いたんだ?」
「乙女には人には言えない秘密の一つや二つあるものよ」
 四六時中あなたのことを監視しているだなんて告げたら、嫌われてしまうかもしれない。
 彼なら笑って許してくれそうな気もするが、もしもを考えるとどうしても言えなかった。そして、まだ○○のことを信じきれない私のことを、私は切なく感じるのだった。






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最終更新:2020年09月20日 18:42