連作物でございます、まとめにも収録されています
八意永琳(狂言)誘拐事件
日中うつろな男(フランドール物)
まだらに隠した愉悦(正邪物)
懐の中身に対する疑念(阿求物)
これらと同じ世界観で、また投稿いたします。今回は複数物となります


諏訪子がいつものように遊郭街で、まだ日も高いうちからお気に入りの遊女から膝枕でも貰いながら。
早苗が見たらまた苛立ちそうなほどに、ボーっと過ごしていたら。
「いるって聞いたからさ、まぁ、挨拶ぐらいはと思って」
少しばかり意外な存在、星熊遊戯から声を掛けられた。
「ああ、珍しい……程でもないか」
星熊勇儀は、そうは言っても神様である洩矢諏訪子がくつろいでいる部屋のふすまを、遠慮なしに勢いよく開け放ったが。
相手が星熊勇儀であるならば、鬼であるならば、恐らく諏訪子でなくとも殆どの者が。若干の諦めを混じらせた苦笑のみで、まぁ良いかと考えてしまうであろう。

「あぁ、邪魔するつもりは無いよ。最近、ここらで有名になってきたもんに、まぁさすがに無視してるようで悪いから、挨拶だけさ。そんじゃ」
そう言うけれども、星熊勇儀はふすまをしめては行かなかった。
「ああ、なるほど……」
しかし諏訪子は、すぐにその行動の意味を理解した。
星熊勇儀の後ろを、板前と一緒に何人かの遊女が。板前がいるから無論であるが、大皿料理を運びながら通り過ぎた。
皆、開けっ放しのふすまを気にしていたが。大皿料理を運んでいるから両手がふさがっており、ややびくびくで会釈をしながら通り過ぎるしかなかった。
鬼を無視する事も神を無視する事も出来ない、彼と彼女たちには同情するのみである。


「……星熊様とは、何事も無かったでしょうか?」
ややおくれて、忘八達のお頭が。勢い余るような姿で入ってきて、開けっ放しのふすまを丁重に閉めながら問いかけてきた。
「一応ね。まぁ、私が星熊勇儀が連れていた、あの板前や遊女に手出したら、ちょっと分からないけれども」
忘八達のお頭は、少し疲れた様子ではあったが。しかしながら納得したように、頭をコクコクと頷かせていた。
「星熊様は、ご自分の力強さを認識しているのが……それはまぁ良いのですが。鬼相手ではどうにもやりにくくて」
諏訪子は少し吹きだしてしまった。妖怪の山で自分たちが、新参だと言うのに中々信仰を得られた理由の一つに。
鬼よりはやりやすいと言うか、話が出来るからと言う部分は、間違いなく存在していたからだ。

「良くも悪くも、裏表が無いんだよ。鬼って存在は。腹芸が出来ない代わりに、腕っぷしに全部つぎ込んじゃったような存在だから」
その分、便利だとか利益があるだとか。そう言った分かりやすい成果を目の前に置けば、何とかなるのだが。
毎回毎回そうそう、上手い話を持って行けるわけでは無い。
地底でなんだかんだで、洩矢の力を伸ばせたと同時に、案外うまくいかなかったのは。
やはり、支配されることを嫌がる鬼の性格と。そうは言っても核融合炉がエネルギー供給の点で便利以外の何物でもない。
この両方がうまい事混じりあってしまったが故である。
まぁ、鬼とは喧嘩しない程度に上手くやれればいい。
「後で、星熊勇儀が気に入ってる連中の名前教えて。そいつらには手出さないようにするから」



「お……?」
今日は後どれぐらい遊んだら帰ろうかなと、考え始めながら外を見ていたら。星熊勇儀以上にめずらしい人影を見つけた。
「物部布都?珍しいな、あいつが一人歩きだなんて」
少し窓枠から身を乗り出して、物部布都がなにをやっているかを確認してみたら。
両手に何か、色々な物を買い集めていた。酒やら、食べ物やら、お菓子やら。
はっきりと見えたわけでは無いが、どれもそんなに安い物ではなさそうであった。
――無論、遊女と一緒に食するよりはずっと安くつくけれども。

「物部様にございますか?」
様子が気になった諏訪子に、忘八達のお頭が。やはり彼は、こんな場所で頭目を勤めあげれるだけはある。
種々の事柄に対して目ざというえに、記憶力も素晴らしい。
「男がいるご様子です……いえ、正確にはまだ本当の意味で、物部様の男になったわけではなさそうですが」
「贈り物攻勢ってやつか……意外とあの娘、はまっちゃう性格のようだねぇ」
カラカラと笑いながらではあるが。そもそもこんな場所に、表側の権力が複数滞留しだした事を。
諏訪子も、忘八達のお頭も。警戒するべきであった。
皆が皆、この忘八達のお頭のように。一番怖い物をちゃんと理解して、そこに目を付けられないように動く。
また、踏み越えてはならない一線をしっかりと確認する。
商売、ましてや春などと言う、もっとも古くから売り買いなされているくせに特殊な物を、商売の道具にしているのならば。
少しは信心深い方が良いと言うのを、理解していない輩がいると言うのを。
諏訪子は忘八達のお頭から――もっと大事にしているご本尊はあるけれども――ある種の信仰を手に入れて。いくらかの緩みが。
そして忘八達のお頭は信心深い故に。
特殊な場所における不信心が、この幻想郷でもたらす不利益を理解しているが故に。
不信心者の思考を、弱さを、実の所では理解していなかった。






「こんどは命蓮寺から依頼が?」
遊郭街に複数の権力が滞留するようになった事を、稗田○○はおろか。稗田家自体が、それをまだ知らなかった。
「いえ、命蓮寺からと言うより。ナズーリンと言う方からの個人的な依頼だそうです」
「ふむ……知られたくないんだね。調べている事すら」
まだ知らない故に、○○は新しい依頼に心躍るぐらいの気持ちでしかなかったし。
「客間で待たせていますから、お聞きになさりたいのなら」
「もちろん、聞くよ。久しぶりの依頼だ」
稗田阿求としても、夫である○○の一番の知的遊戯である。依頼された謎を解き明かすと言う、高尚な遊びに熱中してくれているのが。嬉しくて仕方が無かった。
だからこの時はまだ、稗田夫妻は無邪気なままであった。


続く





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最終更新:2020年02月14日 22:01