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 夜も更けた頃。魔法の森にほど近い獣道にて、ミスティア・ローレライの屋台が営業中であった。
 ただ今晩の営業は、"いつものように"とは言えなかった。

 客は一人。経済規模が決して大きいとは言えない幻想郷において、深夜営業となれば、別に珍しい光景ではない。

 ただ、両者の間に漂う空気が、尋常ではなかった。 

「……それで?」

 どれほどの沈黙を経ての事か、極限まで張りつめた緊張の糸を断ち切ったのは、ミスティアの方であった。

「私が○○に相応しくない、なんて。どうして初対面のあなたに言われなきゃいけないの? ニワトリさん」
「貴女が傲慢に過ぎるからです」

 ニワトリと呼ばれた客は、『庭渡です』と訂正する事すらせず、バッサリと答えた。

「鳥の肉食を禁ずるとは。○○さんを何だと心得ているのですか?」
「……別に禁止なんてしてない。私が屋台をやってる理由を知って、○○が自分からそうしてくれているだけ。あなたこそ○○の何なのよ」

「……自分から……?」

 能面のような顔をして、久侘歌が呟いた。

「そうよ、別に私が○○に――」
「――分かっていない」

 ぴしり、と異音がひとつ。久侘歌の掌中で、湯呑がひび割れていた。 

「自分から、ではありません。喜んでしてくれている訳ではないのですよ。忖度してくれているだけです」
「……どうしてそう言い切れるの」

 どうにか憤怒を抑えつつ、ミスティアは尋ねた。久侘歌のあまりの自信満々ぶりに、只ならぬものを感じたためだ。

「『どうして』、ですか」

 久侘歌は、あくまで淡々とした風を崩さない。

「鶏の唐揚げを作ってさしあげたら、喜んでいただけたからです」

 みしり、と音がした。ミスティアの指先で、火箸の結晶構造が僅かに歪んだ。

「鶏肉が、人間にとってどれほどありふれた食材かご存知ですか? 畜産技術が進んだ外界では、毎日のように食されています。
 外界出身の○○さんにとって、それを自ら断つということの意味。……その重みを知りもせず、自発的だからという理由で感謝の念もない」
「何を――」

 ミスティアの発する怒気をものともせず、久侘歌は続けた。

「自分は、人喰いである事を受け入れてもらっている癖に」
「――黙れッ!」

 久侘歌の頬を掠めた光弾が、獣道をバン、と穿った。  

「……殺してる訳じゃない、ただ脅しているだけ……!」
「糧とするのが肉であれ心であれ、人喰いには変わりありません」

 鼻息荒いミスティアに対し、久侘歌の弁はにべもない。

「人間にとって脅威であることを止められない、それは仕方がありません。貴女はそういう妖怪ですから。しかし焼鳥の撲滅云々は単なる
 思想に過ぎません。○○さん一人を例外としたところで何の問題もないはずです。私はそうしましたよ」

「だから! ○○は自分から――」

「――そこですよ、ミスティアさん。確かに○○さんの鶏肉断ちは自発的なもの。しかし本当に彼のことを想うなら、外来人の食文化を学び、
 理解した上で、これを制止して当然なのです。『人喰い妖怪と仲良くしてくれる分、これでおあいこ』と。愛するとはそういうこと。しかし
 貴女にはそれができない。一方的に思いやってもらい、それに甘んじている。彼の人格に全く相応しくない」

 何様のつもりだ、喉まで出ていたミスティアの言葉は、久侘歌が翼を広げた音で遮られた。

「私が○○さんと出会った時には、既に貴女がいました。知った当初はおおかた諦めるつもりでしたが……今日、お話しできて良かったです」

 久侘歌は、行き過ぎなほどに澄んだ瞳で、ミスティアを射抜いた。

「諦めずにすみましたから」    

 そう言って、有無を言わさず飛び去った久侘歌を、ミスティアは凄絶な面持ちで睨み付けていたが。
 その方角が、妖怪の山ではなく人里の方であることに気付いた途端、絶叫と共に飛び立ち、これを猛追した。

 やがて人里の上空で、"ごっこ"では済まない規模の弾幕戦が展開されたが、これは寺子屋の半妖と博麗の巫女によって早々に鎮圧された。

 ただ、その翌朝になって失踪が発覚した○○という男の捜索は、未だ成果が挙がっていないという。
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最終更新:2020年02月25日 11:45