「おや……?」
稗田○○が、自分が知る状況が断片的過ぎてまだ、理解が深まらずに寺子屋で上白沢の旦那を話し相手に、頭を悩ませている頃。
洩矢諏訪子も、彼女も彼女の立場に置いて。少しばかり変化を感じ取っていた。
「物部布都と星熊勇儀?珍しい顔ぶれだねぇ……」
珍しい顔ぶれと言うのは、往々にして何かが起こる前触れでもあるのだけれども。
ただそれが、殆どの場合は放っておいても大丈夫な物なのだ。けれど殆どという事は全部では無い。
だから不愉快とまでは行かないが、どうしても頭の端っこに置いて引っかかってしまう。
立場が立場だから、色々な事を覚えて置いて頭を悩ませなければならないのは、それが辛い所だとは。よくぼやく。
……しかし。事実上、遊郭街のケツもちとなり遊郭街を守る方向に動いているので、そこに囚われている遊女はともかく。
洩矢諏訪子の性格をよく知っている八坂神奈子と東風谷早苗は、鼻で笑うだろう。
洩矢諏訪子、彼女は長期戦を楽しめる性格だから。

だから、物部布都と星熊勇儀と言う。かなり珍しい顔ぶれを見ても。
やれやれとは思うが、それだけのはずがないのである。味方によっては、稗田○○と同じで。
何か懸案の一つでも無いと退屈でつまらないと、そう考えてしまうぐらいには業が深いと言うか、度し難い性格を洩矢諏訪子も持っていた。
だからまるで深刻な風は、洩矢諏訪子には存在していなかった。
だが皮肉にもそれが良かったのだろう。
「おお!山の所の神様じゃないか、往来で会うのは初めてだねぇ!」
星熊勇儀は、酒で聞し召しているのもあるが上機嫌だったし。
「ふむ……まぁ、おぬしは有名人であるから。まぁ、ここで色々やっていれば、いずれは会うか……」
物部布都の方も、妙なのに会ってしまったなぐらいには思っているが。他意や害意は無かった。

有名な神様と、有名な鬼と、有名な仙人。
この三者が、遊郭街と言う蠱毒にも限りなく近い生体を持つ場所とは言え、往来で互いが互いに目線を合わせあうのは。さや当てのようにも見えてしまえるし。
何より、ただの人間どうしでそんな事をやるよりも遥かに、目線を引いてしまうし。
そして洩矢諏訪子も星熊勇儀も、立場がそれを許していると言うのもあるが、どちらも豪快に遊んでいる為。
後には遊女たちがしずしずと付きまとっているし。
物部布都も、女遊びこそしていないが。遊郭街でしか買い求めれないような、珍奇な物を集めているようで。
また物部布都も、自分で荷物を背負う事などほとんどないと言えるし。
女遊びこそしていないが、買っている量を考えれば既に上客である以上、遊郭街としてもそんな事はさせたくなかった。
以前に、二階から見かけた物部布都が色々持っていたのは。あれはごく初期の、珍しい場面だったのだなと諏訪子は、1人で勝手に納得していた。

物部布都だけはシラフのようであるが、それでも。
諏訪子も勇儀も布都も、少しばかりゆらゆらしながらお互いに観察しつつ鞘をぶつけていた。
ここに忘八達のお頭がいたら、とっくに話に割り込んでくれて、状況を動かしてくれていただろうなと諏訪子が考えていた。
しかしあの男だって、中々可愛い所があるからそれなりに好きだが。忘八達のお頭と言う立場上、色々とやらなければならない事は多いはず。
度々、自分の相手が出来ずに執務に戻っているが、まぁそれぐらいは構わないと思わなければならない。


たまには自分がやってやらなければと、諏訪子がようやく考えて。話題を探しに視線を散らし出した折りに。
「おう?」
ちょっと珍しい物を見かけた。今のこれに比べれば、可愛い物かもしれないが。
「あんた、忘八達のお頭ん所の、そうあんただよ。あんたって、忘八達のお頭の従者だか秘書だったよね?」
そう言いながら諏訪子が指を向けた男は、どうやらあの忘八達のお頭が連れ歩かせてもらっているくせに、肝が小さいようで。
ちょっとした喜劇の一場面の如く、肩をビクンと跳ねあがらせていた。
何でこんなのを連れ歩いているのだろうか、案外事務能力は高いのだろうか?

「へ、あ、ああ。これはどうも、洩矢様。へ、へぇ、さいでしてね……お頭から、色々買い集める御用のある物部様が、不便なさらぬようにと、あたしをお付けになりまして」
「まぁ、量が多いから助かっておる。おぬしは忘八達のお頭と懇意にしているようだから、次あったら助かっていると伝えて置いてくれるとありがたい」
少しばかりの世間話にまで、場の空気は和らいでくれた。
星熊勇儀は、鞘当だとかそう言う細かい腹芸は、出来ないとは言わないがあまり好きでは無いらしく。
横で待ってくれてはいるが、一升瓶に口を付けて勢いよく飲み始めるどころか。
「やぁ、飲み干してしまった。次をおくれ」
諏訪子が見た時点で、まだ三分の一かそれよりはあったはずなのだが。この鬼、星熊勇儀は一息で飲み干した。
このよく言えば豪放ともいえる姿に、やや剣呑な表情を見せていた物部布都も。目を丸くして勇儀の方を見ていた。
「我は繊細故にな……身も心も」
その後、物部布都には何か気になる事でもあるのだろうか。1人で愚痴とまでは行かないが、重々しくつぶやいていた。
身はともかく、心は繊細とは諏訪子には思えなかったが。黙っておくのが、恐らくはお互いの。
それ以上に往来を通る人々の為だろう。
その後、布都はさすがに鬼と比べるのはそもそもの段階で無謀だとでも悟ったのか。ふるふると頭を横に振ったかと思えば。
次に布都が目を付けたのは、無論の事であるのだろうけれども洩矢諏訪子の方であった。
しかしより正確に言うならば、洩矢諏訪子の体だろう。

「のう」
もう少し時間が経ったら、こちらから動いてみようかと考えていたが。存外に布都の動きは早かった。
「おぬしは、今日も昨日も遊女たちと『致している』のだろう?」
言葉だけを見れば、やや遊ばれている、からかわれているような気はするが。
この仙人様、物部布都の顔つきは真面目であった。少しの笑みも無かった。何かを気にしている顔だ。
そして物部布都は、勇儀を見た。勇儀はその視線にも気づかずに――また気付く必要も無い、鬼だから――
連れ歩いている遊女から受け取ったお代わりの一升瓶を、やっぱり直接口を付けて。一気飲みはしなかったが、一息で何割も持って行った。
諏訪子はその様子を見て、少しは味わえよと思ったが。物部布都の顔はまだ真面目と言うか、何かを気に病む顔であった。
諏訪子が布都の視線をつぶさに観察すると、布都の視線は勇儀と言うよりは勇儀の体に向いていることに気づいた。
「ううー……相変わらずこの酒は刺さるね。私好みだ」
一升瓶から口を外してとつとつと酒の感想を述べる勇儀であるが。物部布都にとってはそんな事、どうでも良いと見受けられた。
それよりも、酒の感想を述べる際、さすがに勇儀でも体が左右に揺れたが。
その際に、勇儀の持つ立派で豊満な胸が揺れた。ブラジャーだなんてハイカラな物は幻想郷ではまだ流行っていないから。
勇儀のそれは、サラシできつく巻くだけと言う実に古臭いやり方であったし。
酒を飲んでいるときついのが嫌になるのか、随分緩められていたから。その豊満で魅力的な部分が揺れるのは、止めようがなかった。
諏訪子は肝が据わっているので、軽く乾いた笑いを出す程度で目の前の光景を処理できるが。
物部布都の方を確認したら、やはりであった明らかに気に病む姿と言うのが色濃くなっていた。


「のう、洩矢諏訪子……おぬしは、そのう。少なくとも星熊勇儀と比べれば、立派な体では無いが、その様子だと遊女に好かれている」
少し、洩矢諏訪子としても物部布都の思考が理解できた。
厚手の服装で分かりにくいが、物部布都の肉体的な魅力は低いと断言せざるを得ないだろう。
その割に良く星熊勇儀と付き合えるなと言う、忍耐力にやや感嘆するが。そこで気に病んでしまう事を加味しても、鬼相手に覚えを良くして置けば。
遊郭街で動き回る際にも、色々と都合がいいだろうと言う計算はあるのだろう。また鬼は裏表が無さすぎるので、気にするだけ無駄と言う考え方も出来る。
しかし、何だか物部布都の動きは。努力は理解できるが、わちゃわちゃして効率と言う点では首をかしげたくなるなと思ったが。
別に彼女は敵意も無ければ悪意や害意も無い。それなら少しは優しくするべきだろう。
それに、そうだ思い出した。物部布都にはどうやら意中の男がいるのは、忘八達のお頭が教えてくれた。
――ここで雲居一輪の事を諏訪子が知っていれば、恐らく布都の姿を見るや、逃げたはずだけれども。
それを知らない諏訪子は、存外にも優しくしてやるかと言う考えを強く持った。

「ここよ、ここ」
諏訪子は笑いながら、西洋風の表現ではあるが自信の左胸を軽く叩いた。
「まぁ、それは理解できるが……もっと実際的な」
布都の考えは最もである。自分に信仰と祈りを与えてくれる信者だって、しかも諏訪子は祟り神だから。
怨敵や仇敵に対する不幸を願っている。恐ろしく実際的な願いだ。
だから布都の1人ごちる気持ちも理解できる。
「まぁ、あとは……そうだね。自分にしか出来ない事を、相手より優れている部分を見つけろ。それぐらいしか言えないね」
ここで物部布都が、雲居一輪の名前を出さずとも。
せめて『奴よりも』等と言って、誰か恋敵の存在を匂わせてくれれば。洩矢諏訪子としても、稗田家に何か警告の一個だって与えられたはずなのに。
物部布都は少しばかり中空を見やって、考え事にふけってしまった。しかも無言のまま。
それが歯車を悪い方向にやってしまった。

「ふむ……洩矢諏訪子、礼を言わせてくれ。少しばかり気が晴れたと言うか、絵図が見えた」
洩矢諏訪子の事を非難するいわれはないし、そんな事をしてしまっては洩矢諏訪子が余りにもかわいそうで、と言うよりそもそも責任が無いのは自明であるし。
稗田阿求だって、さすがにこの事で諏訪子を責めはしない――そもそも稗田○○とは関係ない部分で物部布都は争っている――けれど。
物部布都の背中を押したのは、間違いなく洩矢諏訪子であった。

「何か事が起こるとすれば、件の男の周辺だ」
そう言いながら稗田○○は、神霊廟が催し物をやっている例の広場にて。
うさんくさい女として、稗田阿求と上白沢慧音が絶対に嫌いそうな、青娥からは離れた場所で。
甘酒を飲んで、客のふりをしながらも重々しくつぶやいた。
「件の男の家は、どうしている?」
上白沢の旦那も、○○にならって甘酒をチビチビやりつつ。○○に今後の事を聞いてくる。
ナズーリンさんのネズミに、四六時中張り込みをさせている。彼女が優秀だから、そのネズミも優秀なのは助かった。男の家の中に入って、何があるかを――」
全部言いかける前に、○○が周りを気にしだした。
上白沢の旦那も少し周りを確認してみると、頭巾をかぶった女性――ナズーリンだ――が近くを素通りしたかに見えたが。
「第一報だ」
やはり、素通りのはずはなかった。○○の手には、いつのまにか折りたたまれた紙片が握られていた。
いつの間に受け渡しを完了したのだろうか、早業に舌を巻いてしまった。
○○が甘酒を急いで飲み干したので、上白沢の旦那もそれに倣った。
すると今度は蘇我屠自古が、くずかごを持ちながらこちらに近づいてきてくれたニコニコしているが、こちらを確認したらその顔は少し緊張の色が見えた。
「首尾は?」
屠自古はくずかごを差し出して、甘酒を飲み干した入れ物を捨てれるように親切にしている演技をしながら、状況を問うてきた。
「今から確認する。そっちにもナズーリンさんが渡す手はずになっているはずだ」
「――ああ。ネズミが一匹、私の服の中に入った」
少しばかり間があったが、ネズミに服の中を蠢かれても一切騒がない胆力には驚いた。


「――――」
紙片の中身を読みやすいように、喫茶店に――この喫茶店の店主の事は、気にしないで良いらしい。稗田が言うならそうなのだろう――移動して。
○○はナズーリンから手渡された紙片の中身を読み始めたが、少しの唸り声だって見せずに。
顔つきだけを険しくしていた。
ややあってから、○○は紙片を上白沢の旦那にも渡してくれた。
「まぁ、ロクな事が書いていないのは理解できるが……」
上白沢の旦那は恐る恐る、中身を検めたが。案の定と言うか、予想よりも酷かった。
詳細な内容は、省くけれども。昨日雲居一輪は、件の男の家で寝泊まりしたとの事だ。
これは断言できてしまえた、そもそもネズミが一部始終を見ていたのだから。
そう、一部始終を。それに雲居一輪は、随分慣れた様子で件の男の家で動き回って。
寝具の用意に関しても、やはり、随分慣れているとの事だ。
ここまで読めば、後半に何が書かれているかは予想できたが。万に一つの可能性があるので読み進めたが、予想が外れることは無かった。
余談ではあるが、雲居一輪の肉体的魅力は、上白沢慧音のそれと勝るも劣らないとの事だ。
あの尼僧風の衣装で、随分分かりにくくなっているだけの事らしい。
直接的な表現では無いが、あの2人の間に、夜の間に何があったかはこれで分かるだろう。


「恐らく」
上白沢の旦那が読み終えて、紙片を机に置いたら○○が話し始めた。
ナズーリンさんが依頼をした時点ですでに、もうだいぶ進んでしまっていたんだ。雲居一輪と物部布都、互いが互いに。
鞘当だけでは満足できなくなりつつあったんだ、それで両名共に水面下での争いを隠せなくなってきた。
物部布都も最近、かなり派手に遊郭で物品を買い求めているそうだ。贈り物の量が増えているんだ」
「なぁ、これは……穏当な決着は望めるのか?」
「……分からないとだけ答えさせてもらう。しかしだからと言って、手を引く理由にはならない」
穏当さが見えなくとも手を引く理由にはならないと言うのは、最もな考え方である。
つまり○○からは暗に、覚悟を決めろと言われたような物である。





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最終更新:2020年03月31日 22:35