「お願いします、マジでお願いします!対価ならば言い値でお支払いいたしますので!!横にいてください!!」
稗田夫妻と上白沢夫妻がやってくる少し前に、思考能力すら怪しくなった射命丸文がやってきた。
どこも見ていないような、心配になってしまう姿であったが。比較的仲よくしている東風谷早苗を確認するや否や。
思考回路は復活したようで何よりであるが、その代わりになりふり構わなくなってしまっていた。
「さっきまで私大変だったんです!なのに人里の二大巨頭夫妻が出てくるなんて!!」
どうやら射命丸は公務で随分、難局に立たされているようであった。
そこから間髪入れずに、稗田と上白沢両夫妻から呼びつけられたらしい。
両夫妻が来ることは、ついさっき
諏訪子様から聞いていたので、めんどいから人里で評判の飯所に言った後、甘味所で更に時間を潰そうかと考えていたが。
新聞の内容が扇情的で、眉根を潜められるのが常の射命丸文が相手とはいえ、あの四名を相手に白と言うのは酷く可哀想ではある。
射命丸が思わず口走った、二大巨頭夫妻と言うのも。どう考えても褒め言葉とは思えなかったが。
早苗としても正直な話、あの両夫妻の事はそれぐらい言いたくなる事はしょっちゅうである。
「分かってますよ、文さん。貴女まで呼びつけられていたのは驚きですが、今では哀れだと思えますよ」
「じゃあ一緒にいてくれますか?」
「もちろん」
早苗としてもこれを無下に断る等と言う選択肢は存在していない。全くの善意、何物も求めないぐらいの気持ちだったのに。
「ひ、ひとまず財布の中身は置いて行きます……」
残念ながら射命丸には、早苗の完全なる善意と言う物がこれっぽっちも伝わっていなかった。
「それは直す!もう、タダで構いませんから。私もあの両夫妻には呆れっぱなしでしたから」
かなり力を込めて、射命丸の腕を取って。彼女の財布を彼女自身の懐に、もう一度安置させた。
「いや、でも……多分巻き込まれますよ?」
射命丸はまだ気にしていたが、早苗としては何を今更である。
「うちの諏訪子様が、遊郭街で顔役気取りだしてるんですから。今更、あの二大巨頭から逃れられるとは思っていませんよ」
「あー……」
射命丸は早苗からのその言葉だけで、深く納得してしまった。
「所で洩矢諏訪子様は?」
そう言いながら射命丸はまだ、タダでは忍びないと思っているのか。財布を懐に直そうとしないので。
グググと言うような力のせめぎ合いは続いていた。
「いますよ。稗田も何したいのか知りませんが、来る以上はいないわけにはいかないので。昨日鬼と飲み明かしたせいで、まだ倒れてますけれどもね」
「ははは」
射命丸は軽く笑うのみであったが、当事者の身内である早苗としては頭が痛い話である。
比較的うまくいっているし、今日も射命丸が呼びつけられたという事は、こちらの話ではなさそうであるが。
いざ呼びつけられた射命丸の身になれば、哀れとしか言いようがない。
彼女としても何をやったのか分からないらしく、戦々恐々とした雰囲気はいまだ健在である。
財布だって、いまだに直そうとはしていなかった。
「射命丸さん、そんなに気にしてるなら。最近評判の甘味所のシュークリーム。あれを全種類買って来てください」
これは射命丸の方に、いくらか身銭を切らせねば。当の射命丸が納得しそうになかった。しかし彼女にそう高い買い物はさせたくない。
「それだけで良いんですか?」
射命丸は眼をぱちぱちさせているが、早苗からすればその程度ですら。そもそも射命丸に身銭を切らせるのが嫌なのである。
彼女はどう考えても、巻き込まれているだけなのだから。
「ええ、十分です。どうせ多分、稗田阿求が暴走した結果でしょうからね、これは」
射命丸が何かを言い出す前に、早苗は彼女の手を引いて。会見場所に案内した。
会見場所では、カエルが潰されたような声を出している諏訪子が、座布団を枕にしていまだにグデングデンであった。
「これでも朝よりはだいぶマシになったんだ」
早苗の姿に気付いた諏訪子は、目線だけを移動させてよくなった事を強く訴えていたが。
「そうですか」
早苗の態度は冷たかった。それよりも、射命丸に座布団やお茶の用意をしてやりたかった。
射命丸がお茶やお菓子を食んでいる際は、諏訪子はまだ座布団を枕にして、ぜいぜい喘いでいたが。
複数の足音が鳴り響きだすと、諏訪子は飛び起きて。目についた湯飲みを――射命丸に出したものなのにと早苗は毒づいた。
その中にある緑茶を、一気に流し込んで気付け薬の代わりにして。何とかこの会見の間だけでも気力を保とうとしていた。
「どうも、洩矢諏訪子さん。射命丸さんを呼んでいただいて。ああ、東風谷さんまでご一緒していただけるのですね」
最初にふすまを開けて、この場に入り込んだのは稗田○○であった。
少しほっとした。稗田阿求と比べるのがだいぶ間違っているのだとは、理解しているけれども。
彼は稗田阿求の苛烈さとそれでいて○○自身に対する愛情、この二つの落差からくる化学反応を最も警戒している。
彼がこの場を取り仕切ると言うか、司会進行を担ってくれるのであれば――
「ふぅ……ふぅ……」
自分から朝一で洩矢神社に来たくせに、どうにも機嫌の悪い稗田阿求を宥められるかもしれない。
(前だけ見て。私が喋る)
稗田阿求が明らかに機嫌の悪そうなのを見て、射命丸は具合が悪くなりそうだったのを。早苗は上手く誘導してやった。
「こっちは何が何だか、まるで分らないし見当もつかなくてね」
射命丸の座りをピシっとした物にして、それ以外の事を出来るだけやらせないと早苗は決めたので。
こちら側の司会進行は、早苗自身が受け持つことにした。早苗の視線は、稗田○○に固定されていた。
上白沢夫妻もどうやら、何をしに来たのかいまいち分かっていなさそうだった。どうせ稗田阿求から呼びつけられたのだろうけれども。
後でまた、射命丸から財布を出されそうではあるなと思いながら。早苗はこの場の会話を出来るだけ、○○と自分だけにしようとした。
「まぁ、ね」
○○がやや頭の中で言葉を選んでいる様子が、早苗にはよく分かった。
ガサゴソと○○は自分のカバンの中身を見やるが、一思いにやろうと思えばとっくにできているはずだ。
どうやら早苗の必死の願い、せめて穏当にする努力は見せろと言う部分は通じたようだ。
「やや気になる文章を見つけまして」
たっぷり時間を使っていたが、出てきたのは新聞紙が一部のみであった。
○○がちらりと、阿求の方を見やる。相変わらずの様子である、機嫌が悪そうで何よりだ。
しかしなぜ機嫌が悪いのかは何となく分かった、阿求が○○の方へしなだれかかるからだ。
(だーれが。こんな状態のこいつを、取るかって話ですよ。おまけに稗田家の権力全部使って苛烈に守りやがるのに……)
早苗はひくつく口角を必死に抑えつつも。
(美人の射命丸さんを呼びつけたのはあくまでも調査のためだと、信じられないのですかね)
ここに
さとり妖怪がいない事を、感謝しなければならぬような事を考えていた。
「気になる文章とは?我々はさとり妖怪では無いので、ハッキリ言って下さらないと……」
まだまだ言い足りないぐらいの早苗であるが、自分の機嫌の悪さは自覚しているので、あまり喋らない事にした。
代わりに稗田○○に喋らせる。
「ある人物の肩を随分持っているなと」
稗田○○としても、既に聞きたい事は彼の中で整理されていたのは、幸いな事であった。
射命丸の新聞の、ある一部分が赤いインクで強調されるように線を引かれていた。
「何故とか、誰がと言う部分は言えませんが。私は探偵の依頼として、この赤線が惹かれた人物を調査しています。
それだけで射命丸さんから聞き取れるとは思っていません、しかしながら射命丸さんの新聞は扇情的な部分が多い。あるいは醜聞に飛びつくようなかたちなのに」
○○は言葉を区切り、真っ直ぐ座っているがはっきりと言ってまだ酒臭い諏訪子に、新聞を手渡した。
「あ、ああ」しかも目を開けながら寝ていたのではないか?この反応の遅さは。
「赤線を引いた前後を読んでください」
「…………なんか英雄譚じみてるね。射命丸の新聞っぽくない、ずっと誰かを褒めているね」
射命丸が喉の奥からキュウと言う音を漏らしているのが、早苗にはわかってしまった。
「射命丸さん、お頼みした物は手に入れれましたか?」
「しゃ、写真だけですが。現物は、歩荷達の管理物なので中々……」
「十分です」
射命丸が懐に入れていた封筒、そこに何枚かの写真が入っているのだろうけれども。
○○が受け取ろうとすると、稗田阿求が割って入り。射命丸からひったくるようにして奪い、それから○○に阿求の手で渡していた。
こんな面倒な事をしないと、安心できないようだ。
稗田○○はやや思考を回して、射命丸に何か言おうかと迷ったが。
「どうも、助かります」
この言葉のみで終えた。その方が良いだろう、稗田阿求がこの様子では。
「ふむ…………悪い予想ほど当たる」
○○は何枚かの写真を、皆にも見せてくれた。
だが早苗はチラリとしか見ずに。
「千切れたロープの写真ですね。これに何の意味が?」
○○に早く話を進めろと圧力を加える。稗田阿求の方は見なかった。
「千切『られた』ロープの写真です」
○○は千切れたロープの写真に対して、これは人為的な物だとの補足を加えたら。
射命丸の頭が前に倒れて行った。
「脅されているんです!!雲居一輪と物部布都に!おまけに物部布都は、星熊勇儀と仲良くなってしまって!!断れないんですよ!!
おまけに歩荷が事故を起こす事を、あいつ等私に伝えて、私を事後従犯に仕立てもしたんです!!」
そして射命丸は土下座の体勢を作り、自分の苦境を訴えて。許しを請い始めた。
○○はこめかみを抑えながら。
「だろうなとは思ったが、鬼の登壇までは予想していなかったな」
また一段深くなったこの事件に対して、重々しくつぶやくしか今は出来なかった。
感想
最終更新:2020年03月31日 22:42