「鬼は、いや……星熊勇儀ならば自分の強さとそれを振るった際の余波は自覚している。となればやはり、雲居と物部か」
射命丸が脅されており、歩荷たちの事故はやはり作為があり。無論のこと犯人は雲居一輪と物部布都。
互いが互いを恋敵だと理解して、認めるには程遠い敵対関係だと言うのに。意中の男に利益があれば変なところで共闘。
しかも物部布都が最近、鬼と急接近を果たしていると言う新情報も与えられてしまい。
この会談にて射命丸を呼びつけた成果と言うのは、なるほど確かに存在していた。調査するならば、知らないままでいるよりも知っていた方が良い。
だが一気に与えられてしまえば、望んでいた未知の情報とは言え頭がくらくらとしてしまう。
○○はさすがに意識を飛ばしこそはしなかったが、その代わりに眉間やおでこに深いしわを刻みながら、今すぐに対応を考える羽目となった。

上白沢の旦那は稗田阿求の方を確認してみたが……やはり確認しない方が良かったなと言う感覚に襲われた。
なんともまぁ、楽しそうな顔をしていたのであった。
さすがに夫である稗田○○が真横にいる手前、事態の急速な悪化の可能性も理解できているから演じているが。
急速に深刻な表情を作ってぶつぶつと、現在の状況とそれに伴う対応を頭の中で整理している○○の背中を。
甲斐甲斐しくさすってやったりしているが、結局は稗田阿求の愉悦とは、この夫が辣腕を、ともすれば強権をふるう事にあるのだ。
しかし悲しい事に、○○だって強権をふるう事に対して、拒否感こそあるが仕方ない場合もある程度には考えているし。
愚かしくも稗田○○の個人財産からの横領を、幾度にもわたり実行した下下手人は。○○の『持たされた』連発銃の餌食となったが。
○○だって理解している。それだけの強権を許されたのは、強権をふるう道具として手に持っていた連発銃も。
結局は稗田阿求からのおこぼれだという事ぐらい。
だから今回だって、もしかしたら。
最終的には雲居一輪と物部布都の両方を呼びつけて。○○の考えた協定案を、無理やり飲み込ませることになるやもしれない。
残念なことに実はそれが結構、ありかなと思える位の結末なのだが。それは置いておく。
上白沢の旦那が思っている事の肝は、そんな事になっても恐らくはまぁまぁ何とかなる。
しかしその何とかなる原因は、○○の人徳なんぞ一切関係が無い。稗田阿求の、九代目としての力が漏れているだけだ。
それが分かっているから、○○は強権を振るう事を嫌がる傾向にある。しかし、稗田阿求は、その事を理解しているのだろうか。
していないはずは無いと思いたいのだが……していてこれなら救いようは無いのだけれども。
ふっと、多分ここでは一番冷静そうな東風谷早苗の方を見たら。
確かに稗田阿求の方を見ていた。上白沢の旦那は、彼女の苛立ちを見れて少し安心した。

「よし……ひとまず、洩矢諏訪子さん。頼みがあります」
「……ああ。聞くよ」
早苗は、この諏訪子の重々しさは。二日酔いによるものなのかどうか、判断が付きかねた。
「遊郭街に、星熊勇儀さんが遊ばれている事実は?」
「知ってるよ……昨日も鬼としこたま飲んでしまって、ぐでんぐでんだったんだ」
「ぐでんぐでんの所、誠に申し訳ありませんが……星熊勇儀さんと接触して。それとなく物部さんの話を仕入れてくださりませんか?」
「行ってくるよ」
返答もそこそこにそう言って諏訪子は、おもむろに立ち上がって部屋を後にした。
「ご足労おかけいたします」
○○はそう、丁重に謝意を含めて詫びたが。早苗から見れば、そんな丁重な姿は必要なかった。
体調不良はただの二日酔いだし、すぐに席を立って遊郭街へ赴いたのは。
良い顔をしない早苗から逃げて、向こうで寝ればゆっくりできるぐらいには考えているだろうから。

「よし……星熊勇儀に関しては、現状これ以上の接触は持たない方が良い。鬼は中々神経質な種族だからな」
懸案が一つ、片付いたわけでは無いが対処を見つけて。○○も少しは思考のまとまりが回復してきたようだ。
「次は……射命丸さん」
「は、はい!」
洩矢諏訪子の時は、目を開いて相手の方を見ていたが。射命丸が相手になると。
考え事をしながら――と言う体だと上白沢の旦那は見抜いていたが。目をつむりながら、射命丸とは全く違う方向に顔をやっていて。
これならば不意に目が明いても、射命丸の姿は見えないはずだ。
そこまで気を使うか、稗田阿求に。

「雲居さんと物部さんは、また来られますか?」
「え、ええ……」
○○が顔をひっきりなしに動かすものだから射命丸は、少し気圧されて。付き添ってくれている東風谷早苗に目をやったが。
「考え事に夢中なんですよ。気にせずに答えて大丈夫……ですよね?」
東風谷早苗は、大丈夫だとは思いながらも稗田阿求に確認を求めた。早苗は稗田阿求の事をよくは思っていないが、しかし警戒すべき相手ではある。
「ええ、もちろん。思考の邪魔さえしなければ。むしろ質問に答えない方が思考の邪魔です」
言い方が悪い!上白沢の旦那の脳裏にはこの言葉が浮かんだが。稗田阿求を相手にすることの不毛さは理解している。
大体、人里に住んでいる以上。稗田阿求の機嫌はそこねられない。
そう言う意味では東風谷早苗の方が、この言葉を言える余裕があるのだけれども。
彼女は彼女で、稗田阿求とサシで本気の相手をする気が無い。特に稗田○○が絡んでいる以上は。

「えっと……来ます。昼を過ぎたら、1時ごろに来ると」
しかし喋れと言われたのならば、射命丸には黙ると言う選択肢は無い。
「両方ともですか?」
「はい、両方とも」
「二人が何を話したか、会話を終えたらすぐに……ああ、いや。また射命丸さんに何か頼むかも」
雲居一輪と物部布都の目当てが射命丸である以上、なるほど確かに横道に逸れさせるのは二人が気づく原因を与えかねない。
「ネズミ……いや、即応性に欠ける。人里ならともかく。そうは言っても借り物だ」
ネズミも、妖怪の山と人里を往復させるのは。借りものである以上、余り酷使もしたくなかった。
しかも射命丸の自宅兼作業場は、中々に深い場所だと言うのは分かっている。
飛べるならともかく。
「……東風谷さん」
そう、東風谷早苗ならば飛べるから。情報の伝達にある程度の速度を持たせられる。なのでおずおずと、○○は声をかけたが。
すぐに、横には阿求がいる事を思い出して。別の意味で申し訳なさそうな表情を作った。
この状況で断れるはずがないのだ。なのに、東風谷早苗に頼みごとをする雰囲気を見せてしまった。
これなら射命丸に、横道にそれて稗田邸に情報を持ってきてくれるように頼んだ方が良かったのでは?
そうは思ったが、もう遅い。

「分かりました、分かりました。雲居一輪と物部布都の会話内容を記録して、持っていきますよ」
しかし早苗は、○○の苦境は理解しているので。稗田阿求に対する呆れの感情はあるが、○○からのお願いを無下にするほど非情では無い。
その優しさが○○の身に染みて、彼は大きく頭を下げたが。
どうにも稗田阿求は、それが面白くないようだ。なるほど確かに、東風谷早苗も射命丸文と負けず劣らず美人だ。
嫉妬深いのもここまで来れば、橋姫こと、嫉妬の権化である水橋パルスィといい勝負が出来そうだ。

だが、このままでは○○が可哀想だと言う感情が勝り。
「いくらくれます?」
少しばかり実際的過ぎて、嫌らしい話……金の話を持ち出して、中和してやろうと考えた。
稗田阿求の顔が、少しほころんだ。東風谷早苗との間に、妙な信頼関係や絆(きずな)が出来る気配が消えたと思ったのだろう。
クソが!早苗は人差し指を立てているけれども、心の中で中指を立てていた。

「そうですね。洩矢諏訪子さんにも頼みましたし、射命丸さんにも何も無しと言う訳にはいかない」
そう言って○○は三本指を立てた。(明治時代の1円は、現在の1万5千円前後)
「三円ですか……まぁ、仕事の難易度が低いですからね。立聞くだけですし。文さんも、稗田から仕事貰って実入りがあるから、丁度良いのかな?」
そういえば射命丸文は、遊郭の動向を毎週文書にまとめさせて、届けさせていたのを思い出した。
いつだったか射命丸から、割の良い仕事だが稗田には余り関わりたくない。とぼやいていたのを聞いた。

立ち聞きを喋るだけで1円もらえるなら、確かに割が良いと思ったが。稗田阿求がまたぞろ、余計な事を口走った。
「あなた、折角ですし三十円渡しましょうよ」
この言葉を聞いて、早苗は口に含んだ緑茶が喉を通らなかった。三等分しても、十円もらえるのだから。
ただの告げ口にである。
横では射命丸が、平身低頭で頭を下げている。だが脂汗のような物を垂らしているのは見て取れた。
相場が滅茶苦茶すぎて恐怖すらしているのだろう。
上白沢の旦那は口をあんぐり開けて、驚愕していたが。慧音は苦笑、どうやら稗田の金銭感覚に慣れているようだ。
だが早苗の感じた一番の恐怖と言うか、嘆きは。
「そうだね。それじゃあ、三十円お渡ししますので。等分して洩矢諏訪子さんにも十円をお渡しお願いいたします」
稗田阿求に全く物を言わない稗田○○であった。
三十円は、幻想郷では大金のはずなのに。
もしかしたらもう既に、○○が外にいたころの感覚は。金銭感覚も含めて。
順調に破壊されているのかもしれなかった、稗田阿求の手によって





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最終更新:2020年03月31日 22:44