タグ一覧: お空 こいし さとり


 闇より深い闇

 人工的な光は専らが提灯、稗田の様に進んだお大尽で精々がランプ。外界のような電気の蛍光灯などは望むべくも無い。
そんな幻想郷では夜の世界に活動する者はごく少数である。どうしても夜に行動しないといけないような、切羽詰まった人物。
そうした奴らが村の外に出てきた時に、彼らを待ち構えて喰らう妖怪。そしてお日様の下を歩けない、後ろ暗い素性の者。
 夜の帳を目隠しにして朽ちかけた荒ら屋に集っていたのは、最後の類いの連中であった。むさ苦しい男ばかり、十人程の集まりは
息を潜めて屋敷に潜伏していた。元は大きな家であったのだから、きっとそこに住んでいた家族はさぞかし裕福であったのだろう。
埃を被った机、穴が空いた障子、何かに破られた上半分の掛け軸。僅かに残る調度品が、過去の住人の品の良さを微かに伝えていた。
それを思うと今ここに居る者にとっては皮肉とすら言える。荒くれ者に相応しい頭領の男が辺りを見回すと、だらけていた空気が
すぐに静まっていった。男の顔に刻まれた刀傷が蝋燭の光に照らされて、凄みのある顔を作り出している。蛇の道は蛇と世間では言うが、
悪に塗れた人生であってもその道数十年以上となれば、いっぱしの何かは付いてくるのであろうか。ふとした瞬間に感じるような、
胸騒ぎを男は覚えた。
 これを只の勘と侮って軽く扱うような者であれば、男は今まで生きてはいないであろう。官警の手入れがあった時、山の獣に
襲われる直前、ほんの直ぐの距離を妖怪が通っていき、兄貴分がいなくなった出来事。いずれの時も、これに似た嫌な予感がした。
水飴のように粘り着くような、息が詰まる視線を感じる。心臓が見透かされてその奥にある魂が狙われる感覚。この独特の気分はやたらめったら
と味わうものではない。人生の修羅場、命を賭けるという表現に相応しい出来事が起こる時だけに、味わってきた感覚であった。
「おい…」
「ちょっと時間が掛かり過ぎかもしれやせんね…。おい、ちょっと下りてアイツを見てこい!」
自分の側に控えていた子分に声をかける男。相手もわきまえたもので、すぐに望んでいた返事が返ってきた。親分の考えている事が
解らずに、頓珍漢な言葉を喋る間抜けは、既に居なくなっていた。-そいつが望むと望まざるとに関わらず-だが。
「分かりやした!」
威勢の良い掛け声と共に、一番の若手が飛び出していった。たしかアイツは数ヶ月前に入ってきたか。度胸があり気も利く。
中々にどうして見所のある若造であるが、如何せん大勝負に使うにはこれまでの実績が足りなさ過ぎた。すぐ上の先輩に大役を取られた
時に見せた顔は、表向きは神妙にしてはいたものの、内心では忸怩たる焦りが渦巻いているのを男は感じ取っていた。
将来が楽しみな奴だ。そう男に感じさせる手下だった。男はふと、自分が感傷に浸っていた事に気が付いた。悪党の癖に白々しい。
心の内で男は反射的に毒づいていた。

 ガラガラと車を引くような音がした。家の前に薄い月の明かりに照らされた影が差し、一番近くにいた者が戸を開けようと近寄った。
相当重い車のようで、台車にはこんもりと積み上げられている。思わぬ大勝利に荒くれ者どもの空気が緩んだ。
「ちょっと待ってろよ。」
駆け寄った者が戸を開けながら呟く。そこまで来た金に引き寄せられて、下品なまでに頬が緩んでいた。
「……へ?」
扉の先には、猫車が一台止まっていた。女が一人で大きな車を押しているだけで、迎えにいった男の姿は無い。思わぬ光景に一瞬思考が止まるが、
すぐに目の前の女を見て、手下達の表情がにやけた。女から匂い立つ香りに欲に塗れた感情が刺激される。その表情を貼り付けたまま、
駆け寄った者はいつの間にか自分が、地面と冷たい鉄の輪っかに挟まれていることに気が付いた。声を出す迄も無く、体を、顔を、
そして頭の中身を強引に潰されていく部下。グルリと屋敷の中を見回した女が、車に積まれていた何かを取り出して男の方に投げつけてくる。
側にいた腹心の部下の頭が、数時間前に送り出した筈の首だけになった手下と衝突し、スローモーションで砕けていく姿がはっきりと見えた。
女が次の首を取り出す。風も吹いていないのに蝋燭の光が消え、屋敷の中に届くのは月明かりだけになっていたが、先程の若者のモノに違いないと
男は確信していた。
 想定外の事であったが、男は近くに置いていた人質を腕一本で手元に引き寄せた。相手に首筋を見せつけるように目隠しを掴んで顔を引き上げ、
白刃の刃物を喉に突きつける。効果があったのか女の動きが止まった。部下の誰かのモノだった手首を掴みながら、投擲する直前で女がピタリと
静止している。間一髪で消えかけた自分の命を繋いでいことに男は気が付いた。そしてにらみ合う二人。身動きが取れない中で、数秒の時が流れた。
「もしもし、私、メリーさん。」
不意に男の後ろから声がした。修羅場に不釣り合いな少女の声。素っ頓狂に明るくて、そしてどことなく虚ろな声。誰もいない筈の空間から、
包丁が生えてきて、男の手の平を赤い絵の具を撒き散らして汚した。痛みで持っていた刃物を落とす男。体制を崩したために、
反射的に受け身を取ろうとした左手が、生きているように動く包丁で床に固定された。
「良くやったわ、こいし。」
いつの間にか目の前に少女がいた。無表情でこちらを見ている彼女。少女から生えている目玉が、強く男を睨み付けていた。大事に人質を抱える彼女。
先程までの凍えるような表情とは異なり、大切な者を慈しむようですらあった。粗方屋敷にいた者を始末し終えたのだろうか。
猫車を押していた女に引きずられるようにして、男は外に連れ出されていた。屋敷の外で数人の部下が苦しんでいた。脚だけを鉄砲で撃たれたのだろうか、
腕だけの力で、必死にこの惨劇の場から逃れようとしていた。人質を抱える少女が指図をするように何度か指を振る。苦しんでいる部下の頭が、
熟した実が木から落ちるように弾けていった。
 空中から羽の生えた少女が下りてきた。暗い夜目には少女に埋め込まれた赤い宝石が光っているように見えた。手に持った筒に光を集める少女。
目を開けていられない眩い光と共に轟音がする。しばらくして男が目を開けると、家があった場所には何も残されていなかった。
「さて、一体どうしましょうか。」
目の前にいる少女が言う。獲物をいたぶる獅子の如く。
「○○さんにこれだけのことをしたんですから、それ相応の対価は払って貰わないといけませんよね。」
人外の力を男に見せつけるようにして。
「地獄からも見捨てられた地底の奥の奥。そこで歓迎しますよ。」
闇よりも深い闇が歌った。
「死ねると思うなよ。」






感想

名前:
コメント:




+ タグ編集
  • タグ:
  • さとり
  • お空
  • こいし
最終更新:2020年05月18日 22:37