一輪/25スレ/585-587




稗田がもはや私利私欲で動く事に、何の罪悪感もないどころか。許されるとすら考えているかもしれないし、そしてそれは概ね当たっているだろう。
自分たち上白沢夫妻の城である寺子屋ですら、と慧音が言ったのならば。○○自体に悪意等は存在しなくとも、愛が暴走している稗田阿求が、恐ろしい程に問題のある存在となる。
○○にはやや申し訳なさが先立ってしまうし、彼がいくら稗田阿求にはうんざりするほどに甘いとはいえ。
何かを覗き見たりするようなコソ泥のマネはしないと信じている。しかし彼は寺子屋に入れない方が何事かを心配せずに済む。
稗田阿求が○○の周りに、何を用意しているか分からない。少なくとも寺子屋からは遠ざけたい。
そう思った上白沢の旦那は、急いで庭に出ていき○○を出迎える事にした。

「ああ……久しぶり。いや、たった三日しか経っていないが」
上白沢の旦那と相対した○○はもごもごと、言葉を出しにくそうにしていた。しかし上白沢の旦那は○○に対しては、何の嫌悪感や危機感は持っていなかった。問題は○○の周り、巡り巡ってたどり着く稗田阿求だ。

「○○、お前には何の悪意も敵意もない」
出来る限り穏やかな口調を作りながらも、上白沢の旦那は最大の懸案である稗田阿求、および彼女の持つ権力によって作られる状況を警戒していた。
案の定、正門には二名の屈強そうな男がいた。庭仕事をしているような、野外作業ゆえの鍛えられ方とは明らかに違った。
何となく、今まで見た護衛兼監視よりも強そうな気配を感じる。
もしそうだとすれば、稗田阿求は露骨になってきたと言う事か?
それに稗田阿求が配置する護衛兼監視役の屈強な人間が、あの見えている経った二名で済むとも思えない。
今日は、きっと○○が気にしたからであろう、人力車を使わずに来ているが。となればそのぶん、人力車の管理に使う人出が減るとしか思えなかった。
つまりこちらへの監視の目は、普段よりも強くなると考えていいはずだ。増してやあんなことがあってまだ三日しか経っていないのだから。稗田阿求が、利用しないはずはないし忘れるはずがない。特に忘れるはずがないと言う部分は、何百回繰り返しても良い。

「喫茶店にでも行こう。立ち話もなんだろうから」
どちらにせよ寺子屋の敷地内で立ち話ばかりをするのは、やや不格好である以上に不自然である。稗田阿求に知られたら危険だ。
だから場所を変えなければならない、ジッとしていても大丈夫な場所、喫茶店ならばよく行くので非常に自然な行為だし、絵面でもある。
「……そうだな」
上白沢の旦那はやや急いで、喫茶店へ向かう事を○○に提案した。それを断るような理由は無いので、○○は首を縦に振るが。
やや急いで提案したのが、やはり、○○の中で引っ掛かりを見つけてしまったのだろう。少し悲しそうな表情を浮かべた。
けれどもそんな表情を上白沢の旦那以外に見られる方が不味いとは、すぐに思い至ったのだろう。
○○は帽子を取り出してそれを目深にかぶった、これならば少しは真面目に今の依頼を考えている風に見えるだろう。


「阿求が何をしたか、聞いたか?」
少し歩いてから、当然口を開く前に○○は辺りを用心深く確認していた。何もいないとは思わないが、大丈夫な配置と言う事だろう。
「信じるからな?」
しかし警戒心はたとえ○○の前でも、完全には抜けない。けれども○○に対する警戒心は無い。
だから上白沢の旦那の口ぶりは信じることが前提の、こいねがう様なものであったのは言うまでもなかった。
どこかすがるような気配も存在していた。
「もちろんだ。俺には何もない、出る前もだいぶ確認したし……阿求にも約束はさせた」
稗田阿求の名前が出たときは、上白沢の旦那の表情にピクリとして、しわが浮き上がったが。
○○の手前、それは抑え込むことにした。
「えむぴ、いや、何だっけ?えむぴー……」
だから代わりに稗田阿求が使っていると言う道具の話に向かったが、慧音ですら初めて聞く名前でたどたどしかった為に、上白沢の旦那はさらにひどかったけれども。
「MP3ボイスレコーダー」
○○はすらすらと、道具の名前を述べた。

586: 権力が遊ぶ時 29話 :2020/07/12(日) 09:30:59 ID:pjsoggK6
さすがだなと言う気持ちはあったが、それよりも重要な問題が今転がっている。
「それは幻想郷で手に入るものなのか?通常の手段で、あるいは河童あたりと仲良くなってたとしても」
「……ほぼ不可能だろう。録音と言う概念は確かに存在するが、MP3ボイスレコーダーほどの技術力があるとは思えない。でも光学迷彩……いや、あれは妖術の類か?」
予想通りの答えだった。河童ですら、作れるかどうかは若干怪しいそうだ。
何か別の事を気にしだしているが、自分たち夫妻にはあまり関係なさそうで、上白沢の旦那は聞き流していた。

「核融合発電が実用化しているのに、と言う考えはあるけれどもな。地底で発電したものをあのケーブルカーで使っているそうだし」
しかし○○がその、上白沢夫妻にとって未知の技術と道具を用いてきた話に向かうと。また突っ込んだ話を始めてきた。
「分からん話をするな」
上白沢の旦那はけんもほろろに対応した。
すこし冷たい気もしたが、稗田阿求の夫と言う立場に座れるだけはあり、また上白沢夫妻の会話を盗み聞きした謎の道具の事も知っている○○は。
上白沢の旦那自身よりもずっと、深い話が出来るけれども。上白沢の旦那にそこまでの知識は与えられていない。
だからこの話は、続けようと言う気が起きなかった。

「……ああ、そうだな。実際的な話をしよう」
幸いにもすぐに○○は、このよくわからない、おそらくは幻想郷の根幹に関わってしまう一部の者にしか理解できない話を、すぐにやめてくれたが。
○○からすればもしかしたら、上白沢の旦那が生返事をしたままでも良いから、この話を続けていた方が良かったかもしれなかった。
実際的な話に移ると言う事は、もちろんナズーリンさんの依頼の事について。慧音が稗田邸で暴れた事を隠せない以上、どうにかする必要がある。

その話は、絶対にするだろう。と言うよりはする必要がある、この依頼をどのような形であれ決着を迎えさせることは重要だとの認識は、○○と同じく持っている。
けれども上白沢の旦那にとっては、もっと重要な事柄がある。それにそのもっと重要な事柄は、この依頼よりもずっと長引くと断言出来た。
それ以上に稗田○○の心労の種にもなりえた、稗田夫妻の、稗田阿求の悪意と毒性に関する話だから。
しかし、言わねばならなかった。放置すれば上白沢夫妻がこの悪意と毒性に対して、真っ先にやられてしまう。

「実際的な話をするのは全くもって構わない。けれども、その、実際的な話と言うのは。どっちの事を言っているんだ?」
やや意地悪な言葉を使って、○○に質問をくわえてみた。
○○も実際的な話が依頼以外にも存在している事は、稗田阿求のやっている事を知っている以上、上白沢夫妻に脅しをかけているのと全く同じである以上。
これを把握することはもはや義務とも言えた。そして幸いにも○○はその義務の存在を、理解して把握に努めてくれていると言うのは。
上白沢の旦那から意地悪な質問をぶつけられた瞬間に、○○が目を閉じて唇を噛み締めたのを見れば、確認は出来たも同然であった。
「…………歩きながらと言うのも、不格好だろう。その話は喫茶店についてからで」
かなりの間が存在してから、○○は声を出してくれたが。ただの時間稼ぎだった。
しかし逃げる気配は存在していないし、○○が悔やむ様な、あるいは自らを責めるような感情でいるのは間違いない。
……そしてこんな状態の○○を、これ以上追い詰めたくないと言うのも。上白沢の旦那としても、その感情に嘘偽りはない。
「話せる範囲で良い」
上白沢の旦那は、少しばかり追及の手を緩めた。甘いと思われても構わなかった、けれども○○には優しくしておきたい。
「うん、ありがとう」
○○は素直に礼を述べたが、この優しさこそが○○にとっては申し訳ない物であった。

行きつけの喫茶店の、最もこちらの動きを悟られにくい一番奥の席に着席したとき、○○がやや申し訳なさそうな言葉を出した。
「一番よく使う場所だから、もしかしたら警戒心を呼び起こすかもしれないが……」
上白沢の旦那は辺りを少し見まわしたら、近い席には客が誰もいなかった。確かさっき、一人いたはずなのだが、もういなくなっている。
あれも、もしかしたら稗田家の人間かもしれなかった。○○が座る席を取っておくと言うよりも、もっと重要な守るぐらいの気持ちだったかもしれなかった。
「気づいてるよ、あの席に一人いたね。コーヒーを一気に飲み干して、出て行った」
○○も上白沢の旦那の目線には気づいていたが、コーヒーを一気飲みしたことは知らなかった。なんだかんだ言っても、○○は目端が利くようだ。
「なるほど、じゃあほぼ確定だな」
案の定と言うべきか、それとも稗田阿求が自分の気配を分からせるためか。まだ○○が何も言っていないのに、温かいコーヒーと焼き菓子が二人分出てきた。
「悪いが合わせてくれ」
上白沢の旦那はいつも、熱いものがあまり得意ではないのでアイスコーヒーを飲んでいるのだが。今日は何も聞かれることなく、温かいコーヒーが出てきたことを、○○も少し以上には気にかけていた。
「全く無理と言うわけではない」
そう言って、○○には気にするなと言って、そしてもっと安心してもらう為にホットコーヒーを口にしようとしたが。
いきなり全部平気になんて、なるはずはない。口をつけようとしたが、唇に触れる前に湯気からの感触でかなり熱い事を理解してしまい、結局上白沢の旦那は口をつけようとして、途中であきらめたように机に置いてしまった。
○○が少し申し訳なさそうに唸った。
「気になるなら、店を変える」
「いや、ここで良い。店を変えたと稗田阿求に知られる方が不味い」
「……その通りだな」
○○はますます落ち込むような表情を見せた。そろそろ話題を変えなければならない。
「ナズーリンさんからの依頼はどうなる?」
焼き菓子を一枚、口に入れながら、上白沢の旦那は直近の課題を話そうと○○に求めた。
と言うよりは、求めてあげたと言うべきだろう。○○だってそれぐらいの事は、察知する事が出来る。
いつもなら○○は、依頼に対して動く事こそが最上の娯楽とでも言わんばかりに笑顔を隠し切れないぐらいであったが。
この日の○○は、上白沢の旦那が一番の厄介な話を避けてくれたことを感謝しつつもと言った表情をしていたが。
その一番の厄介について――稗田阿求の悪意――を話したとしても、この場では解決できない。だったら依頼の話をするしかないだろう。

「ナズーリンさんと蘇我屠自子さんの二人とも少し相談したんだが……その、あの騒動に対する、仕方ないと本気で思わせるためには……」
やや○○が言葉を言いにくそうにしていたが、騒動と言われたならば一つしか思い当たる物は無い。
「慧音が暴れたことならば、気にする必要はない。稗田阿求にあそこまで言われて、何もしないわけにはいかない。続けて欲しい」
○○は何度か首をコクコクと振った。謝罪の意思を感じるには、十分な殊勝さを持った表情とともに。
「騒動には騒動をぶつけるしかない。増してや、上白沢女史が暴れたことを仕方ないと思わせるにはね……雲居一輪と物部布都には乱闘してもらう」
上白沢の旦那は乱闘と聞いて、やや鼻で笑った。
「となれば、放っておくだけでよさそうだな。あの二人は戦友と呼ぶには程遠いから、勝手に何かやってくれるだろう」
上白沢の旦那からのこの指摘には、○○も皮肉気な笑みを浮かべてくれた。純粋な笑みではないが、さっきよりは気力が戻ったようで安心した。
「むしろ逆だよ……まさか天下の往来のど真ん中で乱闘してもらうわけにはいかない。放っておけばすぐに衝突するからこそ、こちらから上手く干渉して、迷惑にならない程度の場所と大きさに調整しないと」
○○からの指摘はもっともであり、また公衆の利益にも適ったものであるから、思わず上白沢の旦那は笑ってしまった。

「算段はどれぐらい付いているんだ?」
上白沢の旦那がこう聞いたときには、かなり○○の様子は回復していた。上白沢の旦那も嬉しくなってくる、こぼれる笑顔から皮肉気なものは無かった。
その純な笑顔に、○○も影響されて気分が上向いてくれた。
「うんまぁ、諏訪子さんに頼めばちょっとした監視は相手が星熊勇儀でも物部布都でも、何も問題はない。雲居一輪に関しては、聖白蓮がほぼ付きっきりだ。動向は全部入ってくる……状況的に、物部布都を命蓮寺に突っ込ませる事になりそうだ」
上白沢の旦那は更に笑うしかなかった。
「同情するしかないな、聖白蓮には」
この時には熱いぐらいだったコーヒーも、温かい程度にまで落ち着いてくれた。
これぐらいの熱さであればもう耐えられる程度であったので、いつも通りの量を口に含む事が出来た。
それを見ていた○○の肩の力が、確かに小さくなったのが上白沢の旦那の目には確認できた。
やはりかなり気にしてくれていたようだ。
それを理解できるだけでも、稗田阿求と○○を夫妻などと言って同一視せずに、別の存在として理解できる。

やはりまだ、自分と○○は友人の関係でいる事が出来る。何よりもそうあり続けたい。
「今日はありがとう」
だから素直に、上白沢の旦那は○○に対してお礼の言葉を言った。
案の定○○は、上白沢の旦那が悪い感情を抱いていないのは分かっても、礼を言われる何てことは無いと考えているらしく、少し虚をつかれたような表情をした。
「俺は何も……コーヒーを飲みながら、勝手にしゃべっているだけだ」
「だとしてもだ。お前は俺たち夫妻の状況をずっと気にしてくれている。そう……」
稗田阿求の名前を出そうと思ったが、寸での所で上白沢の旦那は辺りを、目線を動かすだけだが確認しておいたが。
やはりそうしてよかった。
こちらに顔こそは向けていないが、それっぽいのがいくつか見えた。あのガタイの良さは、やはり人里では目立つ。
と言うよりは、稗田阿求の性格を考えればわざと目立たせていると考えられる。
それに、稗田阿求の名前をわざとらしく使って、悪趣味な冗談にするのは。慧音から止めてくれとも頼まれている。
「○○、お前は明らかに違う。俺たちの状況に対して、気をもむ事が出来ている」
だからこの程度の言葉で、ごまかしておくことにしたが。
この言葉の裏に稗田阿求がいる事は、気をもんでいるからこそ○○は理解できていた。
「何、俺は阿求とはずっといる……そう、ずっといるから大丈夫だ。多分俺だけだ、阿求の事で色々言えるのは。だから、任せてくれ」
「大丈夫だ、分かってるし。信じ続けれる」
稗田阿求は○○と上白沢の旦那で、この店を使っている事は完全に把握しているだろう。
けれども、会話の内容は記録していない。そう信じるには十分だった。
しかし、○○が稗田阿求の事を愛してしまっているのは、ちゃんと考慮して尊重すべきだったので。
間を作ってごまかすために、飲み頃の温度のコーヒーを上白沢の旦那は口に含んだ。

続く






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最終更新:2020年09月20日 19:38