署名




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 ふと、彼女が言った言葉が気になった。
「まあ酷い。他の女に行ってしまうなんて。これじゃあ浮気じゃない。」
天狗のゴジップ新聞を読む最中の出来事。普段ならば何気ない言葉。すんなりと無味無臭の如く、普段ならば水の様に流していくその言葉は、
何故だか僕の心に引っ掛かった。水の如しと言われる日本酒を飲むように、その声が脳に響きドクリと血流をこめかみに流し込んでいく。
アルコールが入ったかのように大胆になっていた僕は、彼女に向かってこう言った。普段ならば絶対に言わないような言葉を。
「そんなに取られたくないのならば、名前を書いておけばいいじゃないか。」
瞬間、沈黙が部屋を覆った。しくじったような感覚が僕を襲う。冗談ではない-なにせウイットを名乗れる程の真剣さはないのだから。
さりとて真剣でもない-冗長さに富んでいないのだから。
 禅問答のように矛盾した空間に耐えられなくなった僕は、次々と言葉を連ねていく。失敗を重ねた人物が
失地挽回を果たそうとするかのように。
「大体自分の物だって言っていないのに、浮気なんて言う方がおかしいんだよ。そんなに離したくなければ、自分の物にしてしまえば
いいんだから。」
再び流れる沈黙。汚名を返上しようとして、返ってより泥沼に嵌まっている気がする。これでは汚名返上ではなく挽回している雰囲気すらある。
下手なテストの回答を笑うことすらできない。
「・・・・・そう。」
本を置き彼女が腰を上げた。一歩足を踏み出す。何気ない一歩である筈なのに、何故だか彼女から見たこともない気迫が漂っている気がした。
静かな図書館の中に彼女の足音が響く。薄いヒールが高い音を規則正しく刻んでいくのは、僕の不吉な予感を高めていった。
 距離を置こう、普段とは違う彼女を見てそう考えた僕であったが、座っている椅子から立とうとしても足が動かない。
一歩たりとも動かないことに気が付くと、途端に焦りが噴出してくる。いくら腕で体を動かそうとしても、強力な接着剤で貼り付けられたかの
ように、腰が椅子に張り付いたままである。みっともなくあがこうとするが、それでも体は動いてくれない。僅か十歩にも満たない距離で
あったが、恐ろしい恐怖を感じさせる時間が過ぎ、彼女が僕の目の前に立った。図書館の主としての姿は普段と同じである筈なのに、
それでも僕にはいつもの無気力すら漂わせる彼女と、とても同一人物とは思えなかった。
 彼女が腕を伸ばす。手の平から僕が見た事すらない文字が光と共に浮かび、複雑な紋章と共に浮かんで消えていく。そう、
僕の体に吸い込まれるようにして消えていった。痛みも感覚もなくただ光が周りを取り囲み浮かんでは消えていく。数十秒だろうか?
時間が経ったあと、そこには普段の彼女が居た。いつものように無気力さを醸し出すように、髪がナイトキャップから零れる。
何が起こったのだろうか。僕は彼女に問いただすことができなかった。







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最終更新:2020年09月20日 20:56