日記
ああ、君はどうしてこれ程までに私を悩ませるのだろうか。どうして私の側にいないのであろうか。君が私の近くに
いてくれるだけで、私の心は揺れ動き君の一挙手一投足から目が離せなくなってしまう。君は只の一兵卒であり、
私とは厚い壁で阻まれているのに、だけれども私はそれすらどうでもいいのだ。君がいくら頑張って功績を挙げた
としても、それは精々が将来の幹部候補生の箔付きにしかならないのだが。それでも私は君のことを気に掛けて
しまうばかりだ。君が危険な任務にいかないように、わざと後方勤務に回しているのが分からないのだろうか。
それも仕方の無いことなのかもしれない…。君はあの軽薄で野蛮な部隊の連中に乗せられて、地獄との前線で押し寄せる
純化された妖精どもを打ち破ることを夢見ているようだが、とんでもない!あんな物、いくら殺しても復活する
奴らの相手なんて、所詮は永遠に続く無駄なことに過ぎないのだから!司令部が仇敵をあしらっているだけのことに
月の都に攻め込まれないようにだけ気をつけて、後は適当に時間を稼いでいることにどうして君は気づいてくれないんだ!!
確かに月のプロパガンダは良く出来ている。それは私も認めよう。なにせあれを作ったのは、あの天才の御方の元生徒
だからな…。あの御方には遙かに及ばすとも、この月の中では大変に優秀なものだ。それに君が乗せられてしまう
のも無理ではないだろう。だが…だけれども、君が傷つくこととはそれは別問題だ。いくら皆が熱狂していようとも、
君はあの目を持っているだろう?私にだけ、ふと見せてくれる、あの愁いを帯びた目。私だけが君のあの素顔を知って
いるんだから。他の誰にも見せていないだろうな。きっと他の雌が君に気が付いてしまったら、当然に君を手に入れようと
するだろう。至極普通の結論だ。地球が月の空に浮かぶ程度に当たり前のことだ。安心していい。君に色目を使っていた
あの女は、最近前線送りにしておいたから大丈夫だ。一番損耗が激しい場所に配属しておいたから、きっと一ヶ月も
しないうちに行方不明か名誉の特進になるだろう。だからどうか…どうか私に気が付いてくれないか。
君のことを考えるだけで、私の心が張り裂けそうになる。今までは難なくこなしていた仕事ですら、ややもすれば
仕事にならない程だ。一体どうすれば君の視界に入れるのだろうか。ああ、何も思い付かない!どれ程までも
普段の私が尊敬されていようとも、それは君との間には全く関係のないことなのだから。月の事ならば何でもできる
私が、そう、君のためならば何でも動かせる私が、君のことになれば何もできなくなってしまう。只の小娘のように
狼狽え、あれやこれやと妄想を連ねて空想を重ねて、そして肝心の君の前では何もできなくなっている…。
私は一体どうすればいいのだろうか…
感想
最終更新:2020年10月25日 22:23