路地裏
ふと○○が足を速めた。連れだった少女の手を引き、後ろを気にしながら無言で速度を上げる。腕を持って
いかれながらも、○○についていく少女。いつも無口で冷静な彼女が見せた一瞬驚いたような表情が、
○○にとっては新鮮に思えた。
当てずっぽうに路地に入り最初の角を曲がる。少し前まで歩いていた大通りからは死角になるその場所は、
ビルの壁に囲まれていて人通りが無かった。急な行動を咎めるように彼女が声を出そうとした瞬間、○○は
壁に彼女を押しつけた。
「~~~~!」
そのまま体で口を塞ぐように押さえる○○。普段の彼の物腰穏やかな言動からは考えられない行動だった。
急な動きに戸惑いの表情を見せる彼女。まるで不審者が女性を襲おうとしているように見える状況であったが、
それでも多分に信頼が勝っていたのであろう。大声を上げずに目で訴えかけていた。
「静かに…。」
小さく、しかしはっきりとした声を出す○○。その真剣さの理由が数秒後に明らかになった。
「嘘だろ………。撒いた筈なのに…。」
黒色の人物が近づいて来る。いや、それを人と言ってしまっていいのかには疑問が残る者であった。
なにせそれは、黒い影が人の形を作り上げているのだから。しかしそれは実に人間のように歩いて来ていた。
顔も分からないそいつに、○○は見つめられている気がした。
「……人外の存在に早めに気がつけたのは合格点。そして気が付いた瞬間にすぐに立ち去ろうとしたのも
高得点。だけれども大通りから外れたのはマイナス点。低級な悪霊は大勢の人間が居る場所では生命力に
乱されて形が崩れてしまうから、次からは成るべく人の多い場所へ移動すること。そしてああいう手合いは
獲物のオーラを見て追跡してくるから、視界に入らなくてもそれだけで安心するのは不十分。どちらかと
いえば距離を離すことを優先した方が効果的。」
先程とうって変わり、淀みなく○○に向かって話し出す少女。その場にいる悪霊を無視しているのでは無く、
取るに足らないと、そう彼女の態度は物語っていた。二人に向かって襲い来る黒い影。少女の手から、
数発の光が飛んで行った。
「月符を使うまでもないわ。行きましょう、○○。」
呆気に取られる○○の腕を自分の体に絡め取るようにして、彼女は何事も無かったかのように歩き出した。
感想
最終更新:2021年01月20日 21:51