怨霊にろくな奴はいない。
 そりゃ、そうだよね。
 ……怨霊になる様な奴なんだし。


 少しだけ、寂しかったのかも知れない。
 さとり様という御主人様が居て、お燐という親友が居る。
 けれど、どれ程強い絆で結ばれていたとしても、ずっと傍に居る訳ではないのだから。

 地獄鴉も、鳥の一種って事なのかな――

 群れようとは、思う事もなかったけど。
 それでも、あの神様達から与えられた力を得た私は……
 皆との距離を、大きく拡げてしまっていた様な気がしたのだ。

 熱く煮え滾る程力は漲っている。
 それが、私の心を暖める様に満たす度に、私の心も何処か、
 溶けて落ちていってしまいそうな気が、していた。


 私は何度、こうして考えてみたのだろう。
 忘れやすい私の事だし、もう、十回はこうして悩んだのかもしれない。
 それとも、もっと……

 ああ、でも……

 きっとまた忘れるんだろうな……

 まぁ、いっか……

 私は強いし……

 凄い力だって、あるんだから……


 何時もの様に火の強さの調整していると、近くに見慣れないものを見かけた。
 怨霊だ。

 しかし、何が見慣れないって自分から火の傍へと寄っていっていて、
 自分が痛めつけられる事を、望んでいる風にさえ見えたのだ。

 怨霊ってのは変わった奴が多いけど――

 なんとなく、気になってしまう。

「ねぇ、そこのあなた。そんな事をしたって、焼身自殺なんか出来ないわよ?」
 怨霊の男が振り返り、私を見る。
 が、直ぐに興味を無くした様にして、火へと近付くと其処で胡坐をかくようにして座った。
「むっ……」
 その態度に何となく腹が立った。
「聞いてる!?あんたはもう死んでるんだから、そっちへ行ったって、熱くて苦しくなるだけよ」
 男は反応しない。
「何よ……

 あ、それともそういう趣味だったりして」
「……」
「何とか言ってよー」
 結局、そいつは何一つ言わなかった。


「でね、さとり様ったら寝ぼけたままで、お燐のご飯と自分のご飯間違えちゃってさぁ。
 そこで目が覚めた瞬間、喉に骨が刺さっちゃって椅子に座ったまま後ろに倒れちゃったのよ!」
「……」
「それを見たお燐も慌てたもんだから、テーブルを勢いでひっくり返しちゃって!
 久しぶりにあそこでご飯、食べられると思ってたのに……

 酷いと思わない?!」
「……」
 男は返事も何もしなかったが、ずっと其処に座り続けていた。
 空が喋りかけても、何も答えず、何も言わない。
 が空にとっては、逆に何の話をしたら喋るのかという、暇潰しの様なものになっていた。
「それでね……」
「おい」
 そうしてまた話しかけようとした瞬間、男が、口を開いた。
「あっ」

「喋った!!」

「そんなに俺を啄ばみたいなら、黙ってそうしたらどうだ。
 亡者と違って、食わせてやる肉も骨も、俺には無いが」

「へぇ。思ってたとはまた違う声してるなぁ」
 物珍しいものを見つけた時みたいに、目を輝かせながら男の顔を左へ右へ、慌しく見回す。
「お前、人の話を……」

「あっ、それでね。えーと、何の話をしようとしてたんだっけ」

「……お前、地獄鴉だろう?
 俺に集ろうとしていたんじゃあ、ないのか」

「え?たかるっ、て」

「だから。俺を食べに来たんじゃないのかって、言ってるんだ」

「あんた、肉も骨もないよ?」

「それは、俺がさっき言った……」

「うーん。別に私は、あんたを食べようとして近付いたんじゃないからなぁ」
 首を少し傾げるようにして、空は言う。

「なら、ほっといてくれ。
 一人の方が、静かで良い」
「あー、そうそう、それそれ。だから自殺なら他所でやってよ?
 というかあなた、死ねないのにこんな所で何してるわけ?」
 少し間を置くようにして、男は答えた。
「……判ってるよ、そんな事はな。
 けど俺は、苦しまなくちゃいけないんだ」

「でないと、あいつに……俺は、顔向けできそうに……ないからな」

「……えっと?そ、そうなの」

「……」
「…………」

「今ので、判ったのか?」
「いや全く」

「だろうな」


 この怨霊になった男の話だと、恋人の家が火事に遭っていて。
 それを助けようとしたけども、結局助け出せずに、何とか逃げ出そうとしたものの――
 自分もそれに巻き込まれ、死んでいった。
 こいつが怨霊になったのは、所謂自責の念から、なのだろうか。
 何か、理由としては引っ掛かるような気もするけど……

「判ったろ?なら、放って置いてくれ」

「でも此処って、私の仕事場だし」

「無視しろって言ってるだけだろ」

「それは無理でしょって言ってるのよ」

「むむむむむ」
 互いに唸る様に、お互いを睨む。

「……ぷっ」
 そんな顔が、何処か可笑しいものに思えて。
 二人は、自然と笑っていた。


 ――あれから、暫くたった頃。
 空は男にもたれかかるようにして、身を預けていた。
「疲れたー……」
「見た限りじゃ、余り経ってないと思うが」
「いいのよ!疲れたのよ!」
「分かった、分かった」
 そうして空はもう一度、体を寄せると、顔を逸らすようにして男の顔を見る。
「ねぇ、そう言えばさ」
「ああ?」
「あれから結構経つのに、お互いの名前、知らないよね。何て言うの?」
「どうでもいいだろ、そんな事」
「えー。でもほら、凄く面白い名前だったら、知っておきたいし」
「言っても、忘れるんじゃないか?」
「うっ」
「……」
「わ、忘れないってー」
「……はぁ」
 男は少し、溜め息をついた。
「○○……って言う名前なんだ」
「……結構、普通ね」
「……」
「……」
「忘れそうだろ?」
「わ、忘れないってば」
「じゃあ、忘れたら」

「お前の事、好きにして良いっていうのはどうだ」
 ぴくり、と羽が震え
「ねぇ」
 空は体を宙に舞わせると、翻り○○の顔へと近付いて。
「あなたの名前、なんだっけ?」

 啄ばむ様に――


「暖かいな、空は」
「……そう?」

「でも○○、ずっと此処に居て、熱さで苦しんでるんじゃない?
 それなのに、どうしてずっと此処に居るの」
「熱いのが好きなんだよ」
「え……」
「なんてな」

「本当はずっと、熱くもないんだ。寧ろ寒いんだよ」
 そうして、空の体を抱きしめる。
「空を抱きしめて、やっと暖かいと思えたくらいに」
「わ、私はほら……太陽と同じ位、熱いからねっ!?」
「はは、そうだな」
 そうして、空に掛けていた手を離すと、手を握った。
「こうして、お前の暖かさは分かるのにさ。

 此処なら、一番熱そうな、この場所なら……
 苦しんで、あいつを助けられなかった罪を償えるかもって……

 思って、居たんだが……」

(ズキリ)

「何、今の……」
「ん……?空、どうした?」
「あ、ううん……」

「どうしてだろうな。
 あいつを熱さで死なせた俺への、罰って事なのかも知れないけど、さ……」

 空は、○○の手を握り返すと。
「でも、私が居れば暖かいんでしょ?」
「え……あ、あぁ」
「なら私、○○の太陽になってあげる……この星に寄り添ってるっていう、太陽みたいに……」

「燃え尽きるその日まで……ずっと、一緒に」

「空……」


 ありがとう


 ……数日後。
 ○○は、消えてしまった。


 空は管理を怠っていたが、誰も咎める事はなかった。
 膝を抱えるようにして、○○の居場所で座りながら。
 顔を俯けたまま、何かを呟いている。

 足音が聞こえた。

「あっ……」
 その音に気付き、空は振り返った。
 が、其処に居たのは、四季映姫。
「……あなたに用があって来ました」
 地獄の、閻魔だった。
「私には無いよ」
 突き放す様に言葉を投げかけるが、彼女は気にした様子も無かった。
「そのままで構いません。ただ少し、伝えたかった事がありまして」

「此処に居た怨霊の事ですが――」

「えっ?!」

「彼は、生きていますよ。言葉どおりの意味でね」
「生き……?」

「……彼は地獄に落ちるはずではなかった。
 彼は恋人を助けようとして、巻き込まれ死にそうになっていた。

 火事は放火だったんですよ。
 しかし、その放火犯が厄介な人物でしてね。
 ……自分が死ぬ際に、彼岸へと逝き掛けていた○○の魂と、摩り替わっていたんです。
 経緯は……」
 空の顔を見て、ごもる。
「いえ、長くなるでしょうし、止めておきましょう」

「……あの、○○は」
「重症を負っては居ますが、幸い、生きていたようですね。
 今は地上の療養所で手当てを――」

 びゅっ!

 その言葉を聞き、空は直ぐに飛び出そうとする。
「待ちなさい!!」
 が、直ぐに映姫の言葉がそれを止めた。
「何!?」

「……行っても、怨霊だった時の事を、彼は憶えては居ませんよ。
 だからこそ、地獄の責め苦にも苦しまずに、ここで過ごす事が出来たのですから。
 罪人でない者は、裁かれる事もない」

「そして何より……彼は来るべき場所さえ、違っていたのだから」
 そういって、目を伏せる。


「わ……」

「わすれてないっ……」
 空の耳には、入らなかった。

「忘れてないっ!○○は私の事、忘れてなんか、いるはずないっ!!!」

「あっ……ま、待ちなさい!」

 静止を振り切ると、空は間欠泉からの穴で外へと飛び出すと、○○を探し始めた。

「○○っ、○○っ、○○ッッ!!!!」
 勿論、探す当てなど無かったが。
 ただ療養所という言葉だけを頭に刻み、それらしき場所へと降りると、
 中へと慌しく飛び込む。
 その様子に、人里の連中も驚きはしたが、彼女の様子と顔を見て、
 驚く事はあったが、騒ぎたてる様な事は、なかった。

 ……半日ほど、過ぎただろうか。
 体は疲労を訴えていたが、空は気にする事も無く、辺りを飛び回っていた。
 そうして、漸く見覚えのある顔を見つける。

「○……○○ぅっ!!!」
 涙を流しながら、ベッドで横たわっている○○を抱きしめる。

「うっ……」

「ねぇっ、迎えに来たよ!
 大丈夫?痛い所とか無い?

 私、あなたが消えても、ちゃんと名前忘れたりしてなんかいないよ!
 ○○っ、○○ってば」

「う、ん……」

「ま、まだ眠いの?」

「……お前……ダレダ?」


 オマエ、ダレダ?


「は……」

「は、放せっ。なんなんだお前は……
 って、なんだその翼は。
 まさかお前、妖怪……」

「○、○……」

「そうだ、そんな事よりあいつは……!
 おい、誰か居ないのか!?
 俺じゃなくて、俺が助けようとしたあいつは何処だ!

 無事なのか!

 おい、誰か居ないのか!?」

「私だよ……空だよ……思い出して」

「煩い。気安く呼ぶな!!!」


 ブチリ。


 あ。

「……あっ」
 目の前が赤い。
 真っ赤だ。

 無意識の内に空は、○○の首筋を、噛み千切っていた。

「……私の事、忘れたから……○○の事。

 好 き に し て  い い よ ね」










「おりーん」
 空の声がする。
 親友の声を久々に聞いたような気がした。
 あの怨霊を見つけてからは、地底に篭りきりだったしなぁ。
 何日かしたし、きっと忘れてしまったのだろう。

 まぁそうでないなら、慰めてやるかね。
「なんだーい、お空ー!今ちょっと手が放せないから、こっちに来ておくれー!」
 ばさっ。
 空が、私の背後へと降りたのが分かった。
 ……あれ、いい匂いがする。
 食事でもしてきたのだろうか。
「実はお燐に頼みたい事があってね?」
「頼み?ものによるねぇ。一人で美味しいご飯食べて来るなんて……ずる、い……?」


 空は満面の笑顔で言った。
「怨霊にして欲しい人が居るの。お願い。
 今直ぐお願い。

 早く。早く。早く

 ねぇ早く。早く。早く。早く。早く。ハヤく」

「お空……あんた……」
 目の前に居るお空は……
 いや、きっとご馳走でも食い散らかしてしまったのだろう。

 ……あたいは、お空が少しでも幸せなら、それでいいと思う事に”決めた”。


「う、ぐっ……うぇっ……」
 苦しそうに唸る彼の手を、ゆっくりと握る。
「○○、どうしたの?」
 私は彼が何と答えるか知りながらも、その質問をする。
 その答えに、意味が無いと判りながらも。

「寒い……寒いんだよ……なんで」

「……私をぞんざいに扱ったから、きっと冬が来たんだよ。

 ○○にとって私は、最初から、手放しちゃいけないモノだったんだよ?」

 ぎゅぅっ。

 空が包み込むように抱き締めると、○○の嗚咽はゆっくりと収まってゆく。

「……でも、あなたが要らなければ、私はきっと、私をいらなくなる。

 だから……
 私達も、つがいの鳥みたいに

 堕ちる時は 一緒にね?」


「あた、たかい……」

「……そう?私はもっと、熱くても良いのに」

 空は、○○の首筋を啄ばむ様にして

 ゆっくりと、優しいキスをした。

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最終更新:2010年08月27日 11:56