「おや……これは、面白い」
件の兄弟の家に向かう道すがら、○○はとある人物を見つけて愉快そうに――ただし黒々としながら――声を上げた。
この依頼のどこに愉快な要素があるんだと思っている上白沢の旦那には、この、愉快そうな○○には普段であるならば、苛立ちの言葉の一つ、もう少し極まればわき腹を小突いてやる事もしたけれども。
恐らくも何も、初めて見る○○からの攻撃性に、○○の個人資産が横領されていた時ですら阿求がやりすぎるからと犯人の安否を心配していた○○には、全くもって似つかわしくない攻撃性に上白沢の旦那は戸惑い続けていたし、これとはまた別種の厄介事、東風谷早苗がどう言うわけだか○○に執着を見せ始めた事も重なり、上白沢の旦那は二か所どころかいきなり骨を折ったあの生徒とその弟の事を加味しないわけにはいかないので、三か所から同時に厄介事をぶつけられている計算になってしまう。
一か所でも多分上白沢の旦那にとっては、てんてこ舞いになってしまうぐらいの厄介事だと言うのに……
それでもと、意を決して○○の顔と、○○の視線の先を見る事にした。相変わらず○○の表情はこの先に起こる何かを、不健全な形で楽しみにしている攻撃性があった。
そして○○の視線の先にいる人物も、幻想郷土着の存在である上白沢の旦那にとっては、奇妙を通り越して少し寒気すら感じるぐらいの勢いであった。
目の前にいるのは女の子であったが、服装が問題であった。赤と白と青を基調としており、星がちりばめられている服を着ていて、被っている帽子は三本の細い棒のような形状が奇妙にねじれていた。
これを理解できる幻想郷土着の存在は、博麗霊夢のような超然とした存在でもない限りは、理解の外にある服装と言っても差支えが無いとしか表現できないけれども。
「
クラウンピース!君の事は知っているよ、阿求の資料で見た時、幻想郷で星条旗を模した何かを見れるとは思わなかったから、びっくりしたよ!だからよく覚えている」
稗田○○である以前に、外からの流入者である○○にとっては、クラウンピースと呼ばれる少女の見た目をした存在が身にまとっている衣服も、理解できる対象であり何を意識したものなのかしっかりと分かっていたようであった。
「せいじょうきって、何だ?」
けれども返す返すも残念な事に、幻想郷土着の存在である上白沢の旦那は、○○が自然と口に出す事の出来る単語、星条旗と言う物を知らなかった。初めて聞く言葉であるので、たどたどしい言葉で○○に聞くしかなかったが。
「知らないなら黙ってくれませんか?今、ここで説明したところで理解できるとも思えない」
少し後ろにいた東風谷早苗が、ぼそりと呟いた、その声には苛立ちすら乗せられていなかった。ハナから、お前には理解できないと決めつけている、そもそも最初から期待などしていないから苛立つと言う発展すら存在しない、そんな雰囲気を東風谷早苗から感じた。
「何様だ?」
上白沢の旦那はなんとか、激昂して怒鳴る事こそ抑える事が出来たが、怒気は隠せなかった。
「外の知識なんで……必要ないでしょう?」
だが早苗はまったく、上白沢の旦那からの怒気には気づいていても意に等は解さなかった。そもそもの段階で彼女との言い争いには利益がないと、上白沢の旦那は何とか気づくことが出来た、それぐらいの冷静さはまだ彼にも残っていた。
冷静だから、東風谷早苗が残念ながら強い事、もしかしたら目の前にいる珍奇な、“せいじょうき”とやらを模した服を着ている、クラウンピースとやらよりも強い事は、認めなければならなかった。
「……」
結局上白沢の旦那としては、黙るしかなかったが。上白沢の旦那にとって一番恐ろしいのは、この時に東風谷早苗がまったく上白沢の旦那に対して、いやらしい態度を取ると言った興味すら無かった事だろう。
どうでもいと言う感情すら、東風谷早苗からは見えてこなかった、これは実に恐ろしい事ではないのか?上白沢の旦那は胸騒ぎの様な物を覚えざるを得なかったが……
「クラウンピース!君が俺達の前に現れたのは、これは偶然とは思えない!俺達に何か用があるんじゃ!?」
感情が高ぶりすぎて明らかに声色も表情も何もかもが、おかしくなっている○○の側にいる事が先決であるし、今回の事件は寺子屋の生徒が明らかに被害者であるし……
まだ片方の意見しか聞いていないが……いや、立場的に限りなく中立的な永遠亭の八意永琳ですら、あの骨折は運動中などによる不慮の事故は考えにくいと、かなり直接的に故意による犯行であるとの見立てを立てていた。
あの兄弟は虐待に合っていると言う、そんな偏見や凝り固まった認識をあの老夫婦は持っているのではと言う少しばかりの疑問も、永遠亭からの診断が強力な裏打ちを与えているのは、上白沢の旦那でなくとも幻想郷の者であるならばそれを肯定するしかない。
「まぁね」
クラウンピースは○○とは違ってやや落ち着いていたが……それでも怒気をはらんでいたのは理解できた。
「友人様……ああ、純狐様の事だけれども。あの方がいきなり突っ込んでくるのは不味いと思ったから、ご主人様、ヘカーティア・ラピスラズリと相談して私がとりあえず、最初に出てくる事にした」
クラウンピースがいきなり○○の目の前に現れてきた事の説明としては要点を得ているが。この話を聞く限り、純狐は今の状況をどうやら理解しているようだ、いったいどこでどうやって知ったのだろうか。
「耳が早いな」
上白沢の旦那の抱いた疑問と同じものは、○○も抱いていたようで雑談の形を用いてはいるけれども何故知る事が出来たかを、クラウンピースから聞き出そうとした。
現状では純狐とその一派に関しては、まだ悪だとは考えていないので○○としても穏やかでいようと努力しているのがうかがえた。
クラウンピースも○○とその一派については悪く思っていないようなので、○○からの質問にも出来る限り答えようとしてくれていたが。
どのように表現すればいいのかと、そう考えているのかいくらか口ごもっていた。答える気はあるようなので、○○はまだ耐えていたが、時間がないと感じているので明らかに焦れているぞと言う表情を、少しやりすぎるぐらいにクラウンピースに対して見せて催促していた。
「ああ……これが答えになるかどうかは分からないけれども、友人様、純狐様は神霊だから。神に近い存在だから……状況を見る方法はいくらでもある…………答えになってないのは認めるけれども、何となく察してよ、じゃあ駄目?」
あまり待たせすぎても不味いなと思ったクラウンピースは口を開いてくれたが……ロクな言葉が思い浮かんでいなかったようで、それはクラウンピース本人が最も自覚していて、気にかけるような懇願するような形でいた。この話はこれで頼む、と言った様子だ。
「さすがに友人様も、純狐様も弁えてはいるよ。場所とか相手の立場とか。今回は子供絡みだから相当無茶して、博麗霊夢に目を付けられかけているけれど……」
いくらかの補足も付け加えているが、クラウンピースの心配顔をよそに博麗霊夢の名前が出た時、○○は珍しく笑みをこぼしてくれた。
「心配はない、博麗霊夢もこの案件が異変と言うには……腹立たしいがな…………異変と言うには小さい事を分かっているから、自分が動けば話が大きくなりすぎる事を懸念して、この稗田○○に依頼をすると言う形で、この案件の処理を任されている」
それを聞いたとき、クラウンピースの中にも少しどころではなくて黒い感情が、激しさを求める感情が見えた。
「そうなんだ!博麗霊夢は手を引いたんだね!!稗田家に任せるって事は!!」
「その通りだ」
クラウンピースは大きな声で、彼女自身はもちろんだが周りにまで被害が及ばないか、それが心配になるほどに大きな声でおかしくなったのではないかと疑う程に荒ぶる感情で喜んでいた。
けれども相変わらず黒々とした様子の○○が一番怖かった。怒気を隠せていない物の、冷静さを失っているわけではないからだ。
「クラウンピース、君も付いてきてくれると嬉しい。数は多い方が色々とやりやすくなる」
「うん……それから、ぶしつけなんだけれども一つ頼みごとをしても良い?」
「なんだ?」
○○は実に軽い気持ちでクラウンピースのお願いを、返答の軽さから考えて聞く前から承諾する、そんな様子でしかなかった。
不味い気がするなと感じて、同じように考えられるであろう東風谷早苗の方を、上白沢の旦那は見たけれども。
確かに東風谷早苗は、○○の軽くて聞く前から承諾する様子に、不味いものを感じている表情を浮かべていたが。
上白沢の旦那の方はまったく見ていなかった、こんなにも近くで東風谷早苗の方向を見ていると言う事は、視線を感じ取れるはずなのだが、一向だにしていなかった。
眼中にない、物の数にも数えられていない。そんな腹立たしい現実を突きつけられてしまった。
状況と場所が良くないので、荒れるわけにもいかず、上白沢の旦那は唇をかみしめながら○○とクラウンピースの方向に、視線を戻す以外にはできなかった。
「友人様を、純狐様を連れてきて良い?」
「構わんぞ。むしろ純狐との会談は、早ければ早い程良いと思っている」
案の定、○○はクラウンピースからの頼みごとを、その言葉を反芻(はんすう)することも一切なくすぐにうなずいた。
この素早さには頼んだ本人であるクラウンピースもややあっけに取られていたが。
○○の目の中にある血走った物を見て取ったクラウンピースは、とてつもなく大きな納得を見せた。
「怒ってるんだね」
クラウンピースが○○の感情に気づいてそう言うと、○○はまた獰猛な表情をしながら。
「とてもね。阿求はもっとだよ、妻は体が弱くて…………子供は諦めろと八意女史からの診断を受けている、だから、とても怒っている、今回の事件には」
稗田阿求も怒りを溜めている理由を伝えると、クラウンピースは目をつぶって神妙な態度で何度か、コクコクとうなずいた。
「じゃあ大丈夫か。友人様は美人だからヤバいかなとは思っていたけれども、そっちの奥さんの考えがそれなら、友人様である純狐様とは思考的にもぶつかる可能性は無いと言っていいね」
そう言うとクラウンピースは、何か妙な動きを見せた。何らかの取り決め、仲間内にだけ分かる合図なのだろうなと思ったら。
「そこから来ますよ」
東風谷早苗は何かが起こる前に、ある地点を指さしたが、それを理解するよりも減少の変化の方が早かった。
ぬるりという様な形で、気配も音も何もなしにいきなり、上白沢の旦那の横を何かが通り過ぎた。
「は!?」
思わず上白沢の旦那は大きな声を上げて、状況の変化に驚きの声を上げて。
近くにいる稗田家からの護衛兼監視の男も、いきなり何かが何もないはずの場所から姿を現したことで、息を詰まらせて驚いているし、○○も声を上げてこそいないが目を見開いて驚愕の感情を浮かべていた。
少し落ち着いた辺りで○○は、東風谷早苗が相変わらず指さしている方向を見やった。
それで○○は何らかの心当たりをつけた。
「最初からいたのか?見ていたし、聞いていた?」
「ええ」
純狐と呼ばれる存在は、悪びれる事も無く答えた。
純狐、彼女の背景と言うか背中のあたりには狐のしっぽに似ているが、ゆらゆらとした陽炎(かげろう)のような物が動いていた。
それだけで彼女が、幻想郷では珍しくない物の人間以外の存在ではあるが、その中でも特に強者の部類であると理解しなければならなかった。
「くくく」
しかしそんな明らかな強者を目の前にしても、○○は面白そうに――そして攻撃的に――笑っていた。
「反則じみているなと思ったが……いや、でも、この状況では最高の戦力だ」
「思ったより制約もあるのよ?特に貴方のおうちである稗田邸とか、近づくだけでも感知されるでしょうね」
「まぁ、そこまで縦横無尽に動けるわけではないとしても……あの兄弟の家ぐらいには?」
「いくらでも」
その答えを純狐から聞いたとき、○○は嬉しそうに笑ったが、上白沢の旦那が知っているいつもの○○の笑い方ではなかった。
「で?討ち入りはいつかしら?今すぐでも構わないのよ、私は」
純狐は神経質にそして攻撃的に笑う○○に、全く影響されずにいつ行動するのかと問うてきた。
討ち入りはいつなどと、随分と物騒な事を言っているが一番物騒なのは、そもそも純狐が最も、一時でも早い討ち入りを求めている事だろうと、上白沢の旦那にはそれ以外の理解は出来なかった。
幻想郷内での、特に人里内での力関係や取り決めと言う物はまだ理解しているようで、独断で動くことは無かったけれども。
それでも心配なので純狐の仲間であるクラウンピースの方を見たら、彼女は純狐の方だけをずっと見ていた。
どうやらこの場では彼女が一番、人里内でのふるまい方と言うのを気にしてくれているようだ。
もう一度純狐の方を上白沢の旦那は確認した、彼女は相変わらずゆらゆらと陽炎(かげろう)のように動く狐のしっぽのような形を背負いながら……そもそも純狐自身も揺れ動いていた。
○○は○○でクラウンピースと純狐が付いてくることに、戦力の大きさに気をよくしすぎているきらいが存在していて、ややどころではなく危うかった。
このまま純狐の勢いに乗せられて、討ち入りに向かいかねないぐらいには、危ういと言えた。
「明確な証拠を連中の鼻っ面に叩きつけてからだ。それに、これでも人里の生業には敏感でないと、やっていけないと言う事情も汲んでほしい。今は、我々が乗り込んで話を聞く、それだけで十分すぎるほどの圧力をかけられる……どうかそれで勘弁してほしい」
純狐とクラウンピースと言う、明らかに人知を超えた存在を連れて行く時点で……過剰な圧力なのではと上白沢の旦那は感じていたが、この剣呑さに口をはさむ勇気が出てこなかったのと。
やはり、脳裏において確かに浮かんだあの兄弟の事が大きかった。何よりも今日は兄の方はいきなり骨を折ってやってきた。
徐々にであるが、上白沢の旦那も剣呑さに呑まれつつあったが。意識していなかったし、意識できたとしても進んだであろう。
攻撃性が大きくなっているのは上白沢の旦那も同じであった。
感想
最終更新:2021年06月06日 15:53