東風谷早苗とはまだ比較的に相手をすることが可能な上白沢の旦那が外に出て、純狐は
クラウンピースの機転によってこの場を後にさせる事に成功したことにより、○○はと言うと。
「ふぅ……」
今ある案件以外にも種々の意味を持たせた、腹の底から出てくるため息をつきながら阿求の隣へといわゆるいつもの位置に座った。
阿求は即座に飲み物を、稗田阿求が寒さと冷たさを身体の毒としているため○○に用意された飲み物はぬるい物であった。これが稗田邸でいただく事のできる、もっとも温度の低い飲み物である。
けれども熱くはないため、○○は疲れをいやすためにその飲み物を一気に流し込むことが出来た。
空になった湯飲みを阿求はそのままにしておくことなどはするはずもなく、すぐに持って行ってまたお茶を、お代わりをすぐに入れてくれたし、今度はせっせと茶菓子も用意してくれた、あの稗田阿求がこんなにも、言ってしまえば女中やら小姓やらにやらせるような仕事をせっせとこなしているけれども、稗田阿求は夫である○○の事を実に愛しているから、そう言った細々としたことも夫の側によりいられると言う事で実に楽しそうに行っていた。
稗田○○の事は、妻である阿求が大層と言う言葉ですら生ぬるい程に愛してしまっているため、当然のことで○○の名声もより高めようと常に考えて動いてくれているため、一般的な人里……と言うにはいささか苛烈な部分が見えなくもない件の、子供他達が集う様なお菓子屋の老夫婦は次に○○が何を言うか、それこそ拝聴せんとしてやや恍惚そうな気配まで見えた。
(少しめんどくさい)
しかし○○はと言うと、まったくもって酷い話だけれども目の前のこのお菓子屋の老夫婦の拝聴せんとする姿を目の当たりにしての感想は、めんどくさい以外に出てこなかった。
ずっと思っていたことだけれども、この場における登場人物は少なければ少ない程、○○自身の労力は減ると彼はそう考えていた。。
最もどれだけ努力しようとも、稗田阿求の存在はここが稗田邸である事もあるけれども、一番の理由はそれこそ○○の魂にまで浸食同化している気配まであるので、絶対に登場人物の表から漏れる事はないし、また○○も阿求だけはその表から漏らそうとはしない。
たとえ阿求の存在が最も重くて苛烈で、悪い場合には要するに今回の事だけれども、行動の予測すらどこか難しい場合があるのだけれども。
それでも○○はその事実すら、冷や汗をどれだけ感じようとも仕方ないという答えしか出てこなかった。
どれだけ冷や汗をかき、悪い場合には綱渡りを強いられたとしても、やはり、○○の中では阿求に対する愛の方がはるかに勝っていた。
稗田阿求への愛を、○○は折々に触れて自覚するけれども今回もこの場でそれを感じた。
その瞬間、登場人物を少なくして○○自身への負担を減らそうというどこか狡猾な計算高さよりも。
愛する妻である稗田阿求と二人っきりになりたい、そう言う中々に純粋で愛にまみれた――あふれたという表現は○○の中にあるどこか皮肉気な心がそれを避けた――感情でいっぱいになってしまった。
「
クラウンピースの言う事を聞いてやってくれ。たぶん彼女は機微にあふれた存在だよ、彼女の考え方にそう悪くなりそうな部分は無いから」
しかしどこか狡猾なまでの計算かそれとも稗田阿求への○○の愛か、そのどちらの感情を重く強くしたとしても、このお菓子屋の老夫婦には申し訳ないけれどもしばらくの間は、退場してほしかった。
老夫婦も○○からの声に、あるいは○○が阿求の事をチラチラと見るような目つきに、この老夫婦もどちらともが愛情にあふれた夫婦であるがゆえに、○○の考えている事に心当たりと言う奴をつける事が出来たしそうでなくとも既に、稗田阿求へ何もかも喋った後である、この場における役目と言うのは一旦なくなってしまったような物で、事実少しばかり雑談の割合が多くなってすらしまっていたぐらいである、そろそろ一般のご家庭でも遠慮と言った物が出てくるころ合いであるし……ましてやここはあの稗田邸であるし、更には稗田夫婦まで目の前にいる。
状況の大きさと言う奴に、老夫婦は恍惚とした感情が一周回って更にはあの稗田○○の私的な場面が見えたことで、この老夫婦にはゴシップを好むような趣味はやはりなかったようで、緊張感と言う奴が出てきた、最もあの射命丸文ですら○○絡みの時の稗田阿求は近づきたくないどれだけ高給であろうとも案件すら回してもらいたくない、と言うの素直な気持ちなのだけれども。
「あ、あなた……」
老婆の方が夫の腕を引っ張っているし、もうこの夫の方も気づいていた。
「そ、そうですね稗田様!九代目様!お茶とお茶菓子、おいしゅうございました!」
「
クラウンピースが戻ってきそうなころ合いにまたそっちに向かうかもしれませんので……まぁ純狐の方から接触してくるかもですね。まぁしかし近いうちにまた会うでしょう、もしかしたら今日中かな」
お菓子屋の老夫婦がおいとましてくれそうなので、楽になりそうだし阿求と一緒になれそうなので朗らかな笑顔を自然とこの老夫婦にむける事が出来た、○○はこの老夫婦の緊張やいくばくかの申し訳なさを少しでも緩和する方向に○○も自然と動く事が出来ていた。
だとしても、あるいはだからこそこの老夫婦はなおさらいくばくかの申し訳なさ等の感情が大きくなってペコペコとしながら稗田邸を後にして、きっと
クラウンピースがそれっぽい返事を出す時にとっさに出した、一線焼きを用意しておいてと言う頼みを聞くための準備をあの子供たちが集うとても牧歌的なお菓子屋で行うのだろうと言うのが、○○には容易に想像できた。
「ふぅ」
○○は件の老夫婦を見送った後、二回目のため息をつきながら阿求の横に座ったけれども今度のため息に疲れたとかそう言う後ろ向きな理由は存在していなかった。
「あなた」
阿求もやや、○○に対してしなだれかかるようにしながら近寄ってきて、そして細々としているけれどもせっせと○○の為にお茶をまた持ってきてくれた、いつもより甘くて締まりのない顔と言っても良かったけれどもそうなるのは必然と言ってよかった、今この部屋には稗田夫妻しかいない。
――それに。
稗田阿求は自分の肉体的魅力が低い事と、更には体力の低さから愉しみや愉悦と言う物を与えられないことをひどく気にしていた。
けれども取られたり自分以外の女の影が近づくのも酷く嫌がる、その上稗田阿求の肉体的魅力では上白沢慧音のように――阿求はついに彼女の事を牛女とまで呼んでいるが――体で取られたら体で取り返す事もおよそ不可能であった。
だから遊郭を一歩間違えば破壊するために動きかねない感情を抱えつつも、一線の向こう側以外のおよそ一般的な存在を妻にした一般的な男にとっては、遊郭と言うのは必要であった。
また遊郭と言う場所でひとまとめにしておかねば、管理しておかねば、野放図に遊女が人里で歩き回る事になりかねなかった、そちらの方が稗田阿求にとって厄介で不利な事態である事は、憎々しくて悔しい物の稗田阿求としても理解して認めなければならなかった。
全くもって一握りの冷静さで遊郭はいまだなお存続を許されているといってよかった。
だから遊郭の支配者である、遊郭宿の忘八たちのそのお頭である彼は稗田阿求にだけは絶対に逆らわず、商いの拡大をもくろむ勢力の首を眉根一つ動かさずに『処理』してしまえて。
女の体であるけれども神様であるためにそこは些末な洩矢諏訪子は、遊郭で大手を振って遊びながら忘八たちのお頭の側につく事で、彼に協力することで、遊郭のケツ持ちとなって権勢を拡大することに成功していた、きっと今日も諏訪子は遊郭で遊んでいるだろう、この昼間からも。ゆえにやや真面目な東風谷早苗は苛立たしさを常に抱えているのだけれども。
――けれども東風谷早苗には悪いけれども、彼女は○○の味方だけれども○○は彼女の味方を続ける事は出来なかった。
東風谷早苗には○○の事は、諦めてもらいたいというのが○○自身の考えであった。
――――扇情的な女は遠ざけておかねばならなかった。本当に何で幻想郷の巫女服はあんなにも、腋を見せて飛び回っているんだ。
おまけに東風谷早苗程の美人がそんな恰好をするものだから、様になってしまっている、○○はいっそ記憶から消したかったけれども消したいと思えば思う程に脳裏にこびりついてしまうのが厄介であった。
「ああ」
○○は自分の脳裏にあるものを打ち消したくても打ち消せなくて、けれども何とかしたくて。
彼は最愛の妻である阿求を招き寄せるようにして、彼の小膝に乗せた。
この体勢は稗田夫妻がよくやる、まぁ、夫妻の営みの中でも特によくある物である。
けれども今の○○には罪悪感があった、阿求を使って東風谷早苗の事を脳裏から追い出そうとしているのだから。
○○はその罪悪感にやや耐えきれずに、せめて阿求の側にいようと思い阿求の事をギュッと抱きしめた。脳裏で起こっている事は別として、自分は確かに阿求が好きなのだから、愛しているのだから。
だけれども実は阿求の方も、罪悪感を抱いていた。
「ねぇ○○」
「なんだ」
「ごめんなさい」
「……なぜ謝る」
○○は突然出てきた阿求からの謝罪に、何故そんな言葉が出てきたのかわからずに困惑と……東風谷早苗の事がまたしても出てきた、あれのせいで阿求はやらなくていい謝罪を見せているのではないかと言う恐れが出てきたけれども、同時に早苗の存在がまた○○の脳裏に色濃く出てきて罪悪感も濃くなる。
「私が子供を成せない体だからですよ、さきの謝罪の理由は」
だが幸いにも、東風谷早苗の事は全く関係なかった。けれども東風谷早苗のこと以上に、○○が阿求には責任を感じて欲しくな部分を謝っていたのが辛かった。
「最初から知ってる、全て納得して今ここにいる。契約と言う言葉は俺達の夫婦としての関係にその言葉を使うのは嫌だと、阿求がそう考えているのは知っているけれども、契約条項の上から下まで俺は把握している。俺だって阿求に我慢させている、何かを出させている。同じだ」
同じでは無いのだがなと言うのは、○○の気持ちの中にあった。どう考えても阿求の方が多く出している、稗田と言う家格まで○○は使えるのだから阿求の方が上だと言う思いは同じだと言う言葉を口から出しながらも○○には存在していたけれども、今は方便だと言い聞かせながらその言葉を使った。
「私がやりたいと思いながら、それこそ楽しくてやってるから良いんですよそれは」
実際に阿求は○○の為に何かをすることに、躊躇と言う物は存在していない。楽しいから、やりたくてやっていると言う言葉に嘘も偽りも存在はしていない。
「あの夫婦お話をしていて、そして見ていたら思ったんですよ」
何をと○○は思ったが。
「いい夫婦だ」
心の底からの感想であるけれども、他愛のない事を言った。あの夫婦が良い夫婦である事が事実なのは、少し助かった。
「あのおばあさんも、お言葉は濁していましたし私も突っ込んで話を聞こうとは思いませんが、子供を成せない身体のようなのです、私と同じで」
「……そうだったのか」
今回の一件に置いて、あの夫婦が明らかに頭に血を上らせている理由が分かった。純狐と仲良くなれた理由も合わせて、と言うべきだろう。
「それでもあの旦那さんはやりたい事をやれている。こじんまりとしていても良いから、子供が見える何かをやりたいと言う意思を全部」
「俺だってやらせてもらっているよ、阿求」
○○は心の底から好きにやっていると思っている、と言うよりは稗田阿求と一緒にならなければこんなにも良い暮らしは出来ていないと確信していた。
外と違ってインターネットも無ければ電化製品すらあったりなかったり、スマートフォンは無論のことだいまだに井戸を使っている場所もあるぐらいなのだから。
けれども○○はそれでよかった、稗田を名乗る前はつまり旧姓は何だったかも微妙に忘れかけているのだけれども幸せだと思っていた。
「百年後も二百年後も、俺の英雄譚が残るようにそれこそ人々の言の葉(ことのは)にも上る様な事績を遺してくれると約束してくれたじゃないか。俺は阿求の言葉を信じているし、仮に何かがあったとしても今現在に置いて、○○は間違いなく人里一番の名探偵であり場合によっては妖や神様ですら依頼者であり、懇意にできている。
それで十分と言えば十分なのだ、○○にとっては。酔いしれる事を許されているのだから。
ワトソン役が必要だと言ったら阿求がじゃあ彼だと言って、巻き込まれるように差配してしまっているので、半ば以上に強制的に相棒をやらされている上白沢の旦那に関しては、彼には申し訳ないとは○○もちゃんと考えている、埋め合わせも考えているが……今すぐでは無いのはありがたかった。
「けれども私は必ず、最後の最期にあなたの邪魔をすることを運命づけられている」
阿求が何かを気にしている事に対して○○は、まぁ確かに今日明日ではなさそうだけれどもいつになるのが分からないのは、おっかなびっくりの気配がないと言えばうそになるが。
「些末(さまつ)だよ」
○○の答えはもう決まっているのだ、阿求の方に付く。付き続けるのだ。
「むしろ心待ちにすらしている、どこか華々しくなるはずだからな」
ふっと○○の口を付いて出てきたこの言葉も、阿求を落ち着けたり安心させたりするための言葉などでは無くて、全くもっての心の底から出てきた真意なのである。
ただその際に少しばかりのいたずらっ気も出てきた、先の言葉が真意であるからこその心の余裕がそうさせた。
「最も……上白沢の旦那は荒れるかもしれないな。最後の最期まで振り回してしまったから。埋め合わせはまぁ、考えているが。素直に受け取ってくれるかなぁ。そこは少し心配だ」
「ああ……」
阿求は稗田の家格と九代目である事により手に入れた権力を全て、それこそ強権的にまでなって行使して対象を従わせている、その自覚は幸いにもあったようなので、阿求は皮肉っぽく笑ったが、同時にいたずらっ気も存在していた。
「でも、私たちの最後の最期の事で上白沢の旦那さんが荒れるのは予想出来ますし、何だったらちょっと見たいかも」
この時の阿求に上白沢慧音や遊郭を相手にしている時の、あのようなバチバチと火花が散る様な嫌な感触や圧力は存在していなかった、上白沢と言う言葉を使っているというのに。
女性の影と言うのが無いからだ、やはり東風谷早苗の事は○○としては徹底的に避けるべきだ、○○がそう、何度目かの決意を決めるには十分な彼の中で起こった心象風景であった。
「入っちゃダメですか?」
「駄目だ……分かるだろう、東風谷早苗。俺ですらどこかいっぱいいっぱいなんだ」
「大丈夫ですよ、上白沢の旦那さん。貴方のお嫁さんは、上白沢慧音は抜群の体持ってますから。体で迷ったなら身体で取り戻す気概も、上白沢慧音ならありますし」
○○がやはり東風谷早苗は危険だとの考えをまとめた時、稗田邸の裏門では上白沢の旦那と東風谷早苗の間では押し問答と言う程ではないけれども、やや揉めているような会話をしていた。
しかしながらこの近くに、稗田の奉公人は誰もいなかった。
上白沢の旦那がそうしたのだ、多分に妻である慧音の威光と稗田○○の相棒と言う立場のお陰であると分かりつつも、それとなく会話を聞かれたくないと言う考えを口にしたら、サッと引いてくれた。
「俺が稗田の奉公人を近寄らせなかった理由、分からないのか?」
「分かってますよ。まぁまだ一気に出るときじゃないかなと言う思いと
神奈子様には迷惑かけたくないなって考えもありますので、積極的な宣伝はやらないですけれども……隠す気もあんまりない」
「隠せ!」
東風谷早苗は○○への執着を見せつつあるが、洩矢諏訪子はともかくもう一柱、八坂神奈子の事を気にしていたのでそれに乗じて強く、隠せと迫った。
「……やっぱり○○さんの迷惑になりますかね?」
少し間を使った後、東風谷早苗は○○の事に話題を変えた。
「なる」
本当は上白沢の旦那にとっても迷惑になるのだけれども、その事は伏せておいた。東風谷早苗の口ぶりに置いては、貴方は上白沢慧音がいるから良いじゃないですかとなるだろう、実際にさっきもそう言っていたしかもきわどい表現を使いながら。
何がどうかかって上白沢慧音がいるから大丈夫だろうと、彼に言うかは分からないが、そうなってしまうだろうなとは強く思えたので上白沢の旦那は黙っているしかできなかったのだ。
「なるかー……」
上白沢の旦那自身の事を伏せておいたお陰か、話が二転三転せずに済んだ
「でもこれを
諏訪子様に届けたら、そう
諏訪子様からの協力取り付けたら○○さんは助かりますかね?」
けれども同時に、○○への執着を見せられることになってしまった。
「……ああ、今回の一件に置いては助かるな俺達は」
○○だけの事を考えさせるわけにはいかないと、咄嗟に思った上白沢の旦那は『俺達』と言う言葉を強調して使った。
稗田阿求の事も出来れば、その影が存在がある事を伝えたかったが……劇薬を使いたくはなかったし、早苗に対しての挑発ととられかねなかった。
と言うよりは、やはり、彼の稗田阿求に対する恐怖の方が上だったと言ってよかった。
「助かってくれますかー」
けれども早苗の脳裏には、稗田阿求の事は全くないといってよかった。
「ああ、稗田○○も俺も……やはり遊郭は嫁の事があるから近づけないんだ」
あまりにも朗らかで嬉しそうだったので、やはり稗田の名前を出してしまった。
けれども。
「じゃあまぁ、○○さんのためなら小間使いも良いかな」
まるで、稗田と言う言葉を聞いていなかった。
不味いな。
○○が、扇情的過ぎて困るとまで思っている幻想郷特有の巫女服を着て遊郭の方向へ飛んでいく早苗を見ながら、上白沢の旦那は頭を抱えた。
感想
最終更新:2021年06月06日 16:11