タグ一覧: パチュリー 脅迫


貸し借り

「これで丁度だ。」
そう彼女に言って彼は机の上に物を置いた。何でもないように置かれているが、置かれた時に放たれた音が
しっかりと、それの重みと価値をこの部屋の住人に伝えていた。おそらくは貴金属なのだろう。或いはひょっと
すれば、金なのかもしれない。その重量は卑金属とは比べ物にならない価値を生み出している。かつて外界で
数多の権力者をその輝きで惑わしていたそれは、この幻想郷でも同様の働きをするように彼には思えていた。
「君に借りたもの耳を揃えて返すよ。」
気怠げにページを捲る魔女に向けて言う彼。図書館から少し離れたサロンで話されるにはやや生臭さすら漂う、
そんな話しをするために彼は口火を切っていた。彼女が紅茶を口に含む。喉を潤すよりもむしろ、唇を湿らせる
ために口元に運ばれたカップが下ろされ彼女が口を開いた。
「…どういう積もりかしら。」
言葉少なげに言う彼女であるが果たして内心はいかがなのだろうか。彼はポーカーフェイスを装いながら、
彼女の方を伺う。なにせ一世一代の大勝負ならば、絶対にここで引く訳にはいかないのだから。
「外界に帰るんだよ。」
彼女に向かって彼が言う。何か彼女の方から、陶器が割れる音がした。カップを白い指で撫でながら彼女が
顔を彼の方に向けた。心なしか彼女は機嫌が悪いように見えた。
「……それで?」
続きを促す彼女。彼は話しを続けた。
「外界に帰ることにしたんだよ。ここでの暮らしは終わりにするんだよ。」
「……どうしてかしら。」
「僕は外来人だ。元の世界に戻るのは当然じゃないか。」
「違う。」
言葉少なげだが明確な反論に対して、彼が気分を害したように答える。
「違わないさ。」
「そんな事ない。」
「どういう意味なんだよ。」
「…………。」
無言を貫く彼女。内心の心の揺れを表すかのように指が机の上を叩いた。
「……とにかく僕は帰るんだよ。」
議論を打ち切るように彼が言った。これ以上の議論は無駄と言わんばかりに、彼は彼女に背を向けた。
「一つ、あなたは思い違いをしている。」
「ああそうかい。」
投げやりに言う彼。もはや彼女の方に振り返りもせずに答えた。
「それだけじゃ足りない。」
「…………。」
「私の名前は安くない。」
「………。」
「行かないで…。」
「イヤダ」
歩みを留めない彼。机に手を付いて勢い良く彼女が立ち上がった。
「なんて分からず屋なの……!」

「魔女の名において○○へ命じる。  止まれ。」
彼女がそう唱えると、突然に彼の動きがピタリと止まった。彼の腕は忙しなく動くのに足は絨毯に接着剤で
留められたかのようにピッタリと張り付いている。
「おい、ちょっと待ってくれ。どういう事だ。対価は払ったじゃないか。」
契約違反だと言わんばかりの彼。幻想郷を出るために綿密に練った予想では十分過ぎる程の物だった筈だ。
それが今まさに、風前の灯火となっていた。
「関係無い…あなたは私の物。」
机の上で引きちぎられんばかりに魔法書が開かれて、ページから光の文字が溢れ出していく。渦を巻きながら
ルーン文字が部屋の中に流れを作り、やがて複雑な魔方陣が描かれた。
「魔女が契約を破るのか?しかも人間相手に?」
追い詰められた彼が言う。外界の知識ではこういった類いの人間は、世間の常識に囚われない代わりに
そういう独自の基準やルールに執着している場合が大半であった。
「それを決めるのは私…。そんな物では足りない、足りない。全くの不足。あなたの全てもお釣りがくる位。」
彼を追い詰めている彼女は、追い詰められているかのように言った。





感想

名前:
コメント:




+ タグ編集
  • タグ:
  • パチュリー
  • 脅迫
最終更新:2021年06月06日 16:13