(恨むぞぉ、洩矢諏訪子。少しは予告が欲しいよ)
○○は自室で上等なお茶をすすりながらも、その心持はまるでもってして穏やかさとは程遠かった。
○○は本当に突然、何の予告も予定もなしにやってきた洩矢諏訪子の登場に、彼女が求めた阿求との会談に苛立ちとまではいかないけれども、深いため息にやるせなさと言う物を感じていて身体が重いとまで考えていた。
「東風谷早苗の事だろうな」
美味しいお茶を飲んでも落ち着かない心で、酷く肩どころか身体を大きく落としながら声をかけた。
分かり切った事を聞いているなと○○は本人ですら、声を出しながら気づいたのだろうすぐに力なくだが笑いだしてしまった。

「……彼女も、洩矢諏訪子も洩矢諏訪子で、自らの勢力や権力の事を考えれば身内から、東風谷早苗が何か怪しい行動をしているのならば、すぐに人里の最高権力に伝える事が最も危なくならずに済むと考えての事だろう。その考えにおかしな点は無いのが…・…全く無いのがつらいよな」
上白沢の旦那も分かり切った事しか言えなかった。
○○も上白沢の旦那も、お互いに蚊帳の外に置かれている状態であった。
けれどもまだ、完全な部外者で客分でしかない上白沢の旦那よりも、稗田阿求に全身全霊で愛されていて稗田家の信者である奉公人にも、彼を○○を信仰することを義務付けている、その恩恵を強く、望むと望まざるに限らずに受けている○○の方がまだ許される動きの幅は大きかった。

○○はお茶を飲み干した後、おもむろに立ち上がったそこに上白沢の旦那が稗田邸で感じるような、そうは言ってもここは他人の土地という部分は存在していなかった。
すこし、○○の持っている余裕が上白沢の旦那には羨ましかった。
「……いっその事、洩矢諏訪子が何を阿求に伝えているか、聞き取る?いや違うな、俺にも教えろと迫ってみるか。洩矢諏訪子ならこっちが本気じゃなくて少しカマをかけているぐらいは分かってくれるし」
そもそもが○○は活動的な存在だ。前に出れるならば出ていく、いくらでも。
「行くのか……?」
上白沢の旦那も○○に影響される形で立ち上がった。
「うん」
○○の返事は非常に短い物であった、そして荒っぽい部分は一つも無かった、これはもう完全にその気であると言う事だ。
「そもそも自分の家で黙って待つと言うのが我慢ならなくなってきたし……東風谷早苗がいない今のうちに、洩矢諏訪子に対してその気はない阿求だけを愛しているから心配しないでくれと伝えるのは、決して悪くはないはずだ。お互いに懸念事項は洗い出しておくべきだし共有するべきだ」
そう言って○○は朗らかさすら存在する様子で、歩を進めた。
上白沢の旦那は、今ここで自分がストンと座り直すことに大きな罪悪感と恥と言う概念を抱いた。
稗田阿求によって無理やりに相棒役にさせられてしまっているが、それ以前に自分は○○の友人なのだと言う部分を、上白沢の旦那は大事にしたかったし彼の味方であり続けたかった。
「ああ、でも。……付いて来てほしいけれども、東風谷早苗が来たらその……やっぱり、俺が相手するよりは君の方が」
上白沢の旦那は勝手について来たが、その事に関してはむしろ○○はありがたいと言った感情を出していたが、懸念事項への協力を申し出るときの○○の表情には申し訳なさが出ていた。
懸念事項への憂慮等よりも友人を使ってしまう事に対する、申し訳なさの方が色濃かった。
「分かってる。その……君よりは俺の方が動きやすい気はする」
上白沢の旦那はこの言葉遣いに上から目線でやってしまったと感じたが。
稗田○○は、実に嬉しそうに上白沢の旦那の肩をバシバシと叩いてくれた。

「安心した」
そして完全に立ち止まって○○は上白沢の旦に対してそう言った。
けれどもその後に、罪悪感のような物は決して忘れてはいないと言う雰囲気は○○からこびりついていた。
気にするなと言っても気にするだろうから、上白沢の旦那は返礼と言わんばかりに○○の背中をバシッと叩く事で済ませた。
こういう時は下手に言葉を重ねるのは実はかえって、逆効果の様な気がしたから快活に済ませようとするのが、上白沢の旦那としても湿っぽくなくてよかった。
どうせ他の部分でしめっぽいを通り越してドロドロとした物を感じ取らざるを得ないのだから、まさか自分たちまでジメジメとしたくはなかった。
「そうだな」
○○はやや、まだ上白沢の旦那の顔を見ていたが彼からの力強い頷きや目線に対して。
「そうだな」
月並みな言葉ではあるけれども、それでも一番分かりやすい言葉を使ってもう一度、○○は上白沢の旦那に対して返答を見せた。
彼からすればそれだけで十分に、一番の友人からの心中や考えている事に思いを馳せることが出来た、
「分かってる、俺達は似たような存在だからな」
随分と突っ込んだ言葉だけれども、○○は上白沢の旦那に対して穏やかでありつつも、満足そうな顔を浮かべてくれた。
一番の友人を自認している上白沢の旦那としてはこの、突っ込みながらも穏やかな顔が実に心地よかった。
「なぁに……そっちの方が辛い状況なのは分かっているよ」
上白沢の旦那はそう言って、この話を終わらせるために動いた。
「うん」
○○も、素直にこの話は終わらせてくれた。


「やぁ!洩矢さん」
○○の姿形は、全くもって作っていた。
その場にいるのが阿求だけならば、作る必要は無かったのだろうけれども、今回に関しては阿求の目の前にはあの洩矢諏訪子がいる。
打算や利益を目当てにしているとはいえ、遊郭のケツ持ちを相手にすると言うのは○○としても大きな危険性をはらんでいる。
けれども同じぐらいに大きな、利益と言うのも転がっているのだ。
一線の向こう側を嫁としてめとっている以上、たとえ調査のためとはいえそれこそ護衛を――つまり監視――を真横に置いても良いと○○が阿求に対して言ったとしても土台無理な話であろう。
それぐらいに根が深くなっているのだ、一線の向こう側の見せる伴侶に対する執着心と言うのは、けれども○○はその執着心に耐える以上の事をもうもらっているし、これからも確約されていると信じているから耐えられるのだ。

……確かに耐えられるから、遊郭に赴く事はたとえ調査のためであろうとも無しにしているけれども。
絡め手、あるいは遠回りなやり方で遊郭への情報収集の手段は持っておきたいと言うのが、○○の本音であった。
幸いにもまだ○○が敢えて面倒な方法を、阿求の心中の安定のために使っている事は阿求も理解していてくれた。

「洩矢さん、神経戦や腹の探り合いはやめましょう」
○○は、まだ阿求が思ってくれる理解の範囲内におさめれるようにと努力をしていた。
少なくとも阿求の横で、曲者とはいえ○○に好意らしきものすら抱いていない洩矢諏訪子が相手であるならば、阿求はまだ十分に耐える事が出来る。
「洩矢さん、貴女の安定は巡り巡ってこちらの安定にもつながるんです。だからまぁ、私にもしっかりと阿求に伝えたものと同じ内容を一言一句たがわずににお伝え願えませんかね?もちろん、横に立っている私の友人である上白沢の旦那にも同じようにお話しいただける事を願います」

阿求の隣にどかっと座った○○は、息をつく暇もなく自分の考えている事を全て、叩きつけるようにして洩矢諏訪子に対して突きつけた。
○○の言った通り、座りこそはしないが確かな存在感を示しながら上白沢の旦那も、その場に直立不動の形をとったままで微動だにしなかった。
頑なで、決意を感じるには十分な姿であった。
稗田阿求の方は……そもそも彼女はどう考えても○○のやりたいようにやらせてしまう。ましてや自分の横から動こうと言う気配を見せないのであれば、悪い可能性と言う物にも心当たりをつけずに済ませられるだろう。

洩矢諏訪子は、諦めたようにため息を一つ付いた。
それに○○の言う通り、洩矢諏訪子の安定は○○の安定にもつながると言うのは、かなりの部分で当てはまっている。
身内の事、東風谷早苗の真意について話す際におっかなびっくりで中々本題に入れなかったことを思うと、今の方がやりやすいのは諏訪子としても認めねばならなかった。

「東風谷早苗の事だが」
「熱烈なファンの一人だと……少なくとも今はそう認識しています」
○○は待ってましたと言わんばかりに、さらには最初から用意していた答えを、もっと言えばそうあるべきだと言うような答えを洩矢諏訪子に提示した。
実態や現実に関しては、もうこの際に置いてはかなりどうでもいい。
東風谷早苗は熱烈なファンの一人以上には、○○としても発展させたくは無かった。
「ファンね……」
洩矢諏訪子も○○の収めようとしている世界に範囲に、そんなはずがあるかよと言う様な気持ちがわいて来たけれども、もしそれで済むのであれば実態はともかくとしても中心人物であるはずの○○の方が、それ以上の展開を防ぐと言ってくれているのであれば。
洩矢諏訪子としては、実はこれは願ったりかなったりとも言える展開なのかもしれない。
早苗がどう動くかはまだまだ未知数であるとしか言いようがない、確かに本気なのかもしれないが、しかしながら単に遊び歩いている方が多い諏訪子へのいやがらせの範囲なのかもしれない。
「一人娘みたいなもんだからね早苗は……どんな神様でも親の気分と言うのは他の種族とは変わりがないよ」
正直いやがらせの範囲と言うのを、その実でまだ早苗ですら計りかねているだけなのであるならば、諏訪子としてはそっちのが遥かに良いし全部受け止めてやる気はもちろんだが、胆力だってあるぐらいの自信が存在していた。
「まぁ諏訪子が嫌がるようなやり方で、こっちがと言うか神社が流行るようなやり方してるのは、うん、自覚しているが」
ここで諏訪子はお義理と言うか手心を求めるかのような、そんな半端な笑顔を見せた。
「神様もずいぶんと、人間臭い表情をするんですね」
上白沢の旦那は、立ったままで喋らなくても良いやと思っていたが神様がふと見せた人間臭さに、皮肉なようなあるいは嘲笑するような気持ちが出てきた。
「ああ……まぁ、神様ってのは人間からの信仰ありきだから影響されもするさ」
「そうですか」
短い言葉だけれども、上白沢の旦那の声には鼻で笑う様な印象がどうしてもぬぐえなかった。
諏訪子はそんな彼を見て、まさか幻想郷にもこんな外っぽい人間がいるとはなと思ったが……だから上白沢慧音が彼と結婚して、あるいは守っているのかなと瞬時に諏訪子はそう考えた。

「上白沢さん」
上白沢の旦那の、はっきり言っておかしい姿に稗田阿求が声をかけてきた。
まだまだ穏やかではあるけれども、その言葉に黙ってくださいと言う意思が存在しているのにはこの場にいる全員が気づいた。
「ああ……そうですね」
場所が場所であるし稗田阿求からともなれば上白沢の旦那は、ぶっきらぼうな声を出すだけであったけれども、素直に引き下がってくれた。
しかしながら洩矢諏訪子を見る目が、はっきりと言って面白く無い物を見る目なのはしっかりと認識できた。
どうやらこの男、神様と言う物があまり好きではないようだ。
これが幻想郷で生きていくのは辛いだろう。だから上白沢慧音がいるのかもしれなかったが。
あるいは上白沢慧音が一線の向こう側となってしまった理由は、彼のこのあまりにも幻想郷となじんでいない性格が原因なのかもしれなかった。
○○はこの不意に緊張感の出てきた空気に、だまって急須を手に取って新しい湯のみを、上白沢の旦那の分のお茶を淹れ始めた。
「まぁ……飲みなよ。洩矢さんもお茶のお代わりはいかがですか?お茶菓子の代えもございますが」
そして○○は友人の分だけでは無くて諏訪子の分のお茶にも気を配った。
外出身であるはずの○○の方が、ずっと、幻想郷での生き方に馴染んでいた。
……中々皮肉気な面白さのある光景だなと諏訪子は思ったが、同時にこれは深入りすべきでもないと思った。たまにこういった光景が見れるだけで、部外者としては十分だろうとしか思わなかった。

「うん……」
上白沢の旦那も友人からの勧めであるから、素直に湯呑を受け取ってお茶を口に含んでくれた。
暖かい飲み物と言うのは存在するだけで、気持ちを若干以上に落ち着けてくれる。
「東風谷早苗は少なくとも八坂神奈子に対する迷惑だけは考えていた……八坂神奈子との仲だけは拗らせないようにしてくださいとしか、言葉は思いつかない。多分東風谷早苗にとって八坂神奈子の存在と言うのは、最後の一線だ」
お茶を飲んだ後に出てきた上白沢の旦那の言葉に、先ほどまでの皮肉気だったり面白がっているような様子は無かった。
「分かってる。最初は面白がっていたが、身内が火遊び始めてるのを見ても、同じような感覚でいられるほど安穏とは出来ないよ」
少なくとも洩矢諏訪子からの危機感は、この場にいる全員が認識することが出来たし。
何よりも稗田阿求がさほど、重大視をしていなかった。


「まあ身体以外じゃ私の圧勝でしょう」
何よりも酷い自信を稗田阿求は持っていた。
収まりかけていた皮肉気な感情が、上白沢の旦那は再び出てきた。お前は私の嫁である上白沢慧音の健康的な肉体に、どれほどの嫉妬で場をかき乱したと思っているのだとしか思えなかったが。
熱狂的なファンはあくまでもファン止まり、嫁仲間である以上に同じ一線の向こう側仲間とは、また違ったものの見方を東風谷早苗に対しては出来るのかもしれなかった。少なくとも稗田阿求にとっては。
ちらりと上白沢の旦那は○○の方を見た、こめかみに手を当てているけれどもまだ苦し紛れながらも笑えていた。
「何かあったら呼んでくれ」


「あのー……」
そして頃合いを見計らったかのように、声が割って入ってきた。
この稗田家の女中であった。
何となしに上白沢の旦那は、勘が働いた。
「東風谷早苗か?」
やや言葉を抑えて稗田阿求にあまり聞こえないようにしながら――結局怖い物は怖いのだ――、上白沢の旦那は女中に聞いた。
「……はい。何か雰囲気が妙でしたので九代目様や旦那様にお聞きしますと私の方で止め置いてしまいました」
女中も何かを察してくれたのか、こちらも言葉を大きく抑えてくれた。
けれども本気で密談をするわけではなかったので、稗田阿求にはもちろん聞こえていた。
「ああ!」
けれども稗田阿求は、いやらしい語尾の伸び方で笑っている事は気になるけれども、不機嫌な様子を浮かべてはいなかった。
それはそれでまた別種の怖さや、面倒と言う物をどうしても想像してしまうのだけれども。
「ああ、うん」
稗田家の奉公人が気にするのはただただ、九代目様のご機嫌とその少し後に旦那様である○○のご様子なのだ。
今回は阿求が実にいやらしく笑っているからこの女中は、少し以上に緊張感を走らせているけれども。
「まぁ予想の範囲内」
旦那様である○○が苦笑を大きく混じらせながらとはいえ、そこまで荒れてはおらずに○○が阿求の背中にそっと手をやるだけで落ち着いてくれたので、良くはないがまだまだ慌てたりする必要はなさそうで大人しくしてくれていた。

「上白沢、頼んでいいかな?君の方がおかしくなりにくい」
ややため息交じりに、○○は上白沢の旦那に声をかけた。
「そうだな、分かってるよ。俺が行こう」
初めの、○○からの求められた通り東風谷早苗の相手は上白沢の旦那が受け持とうと、旦那自信がすぐにそう考える事が出来た。
「お茶ありがとう」
そう言いながらも上白沢の旦那は、稗田夫妻と洩矢諏訪子の間に用意されていたお菓子を1つ掴んで口に放り込んでしまった。
これぐらいは駄賃として求めても、まだまだ安いぐらいだと思ったからだ。
「ああ、うん……ありがとう」
○○も分かっているから、決して問題にはしなかった。
稗田阿求はまだまだ、いやらしいながらも余裕があった。やはり正妻の余裕は、ファン相手では崩せないと言う事か。
ここで一番可愛そうなのは洩矢諏訪子だろう、いたたまれずと言った気持ちで何もしないと言うわけにはいかない。
「私も出るよ……可能なら連れ帰る」
上白沢の旦那は横目で諏訪子の事を見て「神様と一緒か……」と小さく小さくつぶやいた。女中にも聞こえていないような小ささだが、横を歩く諏訪子には聞こえた。
あまりいい意味が込められていないのは、丸わかりであった。何とも現代的な人間がいる物である、ここは幻想郷なのに。

「あれ?」
稗田邸の門前にて、立ち入りを許されずに待ちぼうけを食らっている早苗だったが実に楽しそうに待っていたし、お屋敷の向こう側から諏訪子と上白沢の旦那がやってきたのを見れば、珍しい組み合わせに面白そうな顔を浮かべていた。
早苗のこの好奇心に満ちた顔を見るに至っては、諏訪子も上白沢の旦那も両名ともが厄介だなとそう思いながら、目線を交わしあうだけであった。

「付き合ってるんですか?お二人」
けれども早苗のこの言葉には、上白沢の旦那が強く、拒絶反応を示した。
「冗談じゃない!誰が神様何かと!?」
上白沢慧音と言う、妻の存在以上に神様と言う物に拒絶反応を示しているかのような姿を上白沢の旦那は見せていた。
「……まぁ、そう言う人間もいるだろう」
諏訪子はただ一言そう言うのみで済ませた。あまり関わらない方がいいと言う様な、そのような態度も見受けられた。
「へぇ、神様相手なのに珍しい反応」
「神様だからだよ!」
早苗も諏訪子と同じような反応を見せるだけで、それ以上は踏み込まなかった。本題ではない程度の軽さではあったが、あまり掘っても面白くないとも思っていたのかもしれない。
ちょっかいをかけるにはこの時の上白沢の旦那の態度は、少し以上に必死さと荒々しさに、拒絶反応と言う物を見せていた。
嫌がる部分に面白さと言う物を確かに早苗は見ていたけれども、同じ嫌がるでも諏訪子が忘八たちのお頭に対して必死になるようなのとは、彼の嫌がり方は性格の根っこだとかそう言うのに関わりそうな部分であった。
好奇心を刺激されないかと言われたならば、早苗としてもウソになってしまうけれども……。
「まぁ良いです」
本題でない以上は、早苗にとってはこの程度の扱いである。

「純狐さんが遊郭街で色々とやっていたので……まぁ○○さんの興味を抱くには十分かなと思いまして」
「書面に記せ。稗田○○と直に合う必要はない」
へらへらとしながらの早苗に対して、諏訪子は事務的でありながらも圧迫感を持った声で早苗に対して、もはやこれは命令していた。
「ふぅん」
早苗はそう、いやらしく言いながらも次には上白沢の旦那に対して目線をやった。彼からの意見も聞きたいようだ。
「もっと手間を省けるぞ、俺が聞けばいい。記憶力には自信があるし、筆記具は持ち歩いているからこの場で書きとっても良い」
上白沢の旦那の言葉も全くもって、洩矢諏訪子の言っている事を少し踏み込ませただけで根っこは変わっていなかった。
「ああ……まぁ確かに、上白沢慧音ならば私のような小娘相手でも、身体でやられたなら身体で取り戻す自信があるだろうから、確かに上白沢の旦那さんの方が、そう言う意味では、余裕があるのかもしれませんね」
そう言う意味。この言葉を使う時の東風谷早苗は非常に、と言うよりは明らかに強調して、いやらしさと言う物を出していた。
「ちょっかいなら私にだけかけろ」
諏訪子はまだ、東風谷早苗の真意がどこまで深い物なのか、○○に対してどこまで迫っているものなのかは分からないけれども。
稗田阿求に関わるのはまずいと言うのはどの段階であろうとも同じ意見であるから、諏訪子はどうか自分だけにちょっかいをかけてくれと頼んできた。
らしくない姿であるなと思った、ともすればより嫌がる事として早苗は諏訪子のこの願いを無視するだろうけれども。
「…………ああ、そうですね」
上白沢の旦那がさっと見た東風谷早苗の姿に、愉悦だとか言う部分は見えなかった。
ある程度の段階までは洩矢諏訪子に対してのちょっかいも、目的の1つだけれども。どうやらとある段階からは洩矢諏訪子の存在は鬱陶しいのかもしれない。
東風谷早苗からは遊びと本気が入り混じっている様子を、上白沢の旦那は見て取ったし、目くばせをした洩矢諏訪子もその点には気づいてはいそうであった。

「東風谷早苗」
上白沢の旦那はもう一度、早苗に対して向かった。
「八坂神奈子の事だけを考えてくれれば、貴女に関してはそれで良い」
「何の関係が?神奈子様は私がここにいる事とは、何の関係も無いでしょう。私は神奈子と様とは上手くやれてますからご心配なく」
少し早苗はムキになった顔を浮かべた。やはり八坂神奈子の存在が、彼女の事は大事に思っているのが迷惑をかけたくないと言う思考になっている。
「極端な事を言えば、君がここにいる時点で八坂神奈子は心を砕いて心配してしまう。場所が場所だから、遊郭街で洩矢諏訪子を相手にちょっかいをかけているのとは、訳が違う」
「……」
早苗はすっかり黙りこくってしまった。
(やはりここが、親とも言える八坂神奈子の存在が、彼女にかかる迷惑が東風谷早苗にとっての弁慶の泣き所か)

「東風谷早苗」
八坂神奈子の事を考えているであろう東風谷早苗に対して、上白沢の旦那は目の前に現れた隙と言うのを見逃すはずは無かった。
やや高圧的に上白沢の旦那は筆記用具を懐から取り出した。
「聞き取ろう、何があった?○○には俺から伝える」
東風谷早苗は舌打ちを一つ立てたけれども、洩矢諏訪子の方だけを見ていたので上白沢の旦那としては悪い状況とは思わなかった。





感想

名前:
コメント:




+ タグ編集
  • タグ:
  • 諏訪子
  • キツネつきと道化師とキツネシリーズ
  • 阿求
最終更新:2022年02月06日 21:57