「戻ったんだ!あの兄弟、精神すら支配されているから、何もわからずに戻ってしまったんだ!!」
○○が殺意のような物をまだまき散らしながら、てゐの方を向いたり向かなかったりしながら叫んだ。
「まさか」
てゐは疑問と言うよりは完全に信じられないよ、と言った顔を浮かべていた。
○○はそんなてゐの、はっきりと言って強者の表情を見て明らかにカチンと来ていた
「そりゃ貴女は独立独歩の精神が強いですし、実際強いから一人でも生きていけるでしょうが。あるいは見下してもいるのですかね?けれどもあの兄弟は、まだ弱いから、精神を支配されてしまって立ち去ったり逃げると言う選択肢をとるその概念がまだない、あるいは奪われている」
○○としては、全くらしくない皮肉と言うかほとんど罵倒をてゐに向って投げかけていた。
「……あてがあるならそっちに行こう」
てゐは、彼女が強者だからだろうけれども、懸命にも○○からのほとんど罵倒じみた言葉を無視してくれた。
てゐの懸命な行動には、○○も一拍遅れて気づいてくれたようであるけれども、気づいたならば気づいたで、顔を赤くしてー―これもらしくない姿だ、今回の一件は何もかもが○○らしくない――自らの不用意ではっきりと言って頭の悪い行動に酷く狼狽と言うべきか、あるいは恥の概念によって苦しんでいるのは明らかであった。
てゐはやや狼狽と恥を感じている○○を前にして、何も言わずにただただ上白沢の旦那の方に目くばせをした。
……確かにこの状況は、てゐが何を言おうともそれが正しければ正しいほど、○○に対してはますます狼狽と恥じ入る感情を来してしまうだけだろう。

「○○」
とは言っても上白沢の旦那にだって、そんなに気の利いたことが言えるわけではなかった。てゐと同じことを言いたかったけれども、それが○○をまた傷つけてしまうのは自明の理であったからだ。
「お前に似合うのは行動だ」
少し臭いと言うか、演技と言うかケレン味の強いセリフだなとは上白沢の旦那も言いながら小さな笑みを浮かべてしまったが、この言葉は皮肉でもなんでもなく○○に似合った言葉だとはしっかりと思っていた、だから小さな笑みも皮肉げな部分は何もなかった。それが良かった。
「……そうだな」
○○の顔には笑みこそなかったが、正気には戻ってくれたのが分かる顔はしていた。
「貴方が行かなきゃ私が行くわよ、アイツの家ででしょ?アイツらの家に、あの兄弟は戻ってしまったと言う事よね?何となくわかるわ……」
ただこの場に置いて、この一件のもう一個の中心とも言える純狐は○○と上白沢の旦那が見せる友情なんぞ、はっきりと言ってどうでもいいと言う雰囲気しかまとっていなかった。
「まーまー友人様……命がどうのこうのは、稗田家が今回はアテになるとはいえ私らの立場でそれは不味いですから」
傍らでは主であるヘカーティアから友人を、危なくないように見張っていてくれと言われているのであろうクラウンピースが、必死でなだめにかかっているけれども。
「つまり命さえ残っていれば、そこまで問題にはならないのよね?」
純狐の意気と言う物はまるで衰えないどころか、ここにきて○○に対して言質と言うものを取りに来る抜け目のなさまで存在していた。
「……ああ」
○○はさすがに少し迷っていたが、殺意に殺気と言う物が純狐からの質問でよみがえってしまった。
「基本的には、死んでさえいなければまぁどうとでも……」
○○は純狐に対してだけではなく、この場にいるてゐと上白沢の旦那以外の全員を見やるようにして、その言葉を出して言質を……あるいは火薬庫に着火をしてしまった。
純狐はその○○からの言葉に、免状を与えられたと言う事で薄くそして冷たく笑っていた。

だがこの火薬庫に着火をしてしまうような言葉に、真っ先に反応したのは以外にも純狐ではなかった。
純狐はまだこの状況を黒々とした意味でしかないが、笑って楽しめる程度には余裕があったと言う事だ。
あのお菓子屋の主である初老の男性が走り出してしまった。
「あ……」
○○はしくじったか?と言う様な声を出したけれども、その気持ちは反射的に出た以上の意味は無かった。
たとえ純狐が慌てて追いかけてそれをクラウンピースが遅れてついて行ってもだ。
「まぁ良いか……ここまで来たら彼も主要人物だ、連れて行こう」
○○は急に落ち着きを取り戻して、走り出した彼の妻である老婆の方を見た。
「どうします?貴女も別に、まったく構わないのですけれども」
来たければどうぞと言ったような様子だ、しかしそれ以上に冷たい声や態度であった、もちろんその冷たさが目の前の老婆に向いていない事は確かではあるのだけれども、上白沢の旦那は○○が子の一件をどう考えても穏やかに落着させる気がない事を目に取ってしまった。

そしてその空気は、○○からの意思は、件の老婆もしっかりと認識してしまい。
ただ恭しく、この老婆は○○に向かって頭を下げてくれて。
「あの人をよろしくお願いいたします」
とだけ言うのみであった、上白沢の旦那は本音を言うと少しばかりホッとしたこの老婆の年も年だからとは、感じていたからだ。
「ええ、もちろん。それは稗田が責任をもって」
しかし○○はまた冷たい印象を携えながら、老婆に向かって会釈をすると同時に恐らく人里に置いては最上級の担保を与えていた。
……相変わらず冷たい印象が拭えないのは、上白沢の旦那としては怖い限りであったが。
「あの人はかわいそうな子供の事になると、頭に血が上りやすくて……私が子供を成せない体であるばかりに」
それを老婆が言ったとき、○○の顔がまた赤くなったがこの赤くなり方は恥じ入っている時とは明らかに違う物であったが。
「違う!それは絶対に関係がない!!」
あまりにも必死で、大きな声を使っていた。必死過ぎてこの老婆の為だけではないなと、上白沢の旦那は感じた。
(あるいは自分の為の言葉か……?)
上白沢の旦那はふとそう思った。
「彼の事は任せてくれ」
そして○○は何かから逃げるように、○○の方も随分と遅れて走り出したが、遅れを取り戻せそうなほどに早かった……無理をしているような気配がどうしても見えてしまった。
一番最後に残された上白沢の旦那は、この一件にあの哀れな兄弟の事もあるけれども、それ以上に稗田夫妻までもがこの事件がきっかけで変化を来しそうで、それが上白沢の旦那には怖かったが。
それでも上白沢の旦那にできる事と言えば、老婆に向かってお辞儀をして○○たちのあとを追いかけるのみであった。


「一応止めといてあげたわよ、貴方たちがいるといないとでは正当性と言う物に影響があるかと思って」
上白沢の旦那が追いついた先で、純狐がそう語ってくれたが皮肉げな雰囲気は全く見えなかった、これはどうやら皮肉と言うよりは面倒を避けると言う意味合いの方が強いんだなとすぐに分かった。

無論の事ではあるけれども既に到着している例のお菓子屋の主人である彼と、純狐にクラウンピース、そして○○から一斉に見られるのは出迎えられるのは、少々所ではなく気おされてしまった。
何せクラウンピース以外の全員が、今のこの状況に対して殺気立っているのだから。
「因幡てゐは?」
「ああ……そう言えばいないな、いや向こうから来たぞ」
上白沢の旦那は辺りを見回して、てゐがいない事に初めて気が付いたけれどもそんなに大きな事だとは思っていなかった。
なので向こうの方から、歩くよりは早いけれどもゆっくりとしてやってくる姿にも上白沢の旦那は、軽い様子でついて来てくれているだけで十分と思っていたが、○○と純狐の様子は違っていて、どこか所か明らかに遠巻きにしているてゐに対して腹を立てていたのは明らかであった。


「……そもそも因幡てゐがあの兄弟をしっかりと見張っていれば」
○○は中々以上に物騒な言葉を呟いていたが、とある方向ばかりを見やっていた――あの兄弟の家だ――お菓子屋の主人である彼は、目をむいて驚いていたが同じように効いていた純狐は、違うだろうと言う様な反応が表情に現れていた。
「囚人じゃあるまいし……あのウサギさんが目を離したのは確かに腹立たしいけれども、監視するべきはあの子たちでは無くてその…………両親と思うのも嫌だけれどもあんなのがあんなにいい子達の両親だなんてね、でも監視するべきはあの両親の方よ」
強い嫌悪感と言えるものを吐き出しながら、純狐は○○の考えを訂正しようとしていた。
「……確かに道理だな」
○○は存外にも純狐の指摘に対して、素直に聞き入れたけれども。だからと言って、との表現が最も的確だろう、だからと言って大人しくなったわけではないのだ。
「だったらやっぱり、あのクソ両親どもをとっちめに行きますか」
この時の○○は、その言葉遣いがいつものそれとはあまりにもかけ離れていると言うのもあったが、獰猛(どうもう)な意味しか感じ取れない薄笑いを浮かべていた。
ただ一番まずいのは、いきりたって真っ先に走り出していたお菓子屋の主人である彼が、○○が見せた獰猛な意味しか感じ取れない薄い笑いに対して、彼の方もそのどう猛さにあてられた上に

「行ってもよろしいか?」
一番槍というものを欲した上に。
「ああ」
○○が実に快く背中を押したことだろう。
上白沢の旦那は、そして間違いなくクラウンピースも手の動きから見て、せめてもう少しと言う様な事は考えたけれども。
いの一番に走っていった彼が、純狐に稗田○○と言う存在があるからとはいえ一度でも止まってくれたのが、上白沢の旦那が来るまで待ってくれた事がまず奇跡なのだ、多分○○が煮え切らない言葉を使ってくれたとしても今度は純狐が背中を押すし、過程の話だが純狐の事も無視できたとしても、あの様子の男が止まれるものか。大体そんな感想に、上白沢の旦那もクラウンピースも行きつくほかは無かった。
「ああ……ははは」
○○は短く笑って、雄々しく走り去っていく彼の姿を笑いながら――そこに皮肉げな感情がないのが厄介、評価しているからだ――ゆっくりと歩みを再開した。
上白沢の旦那は急いで○○の横に並び立ったけれども彼が持っている懸念の存在は、一番の友人である○○はもうとっくに理解していた。
「この依頼は、と言うより事件は。もう俺が、稗田○○の事件になった。申し訳ないがたとえ依頼人が君であろうとも、懸念の存在には十分気が付いているけれども、無視させてもらう」
丁寧な物腰で○○は一番の友人である上白沢の旦那に相対したけれども、その言葉には絶対に譲歩はしないと言う確固たる決意が見えていた。
そして○○が、自分の名前を口に出すときに『稗田』の名前を使うとき、本気であると言う事を上白沢の旦那は十分に知っていた。
幻想郷の外の出身のはずなのに、○○は下手をすれば上白沢の旦那以上に稗田と言う物の、その言葉が持つ重さを理解していた。
「ああ……」
○○がはっきりと『稗田』として動くと宣言したのを聞くに至っては、上白沢の旦那は怖気づいたようになってしまい、言葉を繋げることが出来なかった。


「お前やっぱり狐がついてるだろう!?博麗神社にでも行って来いよ!!」
「悪鬼ですら自分の子供は大事にする!それにすら劣るお前と比べたら、狐様についてもらっとる俺の方が上だぁ!!」
上白沢の旦那はそうはいっても○○は友人と言う部分を大事にしたくて、狼狽をしながらも歩くのだけは○○と歩調を合わせていたが、状況は上白沢の旦那が回復するのを待ってはくれなかった。
件の彼、お菓子屋の主人の完全に開き直った怒声を聞けば、収まりかけていた狼狽もまた、狼狽とまではいかないまでも脱力や諦めのような感情が出てきて機敏な思考と言う物は妨げられてしまった。
「あはははは……ざまぁみろ」
極めつけは純狐の見せたこの、実に楽しそうな声であろう。いや人里の構成員である上白沢の旦那にとってもっと不味いのは、この純狐の楽しそうな声に、○○もつられて笑いだしたことか。
「ねぇ、稗田○○。私ね、もういっそあの兄弟のお母さんになりたいのだけれども、構わないわよね?」
そして機嫌をよくし過ぎた純狐は、そのまま、きっと彼女からすればとてもいい思い付きとやらをそのまま勢いで喋りだした。
「ああ……」
さすがにこの話は、大きすぎるから○○も冷静さを取り戻してくれるかなと上白沢の旦那は期待したけれども。
「まぁ、阿求には言っときますね」
実に軽い言葉であった、稗田阿求との相談では無くて事後承諾をもらいに行くと言った具合だ。


こつこつと、機嫌よくだけれども獰猛に歩みを進めている間に、あの兄弟の家にたどり着いた。
「あの兄弟はどこにいる!?」
中からはお菓子屋の主人である彼の、怒鳴りながら詰問する声がなおも聞こえていた。
さすがに家の周りに、辺りの住人が遠巻きにではあるが、しかし興味をどうしても引き付けられてしまって様子を見るために集まってきていた。
その集まってきた人間の中には、○○の聞き取り調査に協力してくれた者も何名かいた。
この家の夫婦の事を罵り、よりにもよってあんなにいい子の親があんなのだなんてと、そう嘆いていたような者も何人だっていた。
その、○○の聞き取り調査に協力してくれた者たちはと言うと、○○が上白沢の旦那や純狐にクラウンピースを引き連れて歩いているのを見ると、急に合点が行ったような顔を浮かべてくれた。
上白沢の旦那は、純狐やクラウンピースの存在はともすれば、ちんどん屋見たいだなと思わなくも無かったが、稗田がいればそんな物もかき消せるかという結論に達した。


「やぁ」
○○は相も変わらずに獰猛な表情を携えながら、例の兄弟の両親の家に、だれかれ構わずに入っていった。何にも、臆すると言う必要は無かった。
「ああ!稗田様!」
そう言いながら件のお菓子屋の主人である彼は、入ってきた○○たちに対して平身低頭以上に恍惚な、信仰心すら感じ取らざるを得ないそんな表情をしていた。
「ふん」
ただ、今の○○の興味と言うか思考において優先されていたのは目の前でボコボコにされている男の方であった。
その男は、どかどかと入ってきた稗田○○よりもその後ろ側で憮然としている純狐の方にこそ、この男はようやく凍り付いたような表情や感情と言うのを出してくれた、やはり雲の上に近い稗田○○よりもついさっきに腕をひねりあげてきた相手である純狐の方に、彼は大きく動揺してきた。
「何の用だ!!」
口調に関しては大きな声量で、罵倒するようにしているけれども、無理をしているがゆえに出している言葉なのは明らかであった。
「何って……お前の子供たちの無事を確認しに来たのよ」
純狐の存在は、やはり彼女の事をよく知らないこんな男であっても彼女が相当に高位なる存在であること、はっきりと言って相当に恐ろしい相手であることは教養等がなくとも……
教養などがなくとも怖さは分かってもらわないと困る、そう思いながら○○は純狐の方をチラリと見たけれども。
「うわ……」
思わず声に出して、純狐への引いてしまったと言う感情を出した。なぜなら彼女は、今までずっと隠していたはずなのに陽炎のような狐のしっぽをゆらゆらと出していたから。

「止めてくれ、クラウンピースよこれは止めてくれ」
そのままほとんど考える必要もなく○○はクラウンピースに助けを求めた。
「友人様、友人様!!」
クラウンピースもすぐに動いてくれたが、純狐はクラウンピースの頭を、実に優しくなでなでとするだけで殺意の塊とも言えるゆらめく陽炎のような狐のしっぽは、絶対に収めなかった。
純狐の気持ちは分かるし、多分この家屋を一件ぐらいならば吹き飛ばしても阿求が味方すると言っている以上、方々に手をまわして問題にはならないようにしてしまうだろうけれども。
問題にならなかったからと言って、不問になったとはいえ、起こしていいと言うわけでは決してない。
男の方はさすがに、そろそろ本当に不味いと思い始めたのか、純狐にひねりあげられて件のお菓子屋の主人にもボコられたはずなのに、やはり恐怖が勝ったか急に追い詰められた小動物のようにキョロキョロとしながら、辺りをうろつき始めた。
とは言ってもこの家屋の中身はもうほとんど、○○たちが制圧してしまったから、何か目的があるのだろうけれども――あるいは全く無い、それぐらいはコイツの事を○○は見下していた――コイツの目線をずっと見ていた○○は、その目線が外に向いているのは気が付いた。
「まったく」
○○は呆れ果てながら数歩移動して、開けっ放しになっている扉を閉めた。ついでに窓なんかもしめてやって、退路は出来る限りにおいてふさいでやった。
「で?」
○○は残酷に男に対して、問いかけるようにして声をかけたが、彼は案の定ではあるけれども何も言わなかった。

「ガキ見たいな態度だな」
また○○にしては非常に珍しい、とてつもなく汚い言葉を使った。
「ダメな事、怒られること、そうとは分かっているのに。もっと言えば隠している方が悪手だと、一番、理解しているのに。隠そうとしてしまう、嵐が過ぎ去るのを待ってしまう。そんなガキの行動だ、お前みたいなのがあの兄弟の父親とはなぁ……もったいないの一言だ」
全くもって○○らしくも無い、相手の事をなじって全てを否定するような言葉遣いである。けれども目の前の男はと言うと、何を思っているかは知らないけれども何も言わずに、目線を誰とも合わせずにそらしていた。
「アル中の遊郭好きか……正直な話ね、私はこの件に関してはあの兄弟を保護することが出来たら、お前たち夫婦の事なんて何もかもがどうでも良いんだ。もしも兄弟の居場所を知っているのならば正直に話せ、こっちで保護する。そしたらもう関わらないと約束するし……そうだな、謝礼も払おう」
鼻で笑いながら○○は懐から財布を取り出して、これ見よがしに高額紙幣をピラピラと何枚も取り出してきた。
「ふん!初めてこっちの話に食いついたな」
やはりと言うべきか、見下げ果てたと言うべきか、この男は○○の取り出してきた紙幣に目線が分かりやすいぐらいに移動した。
○○は相変わらずいやらしくなじるが、男は紙幣を見ながら何かを考えていた、上白沢の旦那はクソガキと言う言葉は嫌いだけれどもそんな気配のある子供が、自分のやった悪い事を言おうか言うまいか、言うにしてもどう表現すれば自分のやった事を小さくできてあまり怒られずに済むかを考えている者の顔であった。そんな表情を見ていたら、上白沢の旦那はついにため息が出てきた、○○の言う通りガキ見たいな態度をこいつは繰り返している。
その姿を見て○○は、やっぱり何かを知っているとの確証を得たと言ってもよかった。

「手付金が欲しいか?」
しかし、何も言わないコイツに○○は苛立ちを強めていきその行動がさらにいやらしく、そして歌劇とも言える動きになっていった。
○○は舌を打ちながら、高額紙幣を何枚か投げつけた。
「やっぱり返せ等と言うみみっちい事は言わないよ」
そう言って○○は、この男に対して知っている事を喋れと迫るが男は何も言わなかった。それよりも床に落ちた紙幣の方に目線がくぎ付けであった。
浅ましい奴だ……上白沢の旦那は再びのため息だけではなく、呆れや苛立ちも同時に出てきた。
それと同時に、こんなにも浅ましい男が目の前の中々な量の金に対して、興味をひかれているはずなのに何故喋らないのか……こんな男ならば実の子供を売る事にも躊躇が無いのではと言う疑問も出てきたが。
その疑問はすぐに、最悪の予想と言う奴を上白沢の旦那に到来させた。

「生きているよな?」
この場ではようやく声を出した上白沢の旦那ではあるけれども、今回の一件に置ける核心と言うか譲れぬ一線を提示したような形でもあった。
「まー!まー!まー!!友人様も店主も!!まだ懸念と言うか……そう質問!質問の段階で暴れてたらきりないですって!!」
上白沢の旦那の、クラウンピースが表現するところの質問に対して純狐とお菓子屋の主人は一気に頭に血を上らせたが、面識の決して少なくはないクラウンピースからの必死な声に、何とか踏みとどまってくれた。
上白沢の旦那はクラウンピースのとっさの機転に感謝しつつ、自分は○○を抑えようと言う返礼のような行動にすぐに思い立った。
「最悪の可能性が持ち上がったぞ、おい」
○○はそう言うけれども、その声は上白沢の旦那に対してでは無くて相変わらず目の前の男に対して、よりにもよってあの兄弟の父親に対しての物であった。

「弁明しろ」
○○は上白沢の旦那が抑えていなければ、きっと飛びかかっていただろう。
そのまま何分も時間がたった、○○はこの件に蹴りを付けない限りは動かないぞと言う意思はもう十分と、○○からは見えている、けれどもこの男は何も言わなかった。
「○○、もうこちらで探そう」
いい加減上白沢の旦那の方が、ついにしびれを切らせた。
「時間の無駄だ……」
そう言いながらふと、上白沢の旦那は○○が投げつけた紙幣を見た、こんなのに渡すのに何というかもったいないと言うか喜ばせたくないと言う気持ちがわいた。
「君の言う通りだ……それから足元のそれはもう良い」
○○は上白沢の旦那の言葉に賛同を示しながら、紙幣の方はもう良いと言って背を向けた。
それを待ってましたと言わんばかりに、男は腰をかがめようとしたがどうやら○○はその光景が見たかったようだ、急に立ち止まってさっきまで見ていた方向を確認して、○○は自然な反応で嘲笑を浮かべて、それから表に出た。
純狐とお菓子屋の主人も、無駄だと分かっているしクラウンピースが必死になって表に出してくれた。

「しかし……どこから調べる?」
表に出てから上白沢の旦那は、申し訳なさそうに声を出した。
「永遠亭からこの家までの道を、特に人里に入ってからは横道も含めてしらみつぶしにするしかない」
だが○○の腹はもう決まっていた、自分でも動くし稗田家の人員もフルに使うだろう。
要するに力技なのだけれども、分かりやすい方法は上白沢の旦那としても嫌いではなかった、今回ばかりは自分も手伝う決心はもうついている。

ひとまずは稗田邸に戻ると言うのを、特に会話も無かったが人員が必要な以上は自然と皆がそう思った。
だが、稗田邸に帰る途上で向こう側から豪華そうな人力車が――稗田邸の持ち物だ――全速力でこちらに向かってきた。
人力車の引手は、○○たちの姿を認めると探していた人物が見つかったらしく急減速してその勢いを制御しきれずに、こけてしまったが。
中から飛び降りた稗田阿求と、そして件のお菓子屋の主人の妻である老婆、この二人にとってはそれよりも重要な、と言うよりは酷い報告をしなければならなかった、
こけた人力車の引手の事は、哀れではあるがこけたケガはいずれ治る。だからこの話よりは酷くないのだ。
「○○!子供の死体がひとつ見つかったの!!永遠亭にも確認させたけれども、あの子だったわ!!兄の方だった!!」
阿求のこの報告によって、○○の中での容赦が無くなった瞬間と言えよう。





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最終更新:2022年02月07日 23:13