「旦那様」
○○が明らかに獰猛(どうもう)な顔で彼らしくもない、それこそ暴力的な計画を絵図を描いていて、八意永琳は必要以上に関わりたくなくて目線をそらして、彼女に呼びつけられたてゐに至っても同じくで合った時。
○○の後方から稗田家の奉公人、力仕事に限らず荒事も含めた対処を求められている、屈強な者の内の一人が稗田○○に対して恭しくではあるが、今回に限ってはやや困りながら恐れながら、そんな様子で声をかけてきた。
○○は決して暴君ではない、なのに今のこの奉公人はと言うと頭を必要以上に下げながら、そのご機嫌が悪くならないように懸命であった。
「どんな話だ?あまりいい話でないのは、まぁ、分かるよ。そしてその厄介そうな話がどれだけ厄介だとしても、君に責任と言うのがない事も、ちゃんとわかっている」
○○は相手の事をちゃんとおもんばかっていた、上白沢の旦那だけではなくこの状況の言ってみればど真ん中に飛び込まなければならなかった、件の奉公人も明らかにホッとした顔を浮かべていた。
けれども奉公人は、ホッとした後でその所作を明らかに急いで立て直していた。そして何かを言う前にぺこりと、今度は恭しくと言うよりは失礼を承知で何かを言いますと言った様子を出していた。

「ご遺体の母親が……お話がしたいと言い張っておりまして」
言葉尻に、件の奉公人も例の夫妻に対する見下したような感情を抱いているのが上白沢の旦那にもよく分かった。特に最後の言い張っていると言う言葉もそうだけれども、何よりその口調が一番、この奉公人の感情を表現していた。
「ふぅん……」
○○は奉公人からの報告を聞いて、少し笑っていたが、普段○○が見せるような笑みでないのは確かであった。相変わらず冷たくて、獰猛な笑みだ。
その冷たさと獰猛さを見た奉公人は息を詰まらせた、やはり○○は相当に演じていると言うのもあるだろうけれども、稗田家中で信頼されるように努力を重ねていたと言うのが、この光景だけでも分かった。
それは普段のふるまいにも表れていたはずだ、稗田阿求はどう思うか分からないけれども決して○○は阿求より上に位置したり目立とうとはしなかったのは、同じような立場である上白沢の旦那にはよく分かっていた。

その○○が今回は、自らの怒りの消化を最優先にして動いているのだけれども……既に稗田阿求と稗田○○の魂は、並々ならぬほどに同化を見せていると感じてしまった上白沢の旦那にとっては、まるで問題のない事なのだろうなと諦めとよく似た感情で問題はないと考えてしまった。

「犯人は現場に戻ってくると言うが……あれは多分本当なんだろうな」
○○は他意など無くぼそりとつぶやいたけれども、目の前にいる奉公人にとっては中々以上に大きな意味を持っているつぶやきであった。
「……やっぱり、そうなのですか?こんな場所、確かに寂しくて人目はありませんが、まだ里の内部なら、その、やっぱり人間がやった事件以外には考えられなくて」
奉公人は恐々とではあるけれどもそう聞いた。稗田阿求が明らかに荒れているから、何らかの予測や推測は家中の人間も、否が応でもやってしまうであろう。
○○は何も言わずにチラリと目の前にいる奉公人の方を、いつもとは明らかに違う何物も寄せ付けない雰囲気、怒りも含ませながら見た。
「あっ、その……申し訳ありません、立ち入り過ぎました」
奉公人は自分が、特にこの事件は既に稗田○○が自分の事件として捜査を開始しているので、それを外野である、あるいは九代目様の手足以上の意味はない――つまり阿求が愛している○○にとっても――自分が立ち入るべきでは無い所まで、推測を話してしまった事を謝罪したが。
「状況を考えればまぁ、ほぼほぼ……確証を探している段階だよ今は。けれども俺がアイツを疑っていると言うか犯人だろうなと、そう考えている事はまだバレたくない」
なおも○○の雰囲気には怒りのそれがまとわりついているけれども、あくまでもそれはこの事件、そして犯人に対してだと言うのはちゃんと示していた。


「まぁ良い、ぼろを出すかもしれない。話を聞いてやろうじゃないか……良いよ、連れてきて」
奉公人が安堵したのは明らかであった、そして安堵してすぐに○○は声を、今度は意識的に優しくかけてやった。
優しい声で仕事を与える事で、後々に、尾を引くと言う様な事を無くすことを○○は意図していた。
こういう所が、上白沢の旦那の感じた、家中の奉公人達に気に入られるようにする努力の1つであった。

とはいえ、優しさの中にどう猛さも相変わらず○○の中には存在していた。
けれどもそのどう猛さが自分には決して向かない、あくまでも事件に対する憤りと怒りが出ているだけであると理解した奉公人は……やはり自分には向かないと言うのが一番大きいのだろう、なぜだかこの奉公人までもが少しばかりどう猛な雰囲気を宿し始めたのを、上白沢の旦那の目にはそれが無視は出来なかった。
「旦那様がお話を聞いてくださる、くれぐれも粗相のないように」
確かに、もともとこの母親の事を信用できないとか厄介そうなやつだなと、奉公人は思っていただろうけれども。
だけれども、今、この奉公人がこの母親の事を扱う雰囲気と言うのはほとんど下手人のそれであった。
いや確かに、下卑た部分は無視できないから高圧的な態度を誘発してしまうのは分かるが。けれどもやっぱり、上白沢の旦那にとっては心配であった。
……確かにこの女も、その夫も、まとめて筆頭容疑者ではあるが、危ういなと上白沢の旦那は感じてしまった。
いつかこれが原因で○○の足元をすくわれないか、そんな心配が自然と出てきた。


「……」
目の前にやってきた女を前にして、○○の眉毛は明らかに不機嫌そうにピクピクと動いていた。そこに無言が重なる物だから、○○が周りに発していた不機嫌さの波動とでも言えるものは、眼に見える物ではないはずなのに、辺りの景色をゆがめそうな程の威力を上白沢の旦那はふと考えてしまった。
「えっと、あは、その……あはは旦那様、その、本日は……」
目の前の女は敬語と言う物を、相手を敬うと言うような行為に慣れていないようで……何よりも上白沢の旦那を苛立たせたのは実子の亡骸の近くで、よくお前はヘラヘラと媚びた笑みを出せるなと言う部分であった。
「……ああ」
苛立ちを上白沢の旦那が抱えて、いっそ何か言おうかと思っていたら○○が人差し指を立てながらいわゆるシーッとするような仕草、黙っててもらえるようにと言う仕草を見せてきながらこちらに近づいてきた。
「ぼろを出させたい、好きに喋らせてやれ」
言っている事は理解できるが、○○の表情には上白沢の旦那は息をのんだ。

依頼を事件を楽しむ姿と言うのは、○○がたびたび見せる姿だけれどもこの時の○○の姿は明らかに異なっていた、獲物を犯人を騒動の中心人物を見つけてそれを前にしているちょっとした高揚感とは明らかに違う、いたぶって楽しんでいるような目つきを○○はしていた。
自分の友人がこんな顔を浮かべる事が出来たことに、上白沢の旦那は恐れおののいた気持ちは確かにあったけれども、今回の場合は犯人が犯人だから、あまりにも特殊な事例だからそうなっているだけだと言う友人に対する甘い評価、と言うべきなのか、あるいは自分も相手を今回の場合は、その中心人物の事を、おもんばかる気がないのかもしれなかった。
「ありがとう」
○○は素直にそう例を言った、それを聞いた上白沢の旦那は恐れおののき息をのんでしまったと言う事実に、彼は友人に対する怖がってしまった事に対する恥じ入る気持ちと言う物を、はっきりと覚えた。


「ああ、で、本題を」
○○は上白沢の旦那の時とは打って変わって、また雑な対応に戻った、しかしながらその心中においては獰猛さと残酷さと、そして冷静さが併せ持たれているのは明らかであった。
ただ単に、お前を狙っていると言う意思さえ隠せれば良いだけであった。それにこいつと長話をしたいともまるで考えていないので、とはいえぼろは出させたい、その妥協案がただただコイツの話を見下したような微笑で聞き取り続ける事だったのだろう。
「ああ……」
目の前の女は目線が右往左往としていた、何かと言うか、自分から疑いの目や追及の手をそらしたいと思っているのだろうけれども、正直に話せばぼろを出すことは分かっているのか、話したいことはあるのだけれども下手に話せば自分たちの悪事が、それが露見するので話せる内容を必死で選んでいる素振りが見えた。
○○の言う通り、ガキ、それも悪ガキの見せる悪あがきのようにしか見えなくなってしまった。

「…………」
○○は相変わらず、いつもとは明らかに違う嫌な感触を持つ微笑のままでたたずんでいた、助け船を出すつもりも一切なく、ただただこいつに喋らせるのみであった。
残酷な事をやっているけれども、状況を考えれば確かにコイツが犯人なのだろうけれども、確証がまだ無いのも確かだ、ならば○○のやっている事は残酷かもしれないが相手の悪辣さを考えればこれぐらいで良いのかもしれない。
……愉悦の存在は、あるだろうけれども、肯定はしないけれども責めたりもしないでおこうと上白沢の旦那は考えた。

「その、お菓子屋の店主はキツネにでも憑かれているいるのではと言う事は、ご存じかと思いますが……」
「ああ」
○○の返事からは、だからどうしたと言う苛立ちが間違いなく存在していた。
「アレも、なぜかあの男と仲良くしていましたので」
「アレ?今お前、アレって、どれの事を言ったんだ?まさか自分の子供の事を?」
この女は目線を奥にやって、亡骸本体には布がかぶせられているが八意永琳とそれに呼びつけられたてゐが、周りで作業をしている場面を見ながら、アレとかなり雑に表現したがそれは明らかに○○の『かん』と言う物に触る言葉尻であるし、上白沢の旦那としても○○からは相手からのぼろを出したいので任せてくれと言う言葉を覚えていても、辟易とした感情を表情に出すのを止める事は出来なかった。

「ああ……」
女の目線が明らかに泳ぎ始めた。
詰問をされているからと言うのはあるだろうけれども、それでも、実子の死を前にしている割には妙に冷静なのはやはりどうしても悪印象と共に気になってしまう事柄であった。
「あの子はお前の実子なのだよな?」
そして○○はそもそもの段階にまでをも、疑問と言うのを抱き始めていた。実子でなければ構わないなどと言う、そんな酷い考え方は○○だって持っていないけれども、だけれどもまだ、酷い話ではあるのだが何となく分かってもしまえるのだ、嫌なものだけれども。
「失礼な」
けれどもどうやら、残念な事に、実子だったようだ。そこを疑われた時は、いったい何の自負心があるのか全くもって謎ではあるけれども、心外だと言うような気配を確かに見せた。
「私は産めますよ、産める身体ですよ」
ただし子供に対する愛情と言うのは、感じられなかった、自分の身体が持っているある特性の存在をそれを有している事のみに対する、自負心であると上白沢の旦那は理解してしまったが、そんな醜悪な自負心があってたまるかと言う思いも同時に出てきた。
「あの老婆と違って」
だが目の前の女の言葉は証明と言う作業を向こうから行ってくれた、上白沢の旦那が思った通りだったのだ、その自負心は醜悪でしかなかったのだ。
「あの老婆ね……」
○○の反芻した言葉にはもう、明らかな怒りが込められていた。
「ええ、だからキツネなんかが憑いたと考えているんですよ、あの男に」
だが目の前の女のその、理論と話の展開方法は本人は意図していないだろうけれども、実は○○の方向にも強烈な威力の流れ弾を飛ばしていた。
稗田阿求も、阿礼乙女が持つ短命の業と言う特性故に身体が弱い、それつまり妊娠と主産に耐えられる身体ではないと言う意味があった。
上白沢の旦那はすぐにその事を思い出して、先の言葉が実は阿求を妻とする○○をも馬鹿にしたような理論と発言であることに気づき、戦慄したが。
○○は目をカッと見開いて目の前の女を、にらみつけるとは違うけれども凝視していた。

「あるいは俺もか?」
「はい……?」
そしてそのままの表情を浮かべながら、○○は自分の事を話そうとしていた。
目の前の女はまだ気づかない、これはもう教えてやらないと気付かないだろうけれども、こんなのに教えてやろうと思えなかった。
それに上白沢の旦那が憮然としたままで黙っていても、この展開ならば○○の方が乱暴にでも気づかせてくれると思っていた。
それに気付かせるのならばそれは、○○の方が適しているだろうとも考えた。

「あるいは俺もかと聞いているんだ…………私の妻、あ、あきゅ、あ……阿求の持つ、じじ、事実が……あ、あきゅ、う、は。いや違う、俺は気にしていないが」
けれどもここにきて○○の、稗田阿求に対する愛情が○○から言葉を紡がせると言う能力を一時的ではあるけれども奪ってしまった。
稗田阿求はきっと、いや間違いなく、自分の身体が妊娠と出産に耐えられないゆえに○○に子供の存在を諦めさせたことを気にしている。
○○は努めてその事を気にしていないように振舞うどころか、いっそ考えないようにすらしていたのではないか、稗田阿求が不意に気を病まないためにも。
だがここにきて、カチンを通り越した怒りを覚えた○○は、目の前のこの女に対して子供を成せない身体を持っている阿求を妻にした○○もまた、お前の言う所のおかしな人間なのか?と問いただしたかったはずなのだが、それをやれば不意に○○が妻である稗田阿求を傷つけてしまう、その事こそを○○は嫌がったのは、付き合いの深い上白沢の旦那にはすぐに分かった。

そして同時に、助けねばとも自然に思えた。
「○○」
上白沢の旦那は○○の横に立って、その肩を支えてやった。
○○は病など一つも患っていない、健康無事な物の中でも特にそうだと思えるぐらいの男だが、その時の彼の顔は蒼白となっていた。
○○はそこまで、阿求の事を傷つけたくないと思っているのは明らかであった。
「こんなのに気を病む必要はない」
上白沢の旦那は目の前にいる、あの子の、死んだあの子の残念ながら実の母親、それに聞かれないように耳打ちをしたけれども。
眼には見下す打とかそう言う感情を抱きながら、横目でそいつの事を見ざるを得なかった。
「……子供欲しいのにいないから、そもそもできないから、おかしくなったんですよあの男は」
だけれども本当に、何もこの女は分かっていなかった。
上白沢の旦那はいっそのこと、今回ばかりは暴力で解決してやろうかと言う激しい感情すら湧き上がってきた。
けれどもそれよりも、いまだに蒼白な顔をしながら上白沢の旦那の腕を持っている、明らかに支えを必要としている○○の方が上白沢の旦那としてはより深刻でより重要で大事な存在であった。
(運の良い奴め)
上白沢の旦那はそう思いながら○○の腕を取りながらこの場を後にした。
稗田家中の奉公人が、先ほどあいつの到来を申し訳なさそうに伝えに来てくれた彼が後ろから心配そうについて来てくれた。
「何があったんです?」
当然の疑問をその奉公人は聞いてきた。
ふと上白沢の旦那はあの女に敵を増やしたくなった。

「あの女、稗田阿求を侮った。身体の弱さとそこからくる子供が出来ないと言う事実をもってして、侮った。その悪意に○○があてられて、気を病んでしまった」
衝動的な思いが、特に考えもせずに事実を全部ぶちまけてしまった。
無論この事実は、知られるのは時間の問題だったかもしれない、稗田阿求が○○の不調を気にしないはずはない、そこから絶対に稗田阿求には知られるだろうけれども……。
もしかしたら、その時には○○は不調からだいぶ回復を見せており、稗田家の奉公人が持つ信仰心をともすれば危ういと感じている○○が、奉公人には知られないように立ち回ったかもしれないが。
上白沢の旦那はその可能性を、今この瞬間にゼロにしてしまった。
だがこれも、結局は、真っ当ゆえからの怒りがそうしたのだ。言った瞬間は上白沢の旦那も大きく動いてしまった事に、何かを思う事はあったけれども、真っ当な怒りがこの行動を結局は正当化してしまった。
「そっちはお願いします、こっちはとりあえず○○を阿求の近くに戻してきます」
その上、場の状況をある程度以上に動かす権限のあるような存在が両方とも、いなくなった。
上白沢の旦那は、ざまぁみろとしか思わなかったけれども。





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最終更新:2022年02月07日 23:18