「海神のはしたない断片」
※○○はショタ


 奇跡の「幻想郷海開き」のお祭り騒ぎの翌日。昨日賑わった屋台が一日で見違えるほど廃墟めいて並んでるサッパリ晴れた磯。まだ幼い○○と一緒に昨日余ったトウモロコシ食べてる村紗。すぐに忘れそうな世間話をしばらく続けたところで、会話の間に沈黙が通る。

 村紗は鼻下に間近のトウモロコシをちらとみる。粒が小さくてかわいい、そして食べると異様なほどボロボロになっていくトウモロコシ。まるで水死。膨らんでぎっちりした後、弾けてボロボロに。しかし村紗がトウモロコシにかこつけて思いかけているのは、本当は隣のたまらない○○のことである。
 会話の間の沈黙がもっとおそろしい静寂でなければならない筈が、この時二人の耳には、言葉をやると壊れる恐怖など無いで、むしろ同じ海鳴りを聞いて全てに納得したような確信を捨てられない。
 村紗は海を睨む。自身を構成する色々な部分のうち、少し嫌いな自分―というより嫌わなければ現在の自分との矛盾で死んでしまいそうな部分が海から帰ってきつつあるのを感じた。磯の向こうは、青みの重い憂鬱な盛夏の海である。
 村紗は思う。この小さくてたまらない○○と自分とがどれほど遠く離れ、かつ近づき合おうとしているのか。それを今二人は自然に話そうとしたのではないか。沈黙の瞬間、二人は言葉もいらないほど海鳴りで心を聞き合ったのではないか。
 そして村紗は、どの自分が言ったのか分からない言葉を脳裏に何度も再生する。海から聞こえてきた「今、隣の子が死んだわ」。舟幽霊の自分がおかえりの代わりに言った海への挨拶である。村紗はそれを拒まず、ぼうっと受け止める。
海が来てしまったのだから後はもう狂うしかできない。そういう諦観である。

村紗は元来柔軟で、情熱と人間との齟齬を見ても決して心が燃えてこない。この舟幽霊としての名残が、今村紗に復活の猶予を与える。隣の子を横目でちらと目配せする村紗の瞳に何の焦りも宿っていないのは、看取ることを司る海神のみつかいたる証である。実際、○○が見ていたのは村紗の胸だった。村紗はもうダメだと思った。

あー。いーけないんだーいけなぃんだー。そんなに。あー。ああーー。あああーーーーー。あああああぁぁぁぁーーーー。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ゴオオ―――。

「……で?それで??」

一輪が会話の間の沈黙をすぐ突き破ったのは、この村紗の話が気に障ったからではない。○○が自分の胸を見ていたと言ったきり、村紗は話を打ち止めてしまった。しかも、話し終わってもいないのに村紗は目を瞑ってもう余韻に浸っている。

「それで、どうなのッ!触らせてあげちゃったの??」

目を丸く見開いて一輪がまた問いただす。村紗は間を開けて一度頷く。

「その後は??」

すると村紗は海の微睡みから覚めて、恍惚の目つきで言う。

「もとめたことすべてに応えてあげたわ。もう、……たまらなかった。それで今は、あたしのおなかの中にいるよ」

一輪はウウッと低い声を上げて身震いした。羨ましかった。せめてその名残をもっと分けて欲しかった。妖怪が妖怪的である瞬間ほど、妖怪を性的に興奮させるものはないのである。羨望と嫉妬と絶頂と憤怒と暴力と無我と愛と存在と……こういうものが一点に凝集したグロテスクな気絶感。強い酒はその余韻を鳴り渡らせてくれる。
 たまらない一輪はおちょぼを逆さに飲み干した。この頃地底に流行る度数六割の白酒である。

「一輪って強い酒好きよね」
「アヤカシっぽいじゃない」
「ウワバミじゃなくて?」
「フッフッ!……ゲフッ!そういえば村紗は大抵どぶろくよね」
「あのねぇー、船の上にいた頃ね、桶一杯のどぶろくをそのまま吞んだのよね、んもうッ一番気持ちよかったわ。あの目が回って、身体が吹っ飛ぶ感じ。おちょぼとかは、あの溺れ感が足りないのよ」
「妖怪はなんだかんだ妖怪よね」

村紗は粗悪でも濁酒を好んだ。それも、大枡にたっぷりのを一気に飲み干す自爆的飲み方なら尚良かった。それはやかんで麦茶を直飲みする気持ち良さによく似ている。だが村紗にとって、間髪入れず酒がだくだく流れ込む快感はそれ以上の特別な理由がある。大きな力によって沈められ、溺れさせられること。その苦しみの中で、村紗は恍惚の表情を浮かべている恋人を見るのである。

「それにいい酒が吞める妖怪よね」
「こっそりと、がっつりと」
「二人でね」
「えへ、えへえ」

その時、何所かも何時かも分からない暗い水底に、生の名残の泡がパッツリと弾けた。その音を聞き取る為に村紗には酒が必要であった。あるいは涙が。





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最終更新:2022年02月09日 22:47