その内容に関しては黒々とした物ではあるけれども、阿求は○○に対して『ご随意に』と言って笑ってくれた。
その光景を見た○○は、まだある程度以上に心配な部分が残っているから、彼は相変わらず阿求の私室にいたけれども、稗田阿求からのほとんど無条件の愛情と言うのは、はっきりと言って色々な場面で役に立つ武器であるし、そのための人員や道具だって、ほぼ無条件に手に入ってしまう。
そうだ彼女は、稗田阿求は人里の最高権力者なのだから。
今回も、○○がやろうと思えばいくらでも、その場から動かない安楽椅子探偵を決め込む事が出来るぐらいには、調査のための人出がその手中に存在していた。

だからそんな阿求と――阿求は末路を負い目としているけれども、いやだからこそ○○には何不自由させたくないのだ――婚姻を結ぶ事が出来た○○は阿求の私室で座りながらでも色々な事がやれる。
だけれども○○だって、自分が地縁も血縁も存在しない全くの木っ端であることを自覚しながら、阿求から授かっている武器や道具や権力を行使している。
そして今回はそれらを行使する大義名分は大いに備わっていた、子供が一人死んで弟の方がいまだに行方不明なのだから。
しかし○○の力の行使のしかたは、もう少し変化球であった。
「そう、彼は埒が明かないと言った感じで行方不明の子供の方を探しに行ったんだね」
上白沢の旦那に、○○が阿求の事が心配で中々離れられないので人員を貸し与えているが、無論の事でその動向はほとんど逐一○○の元に伝えられてくる。
そうなると、ただ座っているだけと言うのは○○の性格的にも、それを嫌がるのが普通であったし横にいる阿求としても○○が自分を気にしすぎて動かないのでいるのではないかと、またいらぬ気をまわしてしまう。
「じゃあ、こっちはいなくなった弟の所在以外で気になる事を調べようか」
○○がそう言ったとき、報告を持ってきてくれた奉公人はその隣に阿求がいるから余計に、うやうやしく頭を下げてくれた。
……○○としても、これが阿求の興奮を呼び起こすのだと、考えなかったと言えばウソになる。
結局のところ阿求の中にある、後ろめたい部分や脛にある傷と言う物を慰める最大の物と言えば、○○が自分の権力を使ってさらにはうやうやしく対応を受けるだけでなく、その場面を見る事であった。
慰めるどころか、生来の身体の弱さから夜を諦めなければならない阿求にとっては、興奮の原動力ですらあった。
(四季映姫・ヤマザナドゥがこれを見たら、果たして何を言ってくるか)
阿求が興奮を感じている事を如実に感じ取った○○は、その背中に手をまわして落ち着くようにと言外に伝えたけれども、実は自分も落ち着いていないのは○○だって理解していた。
そしてそれが……そもそも稗田夫妻と言う物の成り立ちとその決定づけられた最後、それを四季映姫・ヤマザナドゥが問題にしないとは、さすがに○○だって考えていなかった。

(分かってるよ)
○○は独り言として呟く事も無く、ただ心の中で悪態をついていた。とはいえ悪態をつくと言う事は、○○としてはその事を悪いとはまるで思っていなかった。
稗田夫妻が幸せになるには、阿求と婚約を結ぶ際に二人きりの時に言われた契約の最終的な結末こそが、実は唯一の方法であり次善策すら存在しないと、少なくとも稗田○○は信じていた。
後はたまに迷ってしまう稗田阿求を○○はがんばって、彼女の考えが唯一無二の方法であると信じさせてやる事であった。
「俺の名前は幻想郷のすべての存在が、知らずにはいられなくなる」
この言葉も、全く疑わずに稗田○○は口走っていた。結局のところで、自らの一番の友人である上白沢の旦那に言った通りで、○○は名声依存症なのである。
「阿求、君と出会えて本当に良かった」
愛は、確かにある。夫妻がともに相手に対して最大級の愛とそれに伴う行動をせねばと考えている。
やや以上に○○の方が、圧倒的に権勢が無いので果たして阿求に何かを与えられているかどうかと、気にはしているが。
阿求にとっては、身体の弱い自分に付き合ってくれるだけで十分なのだ。最後まで最期まで付き合ってくれると、信じているからもうそれで十分だと本気で考えていた。


思った以上に今の阿求は、やり返すと言う黒々とした感情のお陰で悪意をぶつけられた割には元気だけれども、『割には』と言う部分はやはり加味すべき状況であった。
今日の気温は、決して寒いと言うほどではないのだけれども冬の足音が、チルノやらレティ・ホワイトロックやらが嬉しそうに元気そうにしているような、つまりは寒さが体に毒な阿求が気にするような状況ではまだないはずなのだけれども……今の阿求は厚手の羽織ものをまとっていて、手先は神経質に淹れたての温かいお茶を求めていた。
無論、○○はそんなこまごまとした作業を阿求に、ましてやこんな時にさせるべきでは無いと即座に考えて気が付く端から、お茶とお茶菓子くらいはこっちで面倒を見させてくれと言って、器やらそこに入れるべき中身だとかの面倒を見ていた、まさか阿求程の人物に○○が彼女を愛しているからと言うのは理由としては十分にあるけれども、箱に入ったお菓子をそのまま渡すなんてことはやりたくなかった。

阿求はいわゆる世間一般のお決まりとは違っていて、塩気のある物が好みに合っていた。
なので今回、器に盛られるお菓子たちもアラレだとかせんべいだとか、そう言った物がほとんどであった。
どこからどのような経緯を経て幻想郷に製法がやってきたかは分からないが、やや幻想郷の風土とは似つかわしくないコーンチップスも何故か入り込んでいた。
しかし○○は、一瞥するのみ話題には出さなかった。外の知識は、○○は阿求の前ではとにかく外でなければ手に入りそうにない知識は、使わないと決めていた、その考えはもはや決意や覚悟とまで言ってしまっても良かった。
もちろん阿求は、幻想郷の歴史編纂を一手に任されるほどの才女が、その機微に気づかないと言うわけが、毎回もあるはずは無いのだけれども阿求の方だって気づいても言うはずは無かった。まさか無碍にする訳にもいくまい、この夫妻の関係性はこういう細かい所に現れていた。

「旦那様」
そして稗田家の奉公人達は、この稗田夫妻が見せる細かい部分での信頼と愛情の存在を、しっかりと把握してなおかつ邪魔をしないように気を配っていた。
今回も○○が阿求の事を気にしてかいがいしく世話を焼くのが、心配もあるけれどもそれが楽しいからやっている事と、阿求も阿求で申し訳なさも無いとは言わないが○○に――○○にと言う部分は絶対に重要であるから抜かしてはならない――かいがいしく世話をされていて、嬉しくないはずはない。嬉しすぎていつもの、凛とした様子が明らかに減っていた。
だから余計に、奉公人達はこの空気に部外者である自分たちが入るわけにはいかないと、そう考えるのだ。
「お頼みになられていました事、調べがつきましたので」
所作正しく、奉公人は報告書を何枚か○○に渡してそのまま下がっていった。

もらった報告書を読んでいる○○は、少し思案した後に阿求の方に目線をやった、今の真面目と言うか阿求が演出している部分が多いとはいえそれは○○の事が好きだからである、だから名探偵然とした今の○○の横顔を見ていないはずは無かった。なので目線が合うのは極めて自然な事である。

「上白沢の旦那は、まぁ純狐が何かやらかさないか気になるし不安だからが本意とはいえ、頑として口を割らんあの男に呆れと失望とも言えるかな?自分たちで探してやることにした、これで見つかれば上等中の上等だ……」
「でも」
○○が言葉を区切った時、阿求は合いの手を入れてくれた、とても好意的な様子で。
「あなたも何かお考えがあるのでしょう?」
じゃあおやりなさい、と言った風であった阿求の言葉は。
それ自体はとても嬉しいのだけれども、○○は少しばかりばつの悪い顔を浮かべながら。
「実を言うと半分以上、あの女に対する、純狐がボコボコにした男の妻であるあの女、あいつに対する嫌がらせでしか無いんだけれどもね」
素直に○○はそう言いながら、さらにいたたまれないような感情を作ったが……阿求はキャッキャとしたような雰囲気を出していた。

「あはは」
阿求の嬉しそうな顔を見たら、○○は自然と顔がほころんで。
「まぁ、じゃあ行ってくるか。聞きたいことは一応あるが……」
やや後を引くような言葉を出しながら、○○は報告書の中の一枚に対してもう一度目をやった。
○○がことさら問題にしたくなる内容が書かれているのは、これは明らかであったので阿求も横から覗き込むようにしていたが、○○はやはりこの内容を阿求にも知って置いてほしいと思ったのか、紙面をすべらせながら阿求の方に寄こしてくれた。

「あら……」
○○と同様に、阿求もその内容には眉根を寄せた。
「男ね」
紙面の内容は、阿求のこの一言でほとんどが説明できてしまえた。
「そう、男の存在があるとは思わなかったよ……顔見知りとかだとも思ってやれそうにないぐらいに、親密そうな仲だって」
○○は紙面を見ながらだと、また苛立ちがぶり返してきたからなのかさっと目を伏せて違う場所を右往左往と見やって結局は阿求の顔に視線が戻ったけれども。
けれどもだ、今は紙面の内容をひどく、○○と同様に阿求も問題にしているからその表情は、苛立ちと怒りでしか無かった。
「……ッ!」
結局阿求は、その紙面が持つ最も重要な意味である、あの女に男の存在があると言う部分のみを確認できれば十分として、紙を舌打ちと共に裏返した。
「嫌がらせが本意と言う意味が分かってくれたと思う……嫌な話だが、母親の方も実子に苛烈だったのって、邪魔だから身を軽くして愛人と……いや、いや、いや!」
○○はうんざりとしながら立ち上がった、そうしながら阿求は先ほどご随意にと言っていたしその考えを反故にする事など、絶対にないのだけれども。
阿求の意思と言うのは、強く悪い方向に固まった形でとても所作正しくてしとやかに、外に向かう○○を、出陣をしようとする武将を見送るかのように頭を下げてくれた。
こんな状況で、愛人と会っているのかと言う事実が稗田夫妻の思考や感情を苛烈にしてしまっていたし、○○が一瞬口走ったが結局は良い淀んだ懸念も、ここまで悪い事が続いているとこの手の懸念はもはやほぼ事実となってしまうのが常であるし。
阿求はもう、○○の良い淀んだ懸念を(ああ……その考えがあったか)と言う具合に、事実として扱っていた。
部屋を出る際に○○は阿求の様子を、もう一度確認しておいた。
寒さ冷たさは身体が弱い阿求にとっては大敵であるから、稗田邸のどこにいようとも温かく出来るようにはしているから、この部屋もそうなのだけれども、寒さの次かあるいは同じぐらいに身体に悪そうな感情を今の阿求が抱えていると、○○の目にはそう映っていた。
(あるいは……もうこの場合は、即処断してしまっても……?)
阿求の身体に毒となりそうな感情を見て取った○○は、急ぐべきなのではと思った。
とはいえ、いつかだかに使った回転式拳銃を、求めれば阿求は嬉々として渡してくれるだろうし何だったらずっと持ったままにしても、阿求はそれで良いと思ってくれるだろうけれども。
まさか日中の往来であんな物騒な物を使う気にはなれなかったので、頭の中には出てきたが求める事は無かった。
それに今回は一人ではない、何かあったら集団で取り囲めば……とも思ったが、それもあまりよい方法とは思えなかった。
「俺がやるか」
○○は廊下を歩きながら、独り言をつぶやきながら。あきらめとも取れなくもない決断を、固めようとしていた。
またか、とは思わなかった。もう自分の手は血で汚れている、たとえ阿求がそれを全面的に擁護してくれようとも、それが違いを生んでしまうのは○○としても理解していた。





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最終更新:2022年02月09日 22:51