「住処を変えるよ」
帰宅してすぐ、私は足枷を外しながら○○に告げた。
「どうしたんです、藪から棒に」
「私の周りを嗅ぎ回ってる奴が居るのさ」
○○は呆れたように息を吐く。
「僕の存在が知られて何か不都合があるんですか?」
「お前が他の奴と会うかもしれないのが気にくわないだけさ」
「てっきり、鬼が人間に懸想しているとなると体面が悪いのかと」
思いがけない○○の言葉に、私は固まってしまった。
「否定しないんですか?」
嘘は、吐けなかった。その気持ちも少なからずあったのは否定できない。
「萃香さんがどのくらい僕のことを好きなのか、分かんなくなってしまいました」
消え入りそうな声で○○は言う。
「人間が人間を攫ったら犯罪なんですよ。でも、鬼が人間を攫うのは当たり前なんですよね。
萃香さんは犯罪的な手段に及ぶほど、恥も外聞も投げ捨てるほど僕に恋してるわけではなかったんだ。鬼として当たり前のことをしただけだったんだ」
まさかそんな方向から○○の心が傷つけられているとは思いもしていなかった。
「なんで勘違いしてたんだろう。萃香さんが、僕みたいな平凡な人間をそこまで好きになってくれているって」
「○○は私のこと、嫌ってないのか?」
「最初はショックも受けましたけど萃香さんが良い人?妖怪?なのは数日間いっしょに過ごしていればわかります。嫌いにはなれません。
萃香さんは僕が萃香さんのことを嫌ってると思ってたんですか?」
「……思ってた」
沈黙がその場を支配した。
頭の中を嬉しいやら哀しいやら、よく分からない感情がぐるぐるしている。
最初に口火を切ったのは○○だった。
「すみません、ちょっと混乱させてしまったみたいですね。
少しで良いので、久しぶりに外の空気を吸わせて貰ってもいいですか?僕は逃げも隠れもしませんよ。逃げたところで、萃香さんなら僕のことを簡単に見つけてしまうでしょうし。
落ち着いたら僕を連れ戻しに来てください。待ってますから」
○○を物理的にこの部屋に繋ぎ止めていた足枷はちょうど外していたところだ。申し訳なさそうに少しこちらを見て、○○は外へと歩いていった。
私は、すぐに○○を追いかけることが出来なかった。
感想
最終更新:2022年02月09日 23:09