ほとんど空を飛んでいたから、言って見れば上空と言うのはほとんどの存在にとっては意識の外である、それは稗田の奉公人にとっても例外ではなかった。
クラウンピースや純狐に、一応付き添っているヘカーティアは別としても、稗田の奉公人はこの里で特に尊い仕事とはいえ持っている力は常人のそれから大きく逸脱はしていない。
そのため九代目様である阿求様の旦那様である○○が、この意識の外である上空から降りてきた時に、奉公人達は――友人を殺されて憤っている――クラウンピースを止めようとしつつも内心を理解してしまえるから、やりにくいと言う意識をいくばくかの間忘れさせる効果としては十分であった。
これによって九代目様の信仰心から来る、阿求が意識してそうなるように仕向けていた夫である○○への忠誠と信仰、それが阿求以外の手によって高まる事となってしまった。
……これが○○の機転のみで為されたものであったら、阿求はきっとでも何でもなく間違いなくもろ手を挙げて喜んでくれるのだけれども、今回は他人の手の中でも、よりにもよって東風谷早苗の手が入り込んでしまっている。
だからと言って阿求は、高まった信心を反故には絶対に出来なかった。稗田○○を愛しているのだから、最後まで最期まで付き合ってくれる存在は手に入らないと思っていたから、反故に等出来ようはずも無いしその概念も無かった。
だからこそ、この先において稗田阿求は苦しむのだけれども。

「クラウンピース」
そして今現在において○○が出来る事と言えば、あくまでも東風谷早苗の事を話題にしない、ただそれだけであった。
そして○○に声をかけられたクラウンピースは、明らかに爆発一歩手前かそれよりも近い距離にいた、これには東風谷早苗も何かをやると言うのは、少なくともそれは今では無いと思えるだけの状況は理解してくれた。

「止めるの?」
○○に声をかけられたクラウンピースは非常に機嫌の悪い部分を全く隠さなかったが、むしろそっちの方がやりやすかった。
腹の底をさらけ出しながら話せると言うのは、決して悪くは無い事なのだから。
「止める、人里の構成員どうしだったら多分止めなかったが」
やや含みを持たせた言い方を○○は行おうと思ったが、今のクラウンピースにはそう言うのは逆効果であろうからすぐに考えを改めた。
「最悪、俺がやる」
クラウンピースは○○からのこの言葉に、やや複雑そうな表情をしていたが……好感とまではいわないものの、決して悪い様子は彼女からは見えなかった。
「それは……稗田阿求の夫として言ってるんだよね?稗田家の言葉として受け取って良いんだよね、貴方個人の見解では無くて」
クラウンピースは慎重ながらも確実に、確認を求めてきた。
「構わない」
○○は言い淀まなかった。
「……そう」
溜飲が下がるとまでは、まだまだクラウンピースもそんな気分に等なりっこはないが人里内部における――稗田阿求に愛されてしまった○○の言葉がどれぐらい重いかぐらいは、クラウンピースも幻想郷に武者修行のような物をヘカーティアから命ぜられて動き回ったから、嫌でも理解は及んでいた。

その理解の途上で、寺子屋の事も知った。だからこそ、子供がこんな無残な最期を遂げていると言うのに、と言う気持ちも同時に湧いて出てきた。
これは稗田からの色よい返事をもらえたと言う、安心感とはまた違った感情と言うか求めであった。
「あんたの友達は?後ろからチラホラ、稗田家の人間が追いついているけれども、あんたの寺子屋で先生やってる友達からも、いい返事がもらえたらなと思ってたんだけれども」
「え?」
○○は後ろを振り返って、次々と、何とか追いついた者たちを見た。
……確かに、自分の友人である上白沢の旦那の姿は無かった。
(何やってるんだ……?)
少し、苛立ちとはまだ言い難い物のあると思ったはずの物や誰かがない事は、○○としてもほぞをかむような気分にならざるを得ない。

そのうちに、哀れなあの兄弟のよりにもよって実の両親――どう考えても下手人だ――が辺りの様子を気にして外を覗き始めた。
○○は自分と目線があった瞬間、こいつらの笑顔と会釈が非常に癪に障った。あれはどう考えても自分より後ろ側の阿求を見ていた顔だ。
何よりも阿求にちょっかいを出されたような気分に、○○としてもならざるをえず、すぐに目線をそらしてしまった、それもあからさまな動きでそうしてしまった。
少し○○の後ろ側で悶着する声が聞こえてきたが、もう連中が何を言っているかは精神を守るために、意識的に真面目に聞かないようにしてそれを助長するために、クラウンピースの方ばかりを見ていた。

「あんたの友達、遅いね」
○○はクラウンピースの方ばかりを見ていたので、彼女の方が何見ているのよと言う代わりではあるが、やっぱりあまり友好的だったり好感を感じる事は出来なかった。
「うん」
○○も焦りと一緒にやってくる苛立ちを何とか抑え付けながら、向こう側を奉公人達が追いついて来てくれている方向を振り返った。
もうすでに、置いてきてしまった奉公人は全員追いついてくれていたが、彼の姿はいまだに無かった。
「彼だって何も考えていないわけではない」
不意に出した○○の言葉に説得力はなかったが、クラウンピースは別方面への説得力を見て取ってくれた。○○の友人に対する温かい感情だ。
「そうだよね、あの男は稗田○○あんたにとっては友達だからね。何かやっていたとしても、待たされていたとしても、よく思いたいよね」
クラウンピースの言葉には明らかなトゲが存在していた、そして友達と言う言葉には明らか過ぎる含みが持たされていたが。
「私もあの兄弟の友達だから、気持ちわかるよね?あの男に何かあったら、稗田○○、あんた我慢できる?」
友人への怒りを、クラウンピースは向こう側を見ている○○の眼前に立って、はっきりと示した。
今この時に、道化師を気取っているクラウンピースの姿は無かった。いや、道化師と言うのはそもそもが馬鹿には出来ない職業のはずだから、今の子の決意を圧として○○にぶつけているクラウンピースの姿は、彼女が普段は笑わせられないから見せない本当の姿かもしれなかった。

「……出来ないな」
○○はどうしても、クラウンピースからのこの質問には真面目に答えてやりたかった。ここにあいまいな答えを用いる事は、どうにも、友人に対する不義理にもつながる様な気がしてならなかったのだ。
ここで○○は、クラウンピースに対しても不義理を嫌がった。少なくとも知っている事は全部教えたかった。
「博麗霊夢が君の動向を非常に気にしていた。結局の所で彼女は、幻想郷の秩序が服を着て飛び回っているような存在だからね、ましてや人里の中で外部勢力が人間を殺すのは、非常に、不味いとしか言いようが無くてね。向こうがそう考えている以上、こっちも合わせないとならん。博麗霊夢が相手となるとね」
「そう……」
極めて真面目に、知っている事をすべてクラウンピースには伝えた。
「博麗霊夢かぁ……」
ここに来て初めて彼女が、弱気と言うわけではないけれども面倒だと言う感情を出した。猛進する意気込みに陰りと言う物が、初めて見えた。
そのまま懇願するような雰囲気で、彼女は自らの主人であるヘカーティア・ラピスラズリの方向を見た。
けれどもクラウンピースは、ヘカーティアからの答えを聞く前に彼女がどのような答えを出すか、理解を終えてしまった。
ヘカーティア・ラピスラズリは、純狐の肩を優しく抱きながらも絶対に離そうとはしなかった、ヘカーティアから純狐やクラウンピースに対して、抑えろと言う事を言うのだとはすぐに理解できた。
「ええ、そうね。分が悪いわね…………人里の中では」
しかし、ヘカーティアは純狐とクラウンピースを抑えてはくれていたが、抜け道やらはまだ明らかに探していた、稗田○○に目線を合わせたのがその何よりの証拠だろう。
○○も何を言われるのか、あるいはヘカーティアから懇願されるのかはすぐに分かった。
「そうは言ってもな、こちらにも面子がある事ぐらいは理解してほしい。第一、阿求もそうだが上白沢夫妻の憤りもある。その両方を俺が、稗田の入り婿が無視しろと?」
不思議でも何でもない、自分が入り婿だからと言ういわゆる立場の弱さを逆手にとって、交渉できるような立場にないと引き下がっても、○○は全く悲しくも悔しくも無かった。

「真っ直ぐな目で言っちゃって……」
ヘカーティアからも、○○は関心とも呆れとも取れるような表情をいただいてしまったが、それでも○○はむしろ笑えてしまえるぐらいであった。
「阿求を信じているからな。そこだけは疑う余地が無い、阿求は間違いなく俺を愛している。だから俺も阿求には最後の最後まで、どこへなりともついて行くのさ。その覚悟はもうできている、俺はもう阿求から十分に、対価を受け取っているからその義務すら俺には存在している。俺は阿求を裏切ってはならないんだ。名探偵として俺が活動できているのが、阿求の確かな愛情と贈り物だ!」
○○はわざとらしく腕を広げてそうのたまった、腕を広げた姿こそ過剰な演技の雰囲気が強かったけれども、言葉の方は自信にまみれている物であった。
自分は愛されているからと言うのは傲慢であるはずなのに、その後に続く○○の言葉は完全に殉教者のそれであった。
「お前……」
殉教者のような姿すら見せだした○○の姿に、ヘカーティアは口を動かしかけたけれども。
「いや良いわ……愛が強すぎて頑なだもの、貴方って」
面倒だと感じたのか、結局ヘカーティアは引いてしまった。
ただしそんなヘカーティアからの、呆れと面倒だなと言う感情が確かに内包されている表情や声色を見ても、○○は丁寧に会釈をするだけであった。
むしろ○○からすれば、ヘカーティアが自分の阿求に向ける愛情を分かってくれた、それぐらいに考えていたのかもしれなかった、それぐらいに恭(うやうや)しくて感情に淀んだものや荒れたものが存在していなかった、強がっているならばもう少し歪んでいたり震えている姿を見せるはずなのに、今の○○からはそれが全く無かったのだ。


「まぁこっちはこっちで考えるわ……要するに人里の中だとまずいのよね?」
だがヘカーティアからは、○○からの姿に引きはしたけれどもそれは、○○に頼らずに何かやる事を示唆していた。
「ああー……」
どうしようかと一瞬思ったが、本当に一瞬であった。
「こっちに気付かれない様にはやってほしいね」
譲歩と言う程ではないが、それだけのお目こぼしがあればヘカーティアとしては十分だと言うような顔をしていた。


その後、○○はヘカーティアとのやり取りがひと段落したこともあって、稗田の奉公人を集めて状況の確認と知識の共有を図っていたら。
「お友達、追いついて来たよ」
クラウンピースからそう、後ろから声をかけられた。乾いた笑い声が気になる、そんな彼女の態度であった。
「あーくそ……」
そして○○はクラウンピースほど笑えなかった、飽くまでも相手は、上白沢の旦那は○○にとって数少ない友人なのだから、絶対に大切にしたかった。
「○○、いつやる?あの夫妻の事だよ、もう構わんだろ?いつやる、俺がやろうか?」
今の上白沢の旦那が見せている、笑みを隠しきれない上に暴力的な様子すら見える姿を見れば、何とかしなければならないのは友人だから余計に感じてしまう、むしろ他の者にやらせれば不用意に傷つけかねなかった。
やはり友人である○○自身の、出番を必須としていた。

「上白沢」
○○は友人相手に珍しく、かなり真面目な口調を用いざるを得なかった。
ただしまだ、怒ったり憤ったりはしていなかった。ゆえに○○はまだまだ、優しいのであった。
「ああ、○○……もう良いだろう、連中の事は。いつやるかの段階に入っていると俺は考えるよ、何だったら今すぐでも良いんじゃないか?」
上白沢の旦那は自分がどう思われているのか、どんな表情をしているのか寸での所で理解してはくれて、○○と密談を行えるぐらいに小さな声を出してくれた。
周りには稗田の奉公人がいるので、声が聞こえないぐらいの効果しか無いのだけれども。
そして多分、上白沢の旦那が酷い暴力性に支配されてしまったのは、○○だけでなくて稗田の奉公人達も気づいている。
問題はどうして、上白沢の旦那がいきなりこんな暴力性を、あの兄弟を――殺した――夫妻が相手とはいえ、そんな状態になってしまったのかがどうしても気になる。
「寺子屋は俺の領域だ。奴らを追い詰めてくれたこと自体は、とても感謝しているけれども、どうか最後の始末は俺にやらせてくれ」
上白沢の旦那は○○が質問をする前から、今の自分の状況を教えてくれたがやはりどうしてもその様子は、前のめりであるとしか言いようが無かった。
自分の正当性を確保しているかのような動きであった、それも慌てて。
会話は難しそうだ、○○はただただ残念に思いながら、なぜこうなったかは気になるが――上白沢慧音の姿はなぜか真っ先に思いついた、結局根っこはそこだろうと言う断言を○○は既に行っていた、彼女は一線の向こう側だ――今はそこに思いをはせている余裕はなかった。
「まだ真実のすべてを理解できていない……何よりも、弟の方の、その――
弟の方がどうやらもう死んでいる事を話題にしようとした際、○○の喉は張り付いてしまい、舌が動かなくなってしまった。
「ああ……」
上白沢の旦那も○○の蒼白とした姿を見て、ようやく自分との対比を行う事が出来たようで……○○の心中には悪い影響しか無いけれども、そこに関しては良かったのだけれども。
「分かった」
言った上白沢の旦那は、何をどう分かったと言うのだろうか。
(今すぐでは無いにしても、上白沢慧音に聞くしかないな)
ただ○○は、まだ、危なっかしい止まりで今の上白沢の旦那の事を考えていた。






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最終更新:2022年02月09日 23:18