明らかに外の知識で相手の行動を操作して、なおかつ○○に対して敵対的に挑戦してきている存在が無視できなくなった。
その確かな証拠を前にして、外の知識が無ければぶつけてこれないキャラクター名を○○は東風谷早苗と、現状で唯一情報の共有と言うか説明なしで理解してくれる者と一緒に、戦慄しながら見続けていた。
しかしながら、寒空の下でいつまでも突っ立ているわけにはいかない。
下手人を見つけて、確かな証拠を得て、なのでひとまずは稗田邸の離れに突っ込めと○○が命じたこともあって、事態のほとんどは収拾したと言っても構わないけれどもまだ全部が終わった訳ではない、ボーっとしていても状況は刻一刻と変化を見せてしまう、望むと望まざるにかかわらずにである。
「旦那様」
奥から奉公人の一人が戻ってきた、その表情はまだ心配げにしてくれていたので、気付かれてはいないと見て良かったの。
「一度戻りましょう、ここには誰もいれませんから何か気になる事がおありでもどうか日が昇ってからに致しましょう……夜通しは体に毒ですし、奥様である九代目様もご心配しています」
九代目様、つまりは阿求の事を耳にすれば稗田○○と言う人物は自動的によりも鋭くそちらの方向に意識が向かうように、調教などでは無くて○○は自分で自分をそう訓練してしまった。
「寝てないのか、阿求は……」
「はい、どうやらそのご様子です。さすがに温かくはしておられるようですが」
「寝るようにとは言っておいたのだがな……ああ、いや、でも阿求なら待ちかねないか」
いつもなら○○は多少なりとも困ったような笑みを見せるのだろうけれども、既に弟の方の亡骸は少しでもマシな場所に安置するために持って行ってくれたのではあるが、バラバラにされた二重底仕様のでかい桶を見ると、やはり○○としても息が詰まった。
「……そうだな、今日はもう、せめて明るくなってからにしよう。こんな場所、寒空である以上にこの場所が俺を苛んでいる」
まだ少しフラフラしているが、比較的以上に素直に稗田邸に戻る事を○○は決めてくれた。
○○がこの場にとどまる事をもう止めてしまったのであれば、東風谷早苗としてもこの場所にとどまる意味は無い。
○○がいるからこんな場所つまりはゴミ捨て場にまで来たのだ、事件は悲劇だし心も痛くなるけれどもしかしながら、東風谷早苗が行動する目的はまだまだやはり○○の存在が最重要な部分であった。
それが無ければ多分何もしなかっただろう、今回だけではない、これまでの事全部がである。
とはいえ……今回はそろそろ限界と言う物を東風谷早苗としても感じざるを得なかった。
その鋭敏な感覚は、やはり八坂神奈子にだけは迷惑をまだまだかけたくないなと言う、○○の事を追いかけたいと言う気持ちとはその実で相反する部分の存在が大きく関係していた。
「ええ、まぁ……私もさすがにそろそろ横になりたいので」
○○の事を呼びに来てくれた奉公人が、相当に迷った困った風な様子で早苗の事を見ていれば、おのずと限界と言う奴も彼女は推し量る事が出来るしいくら何でもそこまで阿呆でも無ければ図々しくも無い。
一応まだ厄介なファン程度の立場には収めておこう、程度の計算高さだって存在はしている。
「○○さん」
けれどもこれだけは、○○に対して別れの挨拶をすることは堪え切れなかった。
幸いと言うべきかどうかは判然としないけれども、○○は声をかけられても全くの無視を決め込めるほどに冷淡な人物ではない。
ましてや、外の知識を持ってして○○に敵対的な挑発を挑戦状をたたきつけている存在が、まだ二人だけの秘密とはいえ明るみに出てしまえば、○○の心理状況的にも東風谷早苗の事は仲間としか思えなくなっているので、振り返らざるを得ないというよりは振り返ってやりたいとすら思ってしまっていた。
「……ああ」
ただ寸での所で○○だって、東風谷早苗とは仲良くしすぎるべきではないぐらいの事は、思い出せた。
そのため手も降らずに、短い言葉を早苗に対してかけるのみであったが……そこには逡巡の色が確かに見えていた。
早苗からすれば実はその程度で全く十分であった、自分を無視は出来ない程度の優しさと、こんなに冷たくて良いのかと言う逡巡があれば。
その程度でも十分嬉しいと思ってしまえる辺り……彼女は○○に執着を見せつつあった。
「じゃあ、また」
早苗はやや所ではなく嬉しそうに手を振った。
「…………ああ」
さっきよりも迷ってしまったが○○も、結局は早苗の事を拒絶できなかった。
十分だ、早苗にとっては。
次があると言うのは何とも可能性に満ちている、そう思えた。
「はい」
場と状況に明らかにそぐわなかったが、早苗は笑いながら空を飛んで帰って行った。
「何なのでしょうか……」
奉公人が、無論であるし誰しもが抱く感想を素直に呟いてくれた。これは○○に聞かせると言うよりは、本当に疑問に思ってしまったから素直に口をついて出てしまった、それ以上の物は○○も感じなかった、ならばそれだけで済ませるべきだとすぐに○○はそう思う事が出来た。
「洩矢諏訪子への意趣返しと言うか、嫌がらせと言うか……そもそもの根っこはそこだろうね。洩矢諏訪子はほとんど毎日、遊郭に通って遊び歩いているようだから。まぁ、比較的以上に真面目な東風谷早苗にとっては腹立ちの原因だろうから……彼女の夜遊びも意趣返しの一部なのかな?」
少しばかり喋り過ぎたような気配が○○自身ですらあったけれども、幸いな事に奉公人は苦笑しつつも納得したような顔を浮かべてくれた。
思わずホッとしたような感情を○○は抱いたものの、今回の事も合わさって東風谷早苗が怪しまれなかったことに対して、安堵の感情をあまりにも大きく外に出し過ぎた。
それはともすれば、疲労感の噴出のように見えた。
「旦那様……人力車をご用意しております。奥様である九代目様もご心配なされていますので」
うずくまったり等はしなかったけれども、それでも肩が大きく下がって酷い場合は倒れる前兆ではないか、と思われてもおかしくないような姿は十分に、誰の目にも観測できた。
だからこの奉公人も、スッとした動作で○○の後ろ側に回ってそれどころか、○○の背中に優しく手を振れるまさにその瞬間まで、○○は誰かが近づいてきたことに気付かなかった。
そうだった、基本的に稗田家の奉公人はましてや自分の護衛と監視を兼ねているような存在は、手練れしかいない。それを思い出すには十分な動きを、この奉公人は行ってくれた。
「ああ……」
頼もしさとゾッとするような感覚を同時に、○○は抱いてしまった。
奉公人ですらここまでやれるのだ、その上自らの妻である阿求は……○○への不利益となると一気に苛烈となってしまう。
やはり話せない、どうあがいても話せなかった、自分に対して敵対的に挑戦状をたたきつけているような存在がいることは。
下手をすれば里がひっくり返る。
人力車に揺られている時間がどれほどだったかは、○○ですら判然としなかった。
寝てはいなかったが、景色はほとんど所か全く見えていなかった。ずっと自分に挑戦状をたたきつけてきた人物について考えていた。
外の知識を用いて自分を挑発したと言う事は、間違いなく自分と同じような立場、外から来た人間と思っていいはずだ。
ただ、残念ながらそれ以上の事はまだ何も分からなかった、あまりにも情報が少なすぎる。
ただ向こうは、自分が外のミステリー小説が好きだと言う事からその知識を使って馬鹿にしてきた、その程度の事しか分からなかった。
何もかもが堂々巡りをしていた、今は何を考えても答えにたどり着かないそれを渋々ながらも認めざるを得ず、しかたが無く○○は目を閉じて気が付いたらもう稗田邸に付いたと人力車の引き手から声をかけられたのであった。
「……上白沢の」
人力車から降りてまず見えたのは、上白沢夫妻が稗田邸の前で自分を待っているような雰囲気でいた事であった。
中途半端に眠ってしまったせいか、○○の動きはぐったりとした物に近かった。ただ、今のこのぐったりとした様子は、中途半端に眠ってしまったせいだけであるならどれだけ良かったか、と○○は考えてしまったが皮肉気な笑みすら浮かべる事は出来なかった。
相手は虎のしっぽをなでて遊んでいるのだから。
「○○」
とはいえ何も言わない○○の今の様子を、察する事などできるわけは無いし○○としてもまだ悟られたくも無かった。
「○○、後は俺に任せてくれ」
とはいえ、興奮を隠しきれていない上白沢の旦那の様子を見ると、それがたとえ自分の友人であると言うのに嫌な物を感じてしまい。
「後でな、全部は朝になってからにしてくれ。できれば昼以降が良い」
とだけしか言う事が出来なかった。
とはいえ、友人が見せるこのおかしな興奮の原因を妻である上白沢慧音ならば何か知っているはずだと言う考えも、同時に湧いてくる。
○○は数秒ほど上白沢慧音の顔を見て、お前の旦那が今見せているこの興奮は何なのだ?と聞いてやろうとも思ったが、それを友人の目の前でやるのはいくら何でもいやらしすぎる。
それもあるし……何より眠りたかった。
「おかえりなさい、あなた」
そして案の定と言えば案の定であったけれども、阿求は殊勝にも○○の帰りを寒々しさがどうしても際立つ玄関先で、座布団こそ敷いていたけれども正座姿で待ってくれていた。
「阿求」
○○はやや慌てながら――皮肉にもこの時は自分に敵対的な挑戦を取る裏側を忘れる事が出来た――自らの妻の元に駆け寄った。
幸いにも、服装の方は比較的着込んだ状態を維持してくれていた。○○が出かけ際に温かくしておくようにと言いながら、自分の室内用の羽織ものをかけてやった後、やっぱりと言えばその通りなのだけれども阿求は○○に欠けてもらった羽織ものは絶対に脱がずにおいてくれたようであった。
それだけではなく、玄関先で待ち続ける事を阿求が望んだとはいえ、奉公人達だって何もしないわけは無く、阿求の部屋から誰かが持ってきてくれたのだろう火鉢が彼女の横には置かれてちゃんと火もついていた。
だけれどもずっと、ましてや朝までこのままで平気なはずは無い。やはり夜は出来る限り眠るべきだ、身体の弱い阿求の場合は特にそれが重要となる。
「もうほとんど終わった。証拠も確実だ、後は里の規則通りに処すれば良いだけだ……少なくとも今すぐ何かがある事は無い……だから今日はもう、寝よう……急に眠くなった」
初めは阿求を寝かしつけるための言葉たちであったけれども、本当に眠りたいのはどちらかと言えば○○の方であった。
言葉をいくつもつなぎ合わせていく中で、最悪の終わり方を迎えてしまった脱力と帰宅できたと言う安堵が合わさってしまって、阿求の肩を持つ手からも力と言う物が抜け落ちつつあった。
「ああ……お可哀そうに」
これには阿求も気の利いた事よりもすぐに横になる事の方が重要だと、すぐに気づいてくれた。
外が何となくバタバタとしている音が聞こえた、上白沢の旦那の声も聞こえた、それだけでは無くて純狐の声まで聞こえてきた。
不味いかなと思わなくもない、だが、もうほとんど終わったはずなのだ。上白沢の旦那には悪いが、この一件はもう――いや、自分を挑発した存在の事があるけれども、外の知識でこちらを挑発した相手ならば残念ながら上白沢の旦那は、幻想郷土着の存在には意識の外からの攻撃に近い付きあわせるのはいくらなんでも忍びない。
それぐらいまでを考えた辺りで、○○はいつもの阿求と一緒に眠る寝室にたどり着いた。
後ろからは当然の事で阿求がぴったりとついてきてくれて、部屋にたどり着けばとてもかいがいしく○○の来ていた上着を脱がせてくれて、いつもの場所にキレイにシワを伸ばしながら掛けておいてくれた。
上着を脱いだとたん、外行きの気力だとかふるまいと言う物から解放されたような気持に○○はなった、実際はもう朝までどこにも行ってほしくない阿求の意向の方がずっと強力なのだけれども。
ただ今回は、いや今回だけでなくとも基本的に○○は阿求の意向に付き従っているのだけれども……今回ばかりは、横になれると言う事に率直に○○は喜んでいた。
そこから先の○○は、横になったとたんに眠ってしまった。
翌日の○○は、彼らしくも無く朝食の時間を完全に過ぎたはっきりと言って昼に近い時間に起床した。
「……若干やっちまったか」
横になったまま身体を動かして、壁掛け時計を眺めた。
「大丈夫ですよ、あなた」
でも阿求なら許すのだろうけれども、そう考えるよりも前に阿求が○○に大丈夫だと言ってくれた。
意識して先回りしたのかそれともただの偶然か、けれども○○からすれば阿求には出来れば計算で先回りしておいてほしかった。
度し難いとは特に――この時に○○の脳裏には、上白沢の旦那ではなくて東風谷早苗の顔が思い浮かんだ。
意識してしまっている、彼女の事を。
だから○○はこの思考をすぐに中断してもう再開しない事に、瞬時に決めてしまった。
「ああ……阿求」
○○の視界に移った阿求は、普段は自室で行っているはずの書き物の仕事を、わざわざ文机や書類の一式を持ち込んで、稗田夫妻の寝室で特に精神的疲労で疲れて眠り続けている夫である○○の横に居続けたいから、○○が心配でずっとこの寝室に阿求はいたのだろうと様子を見ればすぐに分かった。
それよりも○○は、阿求がきっと奉公人も手伝ったはずの文机とか文書資料などを寝室に持ち込んでくる際に全く気が付かず、ずっと寝ていたことの方が○○としては少々以上に驚きを持って感じなければならない事象であった。
「阿求。どれぐらいの人数が、その作業場を整えるのに出入りしたんだい?」
なので思わず○○は阿求にそう聞いてしまったが、阿求はクスクスと面白そうに笑いながら答えてくれた。
非常に上機嫌であった、昨晩と違って誰も稗田夫妻の事を邪魔しないし邪魔になりそうなものがあればまず間違いなく奉公人がそれを排除するだろうから。
「いえ、あなたがお休みになるのを邪魔したくはありませんでしたから。お手伝いを頼んだのはお一人だけでしたのよ、大きな荷物は文机ぐらいしかありませんし」
そう言いながら阿求は立ち上がってニコニコとしながら、○○が日中で着用している衣服をまだ布団の上で座っている○○に対して持ってきてくれた。
それだけではなく、阿求は○○に対して服まで着せようとしてきた。
ほとんど子ども扱いをされているのだけれども……それぐらいして、○○の事を留めおきたいと言う欲求を阿求からは感じる事が○○には出来た。
「あれは二人とも、屋敷の奥に閉じ込めて置いています。逃げられるはずはありませんので、もう気を揉む必要はありませんよ」
阿求はなおもニコニコとしながら、着替える前にまずは○○の寝癖を直すために阿求自身が使っている櫛(くし)を使って髪の毛をすいてくれた。
これがもしも演技などであれば、阿求の私物を使ったりはしないだろう。だから○○が感じた阿求の○○に対する執着は、事実だと捉える事が出来た。
「まぁな……正直な話でもう、事後報告でも構わん気がしてきているのは事実だ」
「じゃあそうなさいな。何がどうしてああなったかの聞き取りは、既にうちの奉公人が早朝から始めています。あなたがそこまで手を煩わせることはありませんよ」
「そうか」
阿求の手回しの速さにはいつもながら、息を飲むけれども助けられる事も多い、実際今この瞬間にだって○○はその手回しの速さによって助けられている。
「それに上白沢の旦那さんも、実に気にしておりましたよ?もっと言えば関わりたがっているようでしたけれども」
「ああ……昨晩も門の前で待ってくれていたね……本気で疲れていたから明日にしてくれと言っておいたが」
チラリとみた時計は、もうそろそろ昼ご飯の事を考え始めるような時間であった。
上白沢の旦那からすれば今朝にもう一度会ってくれるぐらいの心づもりだったはずだ……少し悪い気がしてきた、真っ先にそう思える辺りやはり自分は彼とずっと友人の関係を続けたいのであった。
「散歩がてら、彼にあって来よう。手伝いたいと言うなら喜んで手を借りるよ、第一寺子屋の中で起こったような事件だ。今回の事柄は」
「そのまえにあなた、せめて何か頂いてからにしませんと。あれから疲れていたとはいえ、眠っていたとはいえお飲み物ですら一滴も召し上がっておりませんもの、乾いてしまいますわよ」
そう言うと阿求は、沸かす動作を省略して既に用意されていたお湯を使ってお茶を入れてくれた。
どこからどこまで、稗田阿求と言う存在は自分の先回りをしてくれるのだろうか。
ただそれを、恐ろしいとは微塵も○○は感じなかった。本当に純粋に、助かるだとか有り難いだとかそう言う風に考えていた。
「うん、ありがとう。助かる、本当にね」
お茶の用意もそうだが、起きたらすぐに食べるであろう食事も○○は素直にそしてありがたくいただくのみであった。
やはり明るい方が良いな。歩きながら当然とも言えるような事を
散歩がてら道を歩くすがら、昨日と途中までは同じ道を歩いているが、とっぷりと日もくれた時に歩くよりもやはり気分は今の方が断然良かった。
そして相手の表情もよく見えた、○○が独りで散歩――そんなはずは無いのだけれども――をしていると、普段からそうなのだけれども道行く人たちは○○に会釈をしてくれる、その際の表情が今回は物憂げだったり心配そうだったり、とにかく名探偵の活躍を知って昂っているような気配は一切なかった。
「うん、心配してくれてありがとう」
この言葉も○○は何度も道行く人たちに繰り返した、今も寺子屋にいきなり行くのに手ぶらは不味いだろうと思い、道すがらにある菓子屋でいくつか詰めてもらった時だって。
特に今はまだまだ明るいから、相手の表情がよく分かった心配されていると言う顔がである。
そう思えば、昨晩は夜だからやっぱり寒かったが、酷い顔をしていたはずの自分の表情をあんまり見られずに済んだのは良かったのかもしれないなとは考えてしまった。
その延長線、あるいは変化球だろうか。
「○○!?」
自分がやってきたのを窓から見た上白沢の旦那が、結構離れているはずなのに彼が自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、授業も放り出してドタバタとやってきたのを見るに至っては。しかも窓から乗り出そうかと、一瞬迷う素振りすらしっかりと○○の目には見えてしまった。
こればっかりは暗くてよく見えない方が良かったかなと思わずにはいられなかった。
「あとは俺に任せてくれ」
あんまり良くないなと思っていたら、○○が何かを喋る前から上白沢の旦那は自分の番を要求してきた。
確かに、最初から○○は上白沢の旦那に手伝ってもらおうと思っていた、阿求の言う通り聞き取りだのなんだのに関しては自分が手を煩わせたり気を揉む必要は、なるほど確かにないなと思っていたのだけれども。
意気揚々と関わりたがっている上白沢の旦那の姿を見ると、やる気があるのは良いのだけれども勢いが良すぎて心配になってしまうのも事実であった。
どういう事だ?なぜ上白沢の旦那はこんなにも、暴走の気配を見せながら関わりたがっているのだろうか。
説明を求めるかのように、教室で授業の続きを受け持った慧音の方を見たけれども、慧音は――困った風も全く見せずに――笑顔で手を振ってくれた、特にその笑顔は明らかに慧音にとっては夫である存在に向かっていた。
嫌な予感しかしなかった、何より上白沢の旦那もその慧音からの妻からの笑顔を見て、明らかに発奮していた。
コイツに任せて大丈夫なのかと言う気持ちは、確かに、あるが。
あんな連中の顔をもう一度見たいかと言われたら、答えは全くの『ノー』であった。
「そう、まぁ、そうなるね」
○○が上白沢の旦那の聞きたがっていそうな言葉を使ったら、目に見えて彼は顔を紅潮させて意気と言う物をさらに大きくしてくれた。
出来ればそうして『くれて』いると思いたいけれども。
「何をすればいい?何でも言ってくれ」
上白沢の旦那の明らかに前のめりな状況を間近にすると、友人だからで済ませて良い範疇を超えている気も、確かに、沸き起こってくるものの。
「何がどうなって……あの哀れな兄弟は殺されたのか。それが分からない限りは、こちらとしてもモヤモヤが残ったままになる……まぁ、何も考えていなかったが一番あり得る可能性なのも理解はしているが、それでもね、やっぱり調べておきたい」
「任せてくれ、早速始めたいがちょっと出る事を慧音に伝えてくるよ」
○○は菓子折りを渡す事はおろか、そもそも菓子折りを持っている事も忘れて上白沢の旦那は妻である慧音に、一旦外に出る事を伝えに行った。
やや以上に呆然としながら、○○は友人である上白沢の旦那がいったん中に入って行くのを眺めている事しかできなかった。
そしてすぐに、上白沢夫妻が連れ立って寺子屋の外に出てきてくれた。
「じゃあ、行ってくる」
○○への挨拶もそこそこに、上白沢の旦那はやっぱり揚々としながら件の二人を捕まえている稗田邸へと、それこそ走り出した。
すぐに出てきた事からも明らかであるけれども、妻である慧音は彼がそうなる事を完全に許容所か望んでいる風でもあった。
その様子は、○○が名探偵として活動することを望んでいる阿求ともどうしても被ってしまった。
最も上白沢慧音だって一線の向こう側なのだから、被るのは普通の事であるのだがなとすぐに、慧音の事は気にならなくなった。
やはり気になるのは自分の友人の方であったが……さすがは上白沢慧音、と言っておくべきだろう、○○が何を気にしているのかもう把握していた。
「私の夫は」
それどころか、慧音は自分の夫の内面に関して語る事を何も嫌がらなかった、むしろ聞かせたがっている風でもある。
けれども、気にはなる物のせっかく話してくれるのならば○○としても文句と言う物はない、ここは素直に傾聴するのみであった。
「名声や栄光を求めている」
「名声と栄光ね」
「まぁ、今に見ていておくれよ。絶対に面白くなる」
「何も分からんぞ」
だがやっぱり、慧音は全部を話してくれる訳ではなかった。
名声と栄光を求めているでは、何もわからなかった、それぐらいならば○○にだって当てはまるのだから。
「とはいえ、話してくれなさそうだなと言うのも分かってしまえる」
だがこれ以上の立ち話に意味を感じないのは○○の方が強かった、このまま何をしようとも下手をすれば○○は授業を邪魔したような格好になってしまう。
「見ていてやろう」
諦め交じりに、菓子折りを突き渡して○○は寺子屋を後にした。
感想
最終更新:2022年09月20日 22:24