唯一の解答

 その日村は異様な雰囲気に包まれていた。何かが弾けそうでしかしそれは誰かの言葉になることがなく、
そうでいて皆の心の中に潜んでいて、一瞬の何かの切っ掛けで弾け出そうとしている、そんな喉を焼く
ような空気が僕の村に漂っていた。村の大人達は誰かに会う度に何か小声で話している-子供には聞かせ
ないように-聞かせることがないように-聞こえないように-としながら。重りが肩の上に乗っかったように
重苦しい中を歩いていると、いつもの道で顔見知りに出会った。
「なあ○○!」
いつも通りの元気な声が僕の心を少し和らげた。僕が返事をすると、寛太は僕の耳に回り込むようにして
小声で聞いてきた。
「今日なんかとっつあん達が皆、なんかおかしいんだよ。一体どうしたんだ・・・?」
分からない、そう返す僕に寛太は話しを続ける。
「そうだよな。皆大人は俺たち子供には話さないんだよな・・・。こんな雰囲気なんて見た事ないぜ。」
はじっこくて色々と顔が利き、村で色んなことを知っている彼にすら分からないのならば、恐らくは何も
分からないだろう。そんな不安を持て余す僕達に声が掛かった。
「おうい、長が皆をよんどるぞ~!長ん所の家まで二人とも早う来てくれや!」
「分かったよ、おじちゃん!今行くからさ!」
大きく返事をした寛太に付いていくように僕も駆け足で村の真ん中へ向かっていた。


 長の家の前には村の皆々が、殆どの人々が集まっていた。居ないのは出稼ぎに来ている人か、重い病人位
だった。腰の曲がった三軒隣のお婆さんまで来ていたのには驚かされた。あの人が家の外に出るのなんて、
年に一度の村の祭り位のものだろう。大人の輪の中に子供がいる。村長が役人様に接するように腰を低くして
その子供に話していた。
「長、皆きましたで!」
僕らを呼んでいた長兵衛おじさんが長に声を掛けた。
「おうよ、ありがとうさ! ……諏訪子様、これでこの村の皆は揃いましたです。動けるもんは全部来ました
ようですがい、いかがでしょうか。」
「ふむ……。そこ。」
子供の声がした。恐らくは手を差しているのだろうが、大人の背に隠されていた僕には声は聞こえども、
よく見えなかった。
「諏訪子様、太郎の息子の八右衛門でしょうか。」
「いんや、その奥。」
「でしたら花子ですか。」
「違う違う、その向こう。」
「おい、ちょっとすまん、退いてくれ…。ああ、健三郎の倅ですな。おい、寛太、こっちへ来るんだ!」
僕の横で声が上がった。どよめきにもにた、喜色を僅かに孕んだ声がした。
「いやいや違うんだ…。うむ、もういい。私が行く。」
「諏訪子様のお通りだ!空けてくれ!」
長の慌てたような声がすると、僕の目の前の大人が草をかき分けるようにして避けていった。
「○○、お前だ。」
「諏訪子様…本当でしょうか?この子にそんな大役が…。」
寛太の父親が声を掛けた。困惑と安堵と裏面に嫉妬が塗された苦い声。
「私の言う事が信じられないのかい?」
「いえ…「滅相もございません!ほら、多吉!諏訪子様に失礼な事を言うんでないが!」」
寛太の父親の声を慌ててかき消すように長が声を張り上げた。そのまま膝を地面につきながら僕の
目の前の少女に向かって謝りの言葉を言う。
「どうかな、○○?許そうかな?」
昔に遊んでいた少女が、変わらない姿と声で僕に問いかけてきた。周囲の視線が一身に僕に注がれる。
「だ、だいじょう、ぶ…。」
急に集まった注目に押されながらも、僕は声を出した。
「そうかい、それなら許そう。」
はい、と言いながら彼女が手を僕の方へ伸ばしてきた。昔やっていた通りに彼女の手を掴む。
僕の手を握る妙に強い力は、数年経っても相変わらずだった。
「じゃあ、行こうか。」
「恐れながら諏訪子様…。」
長が膝をつきながら後ろから声を掛けた。
「ああ、もういいよ。後で家に帰って子供に粥でも炊いてやりな。歩けるようになったから
回復祝になるさ。あと今年は飢饉避けに串をを作っときな。」
「有り難きことに御座りまする。」
長が震える声をあげた。
「さあ行こうか○○。…来てくれるよね?」
手に掛かる力以上のものによって、僕の手がカチコチに固まっている気がした。口の中が渇き、頭が
遅ればせながらに回転を始める。今からどこに行くのか分からずとも、結末はハッキリと心と魂が自覚
していた。

僕の答えは一つだった。






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最終更新:2022年09月20日 22:43