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切っ先の先で

 気が付くと周りは一面の青色だった。抜けるような青い空と、そして何も無くただ青い空が広がっている
空間。前には何も無く横にも遮るものは存在しない。上には太陽が照り輝き、下を見ると僕は細い棒の上に
立っていた。何も無い、凄まじいまでにそこには有るはずの地面が存在しなかった。遙か彼方に僅かに見える
地上。もしも自分の立っている場所から足を踏み外せば、幾ばくかの空気抵抗を感じただけで一巻の終わり
となってしまうのは確実だった。瞬間的に恐怖が湧いてくる。生存本能に訴えかけるように全身の神経が
警告信号を発する。忽ち足が震え反射的に腰を抜かして棒の上に座り込んでいた。棒を掴む手は頼りなく
どうにか落ちずに済んでいたのは奇跡的にすら思えた。息があがる。汗が手の平にじっとりと滲み出す。
急な世界の変化に戸惑いながらも、まさに今、自分が危険に曝されていることだけは確実だった。
 ふと隣に人の気配がした。音も無くいつの間にか誰かが隣に立っていた。同じ様な細い銀色の棒の上に
こともなげに立つ女性。帽子を被り青い長い髪が視界の端に入る。彼女の方に顔を向けると光の加減か何故か
顔が見えなかった。
-進みなさい-
声がしないのにそう聞こえた気がした。耳が音として感じない筈なのに、彼女は言葉を発していない筈なのに
けれども彼女がそう言ったのが、心に響いた。
不思議とこの道を進まないといけない気がした。彼女のように歩くことはできないながらも、細い棒を掴んで
ゆっくりと進んでいった。のろい歩み-正確には歩みですらない、はっているようなものだが。それでも
僕は進んで行った。遙かな下の景色に怯えながらも、ひたすらに進んで行く。どんどんと銀の道は細くなり
やがてあと少しで完全に無くなる所まで進んでいった。
-進みなさい-
再び彼女の声が聞こえた。目の前には棒の先が見えている。進もうとしても手が強張り一歩も、一センチも
その場から動けないように固まっていた。
「無理・・・です・・・。」
隣にいる彼女に言う。細い棒を物ともしない彼女は、いつの間にか空中に浮いていた。最早彼女が只の人間
なんていう存在で無い事は明白であった。天に住む人間。背中に彼女が手を添える感触がした。
-大丈夫。私を信じて-
少しずつ体が動き出す。ゆっくりと抵抗するかのように、だけれども確実に前に進んでいた。周りには光りが
溢れ出す。手の感覚が棒の先端を捉えた気がした。
-私に委ねて-
彼女の言葉と共に一面の光りの中、僕は夢の中の世界を落ちていた。





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最終更新:2022年09月20日 22:46