「○○さんはほんと学習しないですねぇ…」
○○の身体が湿っぽい芝の上をずるずると引きずられていく
あの門からできるだけ離れようと
あそこにいた自分などいなかったように持てる力の全てを使い地面を門のあった方向に蹴り出した。
すぐに○○は薄暗い湿っぽい森の中に入っていく
正常な人間ならこの森には入りたがらないだろうし敏感な人は近づくのも拒むだろう
だが○○にはむしろその薄暗さが嬉しかった
彼女から隠れるローブとなり少しでも捜索を妨害してくれると考えているからだ
いや、そう信じなくては精神が持たないからだ
薄暗い空間は裏を返せばいつどこからでも微塵の予兆もなく彼女が現れうるということだ
いつ崩れてもおかしくない針の上の積み木のような状況は○○の強烈なあの日達をドクドクと思い起こさせる
「今日からはここがあなたのお家ですッ!」
全てが幸福に見えていた
ここに来る前は1人を除いた女性と話したことなぞ、きっちり数えることが可能な程しか無かった
全てに絶望していた
旧世に未練などなかった
そんな自分にとってこの世界に迷い込んだのはとても有難い話だった
「こんな場所に普通の人間とは珍しいですね」
ここにきて目覚めた時には青々とした芝の上だった
地面から見上げる彼女の赤い髪と夏の蒼い空のコントラストが美しかった
その後彼女に自分が今までどんな世界にいたかと自分の最後の記憶を打ち明けた
めちゃくちゃ緊張してほとんどしどろもどろだったが、
すると彼女は目をうるませて自分の手をなかなか強く握った
「今日からはここがあなたのお家ですッ!」
戸惑ったが良かった
それから彼女は献身的に僕を愛してくれた
彼女に聞くと彼女は大きな屋敷の門番らしい
そんな立場で勝手に自分を屋敷の中に入れて大丈夫なのか聞いたが部屋も食料も余っているので無問題ということらしい
そんな適当な彼女との生活はとても楽しかった
初めは元の世界と同様に部屋に引きこもっていたが
不健康だという理由で彼女に半ば強制的に門まで連れ出された
「太陽を浴びるっていうのは心身共にと〜〜っても重要なことなんですよ!」
たしかに一理あるが彼女と喋っているうちに日に日に連れ出された理由の輪郭が明瞭になっていった
彼女はとても寂しがり屋なのだ
もはや門番というのは形だけで一日中自分と喋っている
そして日が暮れ彼女にそろそろ寝ると告げ自分の部屋に戻る途中銀髪のメイド長に話しかけられた
確か咲夜さんと言った
彼女と門の根元で眠っていた時
魔的な鋭さのナイフを彼女の帽子に向けて放った人だ
紅い廊下の彼女の計算し尽くされた彫像のような美しさは見慣れた今でも少し緊張する
「○○さん 貴方は少し美鈴と話しすぎです。居眠りの時間が減ったとはいえ、これでは業務に支障をきたします。」
正直戸惑った
「は、、い、」
自分はそう答えるしか無かった
咲夜さんの容赦のなさは観察せずとも全身に突き刺さるあのナイフより鋭い視線が物語っているからだ
自分は自分が情けなかった
もし彼女の居眠りが寂しさからの逃避行動だったとしたら、
「考えすぎだよな、」
部屋で小さく呟いた
さすがに彼女はそんな弱くは無いだろう
人間ではなく妖怪らしいし
彼女は自分が来る以前からずっとあそこに立っていたらしい
すこし思考を巡らせてから今日を瞼で塞ぐ
窓から入ってくる白い光で目が覚める
今日も彼女と、
そうだった
そういえば昨日注意されたばかりだった
ベットから起こした上半身をまたベットに叩きつける
彼女に昨日の事を話そうとも思ったがそのペースで話続けてしまうのは明らかだった
地下の図書館に行こうか迷ったがやる気が出ない
ベットで2度寝出来ずにボーッとしていると昔の自分と今の自分が被る
一度は彼女に出会い明るい期間だったがまた部屋で時間が過ぎるのみである
そういえば前の世界でも彼女に似た存在がいた
学生のとき唯一の友人だった
制服を着た黒髪の女で幼なじみだった
「××、」
大学に入ってから疎遠になり連絡もたまにするのみになっていた
××を心の中で反芻するととても心が締め付けられる
自分は自分自身をビルの屋上からこの世と共に投げ捨て
気づいたらこの世界にいたのだ
自分と共に捨てたはずの前世にも近しい記憶に葛藤するのは癪だった
そんな調子で2度寝出来ず昼頃に門に行くと彼女がソワソワしながら歩み寄ってきた
「今日は遅かったですね」
うつむいた彼女の目には見ずとも涙が浮かんでいるのが分かった
自分は朝会いに来なかったことを後悔しつつ
昨日の咲夜さんとの会話を彼女に話すと
「そう、ですか、、」
彼女は拳を強く握り全身を小刻みに震わせていた
罪悪感に駆られた自分は彼女にできるだけ門の近くにいると言った
それからは四方を森に囲われた屋敷の周りを散歩するようになった
これなら彼女が門番の仕事に支障をきたすことも無いだろうし彼女の寂しさを少しでも紛らわすことが出来ると思ったからだった
そんな日が続いて単調な散歩道に飽きると
どうしても頭に元いた世界がチラつく
あの番組は今どうなったか
親は今どうしているのか
××は今どうしているのか
「やだやだ!まったく!」
嫌なシリアスを払い除けるためにあえてポンコツなセリフを吐いた
自分は過去を捨ててここに立っているのだ
そんな自分がそれらを気にする義務も権利もない
そのうち疲れて門の柱に寄りかかりウトウトしていた
空は蒼い蓋のように晴れ渡り気温も良好で緑を撫でた風が肺に入っていくのが心地よかった
彼女のそばで、
、
、、
、、、
バゴキッ!パラ
?
両耳の近くで鈍い音がする
目をゆっくり開ける
信じられなかった
どこまでも無機質でどこまでも感情的な恐ろしい瞳と焦点が合う
彼女だ
いや違うそんな訳はない
彼女らしい人物の両の手は1本ずつ体を任せていた門の柱を握力で砕いているらしい
両鼓膜がそう強く主張している
「○○さん、××って誰ですか?」
「××って女の人の名前ですよね?」
なぜ彼女が××の名前を?
「夢に出てくるほど好きなんですか?○○さんは私ではなくその××って人の方が好きなんですか?」
寝言か、
「私の近くにいてくださいそれだけでいいです」
反応に困ったいや困ったと言うより反応出来なかった
明らかに上位的な存在が自分に対して形容出来ないほど大きな感情を攻撃性と共に向けられているのだ
人生で経験したことがないのに当然のように筋肉が全て硬直し頭が真っ白になる
何も認識出来ないまま見つめられ時間が経っていく
長い時間が経っている気がしてきたその時
彼女は口を口で塞いでいた
これもまた人生で初めてだったが何も感じられない
唯一覚えているのが彼女の涙が頬をつたい自分の頬に接触する時
悲しい温かみがあったことである
その日の夜は何も喉を通らなかった水も初めから食道がなかったかのように身体に入っていかない
そのペースは深夜まで続き全く眠れなかった
気がつくと門にいた
いつも夕方を少し超えたくらいで部屋に戻ってしまうのでこんな星空は見たことがなかった
その場で回転したらメリーゴーランドを彷彿とさせるようなとても強い豪華な光の粒だった
風も昼とは違い湿り気を帯びているがそれが決して嫌では無い
ふと森が目につく
昼に森を見ると暗くて不気味だがこのくらいの時間だと
周りによく馴染む
確か妖怪だかがいるとかで立ち入るなと言っていた
だが今なら、
彼女曰く森を出ると人里があり元の世界に帰ることが出来る神社があるらしい
ゆっくりと森に近ずいていった
風に押されるように星の光が導いてくれるように
そして木々がどんどん大きくせり上がってゆき
1本、2本と視界の端から後ろに消えていく、
動かない
足も腕も
肋骨がきしむ
「近くにいてください」
彼女の息遣いが嫌という程伝わる
後ろから抱きつかれて自由が効かない
それだけで意識を閉じるには充分な理由だった
白い光が部屋に流れ込む
ベットだ
身体が痛い
彼女の元に行きたくない
ベットの上でその日を過ごす
何も思考を巡らせず
夜に森に行きその日を終わらせ
白い光に起こされる
20回以上は繰り返した
出れない
それはそうだ一度死んでここに来たのだ
死者が甦れないようにもうここから出ていけないのか
いや
生きていると信じる限りここから出られる
だから走るのだ
○○は薄暗い森の中を闇雲に走った
今回は夜ではなく昼に決行した
いつもは夜なので視界が今より不明瞭だが
夜の森に慣れた○○にとってこの森は昼間の紅魔館近くの芝生と同程度の暗さ出会った
もう○○の胸より下は森に自生する低木により傷だらけである
足の裏などは痛々しいなどという表現を逸脱している
だが○○は地面を後ろに蹴り続ける
死者が生き返りたがるように
痛みなど無いように
辺りの空気が乾いてきた
鬱蒼とした森の空気ではなく開けた場所の空気だ
近い
喉から血の味がする
森が終わる
長い森が
走る
赤熱した鉄板を踏んでいるようだ
明るい
目が上手く開けない
××が見える
地面を蹴る
捨てた世界が近づいてくる
後方に蹴る
××が近づいてくる
地面を蹴り飛ばす
前に身体を伸ばす
腕を振る
地面を蹴る
地面を蹴っていた
白い光の中に目の前に見慣れた赤い髪の彼女
思い出すのもはばかられる彼女
「美鈴……」
「○○さんはほんと学習しないですねぇ…」
「貴方は私と添い遂げるんですよ」
「もう逃げなくていいんですから」
ー
美鈴は○○の足首を持ち野生の獲物の如く引きずった
芝の上を引きずられる○○の目には地面から見上げる美鈴の赤い髪と蒼い空のコントラストが酷く恐ろしく写った
(初めての投稿でした!直した方がいい所とかこうした方がいいとか教えて下さるとありがたいです!ちょっと美鈴成分少なすぎたかも、、、)
最終更新:2023年10月29日 05:47