喩えるなら、
君が船で、私に沈んでくれたって、良いんじゃないかな?

水蜜は下を向いたままだったが、
髪の隙間から見える頬は赤く染まっていた。
表情は見えなかったけど、その様子がえらく可愛く見えて、
帽子の上から頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

もう沈んでる船は、これ以上沈みようが無いんじゃないかな?

水蜜はすっと息を飲んで、「馬鹿」と小さく返した。
突き飛ばされた、と思ったら、
そのまま倒れた自分の上に水蜜がまたがっていて、
「あいつが来る前に、碇も付けないと」
って、



楔が、掌を貫通していた。
大声を上げるより早く、横に噛み付いてきた彼女の舌が口の中で暴れ、
自由な片手で頭を押さえつけられていた為、悲鳴はくぐもった声となって、
鎖の擦れる音に掻き消された。
「みな・・・・・・何を・・・!」
「ぬえは・・・あの子が邪魔する前にね。
 聖だって、きっとこんな事許してくれないもの」
「だったら!」
「あのね○○」
君はさっき、既に沈んでると言ったよね。
赤い頬のまま、水蜜は楽しそうに笑った。

たとえば、暗い海の底に沈んでしまった船は、
冷たい、暗い水の中で、
何も分からなくて、時間すら感じられないままに朽ちてしまうのに。
「私に沈んでしまった君が、どうして痛さなんて感じられるの?」
楔が引き抜かれ、
勢いよく足に振り下ろされる。
「私しか、分からなくなっちゃえ」
痛みで、いや、
勢い良く突き刺された楔は床に打ち付けられ、
また、彼女が絡めてくる鎖が四肢の自由を奪い逃げられない。
眉をひそめると、彼女はそれが気に食わなかったようで、
再び上体を押し倒し、掌を握り、傷口を握り締めるようにした。
酷く痛めつけて、同じぐらいに愛して、
頭の中は二つでいっぱいになって、
気がつけば、頭が持ち上がらない。
「え・・・」
意識が一瞬はっきりして、
陶酔した水蜜を胸に、自分の体を見るよりも早く、
天地は反転して、意識は闇に沈んでいった。


目を覚ますと、
ベッドの上、
ああ良かった、まだ生きてる、と思って、
不意に横を見ると水蜜が林檎を向いていた。
「・・・どうなったの?」
「血が出すぎて、倒れちゃって、此処は永遠亭だよ」
流石に、殺されたりはしないかな。
冗談交じりに言った筈だけど、水蜜は机をドンと叩いて、
「当たり前でしょ!確かにやりすぎちゃったけど・・・」
「じ、冗談だよ・・・ただ人間だからあんな事されたら体が持たないって事・・・」
「あぁ、それなら・・・」
もう大丈夫だからね、と、
半分陶酔の混じった、あの時と同じ顔で言った。
二度目は、体が経験を奮い起こし恐怖を教えてくれた。
「○○とずっと一緒に居られるように、
 ずっと、私に沈んでいけるように、ね?」
点滴の袋を見る、いや、
立ち上がった水蜜に遮られそれは叶わなかった。
「何を・・・心配してるの?」
彼女が布団をゆっくりと剥がす。
身動きが取れない、
いや、
体が動かないのではない、
金属の擦れる音が、鈍く響いた。
布団の下は、鎖でがんじ絡めになっていた。
「ここは二人っきりで、ずっと一緒で」
鎖の先は、
彼女の掌に延びていた。
「なのに君は、何を心配しているの?」
彼女は息を荒げながら、
鎖の先についた、赤黒く変色した楔に舌を這わした。
「こんなに大好きなのに、駄目だよ、怖がっちゃ」
不意に、彼女が被っていた帽子を深く被せられ、
視界は真っ暗、そのまま体も押し倒され、
鋭い痛みと、荒い息遣いと、生暖かい感触、
其処にはそれしか残らなかった。

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最終更新:2010年08月27日 12:02