○○が空き巣に失敗してから一月が経った幻想郷は秋真っ盛りで晴れ晴れとした良い日和。
朝焼けを浴びて一層美しく映える紅葉は、人里や妖怪の山のみならず、閑古鳥すら鳴かぬ博麗神社をも秋風によって散らされた真っ赤な落ち葉で境内を彩っていた。
だが、そんな平和な秋朝の風景に似つかわしくない光景が・・・
本殿は弾幕によって痛々しい痕が幾つも付けられ、さらに拝殿の前に鎮座している素敵な賽銭箱に満身創痍な博麗の巫女様が頭からブチ込まれてスケキヨの如く足だけのぞかせている。
そして、徐々に遠のくその光景を鳩が豆鉄砲食らった顔して見つめながら、風穴の空いた帽子を被った少女に襟首掴まれてズルズルと引きずられていく○○。
(しくじった・・・)
この男はまたもやしくじったのである。
空き巣に失敗したあの日から古明地こいしが彼の前に姿を現す頻度は極端に増えた。
彼女は○○に対して里の外にいるような野良妖怪たちと比べれば友好的な素振りを見せるとはいえ、○○にとっては妖怪の山での一件や例の悪夢のせいで
こいしに対する第一印象はあまり良いものではなかったし、出禁になった本屋でコッソリ立ち読みして古明地こいしの風評を読んだ事もあって、小心者である○○はなおさら猜疑心を強めていた。
なので○○はよく自分の前に現れるようになってしまった妖怪少女の不孝をどうにか買わないよう彼女の玩具になった気持ちで奇行に付き合っていたが、一方の古明地こいしは○○のことを暇つぶしの玩具などとは露ほども思っておらず、どんな理由かは不明ではあるが本気で惚れていたのである。
絶賛彼女に引きずられている○○も過去を振り返って彼女の異常なまでの執着の理由を彼女なりの愛し方だったのかと思い知り、今更ながら自らの思い違いを悔いている次第だ。
しかし彼が妖怪少女の好意に気付けなかったのも無理はないのかもしれない。
だって想像してみてほしい。
口を開けば言動が不可解を極め、やる事なすこと気まぐれで遭遇するたびに肝が冷えるか潰れるような出来事が日常茶飯事な日々を。
たとえ長屋の井戸からニュッと現れて水を浴びている最中に拭く物をくれたり、博打を打ってるときに無意識の少女が周りでニコニコしているだけで面白いほど勝てたり、ちょっとそこまで散歩をしようと半ば強制的に誘われて、妖精や野良妖怪を蹴散らしながら連れて来られた場所がすこぶる美しかったとしても。
こんなおかしな、しかも得体の知れない妖怪なんかに惚れられているなんて夢にでも思えるだろうか?
少なくとも”変な妖怪”の玩具にされていると思い込んでいた○○がその行動の真意に気付くことはなかった。
だからこそ今回の事件の原因である○○は盛大に勘違いしたうえでやらかしたのであるが・・・
事が大きく動いたきっかけはつい昨日。
今日も今日とて僅かな銭で博打を打とうと大股で歩く○○。
少女のお陰と知らずに大勝をせしめた○○は行きつけの飲み屋でお大臣、ついでに若い娘さんにお酌してもらって良い気分で夕焼けに照らされながら長屋に戻る。
しかし、長屋の入り口には見知らぬ男が3人ほど待ち構えるように立っていた。
男たちは○○を見つけるなり険しい表情で近づいたかと思えば、あれよあれよと○○を囲こんで羽交い絞めにする。
酔っているせいで何が起きているのか理解できない○○に対して博打でイカサマをしていると因縁をつけたかと思うと2度とそんな事が出来ないようにしてやると指を鳴らした。
「ヒエッ!どうかお命ばかりはお助けを・・・」
情けなくゴロツキに許しを請う○○、振りかぶられる拳、あわや前が見えねぇツラにされる三秒前。
「ヤッホー○○、ボディランゲージ楽しんでる?」
突如と聞こえた軽口の方を振りむけば、古明地こいしが真っ赤な夕日を背に浴びながら立っていて、夕日の眩い光といつも以上に深くかぶった帽子のせいで表情はうまく読み取れないが、唯一見える口元はいつもより口角が上がって、というよりは歪んでいるように見えた。
「なんだぁ、このガキ?妖怪かなんかか?」
特徴的な服装と少女から生えた線(管?)とそこに繋がる閉じた目玉を見れば里のどんな馬鹿でも一目でこの少女が妖怪だと気付くだろう。
例にもれず彼女の素性に勘付いた男たちの視線は自然と○○から彼女に集まる。
ここで○○は妙案を思いつく。
(この妖怪少女の威を借れば野郎どもを退散させることができるじゃないか)と。
山での密漁や空き巣などこれまでの○○をかえりみるに、こういう姑息というか小悪党的な考えが浮かんだ時の○○の行動力は目を見張るものがある。
善は急げと口を開く○○、ピシャリと顔にかかる布切れ。
ハラリと布切れが落ちればアラ不思議!
○○の目の前で虚勢を張っていたゴロツキAの衣服がこいしのナイフによってアッという間に細切れに裁断され飛び散り宙を舞っていた。
「な、なにしやがっ────────!?!?!?」
羞恥の混じった声が言葉にならない叫び声になったかと思えば、ゴロツキAは股を押さえてそのままガクリと崩れ落ちた。
何が起きたか男なら誰でもすぐに理解できたことだろう。
実際、○○はもちろんのこと、残った二人のゴロツキたちも○○から腕を離して自分の一物を手で押さえたくらいだ。
そう金的である。
「いいなぁ、私なんてまだ手しか繋いだこと無いのにぃ~」
少女の言葉に対して○○は顔を引きつらせて無意識に唇を手で拭う。
嫌な思い出という形で○○の脳から少女へ無言のツッコミが入ったのだ。
少女の軽妙な口調とは裏腹にナイフをユラユラ揺らしながら白目をむいて泡を吹くゴロツキAを踏み越えて歩み寄り、三人は少女が近づくにつれて空気も段々重苦しくなっていくのを感じていた。
だが、彼女の前に立ちはだかる勇士が一人!
ゴロツキBだ。
「な、なぁ妖怪のお嬢さん、何か気に障ったなら謝るよ、だかラッ!?」
おおブッタ、勇士もといゴロツキBの金さんは少女の前蹴りで爆発四散。
残るは○○とゴロツキC。
妖怪少女は足を小刻みに震わしながら立ち尽くす○○を通り過ぎて、後ずさるゴロツキCを長屋の塀に追い込んでドンと拳を塀の壁にめり込ませた。俗にいう壁ドンである。
少女の細腕からとは思えないほど深々と空いた塀の穴に恐れおののいて尻もちをつくゴロツキC。
「き、金はどうかご勘弁を・・・」
ゴロツキCの懇願に対して少女は僅かに浮かせた足を下ろした。
少女の意外なやさしさ(?)にゴロツキCが安堵したのもつかの間、彼女はいきなりゴロツキCの襟首を掴むと、血相の変わった顔をナイフの柄で何度も、何度も殴打する。
後ろからドカッ、バキッなどの鈍くて生々しい音が聞こえる最中○○は”少女が自分から目を離している隙に・・・”と音を立てることなく一目散にその場から走り去り、賭場の近くに住む知り合い××の家に転がり込む。
目を丸くする××に「詳しく言えないが、とにかく匿ってくれ」と言う○○の尋常ならざる様子に、最近は羽振りがいいのを知っていた彼は”大方、賭場の主に目をつけられたのだろう”と考えて、高い家賃と引き換えに二つ返事で了承した。
銭を受け取った知人は奥の押し入れから、もう一枚ゴザを引っ張りだして囲炉裏の傍に敷く。
「まあ座って囲炉裏にあたりぃや、寒さで顔が真っ青ぞ」
言われなくてもといった風に○○は居間に上がってドカッとゴザに尻を落とす。
××は台所から湯呑二つと酒瓶を持ってくると○○同じように囲炉裏を囲ってゴザに座り、酒瓶を自分と○○の間に置いてニヤリと笑う。
「まあ飲もうや」
そう言って××は○○に片方の湯呑を差し出す。
しかし○○は出された湯呑を手に取るか悩んだ。
何故なら××が人に酒を進める時は決まって相手から話を引き出そうとしている時だったからだ。
つまりこのどこぞの烏天狗の如くゴシップ好きの野郎は「何があったか詳しく教えておくれ」と暗に言っているのである。
○○は眉間にしわを寄せて口を少しすぼめた。
「お前は舌の根も乾かぬうちに何を抜かすか、言えないと言っとるだろうが」
「んなこと言っても、おめぇの顔には言いたくてしようがないって書いてあるように見えるず」
鼻につく訛りのゴシップ野郎に図星を突かれて一つ舌打ちをする。
自分で聞くなと言っておきながらではあるし、他人に喋ってどうにかなるものでもないし、むしろ喋ったら何かおっかない目に遭う気がしていたので絶対に喋らないつもりだった○○。
しかし、悩んだ末に○○は湯呑を受け取る。
心に余裕ができた途端、つかの間でも酒で恐怖を紛らわせてこの一月の苦労を誰かに喋って少しでも楽になりという欲求が膨れ上がってしまったのだ。
呆れるほど堪え性の無い○○は湯呑に並々と注がれた酒をグイっと飲み干すと自分の話を肴に××と酒を酌み交わした。
妖怪の山で少女に助けられたあたりを話し終えた辺りだろうか、○○がほろ酔い気分で話しているとそれを遮って問答無用で○○の持っていた湯呑をひったくった。
「お前今すぐ出て行け、んでもって博麗の巫女様のとこさ行ってこい」
そしてこの言い草である。
知人は○○が反論するより早く、受け取った銭を強引に○○の懐に押し込んで返すと家の外へと追いやってピシャリと戸を閉めてしまった。
最終更新:2024年09月03日 18:34