「ええ、後は私に任せて……」
 聖は、戸に手を掛けたまま男の看病をしていた人達を見送ってそう言った。
「……○○」
 小声でそう呟いて○○の方を振り返りながら、戸を閉める。
 憂いを帯びた顔で静かに傍に座ると、そっと手を握り締めた。

「……酷い人ね、あなたは。

 説教してあげるから、そのまま横になってなさい」
 力の無い、枯れたような声で呼びかける。
 ○○から少し離れた机の上には、見慣れない草が血濡れのままで置かれていた。


 ――昨日の事。
 命蓮寺へと足を運ぶ妖怪の中に一人、酷く顔色の悪い者が居た。
 といっても、その手の妖怪には良くある症状らしく、
 対処の仕方を知っていれば然程問題もない、軽い程度の。

 ……薬を”持っていれば”安心な。

 簡単なものですから直ぐに調剤出来ますよ、と聖は答えていた。
 が、薬の材料を仕舞っていた倉の中のそれは、殆どが駄目になっており、
 薬として効果があるかどうかすら、怪しかった。

 困りましたね、と唸る聖。
 その声が聞こえたのか、命蓮寺のお手伝いとして来ていた○○が、そっと顔を見せる。
 時折は来て雑用を手伝ったり、食事の用意までした事のある彼は、事情を直ぐに把握していた。

 足りない材料ぐらいとってくるよ、と聖に提案し。
 以前彼女達に教えられ、一緒に採りに行ったた”その草”のある場所へと、
 直ぐに出かける旨を伝えた。

 夜でなければ妖怪も殆ど居ない、安全な場所。
 聖も何も心配はしていなかった。
 ○○もまた、危ない事をする気など微塵もなく、
 採ったら直ぐに帰るだけだと――

 その場所に着くまでは思わなかった。

 ――草が生えていえば。


 ○○が出て行った後直ぐの事。
 ナズーリンが何かを詰めた袋を抱え、外から戻ってくる。

 採れるだけ持ってきたからね、これで暫くは大丈夫だろう――

 そんな声が聞こえたのか、寅丸への報告をしていたナズーリンをねぎらおうと、
 聖は顔を其方へと向ける。

 それを見て、彼女は自分の表情が少し、固くなるのが分かった。


 ナズーリンと入れ違いになった○○は、薬の材料を探すが見当たらず。
 幾ら探しても無いものを見つける事は出来なかった。

 だから

 ○○は、材料を取り行った。
 その場に偶然居合わせた、”親切”な妖怪に案内されて。


 ――それから。 
 半死の状態、所々から血を溢れさせて道を歩いていた○○は、
 彼を見つけた人々によって人里へと運ばれた。


 机の上に手を伸ばすと、聖は草を取り、抱えるように手を当てる。
「……ありがとう、○○」
 感謝の言葉とは間逆に、喜びの表情は無い。
「でも……。これはそんなに貴重なものじゃないからって、私は教えました」
 口を噛んで、笑う。
「だから無理をしてまで、探さなくても良かったんです」

「……ば、かっ」

 ぽた、ぽたっ。

 数滴の、流れ落ちた雫が草へと伝い。

 彼女の顔は、うっすらと赤く腫れていた。

 そして、音も無く立ち上がると。
 ……草を手に、部屋の奥の方へと消えていった――





 白蓮。

 目覚めた○○の脳裏に浮かんだのは、彼女の顔だった。

 が、体に馴れない痛みが走り、それを打ち消してゆく。
 自分に何があったのかを、思い出させながら。

 ……?

 目を開ければ見慣れた天井、壁、そして家具。
 布団の感触も、自分の良く知っている……

 けれどそこに知らない”におい”が、ある。

 鼻を突く訳ではない、かといって無臭でもない。
 特別いい香りがする訳でもない。

「目が、覚めましたか?」
 ――びくっ。

 無意識に反応し飛び起きる。
 今の声は――。

「っ……まだ、安静にしていないと」
 ――コトン。
 奥から慌てた様に白蓮が駆け寄ってくる。
「駄目……ですよ?」
 何かが落ちたような音が聞こえたが――

 ……あむっ。
「んちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……」
 唐突に重ねられた、その感触に掻き消される。

「ぷぁっ……んっ、○○ッ」
 条件反射的に唇を離すが、白蓮は頭を抱える様に押さえ、再びくちづける。 

「そうです……んっ。そのまま……最後まで……ん、くっ」
 こく、こく、こく……
(っ!?)
 驚きに我を忘れ、喉元へと”何か”が少しづつ流し込まれている事に気付く。
 どろっとしたそれは、何処か青臭いにおいをさせて鼻を通る様に感覚を弄る。

「全部……飲み干して」

 漸く白蓮と目を合わせるが、その目は何処か遠くを見ているようだった。
 訴えるような瞳の色で。
『絶対に動くな』と、言いたげに。
 気付くと、何時の間にか腕はがっしりと背中に回されており、抵抗はもう出来そうになかった。

 ……する気も、無かったが。


 全てが流し込まれ、唇が離される。
 白蓮の顔が離れると、その後ろに何か小さな鍋の様なものが転がっているのが見えた。

 全身に回る、強烈な気だるさと共に。


 ――体中の痺れで目を覚まし、気が付くと違う部屋に居た。
 そこは日当たりの良さそうな部屋で、少し小奇麗すぎる位までに掃除されていた。
 自分は布団に寝かされていて、手の届く位置に粥が置いてある。

 それだけならまだ、納得は出来る気がした。
 白蓮が命蓮寺に連れて来てくれて……と。


 どれだけ叫ぼうと、誰も来ない。
 痺れる体に力を込め、部屋から出て外に行こうとも、気付くと同じ部屋に戻ってくる。

 何度も。何度も。何度も。

 自分が納得できるまで、繰り返して。

 ……そして。


「――ここは私にとって、大切だった人の部屋なんです。
 だから簡単には入れない様になっていて、出るのにも同じ仕組みがあるんですよ」

 ……。
 白蓮の腕に抱かれたまま、彼女の声が耳に届く。

「そうそう。
 あなたが採って来たあれは、妖怪には無害ですが人間には瘴気同様、
 耐性のない人間には少し毒でして……。

 実際味わってみた貴方なら分かるでしょうけれど。……大丈夫」

 くすっ、と笑いながら。

「体が少し麻痺する程度のものですから。
 ……それに体には、とってもいいものなんですよ。
 ただ生きる為だけになら、ね」

 自分に何を飲ませたのかを、認識させていた。


 彼女は服の中に手を滑り込ませ、耳元で囁く。
「貴方は、私が居ないとダメですね。

 ……一人で勝手に死んでいってしまいそうな愚者は。
 魔術師に導いてあげないと」

「その痺れた体を克服する為に、魔術や法力を学ばせてあげます。
 ……私の気が向けば。
 だから私を悲しませないで下さい。
 私を怒らせないで下さい。
 私を失望させないで下さい。

 そして、何よりも」

 ……がぶり、と耳を噛まれ。

「私を一人で、置いて行かないで下さいね」

 彼女が自分にどう思われ、どうしてこんな事をされたのか……
 判った様な気がした。

「例え四肢をもがれ、首を跳ねられたとしても。
 喰らいついてでも、あなたの傍に居ますから。

 時間は幾らでもあるんです。
 ……これから精一杯、二人で学んでいきましょう」

「……こんな事をして、順序が逆転してしまったけど」

「私にとって貴方は。”かけがえ”のない家族よ。

 愛しています、○○……」





「”親切”な妖怪?さあね、知らないわ」

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最終更新:2010年08月27日 12:11