最初は、聖を取られたくないだけだった。
ムラサや星がそれを諌めてくるのが不思議だった。
なんで?
聖は皆の物なのに、私たちが諍いを起こす事があってもそれは暗黙のルールだったのに、
あいつは、聖に好かれてるって、それだけで・・・・・・
「何でそんなに機嫌が悪いんだ?」
「知らない」
悔しいけどあいつは、嫌われるような人間じゃなかった。
別段、何が出来るという訳ではないが、
此処で生きるのに適したであろう穏健さと楽観的な性格は敵意を奪う。
それが妙な葛藤を生ませる。
私は、こいつが聖の前で失態を犯して、
そのままここから居なくなってくれれば良いはずなのに、
心の奥底で「本当にそれで良いのか」「それで誰が喜ぶのか」という気持ちが浮かぶ。
何を今更・・・・・・
私まで毒されているのだとしたらやはりあいつは危険だ。
自身の器量以上の物を注ぐ事は出来ないのに、
溢れる事を厭わない器など、私には釣り合わない。
「あぶぅ」
槍に手を掛けた瞬間、
ほっぺが指で押され息が抜けた。
「な、なにふるのよ」
「何か困った事があったら相談に乗るぞ?」
「だれがあんはなんはに」
「どうだか」
余裕たっぷりに笑っていた。
まるで腹の底を見透かされているような感じなのに、
不思議と嫌ではなかった。
ただその感覚は非常に癪に障る。
「とにはふはなしなさいよー!」
ぶわっと翼を起こすとあいつは「おお、こわいこわい」と言って歩いて逃げていった。
寂しくなんか無い、
惑わされてるだけなんだ、あの飄々とした男に。
さもすればあれこそあの男の才能なのかもしれないけど。
聖と○○の間柄を邪魔する手段などいくらでもある。
そう、たとえば、
「あのさ、さっきの事なんだけど・・・」
そう、聖とこいつが一緒にならなければ良いのだ。
手段は選ばない。
「あなたの事が、好き・・・・・・とか、なんかそんな・・・」
とん
「わわ」
額を指さされた。
演技とはいえ目を瞑っていた為少し驚いた。
「それで?」
「その、よかったら、付き合って欲しいかなぁ・・・なんて」
○○はくすくすと笑って、
「指一本で、御されるような妖怪が?」
今度は、黴臭い木の弓すら持たない人間に、
勝てない、と思った。
槍に手を掛ける、
私の目を見てる、
でも、前に歩けない。
人差し指一本、額に当てられているだけなのに、
足が固まってしまったみたいで、動けない。
「う、あ・・・」
「もっと素直になりなよ」
困った顔をして○○は去っていった。
もっと、
違う。
なんで今私は、もっと、なんて考えを浮かべた?
もっとあいつと一緒に居たい?
違う、違う。
私から聖を奪った癖に、
あんな奴嫌いなのに、大嫌いなのに、嫌わなきゃいけないのに。
心はそれを拒んでる?
それなら、押さえ込まなきゃ。
惑わされただけのまやかしの本心なんて。
なのに聖は、
どこからその事を知ったか、
私に謝って、○○から身を引いた。
「からかってごめんね?」
ああ、違うよ、からかったのは私なのに、
聖のそんな顔を見たくなかっただけなのに、
両の手に掴める物はもう無くなってしまって、
私を縛ってくれる一本の指もそこにはなくて、
壊れてしまった私の虚栄心は、
あの手を縛った。
○○は驚いていた。
自分は、巫女やメイドの様な特別な人間とでも思っていたか。
ただ、四肢の腱を切られ仰向けに横たわりながらも、
それに跨った私の目をまっすぐと見ているのが気に食わなかった。
「正直量り損ねたよ、君を」
「ええ、こんなにもあんたが欲しかったなんて思いもしなかった」
そうじゃない、意識と言葉はシンクロした。
「ここまで素直じゃないなんて思わなか・・・」
五月蝿く喋る口に指をつっこむ、
喋っていた為に軽く噛まれたが、どうという事はない。
「今度は、私が指であんたを犯す番ね?」
順番、
自分でそう考えて背筋に冷たいものが走った。
凄く楽しい、
こいつを圧倒して、
鳥肌をそば立たせ、
抵抗も出来ないのをいい事に圧倒するのは。
でも、逆なのだ。
こいつに、犯されたい。
指の一本で、自分の無力さを噛み締めるまでもなく扱われたい。
自分はこんなにも強いのに、あんなに弱いものに御されたい。
ああ、そうか、
飼いならされたかったんだ、この人に。
でもね、○○。
飼い犬は甘やかしたら、主人よりも自分が上だって思っちゃうんだよ。
「しゃぶれ」
内心はどうか、怯える○○は口に突っ込んだ私の指を優しく舐め始めた。
どうかな、屈辱かな?悔しいかな?
もっともっと辱めてあげるからね、
いっそ聖の前で屈服したように見せるのも良いかもしれない。
悔しいよね?私が憎いよね?
だから、次は私の番だよ?
誰かに見つかったら彼だけ助けられて、私は封印でもされるかな。
でももしそうなったら、彼だけでも道連れにして、
いつか封印が解かれるまでたっぷり虐めてもらおう。
指をもう一本突っ込んで舌を軽く引く。
私の番なら引き抜かれるんだろうか。
どうあれ、それは非常に心地よかった。
最終更新:2010年08月27日 12:16