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  私には大切な人が居る。

  外の世界からやってきた、ちょっと変わった男の人。

  底抜けに明るくて、飛び抜けて馬鹿な青年。

  ほぼ毎日神社にやってきては、なにかしら騒ぎを起こすトラブルメーカー。

  荒唐無稽という言葉がとてもよく当て嵌る一般人。

  だけど、実はとても優しくて……

  凄く、温かな人。

  最初は鬱陶しかったけど。

  何故か無性に気になって、気になって。

  気が付けば恋に落ちていて。

  そして気付くと同時に、彼と私は恋人同士になっていた。

  いつも周りに笑顔を振りまいている人。

  いつも私に笑顔をくれる人。

  裏表の無い笑顔。

  ……でも。

  私はそんな彼のことを。

  本当は、何も知らないのかもしれない。















  夜の帳が降り始めた境内。

  私は縁側に腰掛けていた。

  右手にはお酒がたっぷりと入った杯。

  今夜の神社はとても騒がしかった。

  朝方に神社を訪れた魔理沙の発案により、急遽決まった宴会のためだ。

  まあ、宴会は別に嫌いじゃないから構わない。

  お酒を呑むことは好きだし、騒ぐのも嫌いじゃない。

  なにより、アイツに会える。

  私の大切なアイツに。

  ならば断る理由なんてありはしない。

  まあ、いつも神社に来るので別に寂しいとかそんな訳では無いのだが。

  偶には違った雰囲気というのも味わいたいというのが乙女心というモノでしょう……多分、きっと。

  なによ、悪い?

  良いじゃない、別に。

  会いたいってのは本当なのだから。

  こんな私だって、恋する乙女らしいことをしてみたい時もあるのよ。

  とまあ、そんな淡い想いを朝の私は抱いていたんだけれど……

 「だぁ~~~っはっはっは~~~~っ!!」

 「いいぞ~○○~! もっとやれ~っ!!」

 「きゃーっ!! ○○素敵ーーーーっ!!」

  今の私は、そんな浅はかな考えを抱いていた過去の自分を全力で殴りたい気分だった。

  境内のド真ん中から聞こえる騒がしい声。

  嫌が応にも聞き慣れた複数の少女の声と、それに混じって聞こえるこれまた聞き慣れた馬鹿の声。

  ……少し、頭痛がした。

  痛みに眉を顰めながら騒ぎの中心に目線を向けると、其処には上半身裸で踊っている青年の姿。

  顔を真っ赤にしながら踊るその様は、蛸と呼ばれる海の生き物を連想させる。

  くねくねと奇妙な動きで踊る蛸を見ながら、思った。

  あの馬鹿、結構呑んでるわね。

  全く、呑み過ぎるなっていつも言ってるのに、ちっとも聞きやしないんだから。

 「おっしゃあっ! 行っくぜーーーーーーーっ!!」

  こちらの心配を知らない蛸は、更にテンションを上げて腰を振る速度を上げる。

  加速した腰の動きは、今や残像すら見えそうだった。

 「出たーーーっ!! ○○の高速腰振りーーーーーっ!!」

  酒を呑んで普段の倍近いテンションとなった魔理沙が叫ぶ。

  それに伴って、周りの歓声は更に大きくなった。

  真っ赤な顔の上半身裸男の腰振りを囲む、酔っ払い軍団。

  目の前で繰り広げられる異様な光景に、頭痛が酷くなりそうだ。

  脳内に襲い来る痛みを、眉間に指を当てて緩和させながら私は反省する。

  分かってた。

  ええ、分かってましたとも。

  アイツはあーゆうヤツだから。

  こうなることは分かってたわ。

  ちょっとでも期待した私が馬鹿でした。

  そうだ。

  彼はこんなヤツなのだ。

  生粋のお祭り男。

  トラブル・ハプニング・イベント大好きのお騒がせ者。

  人妖関係無しに差別無く接して、手当たり次第に巻き込む台風男。

  何かにつけて馬鹿騒ぎをする、出鱈目だらけの一般人。

  だから。

  だからこうなるのは目に見えていた筈だった。

  実際、過去の宴会もこんな感じだったのだから。

  暴走するだけ暴走して、最後にはリバース。

  片道切符の暴走特急。

  もはや定例と化しているパターンであった。

  まあ、そんな底抜けに直球な彼だからこそ、私は好きになったのかもしれないのだけども……

  だからこそ、此処で何かを言うつもりはない……でも。

  でも、少しくらい期待しても良いじゃない?

  今回こそは、いつもとは違った、所謂恋人同士の甘い宴会を楽しみたいと。

  そう思うのは自身の我侭なのか?

  いいや、そんな筈は無い。

  誰だってコレくらい思う筈だ。

  夜空に浮かぶ月だって、毎日形を変えているのだ。

  それはきっといつも満月じゃ飽きるから。

  ほら、ちっともおかしくない。

  何もおかしなことは無い筈だ。

  そうだそうだ。

  おかしいことなんて何も無い。

  と、そんなワケのわからないことを考えている間も頭痛は収まることを知らず、頭の中をガンガンと叩いてくる。

  脳天を叩く鐘の音は、目下警鐘を鳴らしまくっていた。

  ああもう、なんか考え過ぎてイライラしてきたわ……

  その時、境内の中心から一際高い歓声が上がった。

  五月蝿いわね、もう。

  うおーだの、きゃーだの、少しは静かにしなさいっつーの。

  不機嫌さを惜しみも無く出しながら、アイツを中心にして騒いでいる連中を睨みつける。

  連中は相も変わらず、やれ踊れや騒げや呑めや唄えやと喚いていた。

  その馬鹿騒ぎする様子を見て、更にイライラが募る。

  ……大体、アンタ達もそうよ。

  私とアイツの関係知ってるでしょう?

  ならちょっと。

  ちょっとくらいは……

  その時、魔理沙が叫んだ。

 「○○ーっ!! 今度は私と踊ろうぜーーっ!!」

  楽しそうに叫びながら、魔理沙は遠慮無しにアイツの腕を掴んだ。

  腕に腕を絡める、所謂恋人同士がする腕組みを見た瞬間。

  ぷちんと。

  私の中で何かが切れた。

  沸騰した頭に浮かぶ文字は四文字。

  我慢と、限界。

  導火線に火を点ける様に、手に持った杯を口に運ぶ。

  口内に注ぎ込まれる辛口のソレは、私の喉を焼きながら胃の中へと流れ込んでゆく。

  そして杯の中を呑み干した後、私は息を大きく吸い込み叫んだ。

 「アンタ等ちょっとくらい気を遣えーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 「○○が倒れたーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

  爆発する様に弾けた私の叫び声に重なる様に、魔理沙の叫び声が上がった。















  宴も終わり、夜も更けてきた神社の境内。

  酒も肴も切れたことで、宴会に来ていた面々は散り散りに帰宅していった。

  今私の目の前にあるのは、散らかりきった宴会の残骸。

  どうでもよくないけど、アンタ等たまには片付けて行きなさいよ。

  まあ言っても聞きゃしないのは分かってるんだけどね。

  溜息混じりに境内から居間へと視線を移す。

  現在、神社に残ったのは、酒瓶等の残骸と……それともう一つ。

  月明かりに照らされた居間から、浅い寝息が聴こえて来る。

  もう一つ残ったのは。

  座布団を枕代わりに、彼には似合つかわしくない、規則正しい呼吸を彼は繰り返す。

  寝てる時は静かなのね……

  鼾とかするイメージだったのだけれど、どうやら違ったらしい。

  そういえば。

  付き合い始めてから幾分か経つけど、コイツの寝顔って見たことが無かったわね。

  ふっと、好奇心が胸を掠めた。

  折角だし……見ておこうかしら。

  起こさない様に彼に近付き、寝顔を覗き見る。

  瞬間。

  ひやりと、背中が震えた気がした。

  仄かな明かりに照らされた寝顔は、とても安らかで。

  まるで死んでいるかの様。

  いつもは健康的な肌は、月明かりの所為か、雪の様に白い。

  生気というモノが感じられない、真白。

  生命という名の温かさを、一切拒否したかの様な、凍りつきそうな程の、冷白。

  まるで死を望んでいるかのようだと。

  何故かこの時、私はそう思ってしまった。

  傍らに座り、そっと彼の頬を撫でる。

  死人のようなひんやりとした体温は、まるで私の考えを肯定している様だった。

  そう、まるで……

  まるで本当に……

 「死んでいるみたいね」

 「生きてるって」

  何の気無しに呟いた言葉に、彼は閉じていた瞼を開いて答えた。

  月明かりに照らされた彼の瞳は湖の底の様に。

  何処までも昏く、そして何処までも透き通っていた。

 「起こしちゃったみたいね」

 「いんや、実は少し前から起きてたんだ……けど」

  霊夢が何かしたそうだったから、黙って横になってた。

  そう彼は後に続けて、私を見つめた。

  ずっと見つめていると、吸い込まれそうな程に深く昏い、眼。

  ふっと、部屋の中を薄い影が差した。

  月が雲に隠されたのか。

  淡い光が微かに弱くなった。

 「死んでて欲しかった?」

  薄闇の中、甘く囁く様に彼は問い掛ける。

 「私が死ねって言ったら、アンタは死ぬのかしら?」

 「ああ、お前を殺してからな」

  私の問いに彼は薄く笑いながら。

  冗談を言うかの様に答えた。

  良く見慣れた笑顔の筈なのに。

  どうしてか、私は別人の様に思ってしまった。

  太陽とは真逆の、今宵の月の様な……昏い光。

  温もりの感じられない、命。

  ああ……

  もしかして、私は。

 「こうゆう時って、普通なら『一緒に生きていたい』って言わない?」

  問い掛けに、彼は微笑むだけで何も答えない。

  けれど、その微笑みと昏い双眸が、全てを語っていた。

  全てを守り抜く理想。

  全てを捨てても構わない現実。

  好奇心と無関心。

  高揚する激情と冷徹な狂気。

  太陽と月の二面性。

  喜びと空虚さを隠した入れ子人形。

  鋼の仮面と鉄の素顔。

  もしかして私は。

  雲間から再び覗いた月が、彼と私を照らす。

  私はこの人のことを。



  本当は、何一つ知らないのかもしれない。



 「○○」

  引き金はその言葉。

  彼は無言のままゆっくりと起き上がって、私の服に手を掛けた。

  布が擦れる音が耳に届く。

  私は彼にされるがまま、けれど視線は彼から外さない。

  昏い、夜の闇よりも尚昏いその眼から。

  瞬く間に私の服を脱がした彼は、今度は自分の服を脱ぎ始める。

  強引に脱いだ衣服を横に置くと、彼は自分の胸に爪を突き立てた。

 「何を」

  止める声も聞かず、彼は掻き毟る様に自身の皮膚を縦に引き裂いた。

  裂かれた傷から、一瞬の内に紅い液体が溢れ出る。

  彼は苦痛の表情さえ浮かべずに、私の手を血溜まりに触らせた。

  突然の彼の奇行とも呼べる行動を、私は嫌悪も無く受け入れる。

  温かな生命の雫と、生を伝える確かな脈動が掌から伝わってくる。

 「あ~あ、ちゃんと生きてるんだけどなぁ……」

  哀しさと空しさの入り混じった様な彼の声を聞きながら。

  私の頬に、一筋の滴が流れた。















  私には大切な人が居る。

  外の世界からやってきた、ちょっと変わった男の人。

  底抜けに明るくて、飛び抜けて馬鹿な青年。

  ほぼ毎日神社にやってきては、なにかしら騒ぎを起こすトラブルメーカー。

  荒唐無稽という言葉がとてもよく当て嵌る一般人。

  だけど、実はとても優しくて……

  凄く、温かな人。

  最初は鬱陶しかったけど。

  何故か無性に気になって、気になって。

  気が付けば恋に落ちていて。

  そして気付くと同時に、彼と私は恋人同士になっていた。

  いつも周りに笑顔を振りまいている人。

  いつも私に笑顔をくれる人。

  裏表の無い笑顔。

  ……でも。

  私はそんな彼のことを。

  本当は、何も知らないのかもしれない。

  けど、それでも。

  例え今までの彼が嘘だったとしても。

  全てが幻だったとしても。

  彼の中に私は居なくても。

  何もかもが壊れて無くなってしまっても。

  それでも。

  それでも、私は彼のことを離したりはしないだろう。

  何故なら。

  何故なら私は、彼のことを狂おしい程に。

  そう、本当に狂おしい程に。

  彼のことを、愛してしまっているのだから。







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最終更新:2019年02月09日 17:59