今日から新しく74人目の世話役が来るそうだ。
指名したのは自分だが…。
名前は。
「今日から世話役をさせて貰います、○○です。」
「今後ともよろしくお願いします。」
そう言いながら○○は深々と頭を下げた。
『こちらこそ。』
『私のことは、もう知っていると思いますが。』
『稗田阿求です。よろしく。』
そう言うと阿求も同じように頭を下げた。
「いえいえっ!そんな滅相もない!」
「稗田様の欲しいものがあれば、お命じを。」
『…では。』
「はいっ。」
『お茶をお願いできますか?』
「はっはい。今すぐ。」
やはり、私を見てくれない。
せっかく爺たちの反対を押し切って世話役にしたのだ。
○○には阿礼乙女としてではなく私を見て欲しい。
何か良い手はないだろうか。
「あのう。」
『はい。どうしました?』
「お茶をいれました。」
「お口に合えばいいのですが…。」
『では…。』
「………。」
『………。』
『合格です。』
「あっ、ありがとうございます!」
「身に余る光栄です!」
『……………・・・。』
「?、何か言いましたか?」
『いえ、何でもありません。』
『精進はまだ続けてくださいね。』
「はいっ!」
無理に束縛はできない。
映姫様には浄瑠璃がある。
やったことは全てわかってしまう。
下手な手では最悪、転生ができなくなる。
何か良い手は…。
「阿求様。」
『何ですか?』
「お忙しいところ悪いのですが…」
「それは、お飲みにならないのですか?」
○○は机の上の湯のみを指差した。
『あぁ、これですか。』
『健康にいいといってお婆が出してくれるんですが。』
『おいしくないので飲んでないんです。』
『よかったら飲んでもいいですよ。』
「それでは。ズズズ」
『フフッ。』
『じゃあ、代わりにお茶をお願いできますか。』
「はい。」
「阿求様。」
『はい。』
「そのお飲み物は…。」
『気に入りましたか?』
『飲みたいなら私に言わなくてもいいですよ。』
「では。ズズズ」
『……………。』
「どうかいたしましたか?」
『いえ、何でもありません。』
「阿求様、入りますよ。」
「…阿求様?」
「あれ?確かに呼ばれたはずなんだけど。」
「ん?」
「これってこの前の…。」
「いただきます。ズズズ」
「……………。」
「……………。」
「……………。バタンッ」
『大丈夫ですか?』
「…ん。」
「あ…、阿求様っ!」
○○は急に傍にいた阿求に抱きついた。
『ひゃっ!』
「あっ…すっ、すみませんっ!」
「俺……。」
「いいんです。」
『はい、これ飲んでください。』
阿求は○○に湯のみを手渡す。
「これは何ですか?」
『中和剤です。』
「一体何の。」
『あなたが飲んだのは惚れ薬なんです。』
『それも重度の。』
『文献が本当か調べようと思って。』
『鼠で試そうと思って席をはずしたら…。』
「そうだったんですか…。」
『でも大丈夫です。』
『それを飲めば全部、元に戻りますよ。』
「その、俺…。」
「このままじゃ駄目ですか?」
『え?』
「薬のせいかもしれないけど。」
「今の気持ちを捨てたくありません!」
「迷惑なら辞めさせても構いません!」
「お願いします!」
『いいんですか?』
『…あなたの思いに応えられないかもしれませんよ?』
「はい。」
『家の者から冷たい目で見られるかもしれませんよ?』
「はい。」
『必ずあなたより先に死にますよ?』
「はい。」
『本当に…いいんですか?』
「はい。」
『…わかりました。』
『では、命令です。』
「…はい。」
『その畏まった態度をやめてくれませんか?』
「え…。」
『鈍感な人は嫌われますよ?』
「はっ、はい!」
「ありがとうごさいます!」
「阿求……さん。」
『フフッ。』
『まぁ、いいでしょう。』
『今日はもう疲れました。』
『寝る準備をお願いできますか?』
「はいっ。」
まさか、こんなにうまくゆくなんて。
もし映姫様が浄玻璃にかけたとしても映るのは結果だけ。
その時どう思っていたかは関係ない。
惚れ薬が本物か試そうとした。
席をはずした間に○○が飲んだ。
そして○○は自分の意思でこのままを選んだ。
ただそれだけだ。
でもこのままじゃ意味が無い。
転生には百年ほどかかる。
その間に○○は死ぬ。
何かいい手は…。
「阿求さん。」
「布団が敷けましたよ。」
『あぁ、ありがとう。』
『もう休んでもいいですよ。』
「はい。」
『では今回も仕事をよろしくお願いします。』
『こちらこそ。』
『よろしくお願いします。』
『あぁ、少し話が。』
『はい。』
『なんですか、映姫様?』
『仮死法で眠っている男ですが。』
『それは…。』
『いえ。』
『別にそれで転生は無しとは言いませんよ。』
『双方、同意の上のようですしね。』
『そうですか。』
『…よい伴侶を持ちましたね。』
『ありがとうございます。』
『いつも通り書類整理でいいんですね?』
『えぇ、転生の準備ができるまでお願いします。』
○○は私が転生するまで眠りながら待っているだろう。
でも仮死法だけじゃいずれ寿命が来る。
何かいい手は……………。
そうだ。
今度は蓬莱人の文献を纏めるとしよう。
○○はきっと不老不死を目指すだろう。
映姫様とも○○とも。
永い付き合いになりそうだ。
最終更新:2010年08月27日 13:19