「私、毎日貴方の夢を見てたの!」

 そんな風に彼女が声を掛けてきたのは、一体何時の事だっただろうか。
 もう……ずっと昔の事の様にも思えた。

 そんな突拍子も無い彼女の顔は、それに拍車をかけるかのように、綺麗だった。
 メリーはいきなり話しかけてくるやいなや、彼女の夢の中で自分を見た事がある。
 そしてよく、旅を一緒にしていたと、熱弁する。

「だからね、本当に居てびっくり。
 ここでも逢えて嬉しかったよ。

 それじゃあね」

 言いたい事だけを言って。

 しかしあっさりと切り上げた彼女に、不思議と嫌悪感は残らなかった。


 郊外で、彼女を見かける。
 黒い帽子を被った栗色の少女と一緒に。

「あら、あなたは」

 こちらが気が付くのと同時に、彼女も気付いたようだ。

「ん?メリーの知り合い?」

「え、えぇ。ちょっとね」

 何気ない会話を交わし、彼女達の活動の話を聞いた。
 あの時と同じ、自分には突拍子も無い部分が多すぎて、理解は出来なかったが。

 でも、浪漫はあるのは良いね、と本心から答える。

「うふふっ。そうでしょ?」

 メリーはにこやかに笑うと、ぽん、と自分の背中を叩いた。

「浪漫で活動が上手く行くなら、苦労はしないと思うけど」

「でも苦労したほうが、記憶には残ると思うけど?」

 蓮子と紹介してくれた彼女は、メリーに少し振り回されている。

「あなたと会ったせいかしら、やけにテンションが高いのよね」

 そう言って溜息をつきながら。

「蓮子ーっ!ほら、はやくいきましょう!」

「自分が引き止めたんでしょ、もうっ!!

 はぁ、違ったわ……最初からみたい」

 自分に軽く挨拶をすると、二人で何処かへと歩いて行った。


 ……それから何度か、そんな事を繰り返して。
 知り合いから友達へとなっていた彼女は、気付くと自分の傍にいた。

「あなたって、いつもこればかり食べてるのね。飽きないの?」

 食堂でも。

「ふふっ。ひとくち、もらえないかしら」


「買物?……へぇ、そうなんだ。よかったら、付いて行ってもいい?」

 街の中でも。

「え?あぁ、あなたが何処に行くのかなって、興味あるだけよ?

 ……だからってわざと、変な所行かないでよ?」


「あら……奇遇ね。こんな所で」

 街の、外でも。

「私は景色を見に来たの。なんとなく、ね。あなたは?」

 気が付くと、彼女は”居る”。


 初めは、偶然ではないと思った。
 だから自分が行こうとも思わない場所に、何度か足を運び、様子を見ようとした事がある。

 案の定、彼女はいない。
 数回、それを繰り返したが、彼女と一度も出逢う事はない。

 けれど、それに安堵し、自然と足を運んだ場所に。

「あら、こんにちは。○○」

 彼女は、居る。


 ……そんな生活の中で、いつしか夢を見るようになっていた。

 五感全てが研ぎ澄まされ。

 はっきりとしていて、生々しい。


「やっとあなたを見つけたわ……○○」

 真っ白な世界。その正面には、一本の線。

 赤紫の様な色をした――

「見つけた 見つけた。

 あなたを見つけた。

 ○○を。○○を。○○を    あなたをっ!!!」

 音も無く、線は広がった。
 そこには一つの目。

 ……覗いている。

 覗いている。自分を。


「○○は私に夢であった事は無いの?」

 微笑みながら彼女は言う。

 いや、と否定の言葉を返すと彼女は残念そうに眼を伏せた。

「……そっか。いや、当然かも」

「最初からずっとこんな感じで、変な子だと思ってるでしょ」

 再度否定の言葉を返す。

 それもどうなのよ、と彼女は笑いながら返していたが、その声は何処か弾んで聴こえた。


「あなたをもっと見てもいい?」

 ……また、あの夢の中。

 線から覗く一つの目は、自分へと問いかけをしてきた。

 ……少し考え、肯定の言葉を返した。

「本当に?……本当にいいの?」

 遠慮する様な感じで、それは言った。

 頷いてみせると、目は少し歪み、ゆっくりと答えた。

「……ありがとう」

 その線を広げ

「とても、嬉しいわ」

 また一つ、”目の上に”目を増やして。

 ……目が細まり、自分を見つめる。
 悪寒が走り、足が少し後ずさる様に動くと

「もし」

 目はまた

「もっと見ても、いいかしら」

 質問を続けた。


 だから直ぐに”否定”の言葉を返した。

「えっ?」


「なんで……」

「見るだけだから」

 否定する。

 ……線は広がり、目が増えた!

「ねぇお願い、見ているだけだから」

 目が増える。更に増える。

「何もしないわ。危ない事なんてないわ」

 否定

 目は増える 増える 増える。

「私はあなたを好きなのよ。見ていられるだけで、傍にいるだけで、幸せなの」

「だからもっと見ても良いでしょう

 もっと近くに行ってもいいでしょう?」

 否定!

 線は広がり、大きな目 小さな目 目 眼 目 目 め め め。

「恐い事なんてない

 私はあなたが好きだから見たいっていってるの

 ねえお願い、見せて。

 もっと良く

 あなたの顔
 あなたの体
 あなたの××
 あなたの内臓
 あなたの脳

 あなたの心
 あなたの魂

 あなたの夢

 あなたの想いを

 もっともっと 私に 見せて」

 見るな

 見るな。

 み る な !





 ――はっとして、目が覚めた。

 眠っていた自分の上に

 メリーが、乗っかっている。

「夢で逢って以来?ううん、違う」

 彼女の左手には、カプセルが摘まれていた。

「このまま私との現実を続ける?それとも――」

 にたぁ、と口元を歪ませ彼女は笑った。

「……また夢の中で旅をする?」

 その言葉の意味も考えずに、自分はただ、彼女に目を合わせたくなくて。

 全てから、目を、背けた。





 お や す み な さ い。





「あれ……」

 朝、蓮子の目の前で中睦まじく腕を組んで歩くカップルが居た。
 ……目を擦るが、見間違っては居ない。
 メリーと、○○だ。

「おはよう……メリー?」

 疑問符を載せて挨拶をすると、メリーは言葉を返さずに口元を緩めて笑った。

(やっぱりメリー……だよねぇ)

「あのさ。二人って、何時からそんなに仲良くなった訳?」

「とりあえず、おめでとう、とか言えばいいの?」

 少し呆れた感じでつっこむと、メリーはそのままの表情で答えた。

「なぁに言ってるの蓮子ったら……
 朝だからって寝ぼけてちゃ駄目よ。

 ○○と私は、ずぅっと昔から一緒に居て」

「ずっと私が”見守って”大事にしてきたんだから」

「えっ」

「……じゃあね蓮子。また、後で」

 彼女はそう言って前を向くと、腕を組んだまま歩いていった。

 その瞳を――

 うっすらと赤く染めていた事に、誰も気付かぬまま


「今日もあなたの夢を見るわ

 ねぇ あなたを今よりも

 も っ と み て も い い か し ら」
最終更新:2010年08月27日 13:24